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風紀委員長様は小動物に絡まれる(舞台そで編)

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 これから新入生歓迎イベント……いわゆる鬼ごっこが幕を開ける。

(……腹だたしいくらいの晴天だな)

 新入生たちには、事前にルールブックと校内地図が渡されており、現在大講堂では細かい説明が行われている。前日のくじ引きにより、新入生の中から鬼役も選抜済みのはずだ。この後、開会式で生徒会役員が挨拶をし、ゲームスタートとなる。

 そもそもこのイベントは、まだこの生活に慣れていない新入生たちに、ゲーム感覚で楽しみながら学園に馴染んでもらうことを目的としている。広大な敷地を実際に足で巡り、逃走経路や隠れ場所を検討する中で、様々な発見をしてもらうというのが表向きの趣旨だ。

 しかし裏では、役員の誰が捕まるか、どんな罰ゲームをくらうか、めぼしい新入生がいるのか等、在校生が中継を見ながら馬鹿騒ぎできる祭りでもある。
 賭け事や盗撮も横行し、風紀委員としては頭が痛くなる厄介なイベントなのだ。

 野に放たれた可愛い野ウサギ(新入生や親衛隊持ち人気者)を狙った痴漢事件も多数発生する。閉会まで決して油断することはできない。
 しかも今回の俺は、追われながら取り締まりにも目を光らせるという、訳の分からないポジションなのだ。油断なんてしようがない。

(そろそろ行くか)

 生徒会から配布された運動着に着替え、寮から大講堂へと向かう。
 近づくにつれて、マイクの声が漏れ聞こえ、それをかき消すような大歓声が聞こえてきた。どうやら生徒会役員が、舞台でそれぞれ挨拶を始めたようだ。この挨拶が終了した後、俺も他の役員とともに顔見せすることになっている。

 舞台そでへと続く専用扉から中へと入れば、すでに俺以外の役員や人気ランキング常連の在校生たちが全員揃っていた。黒の運動着にセンサー付きの迷彩柄ベストを着用し、生徒会の挨拶が終わるのを舞台そでから見守っている。
 そっと後ろに加わったつもりだが、一人が俺の気配に気づき、話しかけてきた。

「ようやくのご登場だね。さすがはラスボスの風紀委員長様」
「それを言うなら如月あたりじゃないのか?」
「如月? 確かにアイツは性格もガラも超悪いけど、常に表舞台の中心にいる主人公様だからね。今だってまあ、スピーチするだけで新入生の心臓ワシ掴んじゃって、相変わらずのキラキラオーラっぷりに、腹の底からムカついてたとこだよ。でも藤堂は違うだろ? 眩しいスポットライト嫌いでしょ? 僕が思うに、下僕志願者にクツ舐めさせながら、冷笑浮かべて闇を支配する悪の総統がピッタリだと思うんだ。それでエクスカリバー(聖剣)抜いて勇者になった如月と最終決戦して、死闘の末に転生を繰り返し、ずっと戦い続ければ良いと思う。可愛い僕を巡ってね」
「つつしんで辞退する」

 朝っぱらから妄想電波を垂れ流しているのは、3―Sの【情報屋】こと、広報委員会の委員長・番屋信長(ばんやのぶなが)だ。荒々しい名前に反して、低身長で庇護欲をそそる可愛らしい見た目をしている。いつもウルッとしている大きな瞳も、キョトキョトとした仕草も、まるでハムスターのようだ。【抱きたい男ランキング】でも、常に上位にランクインしている。

 しかし、この脆弱なまでの存在感が、この男の最大の武器なのだ。
 人畜無害の柔らかそうな雰囲気で相手を油断させ、権力者のお坊ちゃんどもから、将来脅しにも使えそうな様々な情報を引き出している。
 瑞貴曰く、同人誌の件もこの男が一番怪しいらしいが、尻尾を掴みかけたところでサラリとかわされてしまう為、かなりの苦戦を強いられているようだ。

