精霊のジレンマ

さんが

文字の大きさ
282 / 329
タイコの湖

282.タイムリミット

しおりを挟む
 蟲人族の容態は落ち着きを見せているが、一時的なもので長くは続かない。

「チェン、バッファは何をしている?」

 俺達をここに呼びつけておいて、本人は魔毒に犯された病人を避けているのなら、すこし残念な気持ちになる。
 チェンの事を気にかけたり、一人でフカダの岩峰まで来たのは、自分に害がないと分かっていればの行動で、いざ自分の身に害が及ぶとなれば近づかない。結局は身分のある上位者で、権力だけをかざし好き放題するタイプだったのかもしれない。

「旦那っ。言いにくいんすけど···」

 もともと俺は、感情が顔に出やすい性格であるという自覚はある。しかし今の容姿では、チェンを萎縮させるほどの迫力はない。それなのに、チェンは言い難そうにしている。

「どうした?ゆっくりと考えている時間はないぞ」

「あの中にバッファ隊長がいるんでさっ」

「えっ···」

「他の奴らよりは、しぶといはずっすけど···。それでも、やっぱり死にかけっす」

 そして、沢山の横たわっている蟲人に混ざって、カブトムシの角を持つバッファが横たわっている。確かに他の蟲人から比べると、呼吸や鼓動もしっかりしていて生命力が強いのは分かるが、正常な状態とは程遠く衰弱しているのは変わらない。

「ブロッサ、助ける方法なないのか?」

「スライムを倒せる程の毒ならば、蟲人の体にも少なからずダメージを与えてしまウワ。ここまで衰弱しているのら、逆に命を縮めてしまうだケヨ」

「もう、手遅れなのか···」

 思わず最悪の結果を想像してしまうが、その嫌な予感をガーラが払拭してくれる。

「大丈夫!親玉を倒せば、スライム弱くなる。解毒剤だけで十分」

「ガーラ、もしかしてスライムの魔石を食べたのか?」

「食べてない。咀嚼しただけ」

「···」

 スライムの魔石を口の中に入れることへのリスクは大きい。しかし、それでガーラから一縷の望みを提示されれば、今はそれについては細かく触れることは出来ずに、ただグッと堪えるしかない。

「ブロッサ、蟲人族は後どれくらい持ちこたえれる?」

「このまま何もしなければ2日か3日が限度ネ」

 解毒剤で容態が落ち着いただけに、もう少し時間があると思ったが、蟲人族に残された時間は想像以上に短い。

「チェン、ヒガバナの咲いた場所まではどれくらいで行けるんだ?」

「タイコの湖までは、2日はかかりやすっ」

 普通にいけば、ここにいる蟲人族の助かる可能性は低い。それにヒガバナの咲くタイコの湖に着いたとしても、原因を探ることから始まる。

「ポーションをふんだんに使えば、4日は持ちこたえレル。でも、持っているほとんどのポーションを使うことになルワ」

 ここで蟲人族を助けることに、意味があるのかと考えてしまう。アシスという世界に転移して、今まで積み上げてきたものを失うだけの結果になるかもしれない。

『らしくないわよ!そんなことで悩むなんて』

 ムーアの一言で、損得勘定している今の自分に嫌気がする。アシスに来てから散々悩んできたが、それは俺や仲間達が生き残るための手段を選択する為でしかない。
 確かにアシスでも金や権力も力であり、手に入れれば与える影響力は大きくなる。しかし無償で俺を助けた精霊やサージは、俺に損得で動くことを求めているのだろうか?

「そうだよな。俺に存在価値があるなら、金や権力じゃないな」

 それに金や権力が力であると教えたのはライであり、その時からミスリードされていたのかもしれない。

「ブロッサ、またポーションは補充出来る。だから蟲人族の命を優先しよう。それで、少しでも助かる可能性があるなら、使い尽くしても構わない!」

「分かったワ」

「でも、その前に確認しなければならないことがある」

 ここでポーションを使うことは構わないが、影の中のことやポーションの保有量など俺達の手の内を知られるようなことを簡単に晒すわけにはいかない。

 まさに虫の息のバッファに近づく。その状態でも俺達のことは理解しているだろうが、体は全く動こうとはしない。

「成功しようが失敗しようが、俺達の秘密は守ってもらう。だから、今から案内人の蟲人族は、チェンの配下として働いてもらう。それに成功したときの、要求はもっと大きいからな!」

