偽り少女への鎮魂歌

國井 楽

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序章

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「じゃあ、さようなら」
  目の前の女が、してやったり顔の俺の同僚の腕にその滑らかな細い腕を、さながら白蛇の様に絡めて俺に背を向けて歩き出す。
  俺が、何をしたって言うんだ。
  俺は、背を向けた女と共に生きて行くために、趣味ですら全てを捨てて、仕事に打ち込んで来た。それなのにこんな仕打ちをされ、乾いた笑いしか出て来ない。
  それが、昨日の話だ。
「須野原くん。君、山口くんの彼女と浮気をしていたそうじゃないか」
  今日仕事に来てみれば社長に呼び出され、こんなことを言われた。
『ハメられた』
  そう思った時には、もう遅かった。
「君、頭がいいから何が言いたいかは、もう分かるね?」
  こんなことなら、彼女と婚約しているという事を上司に報告しておけばよかったと、思った。そんなことを思っても、もう取り返しなんてつかないんだが。
「……今まで、お世話になりました。荷物は今すぐ片付けますので」
「分かってくれて助かるよ」
  山口と元婚約者に対しては腸は煮えくり返る思いだが、会社としてはそんな風紀を乱す『不道徳者もんだいじ』を抱えたままでいられないのは、悲しいことだが理解出来てしまう。
  浮気を平気でする人間と共に仕事をしたいと思う人間はこの世界中探しても、どこにも居ないだろう。
  俺は間接的な言い方ではあるが、解雇通告。つまるところ、会社をクビになった。
  婚約者には浮気はされるわ、その浮気相手がまさかの俺の同僚で、何故か俺が浮気したと言うデマを流された挙句職は失うわで、散々な日だ。 
  唯一の救いは、その元婚約者と結婚するために一切の趣味を断ち、お金を貯めていたことだけだ。
  一、二年は仕事をしなくても貯金の金額を除いても、余裕で暮らせるほどの蓄えはあったはずだ。使い道がまさか自分だけの物になるとは、本当に思ってもいなかったが。
「せっかくだから、都会じゃないどこかに行こう」
  俺は、そう決心した。だが、田舎すぎるのも嫌だった。そこに滞在するとなると、買い物などに困るからだ。
  そんな時、頭に浮かんだ場所があった。
「魅力度ランキング最下位の茨城県、か」
  そう、茨城県。魅力度ランキングで堂々の最下位の首位を何年も守っている、関東にある海に面している県だ。
  たしかSNSを見ていると、住んでいる人にとっては過ごしやすいようで、所謂片田舎と呼べる場所だとは思う。
  俺は『そうだ、茨城行こう』と思い立ち、逸る気持ちを抑え、使い古して来たスーツケースを納戸から引っ張り出した。
  ああ、何年ぶりだろうか。こんなに気持ちが逸ることが。
  まるで遠足の当日になると楽しみで眠れなかった、小学生の頃の気持ちを思い出していた。
  俺は傍らにあったスマートフォンで、泊まる場所を探していた。
  これは傷心旅行をするつもりだった俺、須野原タクトが旅先でとある少女と出会い、その少女と少しずつ変わっていく話だ。
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