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第二章 臣下とは王のために存在する
不穏な歓待
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その日の午後、ディビットの執務室において、家族会議がひらかれた。
モノトーンでまとめられたインテリアは、おちついた雰囲気で、話し合いの舞台としては最適だ。
センターテーブルをかこむ黒いソファのひとつに、ディビットは腰をおろす。
となりには妻のクリスティーナが、おだやかな微笑みをたたえて、うつくしく座っている。
「――さて、アンジェリカ。ギルバートから概要は聞いたとおもうが、おまえの婚約者を決めることになった」
対面にすわる愛娘が、ひかえめにうなずく。
となりにすわるギルバートは、気づかわしげに彼女を見つめている。
かれらはずっと仲がいい。
アンジェリカが生まれたときから、ギルバートは彼女を慈しんできた。
暇さえあればくっついているふたりに、ほほえましい目を向けながら、年頃になればおのずと離れるだろうと自由にさせていた。
しかし年が離れているせいか、ギルバートの思春期にもふたりの距離に変化はなく、アンジェリカの思春期に、距離を置かれたのはディビットだけだった。
その痛ましい出来事を乗り越え、今日の日がある。
アンジェリカにも、いよいよ婚約者ができる。
娘の成長を嬉しくもさびしく思いながら、ディビットはつづける。
「アンジェリカ、おまえの考えを聞こう」
ふわりと立ちあがったアンジェリカが、うつくしい淑女の礼をとる。
「――エリオット様とのご婚約、よろこんでお受けいたします」
顔をあげた彼女は、頬をバラ色に染めてほほえむ。
そのうつくしさに、ディビットはことばに詰まる。
あのちいさかったアンジェリカが、よくぞここまで成長した。
感慨深い気持ちでクリスティーナを見ると、彼女もまた感極まったような表情でディビットを見つめかえした。
ディビットはうなずく。
月日の流れは早いな。
そんな思いでクリスティーナに微笑みかえすと、なぜかがっかりしたような顔をされた。
首をかしげたとき、ふと視界に黒いものがうつった。
ギルバートから漆黒の靄が立ちのぼっている。
ギルバートが感情をおさえきれないときによくやるやつで、耐魔性が高い魔獣革のソファでなければ、秒で灰になっていたところだ。
「……ギルバート。魔力をおさえなさい」
「無理です」
「……私も心苦しいのだ」
「――娘を道具にできなくて? 残念でしたね、父上」
「もともと王家にやるつもりはない」
「それはそうでしょう。すでに王家には、稀代の魔人を献上し、貴方の地位は安泰だ。――これ以上の強欲は、身を滅ぼしますよ」
吐き捨て、ギルバートが立ちあがる。
ディビットは眉をひそめた。
「座りなさい、ギルバート」
「気遣いには及びません。会議は大団円で幕を閉じたようなので、用済みの役者は退出します」
ギルバートは、不安げに立ちつくすアンジェリカのまえに跪く。
アンジェリカの手をすくい、キスを落としてほほえむ。
「――愛しい俺の唯一。どうかわらって?」
「あの……なにかお兄様の気に障ることが……」
ギルバートはゆっくりと首を横にふる。
「……まだ傷が癒えていないだけだ。そのうち治るよ」
ギルバートは立ちあがり、アンジェリカの頭を撫で、もういちどほほえむ。
アンジェリカに、ようやく笑顔がもどった。
「お兄様、お大事にしてください」
「ありがとう、アンジェリカ」
うるわしい兄妹愛だが、扉にむかうギルバートは、ディビットを一顧だにしない。
息子の反抗期が長いな、とディビットが遠い目をしたとき、ふいにギルバートがふりむいた。
「ああ、父上」
「何だ?」
ギルバートがにっこりとほほえむ。
「ローガン侯爵家との絆が深まった僥倖をお慶び申し上げます。記念にローガン卿と酒でも酌み交わしてきたらどうですか? ――くれぐれも、夜道にはお気をつけて」
涼やかな碧眼は、氷のようだった。
ディビットが返答しあぐねているあいだに、彼はさっさと退室する。
あいかわらずの冷たい態度に、ディビットはなすすべもなく、おおきなためいきをついた。
イブリースは上機嫌で、ブレイデン公爵家の廊下をあるいていた。
ここの食事は種類が豊富で、どれも完成されたすばらしい味だ。
満たされた腹をさすり、鼻歌をうたいながら角をまがると、最愛の主が廊下に出てくるところで、イブリースはうきうきと駆け寄った。
『ギル! ――すごく機嫌がわるいね。こどもみたい』
悪魔にとって心地よい空気を胸いっぱいに吸いこみ、笑顔で煽る。
もっと怒りを見せてほしい。なんなら怒鳴ってくれてもかまわない。
彼が怒れば怒る分、その魔力は煮詰められて、どろりと濃密になっていく。
「……おまえは単純でいいな」
予想外のちいさな声に、イブリースはまたたく。
『ギル?』
「すこし出てくる。スイーツバイキングでもして待っていろ」
エントランスホールにむかう背中を、イブリースは追いかける。
『いまランチビュッフェしてきたところ。腹ごなしに、僕も行こうかな』
「……好きにしろ」
めずらしく同行が許可され、イブリースは内心おどろく。
瘴気をおさえて、人間に擬態するのはたやすい。
しかし気まぐれなイブリースは、とつぜん飽きて悪魔にもどることが多々あるために、人の多い場所には連れていってもらえない――イブリースも、ただの人には興味がないうえに、ちょっとしたことで叱られるから、人が多い場所は嫌いだ。
ギルバートは庭に出ると、西に向かう。
おだやかな昼下がり、太陽はやわらかく、風はやさしい。
新芽の香りがつよい生垣をぬけ、湖の遊歩道をつっきり、森に入るギルバートに、イブリースは首をかしげた。
『ギル、どこに行くの?』
「魔術剣の柄を取りにいく。――ここまで来ればだいじょうぶか」
ふとい木々に囲まれた人気のない場所で、ギルバートは足を止めた。
『もしかして、転移魔術?』
「ああ。魔術剣を座標に指定すれば、かんたんに飛べる。国立公園中を探して歩くより効率的だ」
『そういえば、魔鳥に刺したままだったね。アンジェリカの件がひと段落ついて、ようやく思い出したんだ』
クスクス笑うイブリースに、ギルバートはムッとした顔をする。
「アンジェリカより重要なことなど、この世の中には存在しない」
『はいはい。で? 僕はどうすればいいの?』
「俺の魔力を追えるだろ。来たければ後から来い」
ギルバートは目をとじて集中する。
しかしすぐに目をあけ、首をかしげた。
「――これのせいか。イブリース、俺の部屋に置いてきてくれ」
ギルバートが腕輪を外して投げる。
うけとったイブリースは、それを光にかざした。
『これ、なに?』
「術具だ。座標指定の術式が組んであるから、意識がひっぱられる」
『なるほど。ギルは座標指定が苦手だからね』
「べつに苦手なわけじゃ――」
『うけたまわりました、御主人様。ギルの部屋に置いたら、僕もギルを追うね』
にっこりと笑えば、ギルバートが息を吐いた。
気を取りなおし、ギルバートが目を伏せる。
ゆるい風が逆巻き、ギルバートの足元に黄金の魔術陣があらわれる。
彼が幻想的な輝きにつつまれるのを、イブリースはうっとりとながめる。
ギルバートの姿が掻き消えて、あとには魔力の甘い残滓が残った。
ギルバートが転移したのは、緑豊かな国立公園――ではなく、うすぐらい石壁の部屋だった。
わけがわからず、周囲に目をやりながら着地する。
靴底が床についた瞬間、いきなり足首がひっぱられた。
「うわっ!」
転びかけて、両手を床につく。
目に飛びこんできたのは、床に描かれた白い古代文字――。
「――魔術陣!?」
身を起こし、床を見回す。
ギルバートがいるのは二重円の真ん中で、そこから生えた黒い触手が、足首をギチギチと締め上げている。
ギルバートはすぐさま魔力を練る。
「――構築、風の刃。指定範囲、触手の根元」
根元を切断すれば、解放されるはずだ。
「術式展開――!?」
ひらいた術式が、床の魔術陣に吸いこまれる。
みひらく目に、あらたな触手が突きだすのが見えた。
身をよじるが、足首を拘束された状態では逃げ切れない。
あっというまに四肢を捕らわれ、受け身も取れずに倒される。
衝撃をこらえて目を開けると、古代文字の一部がキラキラと輝いている。
なんらかの条件が満たされ、発動した証拠だ。
ギルバートはそこを目でなぞり、舌打ちした。
「――魔力を吸収して転換……くそ!」
さいしょに魔術陣を読み解くべきだった。
安易に魔術で攻撃したために、このような状態に――。
「ぐっ……」
四肢の関節を絞めあげられ、苦痛の声がもれる。
体は床にぬいつけられたまま、目だけを動かし、続きを解読していく。
――魔力の強さが捕獲の強度に……魔獣の四肢を拘束。誰が魔獣だ!
