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1巻
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しおりを挟むプロローグ 四十四人の魔法少女+おじさん
列柱が並ぶ白亜の大神殿。
ピンクにブルー、イエローなどパステルカラーのミニスカドレスをひらひらさせた少女達が、楽しくおしゃべりしている。
その中で一人、異質な雰囲気を放つ人間が部屋の隅にある石のベンチにもたれかかり、蜘蛛みたいに細くてひょろ長い足を組んで座っていた。
喪服のような黒のスーツ、うっすら無精髭に寝癖のついたぼさぼさ頭。
死んだ魚の目のような三白眼に目の下にクマ。くわえ煙草。
ようするにおじさんだ。
――とりあえず、腹の出たおっさんにならなくてよかった。
男はとりあえず息を吐いた。
自分の名前はコウジ……だったような気がする。
日本人だったはずだが、姓も名前の漢字も思い出せない。
そもそもこれが、自分の本当の名前とは思えない。
なぜなら、コウジは『魔法少女』としてこの異世界に召喚されたからだ。
──なにを言っているか、わからない? 俺だってわかんねぇよ!
あれはコンビニのバイト帰りのことだ。
地面に穴が開くこともトラックにはねられることもなく、気がつくとコウジは灰色の事務机の前にいた。
そこで事務服を着たひっつめ髪の女が必死に書類整理をしていて、机の前に立つ自分に気がついて目を剥いた。
「へ? あ? なんであなた? 少女じゃなくて男?」
そんなことを言われても、と目を瞬く。
「でも召喚された者は送るのが規定だし――」
さらにその女はコウジの返事を待つこともなくぶつぶつつぶやくと、「資格あり、行って!」と言い放った。そして、次の瞬間にはこの白亜の神殿にいた。
おじさんの姿で。
そう、コンビニのバイト帰りのコウジは気がつけば異世界召喚されていたのだった。なんということでしょう!
それも漫画家を目指していた中二の自分が、当時考えていた最高にカッコいいキャラの姿で。
ちなみに絵がヘタクソすぎて、漫画家にはなれなかった。というか、頭の中の妄想のみで一ページも描いたことはない。
その頃の自分が考えていたことといえば。
――目立たないけどよく見ると美形とか、実は隠れたチートありありの逆ハー主人公なんて古い! これからはおっさんだおっさん!
くたびれてるけど、腹が出ているのは論外。あのとき憬れていたロックバンドのボーカルのような、蜘蛛みたいな長い手足のシルエット。無精髭にくわえ煙草。本人は普通の顔しているつもりなのに、不機嫌そうに見える表情。
どうだ、カッコいいだろう!
そう心の中で叫んでいた自分に、今、説教したい。
カッコいいけど違う! これがせめて、ぴちぴちに若くて、ちょっと見冴えないけど磨けば実は光るタイプならよかったのか? いや、よくない。そもそも男という時点でよくない。
白亜の神殿、四十四人の『魔法少女』とともに呼ばれたおじさんの姿に、神官達は戸惑っているようだった。
「なぜこのような男が交じっている?」
「しかし、人数は四十五人。ぴったり合っているぞ」
「女神アルタナ様のご神託に間違いはない」
そんなわけで、コウジは神殿の祭壇前の召喚の場から、この大神殿の大広間へと連れてこられたのだ。
パステルカラーのひらひらドレスをまとった魔法少女達は、遠巻きにコウジを見ている。
