1 / 1
草子相愛 -そうしそうあい-
しおりを挟む
「玉藻~! ファンレター持ってきたわよ」
「清ちゃん、おかえり。ありがとう!」
玉藻は、長野県在住の、少女漫画家だ。
小中学生女子を対象にした、月刊誌に連載を持っている。
清は、担当編集者でありながら、同居人でもある。
ファンレター入りの紙袋を受けとった玉藻が、頬をゆるめた。
「今回も来てたわよ」
「高尾さん?」
「ええ」
高尾さん、とは、毎月感想を送ってくる、東京在住の二十代男性だ。
姉の影響で少女漫画が好きになったらしい。
そのファンレターというのが、少々独特だった。
「和紙に毛筆って、古風な男性よね」
「私は好きだけどな、和紙。1,000年前に上皇様にいただいた、恋文を思いだすわ。添えられていた和歌が、また雅でね~」
玉藻の膝で丸まっていた、茶トラ猫のコマが、首をもたげた。
「またはじまったにゃ。玉藻の上皇語りは、長いうえにくどいにゃ」
そういうと、2本のしっぽをゆらゆらさせた。
玉藻は、人を化かす九尾の狐。
清は、炎をあやつる白い蛇。
コマは、言葉を話す猫、猫又だ。
かれらは、古民家でシェアハウスをする、妖仲間だ。
古い家だが、Wi-Fi完備、オール電化、屋根には太陽光パネルまで設置してあるので、住み心地はばつぐんだ。
高台にあるので、ながめがいい。
晴れた日には、キラキラ光る野尻湖と、妙高山がよく見える。
玉藻は、パソコンで漫画を描き、デジタル入稿をしている。
人化の術は使えるが、びっくりするとしっぽが数本でてしまう。
9本あるうちの1本ぐらい、と思わないこともないが、人間にしっぽは無いので、できるだけ人前にでないようにしている。
清は、もともと人間だった。
1,200年ほど前に、怨念によって炎をあやつる白蛇になった。
蛇になるときに転化の術を使用するため、何もしなければ人間のままだ。
だから、人間に混じって生活をするのが得意だ。
玉藻が少女漫画家になりたいと言った年に、清は総合出版社に入社した。
妖仲間を守るためではあったが、いまでは仕事にやりがいを見つけ、バリバリ働いている。
月に2,3回ほど東京本社に行くほかは、この古民家でリモートワークをしている。
リビングにあるコタツが、皆のくつろぎ定位置だ。
玉藻がお茶を入れて、清がお土産の東京銘菓の箱を開ける。
コマは、コタツ布団の上で、丸くなった。
「高尾さん、今回は細長い箱で送ってきたわよ。ついに巻物になったのかしら」
「ありえるかも。毎月、十数枚あるから」
クスクス笑いながら、玉藻は箱を開けた。
和紙の手紙と、細長い白い箱が入っていた。
「なんだろう」
白熨斗が、赤い華の水引飾りでとめてある。
ふたをあけると、赤いカーネーションが1本入っていた。
手にとった玉藻は、息をのんだ。
「このカーネーション、和紙でできてる!」
「すごいな、高尾さんのセンス」
清が苦笑した。
「これだったら、枯れないからいいね」
「枯れない赤いカーネーション……」
清がちいさくつぶやく。
玉藻は、和紙のファンレターを開封した。
『玉藻先生 こんにちは。
今月の「ハツコイにキス」も、ひかえめに言って、最高でした。
玉藻先生の繊細なタッチで描かれる複雑な心理描写は、芸術の域です。
例えば、2ページ目の左上のコマの――』
延々と続く賛美に、玉藻の顔がくずれる。
これだけ読み込んでくれるとは、作者冥利につきるというものだ。
『今度のゴールデンウィークに、道の駅しなのでキャラクターショーが開催されます。
その企画運営をまかされたので、玉藻先生の住まわれる信濃町に行くことになりました。
去年の9月号のインタビューで、玉藻先生が信濃町の大自然からインスピレーションを受けたと話されていましたので、現地に行けるのがいまから楽しみです。
先生の愛する野尻湖や妙高山を、この目に焼きつけたいと思います。
季節の変わり目ですので、ご自愛ください。
高尾 律』
玉藻の心臓が、ドキリと音を立てた。
「高尾さんが来る」
「え!?」
おもわずこぼれた言葉に、清がおおげさに反応した。
玉藻は、言い訳のように補足する。
「く、来るっていっても、仕事で」
「いつ、どこに?」
「ゴールデンウィークに、道の駅しなの、に」
清の目が、キラリと光った。
