48 / 65
クロクマ少年2~恋と陰謀の物語~中身は魔女?でも男の子!
第3話 舞踏会とカエルの合唱 その3
しおりを挟む「公爵夫人におかれましては、先ほどの名乗りがよくお聞こえになられなかったと。そちらの方がどこのどちらのお方なのか、今一度“家名”をお聞きしたいとのことです」
暗に身分も爵位もない平民以下の娘がという意味の裏返しだ。回りの婦人達からは「あと百回名乗られてもねぇ」「知らないものは知らないわ」という声の中、ランダが臆することなく、堂々ともう一度テティの名を繰り返した。
「ティティティア家とはどちらのお家なのですか? そちらでは娼婦のような真っ赤なドレスに裸足なのが、礼装なのですか?」
そう声をあげたのは怖い物知らずの若い令嬢だ。彼女は先日の舞踏会でグラムファフナーの花嫁候補の一人であったのだ。それをテティに奪われたと勝手に逆恨みしていた。
彼女の声に回りの婦人達も一斉に「ほほほ……」と嫌な笑い声をあげた。「裸足なんて未開の地の蛮族じゃあるまいし」などと、さらにあけすけな言葉をはいたのは、同じく花嫁候補だった一人だ。
「テティ様は、大賢者ダンダルフ様がそのすべてをお伝えになられた唯一の弟子でらっしゃいます」
ランダの言葉に、その場が瞬時にして凍り付いた。
大賢者ダンダルフの名は誰もが知っている。旅の仲間の導き手。光の勇者と闇の魔王の橋渡し役となった偉大なる賢者。彼がいなければ勇者は聖剣を得られず、仲間達も伝説の武器を手にすることなく、闇の竜を倒すことも難しかっただろう。
創世の時代から生きる賢者。
その偉大なる大賢者の弟子!?
「テティ様は大賢者様に大切に大切に育てられ、生まれてから百年の間、世俗に出ることはございませんでした。このたび北は氷の城主様とご婚約なされ“ご光臨”なされたのです」
つらつらと涼しい顔でランダは続ける。
これではテティが賢者の弟子どころか天上で育てられた女神かなにかのようだが、まあ嘘は言っていない。
そして、育ての親の賢者もとんでもなくいい加減ではた迷惑なお騒がせの存在だったことを、世の人々は知らない。
ただ、偉大なる大賢者としか。
「それで人間のたかだか百年や二百年続いた家名がどうしたのですか?」
これは魔族であり魔女であるランダの嫌みだ。魔界のならば、それこそ千年続いてようやく“並の家”の端というところなのに、たかだか数百年の人間の家がなにを偉ぶっているのか? と。
しかし、この挑発は旧王族であること、三百年続く名門公爵家の名をなにより誇りに思うタンサン夫人の怒りのど真ん中をぶち抜いた。
もっとも、計算尽くだったのだが。
「お黙りなさい!」とタンサン夫人が声を張り上げた。
「穢らわしい魔族の女がなにをでたらめを!
大賢者ダンダルフ様の名前まで持ちだして、そのどこの生まれともしれない裸足の娘の素性をいつわるようなことは、このわたくしが許しません!」
大賢者ダンダルフの名前に気圧されていた回りの女達もまた「たしかにね」「なんの証拠もありませんわね」と言いだす。
「賢者の弟子というなら、魔法の一つでも使ってみればいいのよ」と誰かが口にした。
それにテティはおっとりとした様子で口を開く。
「テティは今、裸足じゃなくて靴をはいているんだけど、グラムが贈った靴、素敵でしょ?」
その緑葉の瞳で真っ直ぐタンサン夫人を見てテティは言った。夫人は一瞬面くらい、その毒々しい紅で彩られた唇を開きかけて。
「げこっ!」
最初、どこからその音が聞こえたのか、人々にはわからなかった。だが、「げこっ、げげげこっ!」とそれがタンサン夫人の口から響いたことに驚く。
だがざわめいた取り巻きの婦人達の口からも「げこげこ」「けろっ」と同じような声が響き、みな青ざめて口許を押さえる。
「ダンダルフがね、昔、話してくれたおとぎ話にあったの。心が優しく、正しい言葉を話すお姫様の口からはお花が飛び出して」
そして、ゲコゲコとせき込む女達を緑葉の瞳で見渡して。
「意地悪で嘘つきなお姫様の口からは、蛙やもっとおぞましい生き物が飛び出すようになったんだって」
テティは続けて「鳴き声だけでよかったね」とつぶやいて、それを聞いていた者達の背筋をゾッ……と凍らせた。
そして、広間にいた者達は全員理解する。この月色の君はただ人ではなく、たしかに賢者ダンダルフの弟子の“魔女”なのだと。
そこでようやく「失礼」と人垣を抜けて、グラムファフナーがテティのところへやってきた。「グラム」と笑顔になるテティの手を取り、始まった音楽に踊り出しながら。
「ダメじゃないか。イタズラしては」
「一晩たてば治るから大丈夫」
テティが無邪気に答える。
その言葉通り“突然の病にて”早々に退出したご婦人がたは、嘆く泣き声さえゲコゲコと蛙のそれで、使用人達は普段は横暴な主人の悲惨な姿に笑いをこらえるのに必死だったが、朝になればすっかり元に戻っていた。
かくして、宰相の婚約者である月色の君は、偉大なる賢者の弟子にして、稀代の大魔女である……とまことしやかに噂されるようになった。
そして、グラムファフナーへの見合い話もぱたりと止むことになるのだが……。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
明かりが落とされた部屋。壁には大きな姿見があった。そこに常のドレスの上に黒いローブにフードを目深に被ったタンサン夫人の姿があった。手には唯一の室内の明かりである、赤い蝋燭に炎が揺れる燭台が。
鏡には彼女は映っておらず、赤いローブをまとった人物の姿がある。