感知した魔力が強いほど、捕獲の強度が上がるようだ。
よく考えてある、と皮肉げに笑ったところで、触手のうごきが止まった。
もがいても抜けだせそうにはないが、ひとまず絞殺は免れたらしい。
ギルバートは床に転がったまま、浅い息をはいて視線をめぐらせる。
みえる範囲に窓は無く、冷えたカビ臭い空気から地下であると予想する。
壁にぽつぽつと掲げられた明かりが、この部屋の異様な光景をうかびあがらせている。
石壁に等間隔に打ち込まれた楔、そこにはさまざまな手枷や足枷が、ずらりと掛かっている。
鎖が巻きついた椅子に、工具がつっこまれた木箱。
木の寝台には拘束具がついており、かたわらには錆びた武器が放置されている。
壁や天井からも手枷が垂れ下がっており、内側に小さなとげがびっしり生えているのが見えた。
「拷問部屋……」
ふと横をみたギルバートはぎくりと動きを止めた。
部屋の一角、石壁に誰かがつながれている。
「――おい! 生きてるか!?」
大声で呼びかけるが、返事がない。
ちからなく目を閉じているのは大柄な男で、汚れた着衣は騎士服のように見える。
どこかで見た気がするが、すくなくとも竜騎士団員ではない。
男の足元には血の跡がひろがっており、生きているのかさえ判別がつかない。
ちかくの壁に、ギルバートの魔術剣の柄がかけられている。
そこにも魔術陣が描かれ、床の魔術陣とつながっている。
そこから導き出される結論とは――。
「……俺が狙いか。だとしても、あの男は何だ?」
ギルバートが首をひねったとき、きしんだ音をたてて扉がひらいた。
「――ずいぶん、のんびりだったねぇ」
聞き覚えのある声に、ギルバートは首をもたげて、相手をにらむ。
「――ブラットリー」
「このまま取りに来なかったら、どうしようかと思ったよ、ギルくん」
白衣に猫背の青年が、ずれた黒ぶちめがねを上げながら、にっこりと笑った。
モノトーンでまとめられたインテリアは、おちついた雰囲気で、話し合いの舞台としては最適だ。
センターテーブルをかこむ黒いソファのひとつに、ディビットは腰をおろす。
となりには妻のクリスティーナが、おだやかな微笑みをたたえて、うつくしく座っている。
「――さて、アンジェリカ。ギルバートから概要は聞いたとおもうが、おまえの婚約者を決めることになった」
対面にすわる愛娘が、ひかえめにうなずく。
となりにすわるギルバートは、気づかわしげに彼女を見つめている。
かれらはずっと仲がいい。
アンジェリカが生まれたときから、ギルバートは彼女を慈しんできた。
暇さえあればくっついているふたりに、ほほえましい目を向けながら、年頃になればおのずと離れるだろうと自由にさせていた。
しかし年が離れているせいか、ギルバートの思春期にもふたりの距離に変化はなく、アンジェリカの思春期に、距離を置かれたのはディビットだけだった。
その痛ましい出来事を乗り越え、今日の日がある。
アンジェリカにも、いよいよ婚約者ができる。
娘の成長を嬉しくもさびしく思いながら、ディビットはつづける。
「アンジェリカ、おまえの考えを聞こう」
ふわりと立ちあがったアンジェリカが、うつくしい淑女の礼をとる。
「――エリオット様とのご婚約、よろこんでお受けいたします」
顔をあげた彼女は、頬をバラ色に染めてほほえむ。
そのうつくしさに、ディビットはことばに詰まる。
あのちいさかったアンジェリカが、よくぞここまで成長した。
感慨深い気持ちでクリスティーナを見ると、彼女もまた感極まったような表情でディビットを見つめかえした。
ディビットはうなずく。
月日の流れは早いな。
そんな思いでクリスティーナに微笑みかえすと、なぜかがっかりしたような顔をされた。
首をかしげたとき、ふと視界に黒いものがうつった。
ギルバートから漆黒の靄が立ちのぼっている。
ギルバートが感情をおさえきれないときによくやるやつで、耐魔性が高い魔獣革のソファでなければ、秒で灰になっていたところだ。
「……ギルバート。魔力をおさえなさい」
「無理です」
「……私も心苦しいのだ」
「――娘を道具にできなくて? 残念でしたね、父上」
「もともと王家にやるつもりはない」
「それはそうでしょう。すでに王家には、稀代の魔人を献上し、貴方の地位は安泰だ。――これ以上の強欲は、身を滅ぼしますよ」