「ちょうどいいわ、玉藻。あなた、高尾さんに会ってきなさい」
「ええ!?」
「そろそろ新しい恋をすべきだわ。実はハツキスの読者投票の伸びが悪いのよ」
ハツキスとは、玉藻が連載している漫画「ハツコイにキス」の略称だ。
「この体験を、漫画に活かすの!」
「……人間は、はかないから。恋をしたところで」
「言いたいことはわかるわ。でもね、とりあえず漫画の糖度を上げてもらわないと、このままでは連載打ち切りもありえるわよ」
「打ち切り!?」
「嫌でしょ? 嫌よね? だから会ってきなさい。これは担当編集者命令よ」
「清ちゃん、スパルタ……」
清は、こうと決めたら曲げない性格だ。
長い付き合いで、それを熟知している玉藻は、肩を落とした。
「会うだけだからね。はあ、迷惑がられたらどうしよう」
「あら玉藻。赤いカーネーションの花言葉は?」
「知らないけど、なに?」
玉藻の視線を受けて、清は妖艶にほほえむ。
「――会いたくてたまらない」
「来ちゃった……」
ゴールデンウィークの道の駅しなのは、活気にあふれていた。
駐車場の一画に、簡易ステージができている。
その周囲に、スタッフたちがいる。
近くにいけば、どの人が高尾さんか、わかるかもしれない。
前しか見ていなかった玉藻は、横から来た人と軽くぶつかる。
「すみません!」
人の良さそうな、中年の女性だった。
「あら、こちらこそ」
ワンッ! と彼女が抱いていた小型犬が吠える。
「ひっ!!」
九尾の狐である玉藻は、犬が大の苦手だった。
「では、わたしはこれで!」
おもわずダッシュすると、うしろから中年女性の声が聞こえた
「リムちゃん!」
リムちゃん? と振り返ると、小型犬が追いかけてきていた。
玉藻は叫びながら逃げた。
建物の影まで走ると、行き止まりで絶望する。
後ろを振り返ると、小型犬がせまっていた。
「いぃやぁああ!!」
「だいじょうぶですか!?」
男性が駆けてきて、ひょいと小型犬をだっこした。
脅威が去り、玉藻はへなへなと地面に座りこむ。
おくれてやってきた中年女性に、男性が犬を返す。
謝る女性に手を振ってこたえ、玉藻はおおきく息をはく。
「ありがとうございました」
「立てますか?」
「はい」
そのとき、おしりにしっぽの感触があり、玉藻は血の気がひく。
驚いたときに、1本出てしまったらしい。
なんとか隠しながら立ち上がる。
「この手帳、あなたのですよね?」
「そうです!」
見覚えのある赤い手帳は、取材用のものだ。
片手でしっぽを押さえながら、もう片手でぎごちなく受け取ろうとして、失敗する。
落ちたときに開いたページは、ハツキスのキャラクターがでかでかと書いてある場所だった。
しっぽを隠すのも忘れて、手帳にとびつく。
その直前、男性がサッと手帳をひろった。
「これは……」
男性が、ガバリと玉藻の両手をにぎった。
「玉藻先生ですか!? 俺、高尾律といいます。先生の漫画の大ファンです!」
「あ、和紙の方」
「マジか、先生に認知されている。俺、もう死んでもいい……」
バサァッと音がして、彼の背中から茶色の翼が生えた。
「あの、高尾さん。翼が出てますけど」
「うえ!? あ、やば、いや、これはその」
うろたえる彼の瞳孔は、猛禽類のような金色だった。
「信じてもらえないかもしれないんですけど、じつは俺、天狗と人間のハーフなんです」
玉藻は、あっけにとられる。
「あの、玉藻先生もしっぽが――多い」
「うえ!?」
「もしかして、九尾の狐」
「このことはご内密に!」
「もちろん。ですが、おなじ妖のよしみで、ひとつ頼み事があります」
「なんでしょうか」
「直接、玉藻先生への想いを語らせてください」
真摯な瞳で懇願され、玉藻はぐらりと揺らぐ。
天狗と人間のハーフの律は、鼻筋がシュッと通っている男前で――玉藻のドストライクの顔だった。
そして、つい、興味本位で質問をしてしまった。
「ちなみに、高尾さんの寿命は」
「人の十倍以上です」
清からは恋をしろと言われ、目の前にはふさわしい相手がいる。
それでも玉藻は、最後の一歩を踏みだすのを迷う。
「高尾さんは、お住まいが東京ですよね? 新幹線の時間とかもありますし」
「天狗の能力はご存じですか? 一瞬で何百キロも移動できるんです」
つまり、遠距離ではない。
恋する条件がそろってしまったことに、玉藻はうろたえながらも、肯定するような提案を口にした。