「……その娘は賢者ダンダルフの弟子であると名乗ったと?」
「はい」
タンサン夫人がうなずけば鏡の向こうの人物は「馬鹿馬鹿しい」とひと言。
「かの賢者は百年も前に隠れたまま、一度も姿を現していないのに、今さら弟子なんて」
「ですが、その娘はたしかに魔法を使いました。わたくし達の言葉をことごとく、おぞましいカエルの鳴き声に」
屈辱に震えるタンサン夫人とは逆に、鏡の向こうの人物は「ほほほ……」と笑った。「皆のそんな姿見て見たかったわね」と。
だが、その笑い声はぴたりと止み「許さない……」という低い声に変わる。
「……賢者の弟子にして神々の末裔ですって!? そのようなものが、あの魔王のなり損ないのそばにいることなど、許さない。許さない。
まして、その者が大魔女などと名乗ることなど」
鏡越しにも伝わる暗い呪詛のような言葉に、うつむいたタンサン夫人のフードの陰に隠れた顔は青ざめ、燭台を持つ手もかすかに震えていた。
93
あなたにおすすめの小説
【8話完結】いじめられっ子だった俺が、覚醒したら騎士団長に求愛されました
キノア9g
BL
いじめられ続けた僕は、ある日突然、異世界に転移した。
けれど、勇者として歓迎されたのは、僕を苦しめてきた“あいつ”の方。僕は無能と決めつけられ、誰からも相手にされなかった。
そんな僕に手を差し伸べてくれたのは、冷酷と恐れられる騎士団長・ジグルドだった。
なのに、あいつの命令で、僕は彼に嘘の告白をしてしまう――「ジグルドさんのことが、好きなんです」
それが、すべての始まりだった。
あの日から彼は、僕だけをまっすぐ見つめてくる。
僕を守る手は、やさしく、強くて、どこまでも真剣だった。
だけど僕には、まだ知られていない“力”がある。
過去の傷も、偽りの言葉も超えて、彼の隣にいてもいいのだろうか。
これは、いじめられっ子の僕が“愛されること”を知っていく、嘘と覚醒の物語。
全8話。
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
最強賢者のスローライフ 〜転生先は獣人だらけの辺境村でした〜
なの
BL
社畜として働き詰め、過労死した結城智也。次に目覚めたのは、獣人だらけの辺境村だった。
藁葺き屋根、素朴な食事、狼獣人のイケメンに介抱されて、気づけば賢者としてのチート能力まで付与済み!?
「静かに暮らしたいだけなんですけど!?」
……そんな願いも虚しく、井戸掘り、畑改良、魔法インフラ整備に巻き込まれていく。
スローライフ(のはず)なのに、なぜか労働が止まらない。
それでも、優しい獣人たちとの日々に、心が少しずつほどけていく……。
チート×獣耳×ほの甘BL。
転生先、意外と住み心地いいかもしれない。
αからΩになった俺が幸せを掴むまで
なの
BL
柴田海、本名大嶋海里、21歳、今はオメガ、職業……オメガの出張風俗店勤務。
10年前、父が亡くなって新しいお義父さんと義兄貴ができた。
義兄貴は俺に優しくて、俺は大好きだった。
アルファと言われていた俺だったがある日熱を出してしまった。
義兄貴に看病されるうちにヒートのような症状が…
義兄貴と一線を超えてしまって逃げ出した。そんな海里は生きていくためにオメガの出張風俗店で働くようになった。
そんな海里が本当の幸せを掴むまで…
【完結】流行りの悪役転生したけど、推しを甘やかして育てすぎた。
時々雨
BL
前世好きだったBL小説に流行りの悪役令息に転生した腐男子。今世、ルアネが周りの人間から好意を向けられて、僕は生で殿下とヒロインちゃん(男)のイチャイチャを見たいだけなのにどうしてこうなった!?
※表紙のイラストはたかだ。様
※エブリスタ、pixivにも掲載してます
◆この話のスピンオフ、兄達の話「偏屈な幼馴染み第二王子の愛が重すぎる!」もあります。そちらも気になったら覗いてみてください。
◆2部は色々落ち着いたら…書くと思います
血のつながらない弟に誘惑されてしまいました。【完結】
まつも☆きらら
BL
突然できたかわいい弟。素直でおとなしくてすぐに仲良くなったけれど、むじゃきなその弟には実は人には言えない秘密があった。ある夜、俺のベッドに潜り込んできた弟は信じられない告白をする。
竜の生贄になった僕だけど、甘やかされて幸せすぎっ!【完結】
ぬこまる
BL
竜の獣人はスパダリの超絶イケメン!主人公は女の子と間違うほどの美少年。この物語は勘違いから始まるBLです。2人の視点が交互に読めてハラハラドキドキ!面白いと思います。ぜひご覧くださいませ。感想お待ちしております。
【本編完結済】神子は二度、姿を現す
江多之折(エタノール)
BL
1/7外伝含め完結
ファンタジー世界で成人し、就職しに王城を訪れたところ異世界に転移した少年が転移先の世界で神子となり、壮絶な日々の末、自ら命を絶った前世を思い出した主人公。
死んでも戻りたかった元の世界には戻ることなく異世界で生まれ変わっていた事に絶望したが
神子が亡くなった後に取り残された王子の苦しみを知り、向き合う事を決めた。
戻れなかった事を恨み、死んだことを後悔し、傷付いた王子を助けたいと願う少年の葛藤。
王子様×元神子が転生した侍従の過去の苦しみに向き合い、悩みながら乗り越えるための物語。
※小説家になろうに掲載していた作品を改修して投稿しています。
描写はキスまでの全年齢BL
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる