星屑のリング/わたしの海

星歩人

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第1話 気になるあいつ

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 わたしの気になるあいつは、辺境惑星デュナンで海運業を営む一族の末の男だった。

 名前は、テッド・グラーノフ三世と言った。貴族ぽい名前だが、貴族ではない。あんなガサツな奴が貴族でも名家の出でもある筈がない。
 歴史をたどると、あの惑星国家の始祖にあたる人物が、バッカス家の工業部門とライバルであるグレン家の始祖と深い関係があり、そこで関わったとある貴族で軍人であった男が乗っていた古い戦艦の名前で、代々、党首になるものが受け継いでいるものだとのことだった。

 本名は実は知らない。ただ皆、テッドと呼んでいる以外は、お頭、ボス、若旦那しかない。

 一説にはあの一族は。というかあの惑星の住民たちは、ほとんどファミリーネームというものを持っていないらしい。
 それだと、商売上不都合が多いため、便宜上、グラーノフをファミリーネームに使っているようだ。

 説明しずらくなるので、こいつらをグラーノフの一族としておこう。彼らは、さっきも言ったように、この惑星への最初の開入植者の子孫である。入植時代が狩猟を主とした時給自足の生活をし、徐々に商売を発展させてきたようだ。
 ただ、惑星の環境が過酷すぎ、他の惑星ほど開発が進まず未だにへき地扱いで、惑星連合国家にも首都の一部が属しているのみといった具合である。

 彼らは、ここ二百年は、中継ステーションを経由しての海産物や工業原料なども輸出、取引、飲食業、観光業と幅広く商売をしている。

 惑星デュナンは、砂の海の惑星と呼ばれ、水が無い星のように思われがちだが、深く青緑の空と、砂の下は光りの届かない深海が広がっている。
 だが、深海の中は無数の藻やプランクトンなどが生息しているため、水そのものに透明度があっても、ライトをつけても周囲が見えるのがやっとである。
 さらにその下には光を発する海草や藻で照らされた地底王国があるとかないとかでいわれてはいるが、確認した者は誰もいない。それだけ、まだ未開の地でもあるのだ。

 また、この星の紫外線量は半端では無い。オアシスゼロと呼ばれるこの星の首都は、その大量の紫外線を抑える為、特殊な物理シールドと電磁波シールドで覆われているのだ。 このシールドの外に生身で出ると日陰や日没後ならどうにかなるが、真っ昼間だとたちまち皮膚が火膨れを起こし、皮膚呼吸もできなくなって死んでしまうと言われている。

 最初の入植者の末裔たちは長年の適応力と、祖先が辺境地開拓民であった恩恵を受けこの熱砂の中でも、外套のようなものでもしのげるらしい。
 だが、それはどうにかしのげるだけでしか無いので、活発に動きまわるには砂漠スーツと呼ばれる、ヘルメットとボディースーツで覆った特殊なスーツの着用が必要となるのだ。
 このスーツは汗や尿をろ過し、飲み水へ還元する他、太陽光や砂から照り返す熱をエネルギーに発電し蓄電しつつ、生命維持装置やコンピュータや無線装置を制御し、スーツ内の湿度や温度を快適に保つのだ。
 大きい排泄物に関しては、一部は身体能力をサポートしている人工筋肉繊維の養分に使われ、残りを組織分解し、乾燥させて外に廃棄している。
 
 さて、話をあいつとの出会いに戻そう。

 雄叫びをあげたわたしは、バーカーサースクラムのグランドチャンプである兄の必殺のトルネードパンチをテッドに食らわした。兄直伝だけに、八歳の女の子とは思えない破壊力で、あいつはすっ飛ばされた。
 へへっと、わたしは鼻の下を右手の人差し指でこすり。「おそれいったか」と言うのだが、なぜか、反撃されてしまった。殴ったのは、一見、ぽやんとしてた、そいつの妹だった。

「兄(あん)ちゃんに、何すんだ、このバカ」

 それほど強烈ではなかったが、紙一重で交わしてわたしは、尻餅をついた。

「やめろ、マリア。これは兄ちゃんが悪いんだよ」

 そいつは、起き上がって、ファイティングポーズをとる妹の手を下ろさせ、倒れたわたしに右手を差し伸べた。

「すまねえ。しかし、おまえ、なかなかやるなあ。どっかの、金持ちのボンボンかと思ったけど、体格に似合わず、すげえパンチだよ。
 まるで、あれは、バーカーサースクラムのグランドチャンプのなんて言ったっけ、あいつのさ、トルネードパンチみたいだったよな」

「兄だ」
「何だって?」
「バーカーサースクラムのグランドチャンプのカルロス・バッカスはわたしの兄だと言ったんだ」
「ほんとかよ。すげーなー。お前」

テッドはわたしを引き起こし、かなりオーバーアクション気味に褒め称えた。

「今度、サインもらってくれよ。俺たち、カルロスの大ファンなんだ」

 兄が、子供たちに大人気なのは、こんな辺境惑星でも同じだった。

 わたしは、彼らが腕にグレン社製のリストコミュニケータを付けているのに気づいたので、兄のサインをもらってやるといい、早速、兄へ連絡をとった。
 兄は丁度、試合のハーフタイム中だったが、気軽に写真入りの直筆サインを彼らのリストコミュニケータへ送ってくれた。
 サインをもらえた彼らの喜びようは半端なかった。