そこにコツ……とパンプスのヒールの音を響かせて近寄ってきたのは、パステルカラーのミニドレスのなか珍しい、白に濃紫の配色の魔法少女だった。
そのまっすぐな腰丈までの長い髪も、黒に近い濃い紫をしている。
よくよく見れば、いずれの魔法少女も顔立ちはザ・ジャパニーズなのに、髪や瞳の色はドレスに合わせたようなピンクにブルー、イエローと色とりどりだ。
正直人種云々より、アニメや漫画、ラノベの世界の色合いのように見える。
対して、神殿にある装飾の金属に反射させて見たコウジの外見は黒髪に黒目。いや、おっさんがピンクなんてあり得ないから助かったけど。
そして、その紫魔法少女は……あとでわかったが名はシオンという。
コウジと同じく、すべての魔法少女は名のみで、元の姓を思い出せないらしい。
そんな彼女は身体の前で腕を組んで、椅子にうずくまる『おじさん』を見下ろして、口を開いた。
「わたし達女神アルタナに選ばれた少女達の中に、どうしてあなたのような男がいるのかしら?」
おお、こりゃ配色といいその尊大な態度といい、いわゆるツンデレ孤高枠ってヤツか? なんて思いつつ、コウジは肩をすくめる。
「紫の嬢ちゃん。文句なら女神様に言ってくれ。おじさんだって好きでここに座っているわけじゃないんだよ」
自分の口からさらりと出た言葉に内心驚いた。
コンビニバイトをやっていた自分なら「いらっしゃいませ」と「温めますか?」は言えても、こんな美少女を前にしては、テンパって口も開けなかったはずだ。
……どうせ二十二年童貞だったよ。
そういえば、このおっさんの身体も童貞か? と思ったところで辺りが騒がしくなった。
同時に王子達の入場が伝えられる。なにか言いたげだった紫少女も、コウジの前から去った。
――王子?
コウジは周囲を見回した。すると、神官達に連れられて、幾人もの煌びやかな服を纏った男達が神殿の中に入ってくる。
そう、たしかに王子様だ。やってきた彼らは白に赤に青の軍服風の正装に身を包んでいた。
いずれも肩には金モールの飾りのあるマントを身につけたブラスバンドのパレードのような格好だ。
この王子様達が魔法少女のパートナーとなるのだ。
世界に降り注いだ【災厄】と戦うために。
そう、神官達にコウジは説明された。
さて、この国、フォートリオンの王というのはずいぶんな恥知らず……もとい精力家でいらっしゃるらしく、その息子は四十五人いるという。
そして、この国には伝説があった。【災厄】が降り注いだときに、異世界から女神に召喚された選ばれし魔法少女が『運命の王子様』とパートナーとなって、【災厄】をうち払うという。
神官達曰く、百年に一度単位で空から降ってくるものだそうだ。
隕石みたいなもんか? と思ったが、その災厄は様々な魔物の形をしていて、放置していれば災いをもたらすというから厄介だ。
王子様と魔法少女は、天から降り注いだ各地の魔物達を倒し、最後には災厄の親玉である南の忌み地の果てにある卵を破壊しなければならないという。
それなら最初からその卵とその中身をぶっ壊せばいいじゃないか?
そう訊ねると、各地の災厄の力を断ってからでないと、災厄の卵は壊せないと返された。
まあ、回り道はロールプレイングゲームのお約束みたいなもんだな。
そして、今回は四十五人いる王子様に合わせて、魔法少女がその数だけ呼ばれた――というのが経緯だ。
一人おじさんがいるけど。
そもそも王子の人数分、魔法少女まで揃えましたって、ずいぶんな大盤振る舞いだな。女神様。