 俺の問いかけにバッファは一度だけ目を開ける。そして笑みを浮かべると、再び瞳は閉ざされてしまう。

「いいな!というわけだから、こき使わせてもらうぞ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界勇者のトラック無双。トラック運転手はトラックを得て最強へと至る(トラックが)

愛飢男
ファンタジー
最強の攻撃、それ即ち超硬度超質量の物体が超高速で激突する衝撃力である。 ってことは……大型トラックだよね。 21歳大型免許取り立ての久里井戸玲央、彼が仕事を終えて寝て起きたらそこは異世界だった。 勇者として召喚されたがファンタジーな異世界でトラック運転手は伝わらなかったようでやんわりと追放されてしまう。 追放勇者を拾ったのは隣国の聖女、これから久里井戸くんはどうなってしまうのでしょうか?

異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?

お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。 飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい? 自重して目立たないようにする? 無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ! お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は? 主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。 (実践出来るかどうかは別だけど)

底辺から始まった俺の異世界冒険物語!

ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
 40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。  しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。  おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。  漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。  この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――

家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜

奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。 パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。 健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。

インターネットで異世界無双!?

kryuaga
ファンタジー
世界アムパトリに転生した青年、南宮虹夜(ミナミヤコウヤ)は女神様にいくつものチート能力を授かった。  その中で彼の目を一番引いたのは〈電脳網接続〉というギフトだ。これを駆使し彼は、ネット通販で日本の製品を仕入れそれを売って大儲けしたり、日本の企業に建物の設計依頼を出して異世界で技術無双をしたりと、やりたい放題の異世界ライフを送るのだった。  これは剣と魔法の異世界アムパトリが、コウヤがもたらした日本文化によって徐々に浸食を受けていく変革の物語です。

現世に侵略してきた異世界人を撃退して、世界を救ったら、世界と異世界から命を狙われるようになりました。

佐久間 譲司
ファンタジー
突如として人類世界に侵略を始めた異世界人達。圧倒的な戦闘能力を誇り、人類を圧倒していく。 人類の命運が尽きようとしていた時、異世界側は、ある一つの提案を行う。それは、お互いの世界から代表五名を選出しての、決闘だった。彼らには、鉄の掟があり、雌雄を決するものは、決闘で決めるのだという。もしも、人類側が勝てば、降伏すると約束を行った。 すでに追い詰められていた人類は、否応がなしに決闘を受け入れた。そして、決闘が始まり、人類は一方的に虐殺されていった。 『瀉血』の能力を持つ篠崎直斗は、変装を行い、その決闘場に乱入する。『瀉血』の力を使い、それまでとは逆に、異世界側を圧倒し、勝利をする。 勝利後、直斗は、正体が発覚することなく、その場を離れることに成功した。 異世界側は、公約通り、人類の軍門に下った。 やがて、人類を勝利に導いた直斗は、人類側、異世界側両方からその身を狙われるようになる。人類側からは、異世界の脅威に対する対抗策として、異世界側からは、復讐と力の秘密のために。

この聖水、泥の味がする ~まずいと追放された俺の作るポーションが、実は神々も欲しがる奇跡の霊薬だった件~

夏見ナイ
ファンタジー
「泥水神官」と蔑まれる下級神官ルーク。彼が作る聖水はなぜか茶色く濁り、ひどい泥の味がした。そのせいで無能扱いされ、ある日、無実の罪で神殿から追放されてしまう。 全てを失い流れ着いた辺境の村で、彼は自らの聖水が持つ真の力に気づく。それは浄化ではなく、あらゆる傷や病、呪いすら癒す奇跡の【創生】の力だった! ルークは小さなポーション屋を開き、まずいけどすごい聖水で村人たちを救っていく。その噂は広まり、呪われた女騎士やエルフの薬師など、訳ありな仲間たちが次々と集結。辺境の村はいつしか「癒しの郷」へと発展していく。 一方、ルークを追放した王都では聖女が謎の病に倒れ……。 落ちこぼれ神官の、痛快な逆転スローライフ、ここに開幕!

処理中です...