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13話 勇者の血ってやばいんじゃね?
しおりを挟むううう。息が苦しい。高校の体育の授業を思い出す。3000m休みなく走ってゴール前のぶっ倒れる直前みたいな。歩こうとしたら教師が竹刀でケツを叩くんだよ。体罰だよ、誰か通報してくれよ、なんて毎回これ以上の辛さなんて世の中に無いだろうって思ってたけどさ。
今、それより苦しい。
勇者の血やばいって。毒劇物指定しといてよぉぉ。
息苦しいだけじゃなくて頭も割れるように痛み出す。首も肩もぎしぎし軋むみたいだ。肩も膝も関節にヤスリを当ててぎこぎこ削ったみたいな痛みが走る。突っ張った皮膚がもう伸びきれずに裂けて破れた感じもした。
「き、君はいったい…」
勇者が愕然としたように言った。ぬるぬるしたものを突き破って、何かが勢いよくどすんと地面に落ちた。俺は勢いよく盛大に喀血した。マーライオンも仰天しそうな量だった。たぶん勇者の武器の槌が落ちて偶然どこかを壊したんだろう。
「だ、大丈夫か、どうしたんだいきなり血を吐いて」
「ダンジョンが壊れると、俺も壊れちゃうんだよ…。お前の槌がどっか壊したから血を吐いたんだ。大丈夫かってきくなら、もう壊さないでくれ…」
も、もう泣き落とししかないかもしれない。俺はすごく正直に俺はダンジョンと一体で勇者がダンジョン階を壊したせいで血を吐いたこと、俺は魔物だけど悪い事は何にもしていないし、真面目にみんなで薬草を作ってることを話した。それからこのダンジョンの罠は人間が俺のために作ったもので、ダンジョンには宝物なんて何にも無いってね。強いて言えばその薬草が一番のお宝だよ…。ダンジョンを潰したら、薬草も無くなっちゃうよ。街の人だって孤児の子供達だって困っちゃうよ…。それから、それから…多分俺も死んじゃう。
勇者は信じてくれたかな…。何も言ってくれん。
喀血は幸い今の一回で済んだ。むしろ体がぎしぎしする方が痛い。それから勇者の血が落ちた所がじんじんする。もし女の子の姿の変化が解けたら勇者に頭をかち割られるんじゃないかと怯えていたのに、まだ女の子に見えてるのかな。大丈夫かな。場所が場所だけにうまく動けず、俺達は落下し続けた。洞穴管理人なのにどの階層かもわからない…。だめだな、俺。
それから鎧のせいで重い勇者がずりずりと先に滑り落ち、勇者にどこかを掴まれて俺もゆっくり地に足がついた、気がした。いや、ついてない。これはお姫様だっこではないか。苦しすぎてどこを掴まれているかもわからなかったけど、この状態が非常にまずいことだけは疲弊した体でも理解できた。
完全に美少女魔王ボディじゃなくなっとるうぅぅ。
ゆ、勇者の血には魔王の力を中和とか消し去る力があるの…か?俺の体は本来の俺の姿に戻りつつあった。真珠色の肌は陽を浴びたことのなさそうななまっ白い肌に、髪はぱさぱさに、顔だってきっと何の変哲もない俺顔に戻っているだろう。もう鏡の前でウィンクの練習してみたり、唇をちゅーの形に尖らせて見ることもないだろう。っていうか物理的に消滅させられて、鏡を見ること自体がなくなるだろう。
ヤバイヤバイ、勇者は女を斬らないって魔王は言ってたけど、男はどうなるんだ…。ぼこぼこか?首ちょんぱか…。
おいこら勇者、黙秘権行使するのはお前じゃないだろう。何か言え。非常に気まずい。
勇者に抱き抱えられる血塗れの全裸な俺。なんてシュールなんだ。
ハローマイサン。物理的に後で塵になるかもしんないけど、ちょっと今は隠れようか。丸出しにする意図が全くなかった俺は震える両手でそっと股間を隠した。勇者の視線が痛い。
ううう勇者の視線が突き刺さるぅ。
そ、そりゃ嫌だよな。変化していたとは言え俺なんか相手に粗相したとか消したい過去だよな。言いません。誰にも言いません。書き残しもしません。釈明しても殲滅されちゃうのかな…。
ちらりと勇者を見た。
なんというか、勇者らしいというには正義とか熱血みたいな感じが削げ落ちた表情だ。
「…お前は悪魔アーガレスか?」
いえ、違います。俺の名前はティン…………………………ティンです。悪魔アーガレスって誰よ?