そう思った時、ふとコウジの脳裏に、あの事務机にしがみついていた事務服にひっつめ髪の女が浮かんだ。慌ててその像を振り払う。
あれが女神様って、ないだろう。
次に、四十五人の魔法少女に四十五人の王子が当たるにしても、誰が誰のパートナーになるのか揉めそうだ、と思った。
が、これはあっさりと決まった。
理由は序列と呼ばれる王位継承順位だ。
四十五人も王子がいるだらしなさのわりに、王子の序列は、第一位から第四十五位まできっちりと決まっているという。
もしかしたら、過去にそんな破廉恥……じゃない、ご立派な王様が同じようにいて、揉めた経験があるのかもしれない。
そんなわけで、早速ペア作りがコウジの目の前で始まっていった。
一位の王子様から順番に自分のパートナーを選んでいく。
最初に呼ばれたアンドル王子は、金髪碧眼の整った容貌に、白に金の飾りの軍服に白い毛皮の縁取りのマントを纏った絵に描いたような王子様だった。
彼は爽やかな笑顔で魔法少女達の間を歩き回り、とびきり可愛らしいピンクの髪にピンクの衣装をまとった少女の手をとった。彼女の名はユイというらしい。
次に呼ばれたのは第二王子コンラッド。黒に近い紺色の髪に紺色の瞳の厳しい顔つきの美形だった。もっとも並んでいる王子様の中で不細工なのは一人もいないのだが。
これは魔法少女達も同じで、そこらへんのアイドルの平均値より、上ばかりを集めたような感じだ。
よくぞこれだけそろえたと女神様の審美眼を褒めてやりたいが、それで、どうしておっさんを一人混ぜた? とも言いたい。
コンラッドは、コウジにさきほど生意気に声をかけてきた紫の魔法少女シオンの手を取った。彼女は誇らしげな顔だ。
王子様の濃紺に彼女の紫と色合いもよく合っている。
順番に王子達の名が呼ばれて、少女達が選ばれる中、コウジは隅にあった石のベンチに腰掛けたまま、煙草をくゆらせていた。
途中、第九王子の名が何度も呼ばれていたのが、少し気になったが。
自分など選ばれるはずがない。しかし、王子の数は四十五人、魔法少女は四十四人で+おじさん一人。
――気の毒なのは、王位継承四十五番目の王子か?
呼ばれていく中で視線を上げる。
最後に四十五番目の王子が呼ばれる。すると膝丈の半ズボンの赤い軍服を着て、赤い髪に赤い瞳そばかすの素朴な顔をした少年が出てきた。
こいつがパートナーか……なんて思っていると、彼は回廊の壁際に向かっていった。そして、泣きそうな顔で縮こまっていた、イエローのミニドレスの少女の前に立った。
少女の髪はタンポポのような黄色で、瞳も黄色。そして、背が高く胸が豊満で少し色黒だった。
コウジの目には十分可愛らしく映ったが、王子様達は自分よりも小柄で可愛らしい少女がよかったようだ。まあ、男なんてそんなもんだ。
赤毛の少年、ピート王子はそんな彼女を見上げて、笑顔で言った。
「君が僕のパートナーでよかった。よろしくね!」
差し出されたピートの手にイエローの魔法少女、マイアは身をかがめて手をのせて「はい」と笑った。
ふむ、良いコンビになりそうだ。
しかし、四十五番目まで王子が呼ばれて、自分がここに残っているということは?
まあ、こんなおじさん誰も選ばないよなあ~、俺が王子様だってゴメンだし……とくわえ煙草のまま苦笑する。同時に苦い思いが胸に広がる。
そもそも元は冴えないコンビニのバイトだったのだ。将来に希望はなく、ただ食い扶持を稼ぐ日々。そのうえ自分の黒歴史のキャラに変身なんて、どんな冗談だ?