吐き捨て、ギルバートが立ちあがる。
ディビットは眉をひそめた。
「座りなさい、ギルバート」
「気遣いには及びません。会議は大団円で幕を閉じたようなので、用済みの役者は退出します」
ギルバートは、不安げに立ちつくすアンジェリカのまえに跪く。
アンジェリカの手をすくい、キスを落としてほほえむ。
「――愛しい俺の唯一。どうかわらって?」
「あの……なにかお兄様の気に障ることが……」
ギルバートはゆっくりと首を横にふる。
「……まだ傷が癒えていないだけだ。そのうち治るよ」
ギルバートは立ちあがり、アンジェリカの頭を撫で、もういちどほほえむ。
アンジェリカに、ようやく笑顔がもどった。
「お兄様、お大事にしてください」
「ありがとう、アンジェリカ」
うるわしい兄妹愛だが、扉にむかうギルバートは、ディビットを一顧だにしない。
息子の反抗期が長いな、とディビットが遠い目をしたとき、ふいにギルバートがふりむいた。
「ああ、父上」
「何だ?」
ギルバートがにっこりとほほえむ。
「ローガン侯爵家との絆が深まった僥倖をお慶び申し上げます。記念にローガン卿と酒でも酌み交わしてきたらどうですか? ――くれぐれも、夜道にはお気をつけて」
涼やかな碧眼は、氷のようだった。
ディビットが返答しあぐねているあいだに、彼はさっさと退室する。
あいかわらずの冷たい態度に、ディビットはなすすべもなく、おおきなためいきをついた。
イブリースは上機嫌で、ブレイデン公爵家の廊下をあるいていた。
ここの食事は種類が豊富で、どれも完成されたすばらしい味だ。
満たされた腹をさすり、鼻歌をうたいながら角をまがると、最愛の主が廊下に出てくるところで、イブリースはうきうきと駆け寄った。
『ギル! ――すごく機嫌がわるいね。こどもみたい』
悪魔にとって心地よい空気を胸いっぱいに吸いこみ、笑顔で煽る。
もっと怒りを見せてほしい。なんなら怒鳴ってくれてもかまわない。
彼が怒れば怒る分、その魔力は煮詰められて、どろりと濃密になっていく。
「……おまえは単純でいいな」
予想外のちいさな声に、イブリースはまたたく。
『ギル?』
「すこし出てくる。スイーツバイキングでもして待っていろ」
エントランスホールにむかう背中を、イブリースは追いかける。
『いまランチビュッフェしてきたところ。腹ごなしに、僕も行こうかな』
「……好きにしろ」
めずらしく同行が許可され、イブリースは内心おどろく。
瘴気をおさえて、人間に擬態するのはたやすい。
しかし気まぐれなイブリースは、とつぜん飽きて悪魔にもどることが多々あるために、人の多い場所には連れていってもらえない――イブリースも、ただの人には興味がないうえに、ちょっとしたことで叱られるから、人が多い場所は嫌いだ。
ギルバートは庭に出ると、西に向かう。
おだやかな昼下がり、太陽はやわらかく、風はやさしい。
新芽の香りがつよい生垣をぬけ、湖の遊歩道をつっきり、森に入るギルバートに、イブリースは首をかしげた。
『ギル、どこに行くの?』
「魔術剣の柄を取りにいく。――ここまで来ればだいじょうぶか」
ふとい木々に囲まれた人気のない場所で、ギルバートは足を止めた。
『もしかして、転移魔術?』
「ああ。魔術剣を座標に指定すれば、かんたんに飛べる。国立公園中を探して歩くより効率的だ」
『そういえば、魔鳥に刺したままだったね。アンジェリカの件がひと段落ついて、ようやく思い出したんだ』
クスクス笑うイブリースに、ギルバートはムッとした顔をする。
「アンジェリカより重要なことなど、この世の中には存在しない」
『はいはい。で? 僕はどうすればいいの?』
「俺の魔力を追えるだろ。来たければ後から来い」
ギルバートは目をとじて集中する。
しかしすぐに目をあけ、首をかしげた。
「――これのせいか。イブリース、俺の部屋に置いてきてくれ」
ギルバートが腕輪を外して投げる。
うけとったイブリースは、それを光にかざした。
『これ、なに?』
「術具だ。座標指定の術式が組んであるから、意識がひっぱられる」
『なるほど。ギルは座標指定が苦手だからね』
「べつに苦手なわけじゃ――」
『うけたまわりました、御主人様。ギルの部屋に置いたら、僕もギルを追うね』
にっこりと笑えば、ギルバートが息を吐いた。