「悪魔アーガレスは男にも美しい女の姿にもなり、あらゆる言語に通じている。この街には多くの地域から学者が集まり古代語の解析を進め多く怪しげな術を行なっているとも聞いている。その指揮をとっているのは男と女両方の姿を持っている者だと、それはお前だな。だからこの街は悪魔に支配されていると……」
なんで断定なんだー?俺はアーガレスとやらじゃない。古代語の薬のレシピは確かに読んでやったけど。でも研究の指揮なんか取った事はない。塔の奴らにまかせっきりだよ。女の子の姿になったのも魔王にそうされちゃったからで、自分で変化できるわけじゃない。
それから…悪魔に支配されてる街?魔王はいるけど、支配なんてしてないよな?
魔王のこと知ってるようで全然知らないんだよな。
「俺は古代語は読めるけど、アーガレスとやらじゃないし、研究とかした事ないから。それから、街に、支配者は………いないと思う」
「古代語が読めるなら、あれも読めるはずだ」
勇者は俺をお姫様抱っこしたまま、地面に投げ出されている槌を指さした。槌には確かに文字刻まれていた。
…あの、もう、下ろしてくれて良いんだけど…。
読むまで下ろしてくれないらしい。
『ゴウネワリの槌』
無理矢理日本語で書くと『五畝割の槌』だ。畝ってアレじゃん。畑にタネを撒いたり何か植えたりする時にベッドの役割する、土を盛り上げた部分じゃないか。畝割りの意味を教えてやると勇者は深々とため息をついた。
「破壊の槌じゃないのか?壊滅の槌でもないんだな?……………そうか」
ゆ、勇者?どうしたんだ。なんかいきなり黄昏老人みたいになっちゃって…俺よりちょっと上ぐらいの歳に見えるだけなのに大丈夫か?あ、いや、俺の実年齢とかもうわかんないけど…。
「僕の使命は人を苦しめる魔物の殲滅と、人々を狂わせる悪魔や邪教をこの世界から滅ぼす事だと言われてたんだ。そしてあの勇者の槌は『破壊の槌』だと言われてた。全ての悪の根源を勇者の『破壊の槌』で打ち倒せって。でもあれが、破壊の槌じゃないなら、僕はもう殺さなくて良いだろう…?」
ゆ、勇者?
なーぜー泣くのー!?
「僕は確かに今まで邪悪なモノを倒したりしてきたけど、そうじゃない時もあった。全ては教会の意向だった。ここは平和すぎるよ。人は親切だし、子供達は幸せそうだ。死にそうな病人も乞食もいない。子供を捨てたり売ったりする親も暴漢もいない。魔物は可愛くて、馬鹿正直だし。僕が壊すものなんてここにはないじゃないか」
そうじゃない時ってのがすごーく引っかかるんだけど。
教会の命令でやらされてたのか?
勇者の涙が落ちた。透明な涙だった。
あひいっん
チクショー
折角の良い場面が台無しだよ。
アソコを踏まれた級の痛みに襲われた。ちょ、勇者の涙痛い!めちゃくちゃ痛い。落ちた涙が胸の先に落ちたんだよ。赤くなってひりひりする。噛まれたみたいに痛いよぅ。勇者の体液は劇毒物指定しないと…。硫酸とか塩酸みたいに穴が空いたりしないよな。フーフー
息を吹きかける。
「す、すまない、傷つけないと言ったのに約束を破ってしまった」
約束はしてねぇけど、傷つけないって言ってくれるなら助かった…。
や、そこでなんで頬を赤らめるかな勇者。ちょっとわかんない。
「…僕は…無節操な父と母を見て男女の交わりは汚らわしいと思っていたし……僕の地位や財産を目的に近寄ってくる女性が苦手だった。でも女性の姿の君に触れたいと思えたし…欲望も感じた。…今の姿も…たぶん君なら大丈夫だと思う」
いや、ちょっと待て。色々待て。俺たぶん今、酸欠で頭が回らない。美少女魔王ボディと顔が可愛いのは俺も理解してた。つい鏡の前でウィンクの練習しちゃうぐらいだったから。
でも、なんだ?