『あの人、なんのために生きているのかしらね?』
ふいに脳裏に蘇った言葉。誰に言われたのか……さえ覚えていない。
ただ、それだけが深く胸に刻まれている。
『なんのために生きる? そんなもの格好悪くても生きていたいからに決まっているだろう』
中二病な設定の自分を手に入れた今ならそう反論できて、コウジは目を見開く。
こうなると最強のおじさんになるのも悪くない。
【災厄】とやらと戦うのに、魔法少女には王子様が必要なのかもしれないが、おじさんにまで必要とは限らないだろう。
──俺は独りだって生きていけるさ。
……なんて心の中でつぶやいて、ニヒルに格好をつけてみる。
そのとき、回廊の入り口がざわめき、コウジは伏せていた顔を上げた。
「遅参、失礼」
低く、よく通る美声が響く。
現れた男の姿に回廊にいた誰もが一瞬、その目を囚われた。
美形ぞろいの王子達の中で、彼の美貌は抜きんでていた。
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ちなみに胸の内ポケットに入れられた煙草は、いくら吸っても消える気配がない。
これも魔法少女? の能力か。いや、少女じゃなくておじさんだが。
「たしかにたいそうごゆっくりだな。第九王子ジーク・ロゥよ」
そう不機嫌そうに呼びかけたのは、第一王子のアンドルだった。
あ、こいつ、自分より格下の王子が注目を浴びているのが気に入らないな……と、なんとなくわかった。いかにも第一王子らしい傲慢な虚栄心だ。
まあ、実際、この規格外の王子が現れてから、すでにパートナーを得たはずの魔法少女達の目の色が違う。誰だってイケメンは好きだ。自分よりイイ男なんて男は嫌いだけどな……とコウジは付け加える。
「ジーク・ロゥ殿下。魔法少女選びはすでに終わっていまして、何度も名をお呼びしたのですが……その」
九番目から選び直しか? とコウジは胸の中で独り言つ。
隣にはすでにパートナーの王子様がいるというのに、九番目以降の魔法少女達に一瞬喜色が広がる。
ただ、四十五番目のピートとマイアはそんな中、回廊の隅で仲良くお話ししていた。誰も彼もがよりよいパートナーを得ようと目の色を変えるなかで、あそこはまったく癒やしの空間だ。
「かまわない。我がパートナーは神託によりすでに選ばれている」
ジーク・ロゥはそう答える。
彼は初めからこちらを、自分だけを見ていたことにコウジはようやく気がついた。
──おいおい嘘だろう?
目を見開くコウジに対して、銀の王子様は長い足を動かしてまっすぐに歩み寄ってきた。そして、石のベンチに座るコウジの前に、これ以上なく美しい所作で、片膝をつく。
ふわりと彼が片方の肩にかけたマントがひるがえる様さえ、演出のようだった。
「よくぞ女神の召喚に応え異世界よりやってきてくれた。我が運命のパートナーよ」
そして、コウジの手をとり、その手の平に口づける。手の甲ではなく、手の平へする口づけは騎士がその相手に対して心を捧げる誓いだと、あとで聞くことになる。
コウジの心臓がトクンと一つ鳴った。
────生きていたの……か。
なぜ、そう思ったのかわからない。そんなあぶくのような想いは、突き刺さる周囲の視線を感じて霧散した。
いやいや、おじさんが男に手にキスされて、胸を高鳴らせるなんて、気持ち悪いだろう!
即座に自分で自分にツッコミを入れる。
『誰にも選ばれない』と先ほどまで腐っていた気持ちが、このとんでも超絶美形の王子様に『選ばれて』浮上したとはいえだ。
いやいや、それより。
俺が、この王子様のパートナー?
嘘だろう⁉ 女神様!
第一章 その合体は必要なのか⁉
「母は恨まれていた。息子の私も第一王子の母である正妃や、第二王子の準妃から疎まれている」
「はあ……」
ごとごと揺れる馬車の中、ジークの言葉にコウジは生返事をしていた。
神殿に召喚された魔法少女達は、それぞれパートナーとなる王子の屋敷に引き取られることになったのだ。
白亜の神殿の背後に見える八つの巨大な尖塔。その尖塔に囲まれた中央のドームが王宮だという。