「あとで、家に来ます?」
「いいんですか!? ぜひ!! 先生の仕事場……生原稿……はぁはぁ」
息をあらげた律に、玉藻はかるく引いた。
住所を伝え、家に帰った玉藻は、清とコマに事の顛末を話す。
夕方、約束通りに訪ねてきた律は、怒涛の勢いで深夜まで語りつづけた。
そしてまた玉藻の両手をにぎり、熱望のまなざしでこう言った。
「想いを伝えきるまで、毎日通うことをお許しください」
数日だろうと思い、玉藻がうなずくと、律はしあわせそうな笑みを浮かべ、帰っていった。
玉藻は知らない。
律が、まだ1,000分の1も伝えきれていないと思っていることに。
律は、毎晩たずねてきて、恋焦がれるような表情で、玉藻への敬愛を語っていく。
ほどなくして、それに求愛が混じりはじめた。
清やコマの後押しもあり、玉藻はじょじょにほだされていく。
律に対するドキドキを漫画に反映させたところ、ハツキスは読者投票で首位を走り続け、ついに来春、アニメ化することが決定した。
そしてむかえた大安吉日。
日が照っているのに雨が降る「狐の嫁入り」の天気の中、ふたりは祝言を挙げて契りを交わす。
1,000年以上生きてきた九尾の狐と、つぎの1,000年も、隣で生きると約束した天狗の子は、おたがいに愛おしげなまなざしで見つめあった。
こうして玉藻と律は、末永くしあわせに暮らしましたとさ。
めでたし、めでたし。
「清ちゃん、おかえり。ありがとう!」
玉藻は、長野県在住の、少女漫画家だ。
小中学生女子を対象にした、月刊誌に連載を持っている。
清は、担当編集者でありながら、同居人でもある。
ファンレター入りの紙袋を受けとった玉藻が、頬をゆるめた。
「今回も来てたわよ」
「高尾さん?」
「ええ」
高尾さん、とは、毎月感想を送ってくる、東京在住の二十代男性だ。
姉の影響で少女漫画が好きになったらしい。
そのファンレターというのが、少々独特だった。
「和紙に毛筆って、古風な男性よね」
「私は好きだけどな、和紙。1,000年前に上皇様にいただいた、恋文を思いだすわ。添えられていた和歌が、また雅でね~」
玉藻の膝で丸まっていた、茶トラ猫のコマが、首をもたげた。
「またはじまったにゃ。玉藻の上皇語りは、長いうえにくどいにゃ」
そういうと、2本のしっぽをゆらゆらさせた。
玉藻は、人を化かす九尾の狐。
清は、炎をあやつる白い蛇。
コマは、言葉を話す猫、猫又だ。
かれらは、古民家でシェアハウスをする、妖仲間だ。
古い家だが、Wi-Fi完備、オール電化、屋根には太陽光パネルまで設置してあるので、住み心地はばつぐんだ。
高台にあるので、ながめがいい。
晴れた日には、キラキラ光る野尻湖と、妙高山がよく見える。
玉藻は、パソコンで漫画を描き、デジタル入稿をしている。
人化の術は使えるが、びっくりするとしっぽが数本でてしまう。
9本あるうちの1本ぐらい、と思わないこともないが、人間にしっぽは無いので、できるだけ人前にでないようにしている。
清は、もともと人間だった。
1,200年ほど前に、怨念によって炎をあやつる白蛇になった。
蛇になるときに転化の術を使用するため、何もしなければ人間のままだ。
だから、人間に混じって生活をするのが得意だ。
玉藻が少女漫画家になりたいと言った年に、清は総合出版社に入社した。
妖仲間を守るためではあったが、いまでは仕事にやりがいを見つけ、バリバリ働いている。
月に2,3回ほど東京本社に行くほかは、この古民家でリモートワークをしている。
リビングにあるコタツが、皆のくつろぎ定位置だ。
玉藻がお茶を入れて、清がお土産の東京銘菓の箱を開ける。
コマは、コタツ布団の上で、丸くなった。
「高尾さん、今回は細長い箱で送ってきたわよ。ついに巻物になったのかしら」
「ありえるかも。毎月、十数枚あるから」
クスクス笑いながら、玉藻は箱を開けた。
和紙の手紙と、細長い白い箱が入っていた。
「なんだろう」
白熨斗が、赤い華の水引飾りでとめてある。
ふたをあけると、赤いカーネーションが1本入っていた。
手にとった玉藻は、息をのんだ。
「このカーネーション、和紙でできてる!」
「すごいな、高尾さんのセンス」
清が苦笑した。
「これだったら、枯れないからいいね」