気を取りなおし、ギルバートが目を伏せる。
ゆるい風が逆巻き、ギルバートの足元に黄金の魔術陣があらわれる。
彼が幻想的な輝きにつつまれるのを、イブリースはうっとりとながめる。
ギルバートの姿が掻き消えて、あとには魔力の甘い残滓が残った。
ギルバートが転移したのは、緑豊かな国立公園――ではなく、うすぐらい石壁の部屋だった。
わけがわからず、周囲に目をやりながら着地する。
靴底が床についた瞬間、いきなり足首がひっぱられた。
「うわっ!」
転びかけて、両手を床につく。
目に飛びこんできたのは、床に描かれた白い古代文字――。
「――魔術陣!?」
身を起こし、床を見回す。
ギルバートがいるのは二重円の真ん中で、そこから生えた黒い触手が、足首をギチギチと締め上げている。
ギルバートはすぐさま魔力を練る。
「――構築、風の刃。指定範囲、触手の根元」
根元を切断すれば、解放されるはずだ。
「術式展開――!?」
ひらいた術式が、床の魔術陣に吸いこまれる。
みひらく目に、あらたな触手が突きだすのが見えた。
身をよじるが、足首を拘束された状態では逃げ切れない。
あっというまに四肢を捕らわれ、受け身も取れずに倒される。
衝撃をこらえて目を開けると、古代文字の一部がキラキラと輝いている。
なんらかの条件が満たされ、発動した証拠だ。
ギルバートはそこを目でなぞり、舌打ちした。
「――魔力を吸収して転換……くそ!」
さいしょに魔術陣を読み解くべきだった。
安易に魔術で攻撃したために、このような状態に――。
「ぐっ……」
四肢の関節を絞めあげられ、苦痛の声がもれる。
体は床にぬいつけられたまま、目だけを動かし、続きを解読していく。
――魔力の強さが捕獲の強度に……魔獣の四肢を拘束。誰が魔獣だ!
感知した魔力が強いほど、捕獲の強度が上がるようだ。
よく考えてある、と皮肉げに笑ったところで、触手のうごきが止まった。
もがいても抜けだせそうにはないが、ひとまず絞殺は免れたらしい。
ギルバートは床に転がったまま、浅い息をはいて視線をめぐらせる。
みえる範囲に窓は無く、冷えたカビ臭い空気から地下であると予想する。
壁にぽつぽつと掲げられた明かりが、この部屋の異様な光景をうかびあがらせている。
石壁に等間隔に打ち込まれた楔、そこにはさまざまな手枷や足枷が、ずらりと掛かっている。
鎖が巻きついた椅子に、工具がつっこまれた木箱。
木の寝台には拘束具がついており、かたわらには錆びた武器が放置されている。
壁や天井からも手枷が垂れ下がっており、内側に小さなとげがびっしり生えているのが見えた。
「拷問部屋……」
ふと横をみたギルバートはぎくりと動きを止めた。
部屋の一角、石壁に誰かがつながれている。
「――おい! 生きてるか!?」
大声で呼びかけるが、返事がない。
ちからなく目を閉じているのは大柄な男で、汚れた着衣は騎士服のように見える。
どこかで見た気がするが、すくなくとも竜騎士団員ではない。
男の足元には血の跡がひろがっており、生きているのかさえ判別がつかない。
ちかくの壁に、ギルバートの魔術剣の柄がかけられている。
そこにも魔術陣が描かれ、床の魔術陣とつながっている。
そこから導き出される結論とは――。
「……俺が狙いか。だとしても、あの男は何だ?」
ギルバートが首をひねったとき、きしんだ音をたてて扉がひらいた。
「――ずいぶん、のんびりだったねぇ」
聞き覚えのある声に、ギルバートは首をもたげて、相手をにらむ。
「――ブラットリー」
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「がんばっても報われなかったあなたに」“スローライフ成り上がりファンタジー”
人生に疲れ果てた北村めぐみは、目覚めると異世界の農村で少女グレイスとして転生していた。この世界では6歳で神から“ギフト”を授かるという。グレイスが得た謎の力「ミツバイ」は、果物を蜜のように甘くするという奇跡の力だった!村を、領地を、やがて王国までも変えていく果樹栽培の物語がいま始まる――。美味しさが未来を育てる、異世界農業×スローライフ・ファンタジー!
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