明日には王子四十五人分もの子胤をまき散らした節操無し……もとい、王様との謁見があると説明された。
王子達は王宮内に居室を持っていたり、王宮の外に邸宅があったりするという。
石造りの神殿の正門をジークとコウジを乗せた、黒塗りの豪奢な馬車は通り過ぎる。
衛兵達が最敬礼をするのをコウジは馬車の窓から見た。
そして、奇特にも自分を拾ってくれた王子様の身の上話が始まると、コウジは改めてジークに視線を向けた。
「私の母は貴族身分ではない。裕福なブルジョアの娘だ。彼女の父が、金で貧乏伯爵の息子と婚姻させて、爵位を得た。結婚後、一月もたたずに、母は陛下……私の父である現王フィルナンドの愛妾となったのだ」
そこまで聞いて、軽く目を見開く。
「え? 人妻なのに王様の愛人になったのか?」
「むしろ人妻でなければ、王の愛妾となる資格はない。純潔の乙女であることを求められるのは、正妃と第二王妃たる準妃のみだ」
「妙な習慣だな……」
「すでに子供が産める身体であることを証明した女のほうが、愛妾には最適だという因習の名残だ。中興の祖と言われるカーク大帝からの習わしと言われている」
そもそもジークの母、エノワールは彼女の『仮の夫』である伯爵子息と結婚したとき、すでにジークを腹の中に宿していたという。
「社交界の華とうたわれた大ブルジョアの娘は、王とすでに通じていたということだ。しかし、未婚で貴族身分でもない娘を愛妾にするのは慣例を破るということで、彼女は『仮の夫』を得て、王宮へとあがったのだ」
実際、その『仮の夫』であるモンペザ伯爵とエノワールは、一度もベッドを共にしたことがないという。お貴族様のお言葉で言うなら、白き結婚って奴だったそうだ。
「彼はいま、仮の夫料である母の莫大な持参金と、王から慰めの年金をもらって、地方の荘園で悠々自適に暮らしている」
「あけすけな内容だな。俺に話すことか?」
「あなたは私のパートナーだ。王宮での私の立場を知るべきだろう」
「隠し事がないのはいいことだけどな」
たしかに、この王子様のパートナーとやらのお役目がある限り、王宮にもこれからたびたび通うことになるだろう。ジークを取り巻く環境は知っておきたい。
コウジはため息をつくと、ジークに続きを促した。
「それで?」
「王の愛妾となった母は、その愛を独占した。他の愛妾を圧倒するのみならず、正妃と準妃を蔑ろにし、王に要求して、ついに公式愛妾の地位までのぼりつめた」
「公式愛妾? なんだそりゃ?」
愛妾と言えば言葉は良い? が、ようするに愛人、妾、古い言葉なら日陰の身と言う奴だ。それが公式とはなんともそぐわない。
「母が父王に要求して無理矢理作らせた称号だ。公式愛妾は他の愛妾と違い、王の妃と同等の待遇を受けることができる。つまり正妃や、準妃と同格ということだ」
そうして事実上の第三王妃となった彼女は、ますます横暴にふるまったが、彼女を溺愛する王はそれを許した。
「母は父王の寵愛を失うことなく、好き勝手を尽くしたが、はやりの風邪をこじらせて三十の若さであっけなく亡くなった」
こうして正妃に準妃、他の愛妾達の恨みだけが残ったのだという。
そしてそれはすべて息子のジーク・ロゥに向けられた。
「今日の魔法少女召喚の儀式にしてもそうだ。私には半刻遅く時間が知らされていた」
それがジークのあの大遅刻の理由だったという。
どうして九番目の序列を持ち、誰よりもとびぬけた美形である彼が疎んじられていたか。
その答えは彼の母にあったのだ。
「王子様にはお気の毒だったな」
コウジはそう言って頭の後ろの髪の毛をグシャグシャとかき回した。それで寝癖だらけの髪がますます乱れるが、どうもこの身体のクセというか、そういえばこのキャラにそんな設定したな……と遠い記憶を思い出す。
「残っていたのが可愛い魔法少女じゃなくて、こんなおじさんだし」
「いや、あなたは私のパートナーだ。あなたが残っていたのは、それが女神アルタナの神託だからだ」
馬車の向かい側から手が伸びてきて、コウジの手をぎゅっと握りしめる。長い指、綺麗に爪は整えられているが、その手の平は硬い。
剣を握る手だとコウジは直感した。あの大神殿で手の平に口づけられたときにも感じたが、一見冷たそうに見えるこの王子様の手は温かい。