「枯れない赤いカーネーション……」
清がちいさくつぶやく。
玉藻は、和紙のファンレターを開封した。
『玉藻先生 こんにちは。
今月の「ハツコイにキス」も、ひかえめに言って、最高でした。
玉藻先生の繊細なタッチで描かれる複雑な心理描写は、芸術の域です。
例えば、2ページ目の左上のコマの――』
延々と続く賛美に、玉藻の顔がくずれる。
これだけ読み込んでくれるとは、作者冥利につきるというものだ。
『今度のゴールデンウィークに、道の駅しなのでキャラクターショーが開催されます。
その企画運営をまかされたので、玉藻先生の住まわれる信濃町に行くことになりました。
去年の9月号のインタビューで、玉藻先生が信濃町の大自然からインスピレーションを受けたと話されていましたので、現地に行けるのがいまから楽しみです。
先生の愛する野尻湖や妙高山を、この目に焼きつけたいと思います。
季節の変わり目ですので、ご自愛ください。
高尾 律』
玉藻の心臓が、ドキリと音を立てた。
「高尾さんが来る」
「え!?」
おもわずこぼれた言葉に、清がおおげさに反応した。
玉藻は、言い訳のように補足する。
「く、来るっていっても、仕事で」
「いつ、どこに?」
「ゴールデンウィークに、道の駅しなの、に」
清の目が、キラリと光った。
「ちょうどいいわ、玉藻。あなた、高尾さんに会ってきなさい」
「ええ!?」
「そろそろ新しい恋をすべきだわ。実はハツキスの読者投票の伸びが悪いのよ」
ハツキスとは、玉藻が連載している漫画「ハツコイにキス」の略称だ。
「この体験を、漫画に活かすの!」
「……人間は、はかないから。恋をしたところで」
「言いたいことはわかるわ。でもね、とりあえず漫画の糖度を上げてもらわないと、このままでは連載打ち切りもありえるわよ」
「打ち切り!?」
「嫌でしょ? 嫌よね? だから会ってきなさい。これは担当編集者命令よ」
「清ちゃん、スパルタ……」
清は、こうと決めたら曲げない性格だ。
長い付き合いで、それを熟知している玉藻は、肩を落とした。
「会うだけだからね。はあ、迷惑がられたらどうしよう」
「あら玉藻。赤いカーネーションの花言葉は?」
「知らないけど、なに?」
玉藻の視線を受けて、清は妖艶にほほえむ。
「――会いたくてたまらない」
「来ちゃった……」
ゴールデンウィークの道の駅しなのは、活気にあふれていた。
駐車場の一画に、簡易ステージができている。
その周囲に、スタッフたちがいる。
近くにいけば、どの人が高尾さんか、わかるかもしれない。
前しか見ていなかった玉藻は、横から来た人と軽くぶつかる。
「すみません!」
人の良さそうな、中年の女性だった。
「あら、こちらこそ」
ワンッ! と彼女が抱いていた小型犬が吠える。
「ひっ!!」
九尾の狐である玉藻は、犬が大の苦手だった。
「では、わたしはこれで!」
おもわずダッシュすると、うしろから中年女性の声が聞こえた
「リムちゃん!」
リムちゃん? と振り返ると、小型犬が追いかけてきていた。
玉藻は叫びながら逃げた。
建物の影まで走ると、行き止まりで絶望する。
後ろを振り返ると、小型犬がせまっていた。
「いぃやぁああ!!」
「だいじょうぶですか!?」
男性が駆けてきて、ひょいと小型犬をだっこした。
脅威が去り、玉藻はへなへなと地面に座りこむ。
おくれてやってきた中年女性に、男性が犬を返す。
謝る女性に手を振ってこたえ、玉藻はおおきく息をはく。
「ありがとうございました」
「立てますか?」
「はい」
そのとき、おしりにしっぽの感触があり、玉藻は血の気がひく。
驚いたときに、1本出てしまったらしい。
なんとか隠しながら立ち上がる。
「この手帳、あなたのですよね?」
「そうです!」
見覚えのある赤い手帳は、取材用のものだ。
片手でしっぽを押さえながら、もう片手でぎごちなく受け取ろうとして、失敗する。
落ちたときに開いたページは、ハツキスのキャラクターがでかでかと書いてある場所だった。
しっぽを隠すのも忘れて、手帳にとびつく。
その直前、男性がサッと手帳をひろった。
「これは……」
男性が、ガバリと玉藻の両手をにぎった。
「玉藻先生ですか!? 俺、高尾律といいます。先生の漫画の大ファンです!」
「あ、和紙の方」
「マジか、先生に認知されている。俺、もう死んでもいい……」