 これがきっかけで、わたしは、彼らと急速に仲良くなったのだが、次のテッドのセリフがいけなかった。

「お前、カレンとか言うのか?」

 聞いてないようなふりして、あいつはしっかり聞いていたようだ。
「女みたいな名前だな」

 いや、わたしは女なんだが、

「しょうがねー、お前は今日から俺の弟だ。よろしくな、カレン。
 俺は、テッド、テッド・グラーノフって言うんだ。さっき、お前を殴ろうとしたのは妹のマリア、そして、俺の左腕にからまっている無口なのが、ウルスラ、ウルスラ・ダントス。
 俺の幼馴染だ。すげー金持ちのご令嬢らしくてよ。父ちゃんが、その父親と知り合いでさ、面倒みてんだよ。昔はよく一緒に風呂に入って、寝てたんだが、最近は反抗期なのか何かと仏頂面(ぶっちょうづら)でね。いで」

 ウルスラという女は、相当に不機嫌な目つきでわたしを睨み付け、テッドの耳をひっぱった。
 これは威嚇してるのだろうかと思えた。だがダントスと聞いて少しほっとした。確か父の業務日誌に取引先として多数伝票が切られていたのを見たことがあったからだ。
 しかし、年頃の女の子に子供の頃の話はよくないな。この調子だと、赤ん坊の頃におしめを代えたとも言い出し兼ねない様子に思えたからだ。テッドの説明は続いた。

「こっちのプラチナブロンドの女の子は、ローラ・カーロフといって、惑星デュナンの漁業組合長の孫娘だ」

 ひととおりの紹介が終わると、みなはそれぞれわたしに軽く挨拶をしてくれた。だが、わたしは、聞き逃さなかった。テッドが、伝説のグラーノフ一族であるということを。

「あんた、グラーノフなの」
「そうだが」
「すごいよ。あんたたち。グラーノフって言ったら、惑星デュナンを開拓した一族じゃないか。すごいよ、すごすぎるよ。なあ、一緒に写真写ってくれないかなあ」

 わたしは、大はしゃぎで、彼らと写真をとり、興奮冷めやらぬ間にホテルのディナーに招待していた。

 当時のわたしは、伝説の偉人にものすごくあこがれていたので、彼らが、グラーノフ一族だと知って興奮しっぱなしだったのだ。
 その後も、わたしはちょくちょく、伴の者たたちと辺境惑星デュナンを訪問することになった。そういったいきさつから、わたしたちは本当に仲良くなったのだ。

 彼らとの待ち合わせは実に不定期だった。その当時、わたしは、実家のある人工惑星コロニー、アダムから勉強の時間が開けられる時期にデュナンに訪れ、ジャンク市場で出会うというものだった。

 彼らは連絡手段があっても、事前連絡はいらないといいつけ、休みのときだけにあっていたが、必ずと言っていいほど、彼らはジャンク市におり、ぶらついているわたしを見つけてきた。

 これはたぶん、わたしの身分が彼らを警戒させていたと後で気付いたが、ひょんなことから、わたしの家に対する彼らの警戒は解けることとなった。

 それは、うちの祖父や父が、バッカス家に婿養子に入る以前からグラーノフ家の家長とは古くからの知り合いだったからだ。
 ごたぶんに漏れず、我がバッカス家の婿養子は、お尋ね者も随分いたので、荒くれ者の多いグラーノフ家と知り合いでも不思議は無かった。

 わだかまりが解けるや否や、わたしは、あいつの家に招待され、一週間は飲めや歌えの大宴会だった。

 おまけに、あいつの父親が持つ砂上船に乗せてもらった。はじめて体験する砂の海は、とても神秘的だった。夜は月の光が青白くなったり、月が雲で陰ると、砂の中にもぐっている微生物が発光して砂の海が黄金色に光ったりととても幻想的な風景を見られた時は、興奮してその夜が眠れない程だった。

 また、彼らの狩猟対象である砂虫とよばれる、砂の海の深海に生息する巨大哺乳類の漁を見せてもらったり、真っ暗な深海を流れる砂の音を聞き分けながら潜る潜水艇を操縦させてもらったりもした。

 そうなると、わたしも彼らを歓迎せざるをえなくなる。わたしは一も二もなく、宇宙戦艦を偽装させた貨物船へ案内した。当時は母が貨物船の所有者だった。
 わたしは父と母におねだりして、ちょっとしたクルージングを行ない、彼らに宇宙航海を堪能してもらった。

 特にテッドとマリアは宇宙船にすこぶる興味があったようなので、父は、船長心得や、操縦方法を、半ば真剣に教えていた。
 すでに、砂上船の航海士ライセンスを持ち、扱いも長けていたあいつは、ほとんどオートパイロットで二、三指示を与えるだけで済む宇宙船の操縦はつまらんと嘆いていた。

 そこであいつは、わたしたちの目を盗み、マリアと結託して勝手に手動操縦に切り替え、あたしや母を仰天させた。父は流石というのだろうか全く動揺してなく、一緒に操縦桿を握り航行方法を伝授していた。
 テッドとマリアは父にあれこれと質問をし、父はそれに答えた。テッドとマリアを見る父の目はとても優しく、そして、嬉しそうだった。

 彼らが、わたしのところで遊び帰える度に、父はにこやかにぽつりとわたしに言った。「カレン、あの男に惚れているだろう?」と。
 図星をつかれたわたしは、毎度毎度、顔を赤らめながら大声で「ちがう。そんなんじゃない」と必死に反論したと父は言っていた。

 当時、そんなつもりなど全く無かったわたしだが、いつの間にか、わたしはあいつを意識しはじめていたことは否定できない。

 だが、あいつらとの付き合いの中で、そこまで真剣に向き合える時間はなく、うやむやのままに時間だけが過ぎてしまった。数年の経過は、わたしたちを大人へ成長させた。

 しかし、何年経っても、わたしが、あいつの”弟分”であるという肩書きだけは取り消されることは無かった。

 それは、すっかりふたつの胸のふくらみが立派になった今でさえもだ。
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