まあ、人間だから体温があって当たり前だが。
「――あなたが残っていてくれてよかったと、私は思っている」
抜き身の輝く剣を思わせる厳しい表情が、ふわりと和んだ。微笑を浮かべるその姿に、コウジは思わず目を逸らした。男の自分でもときめくのだから美形の威力はすごい。
社交辞令でもなんでも、こんな美形に『あなたでよかった』と言ってもらえるのは嬉しいもんだ。
しかし、乙女なら頬を染めるところでも、残念ながら自分はおじさんだ。
せいぜい照れくさい気分で、ぽりぽり、ひとさし指で頬を掻くのが精いっぱいだった。
「……そんな嫌がらせが日常茶飯事っていうなら、命まで狙われそうだな」
「よくわかっているな。未然に防がれた暗殺騒ぎも数知れずだ」
さらりととんでもないことを言う。そんな王子様のパートナーとなった自分の日常も、なかなかにハードなことになりそうだ。
そういえば、街の掃除屋なんて、どこかで聞いたようなこの男の日常も、ハードだった……と、コウジはうろ覚えの設定をつらつら浮かべた。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
馬車が到着したのは王都郊外にある大きな館だった。王の押しも押されもせぬ愛妾だったジークの母が建てた館だという。
国王の愛妾かつ、他の愛妾や妃達を圧倒した女性の館というから、どれだけキンキラキンのベルサイユ王宮のような建物だろうかと想像していたが、意外にも石造りの重厚ではあるが華美ではない邸宅だった。
落ち着いた風格は感じられるが、地味と言ってよい。
中央に噴水と花壇がある馬車回しをぐるりと回って、館の中に入ってもその印象は変わらない。内部は木の質感を生かした上質な内装だ。煌びやかすぎて落ち着かないということはない。
むしろ、よくくつろげそうだ。
周囲を見回していると、ジークがそんなコウジを見て微笑んだ。
「母は上質なものを好んだが、必要以上に華美なものは上品ではないと好まなかった。宝石や毛皮で孔雀のように着飾れば良い訳ではないとな。それは自分のくつろぐ館も同様だった」
館にはいってすぐの正面の壁には、若い夫人の大きな肖像画が飾られていた。
銀の髪と瞳。微笑む雰囲気は柔らかであるが、すぐにこれがジークの母のエノワールだとわかる。ジークもとんでもない美形だが、母親も、男なら誰もが一目で惹かれるだろう迫力ある美女だ。
淡い青磁色のドレスは、現代日本の感覚が基準のコウジからすれば十分に華やかだ。しかし、ドレスの広がりに対して、小さくまとめられた髪のバランスといい、たしかにゴテゴテとした装飾過多とは感じなかった。どこかすっきりとした、センスのよさが感じられる。
「王宮のみならず王都での婦人の流行の基本は、正妃や準妃が夜会でまとうドレスだ。だが、母が父王の愛妾となってからは、母のドレスの色や髪飾りのリボン一つにいたるまで、みんな彼女の真似をした」
それがまた王妃や準妃に屈辱を与え、同じ立場の愛妾達の妬心を煽ったという。
「格式張った王宮の生活にうんざりしていた父王は、この館での心地よく快適な暮らしを好んだ。母が生きていた頃には、月の半分をこの館で過ごしていた。第二の王宮とここが呼ばれたほどだ」
これがまた古株の名門貴族のうるさがた達をしかめっ面にさせたのだという。王が王宮におらず、愛妾の館に入り浸り。さらにはその愛妾は元は貴族ではない平民の娘となれば当然のことだろう。
いくら金持ちのブルジョアでも、その青い血の歴史に誇りを持つ貴族達からすれば受け入れがたかったのだろう、と想像がついた。
「それで、このお母さんが亡くなったあとも、王様は変わらずこの館に来ているのか?」
「いや、母を失って父王は三日ほど泣き暮らしたが、すぐに若い愛妾を見つけて彼女に夢中になった。それから一度もこの館には来ていない」
さすが、四十五人も王子を作った節操のなさだとコウジは、すんっとした顔になった。
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