 ハムスターの尻尾を追いかけるネコ……なんて微笑ましい構図だろうか。
 瑞貴が一生懸命なので、面白いから放っておいている。

「それにしても、藤堂はスタイル良いから何でも似合うね。すごく羨ましいな。僕なんて見てよ。ソデとかダボダボで最悪。ほんと嫌になる」

 両頬をぷっくり膨らませて、番屋が上目遣いで訴えてきた。ますますハムスターっぽい。
 確かに、彼のソデからは指先だけがチョコンと覗いている。

「邪魔なら、まくればいい」
「……おい、それだけか藤堂? もっと食いつけ。目の前のご馳走に気づけ。こんな愛くるしい僕の、こんな彼シャツを彷彿とさせる絶妙な萌えソデだぞ? 健康な男なら下半身興奮しかないだろうが」
「声が大きいぞ。ハムナガ」
「ハムナガって呼ぶなっ! おまえのせいで、親衛隊まで【ハムナガ様】って言い間違えるんだぞ! どうしてくれる!」
「それは困る」
「そうだろーが。少しは反省しろ」
「おまえをそう呼んでいいのは、俺だけなのに」
「……え? そっ、そうなの?」
「違うのか? それは寂しいな」

 番屋の顔を覗き込むようにして、お伺いを立ててみる。
 ハムスターと信長を足して【ハムナガ】……親しみやすいネーミングだと思ったのだがお気に召さないようだ。友達百人計画を遂行中なのだが、級友との距離の詰め方が、いまいち分からない。

「そっ……そういうことなら……、許さなくも……ない」
「ん?」
「藤堂だけっていうなら……いい。特別に許してやる」

 目をそらした番屋は、頬を染めて急にモジモジしだした。
 くすぐったいから、腕に「のの字」を書くのはやめて欲しい。

「……ねえ、藤堂。キミばかり愛称で呼ぶのは不公平だと思わない? 僕からも呼ばせて」
「そういうものか?」
「そういうものだよ。藤堂玲一だから……【玲】って呼びたいな。駄目?」
「申し訳ない。親からその申し出だけは受けるなと、キツク言われている」
「それって、保証人頼まれて断る時の常套句だよね! 酷いっ!」

 のの字が、ポカポカへと変わったが、小さな手で殴られてもちっとも痛くない。

(……常套句どころか、事実なんだが)

 父は昔から、俺が【玲】と気安く呼ばれることを極端に嫌がる。
 そう呼ぶのは自分だけの特権だと、長年周囲に主張(威嚇)し続けているのだ。

 ”愛しい玲”
 ”私の玲”

 幼い頃からずっと……、繰り返し繰り返し、鼓膜へ浸透させるようにして囁かれ続けてきた。
 そのせいで、他人から【玲】呼びされると、まんまと父の顔がよぎってしまう、可哀想な身体になってしまった。なんてことだ。


『さあ、それではご紹介しましょう! 可愛い新入生の為ならばと、快く参加を引き受けてくださった在校生の皆様です! どうぞコチラヘ!』


 司会者の呼び込みに、番屋の手が止まった。

「僕、もうちょっと前へ行こうっと。藤堂の隣だと悪目立ちしちゃうから」

 おい、どういう意味だ?
 大歓声に迎えられながら、番屋を含め、みな順番に舞台へと上がっていく。流れで俺もあとに続いたが、ラッキーなことに最後尾につけた。
 よしよし。これだけ舞台の端ならば、陰になって目立たないだろう。

『それでは、時間もだいぶ押しておりますので、ここは人気者たちを代表して、この方から話を伺いましょう。藤堂委員長はおられますか? 風紀委員長の藤堂玲一くーん! そんな端っこの幕に隠れても無駄ですから、いますぐ前へ出てきてください』


 ……あの司会者、あとで絞める。
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