バサァッと音がして、彼の背中から茶色の翼が生えた。
「あの、高尾さん。翼が出てますけど」
「うえ!? あ、やば、いや、これはその」
うろたえる彼の瞳孔は、猛禽類のような金色だった。
「信じてもらえないかもしれないんですけど、じつは俺、天狗と人間のハーフなんです」
玉藻は、あっけにとられる。
「あの、玉藻先生もしっぽが――多い」
「うえ!?」
「もしかして、九尾の狐」
「このことはご内密に!」
「もちろん。ですが、おなじ妖のよしみで、ひとつ頼み事があります」
「なんでしょうか」
「直接、玉藻先生への想いを語らせてください」
真摯な瞳で懇願され、玉藻はぐらりと揺らぐ。
天狗と人間のハーフの律は、鼻筋がシュッと通っている男前で――玉藻のドストライクの顔だった。
そして、つい、興味本位で質問をしてしまった。
「ちなみに、高尾さんの寿命は」
「人の十倍以上です」
清からは恋をしろと言われ、目の前にはふさわしい相手がいる。
それでも玉藻は、最後の一歩を踏みだすのを迷う。
「高尾さんは、お住まいが東京ですよね? 新幹線の時間とかもありますし」
「天狗の能力はご存じですか? 一瞬で何百キロも移動できるんです」
つまり、遠距離ではない。
恋する条件がそろってしまったことに、玉藻はうろたえながらも、肯定するような提案を口にした。
「あとで、家に来ます?」
「いいんですか!? ぜひ!! 先生の仕事場……生原稿……はぁはぁ」
息をあらげた律に、玉藻はかるく引いた。
住所を伝え、家に帰った玉藻は、清とコマに事の顛末を話す。
夕方、約束通りに訪ねてきた律は、怒涛の勢いで深夜まで語りつづけた。
そしてまた玉藻の両手をにぎり、熱望のまなざしでこう言った。
「想いを伝えきるまで、毎日通うことをお許しください」
数日だろうと思い、玉藻がうなずくと、律はしあわせそうな笑みを浮かべ、帰っていった。
玉藻は知らない。
律が、まだ1,000分の1も伝えきれていないと思っていることに。
律は、毎晩たずねてきて、恋焦がれるような表情で、玉藻への敬愛を語っていく。
ほどなくして、それに求愛が混じりはじめた。
清やコマの後押しもあり、玉藻はじょじょにほだされていく。
律に対するドキドキを漫画に反映させたところ、ハツキスは読者投票で首位を走り続け、ついに来春、アニメ化することが決定した。
そしてむかえた大安吉日。
日が照っているのに雨が降る「狐の嫁入り」の天気の中、ふたりは祝言を挙げて契りを交わす。
1,000年以上生きてきた九尾の狐と、つぎの1,000年も、隣で生きると約束した天狗の子は、おたがいに愛おしげなまなざしで見つめあった。
こうして玉藻と律は、末永くしあわせに暮らしましたとさ。
めでたし、めでたし。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
没落貴族か修道女、どちらか選べというのなら
藤田菜
キャラ文芸
愛する息子のテオが連れてきた婚約者は、私の苛立つことばかりする。あの娘の何から何まで気に入らない。けれど夫もテオもあの娘に騙されて、まるで私が悪者扱い──何もかも全て、あの娘が悪いのに。
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。
お兄様の指輪が壊れたら、溺愛が始まりまして
みこと。
恋愛
お兄様は女王陛下からいただいた指輪を、ずっと大切にしている。
きっと苦しい片恋をなさっているお兄様。
私はただ、お兄様の家に引き取られただけの存在。血の繋がってない妹。
だから、早々に屋敷を出なくては。私がお兄様の恋路を邪魔するわけにはいかないの。私の想いは、ずっと秘めて生きていく──。
なのに、ある日、お兄様の指輪が壊れて?
全7話、ご都合主義のハピエンです! 楽しんでいただけると嬉しいです!
※「小説家になろう」様にも掲載しています。
【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。
猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で――
私の願いは一瞬にして踏みにじられました。