今の姿もってどういう意味?
今ここにいるのは何の変哲もない目立ちもしない平べったい顔族系の俺ですけど。俺が大丈夫って俺でいけちゃうわけ?
いや、待って。
俺でいかないで。
「勇者をやめて、ここで暮らします」
なんでいきなり居住宣言?
やだ、ここはアパートでもマンションでもないし。ユーヴュラが俺のために作ってくれたダンジョンだし、勇者ゴーアウェイゴーホーム…。……ってちょっとまだ怖くて言えない。
「…もしここに置いてくれないんだったら……」
勇者は俺をそろりと下ろすと、投げ出されていた槌をゆっくり持ち上げ握りしめた。
「…置いてくれないんだったら僕の理想郷の夢ごと此処を壊します」
勇者は玩具のトンカチでも扱うみたいに槌を自分の手のひらにぱしーんぱしーんと叩きつけはじめた。うってかわって暗い眼をしていた。ヤンデルスイッチハイッチャッタノカー
ヤンデレじゃなくて病んでるスイッチだこれ。
「勿論壊した所は責任をもって修理します」
「修理するって言ってもどうやって直すつもりだよ」
「冒険者がこのダンジョンを作ったと言っていましたよね。一介の冒険者にできて僕に出来ないはずがありません」
流石勇者、凄い自信だ。でも嫌だ、ユーヴュラの作ったダンジョンをもう触って欲しくない。それに勇者の血も涙も痛いし。そう言うと勇者はまた暗い目でぱしぱしと槌をもて遊びはじめた。
「僕に責任を果たさせないつもりですか?人間が自分の行為に責任をもつことを君は否定するんですか?それとも僕には不可能だと思っているんですか?」
ゆ、勇者の目が怖い。
(´;д;`)ユウシャコワイ
(´;д;`)イジメル?イジメル?
「勇者にはここの修理じゃなくて、もっと硬い石切場から塔の建築用の石材をそのすてきな槌でコンコンって叩いて準備してもらえたら、ティン様はすっごく喜んでくれると思うだけど、なー。ねー?」
俺は助け舟を出してくれた方を見た。ミノタン!!…と誰?
ミノタンは隆々とした筋肉姿に戻っていて、その隣に男が両膝をついて座っていた。「化け物め!」って切りかかってきた剣士だったけれどの目は虚で、服もかろうじてひっかけているというか乱れて、前だけ隠してるような…。
「ミノタン…無事だったんだね…」
「んっ、無事よぅ。ごめんねダンジョン様。一人にしちゃって、護衛より恋を選んじゃってもぅはっぴぃらぶあわーだったの。あ、コレは新しいペットのヴァィ・ブレタ」
ぶっ…………。人の名前に何も言うまい。世界が違うから、きっとここでは普通の名前に違いなかった。
「僕が石材を用意したら、喜んでくれますか?僕を受け入れてくれますか?」
「生半可な量じゃダメだと思うのよネ。だって普通の冒険者が一生をかけて愛だけでこのダンジョンを作ったわけだから」
ミ、ミノタン、何けしかけてるのー。やめてぇ。
勇者はというと、ミノタンの言葉に見事に焚き付けられて爛々と目を輝かせていた。
「このディル・ドーン。勇者の名にかけて必ずや君を満足させてみせるよ」
うあぁぁぁ。あのよくわからない俺のステータスに新たな文字が刻まれた。
●堕落した槌の勇者(番を渇望しています)獲得
●護衛の愛玩動物を獲得(環境に適応出来ない場合があるので注意が必要です)
とりあえず、俺達に必要なのは休息と服だった。そして求める平穏はまだ先にあるようだった。
応援ありがとうございます!
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