母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、
婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。
「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」
まさか――あの優しい彼が?
そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。
子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。
でも、私には、味方など誰もいませんでした。
ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。
白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。
「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」
やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。
それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、
冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。
没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。
これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。
※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ
※わんこが繋ぐ恋物語です
※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ
寵愛の花嫁は毒を愛でる~いじわる義母の陰謀を華麗にスルーして、最愛の公爵様と幸せになります~
紅葉山参
恋愛
アエナは貧しい子爵家から、国の英雄と名高いルーカス公爵の元へと嫁いだ。彼との政略結婚は、彼の底なしの優しさと、情熱的な寵愛によって、アエナにとってかけがえのない幸福となった。しかし、その幸福を妬み、毎日のように粘着質ないじめを繰り返す者が一人、それは夫の継母であるユーカ夫人である。
「たかが子爵の娘が、公爵家の奥様面など」 ユーカ様はそう言って、私に次から次へと理不尽な嫌がらせを仕掛けてくる。大切な食器を隠したり、ルーカス様に嘘の告げ口をしたり、社交界で恥をかかせようとしたり。
だが、私は決して挫けない。愛する公爵様との穏やかな日々を守るため、そして何より、彼が大切な家族と信じているユーカ様を悲しませないためにも、私はこの毒を静かに受け流すことに決めたのだ。
誰も気づかないほど巧妙に、いじめを優雅にスルーするアエナ。公爵であるあなたに心配をかけまいと、彼女は今日も微笑みを絶やさない。しかし、毒は徐々に、確実に、その濃度を増していく。ついに義母は、アエナの命に関わるような、取り返しのつかない大罪に手を染めてしまう。
愛と策略、そして運命の結末。この溺愛系ヒロインが、華麗なるスルー術で、最愛の公爵様との未来を掴み取る、痛快でロマンティックな物語の幕開けです。
包帯妻の素顔は。
サイコちゃん
恋愛
顔を包帯でぐるぐる巻きにした妻アデラインは夫ベイジルから離縁を突きつける手紙を受け取る。手柄を立てた夫は戦地で出会った聖女見習いのミアと結婚したいらしく、妻の悪評をでっち上げて離縁を突きつけたのだ。一方、アデラインは離縁を受け入れて、包帯を取って見せた。
英雄一家は国を去る【一話完結】
青緑 ネトロア
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。
- - - - - - - - - - - - -
ただいま後日談の加筆を計画中です。
2025/06/22
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる