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行き遅れ平凡兎と年下王子様【カルマン×ブリー編】

俺様狼王子の泣き虫兎捕獲大作戦! 【中編】

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 前回、ただ手紙を出したといったら、アーテルの兄貴に「気の利かない男だなぁ、もうっ!」と怒られた。

「そういうときは花の一本でも添えるんだよ。薔薇はまだお前には生意気だからダメ。中庭で咲いているお花から、あの子に似合うものを自分の手で選んで来い!」

 切りばさみを押しつけられて、カルマンは中庭へと出た。花壇には色とりどりの花が咲いている。
 花なんかに興味はなかったけどけど、ブリーに似合う花と考えれば選ぶのは楽しかった。黄色のガーベラが目についた。ほんわかした色はブリーを思わせる。
 それを丁寧に切って持っていったら、アーテルはニヤリと笑って「ふぅん、その選択をするとは花言葉も知らないクセに」といって、花が枯れずにしばらく日持ちする生活魔法をかけてくれた。

「さあ、これをお手紙に添えて出すんだよ」



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 私は大人になることが怖いです。



 ブリーからの手紙にはそう書かれていた。

 だって、知らない世界に飛び出すことは怖くはありませんか? 



 それを読んだカルマンはしばらく考えた。
 そして、図書室の隣の母の書斎に行って、扉を軽くノックした。

「どうぞ」

 柔らかなテノールの声。カルマンが「今、いいか? 母上」と声をかけて扉を開けると、スノゥは執務机に腰掛けて各地の大公領からの書類に目を通していた。ちゃりと音をたててかけていた銀縁眼鏡を外す。「書類仕事をするようになって、初めてちょっと目が悪いことに気付いた」とぼやいていた母だ。「動いているものはどんな遠くだって、よく見えるんだけどな」と。

「お前がここに来るなんて珍しいな、カルマン」
「仕事中?」
「ああ、やってもやってもきりはない。ちょうど休憩しようと思っていたところだ」

 スノゥは卓上のベルを鳴らしメイドを呼ぶと、茶と茶菓子を用意するようにと頼んだ。二人は執務室を出て図書室の小卓を囲んだ。すぐに茶と菓子が出された。

「外の世界は怖いか……」

 スノゥが香り高いハーブティを一口飲んでつぶやく。カルマンは「俺はなんで怖いのかわからん」とばりばり塩バターのクッキーをかじる。甘過ぎないクッキーは好物だ。

「見た事もないものは怖い」

 スノゥは白い指でチョコレートをひとつつまむ。最高級品と名高いエ・ロワールのそれが、女侯爵の名で届くようになって久しい。

「狭い世界しか知らなければ、そこから出て行くことは勇気がいる。その世界で穏やかでなにごともなければなおさらだ。
 ブリーは普通の兎だ。屋敷のなかが生きてきた世界なら、そりゃ怖いだろう。その世界で子供のまま……でいられるならば、なおさらな」
「母上も昔はそうだったのか?」

 カルマンが知っているのは、母が勇者であるノクトとともに旅をした四英傑であること。最弱と言われた兎の初めての純血種でとても強いということ。
 そして、一度は滅んだノアツン公国の大公でもあるということだ。あの小さな国はサンドリゥムの同盟国として、グロースター大公家の庇護下にある。属国ではなく、あくまで同盟国という扱いとして。

 カルマンは北のグロースター領で雪豹の子供達と遊んだり、ノアツンのあの神秘的な森にも行ったことがある。新緑の匂いが好きなのはそのせいだ。あの北の風が冷たいけれど清冽な森が好きだ。
 そうだブリーにもあの光景を見せたら、外は怖くないと思ってくれるだろうか? 北のグロースター領のどこまで続く緑の牧草地帯と、草をゆったりと食むボア達や駆けるコッコ達や。

 それから輝くノアツンの森。

 隠れ里から見上げた星空は、たしかに銀の輝きがそのまま落っこちてきそうだった。
 あの光景を見せたい。

「俺も十三まではホルムガルドという湖の離宮に、母さんと一緒にいたんだ。そこから自由に生きるために“否応無し”に飛び出したけどな」

 「まあ、お前がもう少し大きくなったら、それは詳しくな」とスノゥは続け。

「だったら、お前がブリーの手を引いて外に連れ出してやるといい。外は怖くないと守ってやれ」
「だったら北の牧場を見せてやりたい! それからノアツンの森も!」

 勢いこんでいうカルマンにスノゥは「まてまて“深窓のお姫様”をいきなり遠出に連れ出すのは、あちらのご両親が泡を食うぞ」と思いついたら、すぐ行動の息子をなだめる。

「まずは王都の街を見て歩いたらどうだ? ブリーが好きそうな場所に連れていってやるといい」
「ブリーが好き……あれは本が好きだけど、一番好きなのは空の星を眺めることと、数式を計算することだっていってた」

 「数式……」とスノゥの眉間にしわがよる。大公領からあがってくる数字と彼は日々格闘していた。

「正直数式はわからないが……」
「俺もわからん、母上。モース老師もわからないといっていたから、いいと思う」
「じいさんもか」
「数式がわかるのは頭が空に跳んでいくような住人だけだと」
「お空……」

 「まあ、それはともかく」とスノゥが息子との会話を仕切り直し。

「本と星が好きならば博物館なんてどうだ?」
「博物館……」
「前にみんなでいったときに、お前は先へ先へと駆けていってしまって庭で遊んでいたからな。ブリーと一緒なら、多少は楽しめるんじゃないのか?」



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 お忍び用の馬車を借りてカルマンはブリーを迎えにいった。

 唐突な来客にドルレアン男爵夫人は慌てていたが、すぐにブリーを呼んでくれた。夕刻までに返すといったら、メイドにブリーの仕度をさせた。
 といっても、夫人のものだろう緑の地味なマントを羽織らせたきりだ。夫人の申し訳なさそうな顔からして、ブリーには外出用のマントも服もないのだと知る。着ているのも飾り気のないシャツにチュニックにトラウザーズだ。さすがに庭ぐらいには出るから靴はあったが、それも履き古されたもの。

 最初に博物館と思ったが、カルマンは御者に別の場所を告げていた。
 これから色々なところに出かけるのだから、ブリーのためのマントも用意しなければ。



 正直、マダム・ヴァイオレットは苦手だ。
 身体は男だけど心は女の彼女は“淑女”として扱わねばならないと、父や母や口うるさい黒兎の兄からも言われている。その一本貫く生き様は男として偉いと思っている。いやマダムは淑女なんだっけ? 
 苦手なのは式典のときにごてごてと飾りのついた窮屈な服を押しつけてくることと、その採寸でこっちがしゃべるスキがないぐらいの早口だった。純血種の敏感な耳にはいささか騒音めいている。

 あれはうちの口うるさいアーテル兄も負ける。もっとあの黒兎の兄は、マダムと一家の中で一番気が合っているようだったが。なんだっけ? 可愛いモノ同盟だっけ? 可愛いのが好きなのは、男も女も変わりないそうだ。

 よくわからん……。

 それはともかく自分達を迎えたマダムは、いつものごとく勝手に話し、勝手に決めて、勝手にブリーを飾りたててくれた。マントだけでなく服まで。
 リンゴ色のマントもその下の若草色のチュニックもブリーにはよく似合っていた。茶色の垂れた耳がますます可愛く見えて、カルマンは満足してうなずいたのだった。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 博物館でブリーは生き生きとしていた。

「百科全書の挿絵とそっくりです」

 と初めて見るモノに瞳を輝かせて、カルマンが訊ねると詳しく説明してくれる。
 なんだ、知らない世界は怖いなんていっていたけど、俺よりよっぽど知っているじゃないか? と思った。
 とくに隕石を見てブリーの茶水晶の瞳はキラキラと輝いた。そして、いつもはぴるぴる震えている臆病な兎が嘘みたいに、息継ぎも忘れるぐらいにたくさん情熱的に話した。
 いってることの大半がわからなかったが、好きなものを一生懸命しゃべる様子が可愛くて、素敵だと褒めたら頬を染めた。

 横についてきていた館長が「実に興味深いので詳しい書簡を」なんていってきたが「それはあとでな」と代わりに答えた。黒兎の兄が「お前はまったく雰囲気がない!」っていっていた気持ちが少しわかった。
 それまでは雰囲気ってなんだ? って首をかしげていたけど、雰囲気、雰囲気……なるほどこういうことか。

 博物館に行くならと、そのアーテルが「あそこの植物園のカフェとスコーンとミルケーキは必ず頼むこと!」という言葉どおりに注文した。確かにブリーも美味しそうに食べていた。

 そしてカルマンは今日の博物館で思ったのだ。
 ブリーは外の世界を知らない訳じゃない。

 見たこと触れたことがないから怖いのだ。
 だったら自分が手を引いてどこまでも連れていってやる。

 そう告げたらブリーの瞳はあの隕石を見たときみたいにキラキラ輝いた。それはどんな宝石よりも、カルマンにとっては綺麗だと思った。
 だから、ずっと友達でいようというつもりだったのだ。
 お前達には時間があるから焦ることはない……とはシルヴァの兄上の言葉だ。

「友達から初めて、一番の親友になって、それから時間をかけてずっと一緒にいようと約束をするんだ。あのお茶会で少しお目にかかっただけだけど、ブリー令息はとても理知的で慎重な方だ。けして焦ってはいけないよ」

 それにカルマンはこくこくとうなずき、今日はずっと友達でいようという“約束”をするつもりだったのだ。
 “その印”だって持ってきた。
 だが、ずっとずっと一緒で、この目の前にいる兎を自分だけのものしたい! と思ったら、口に出ていた。



「結婚してくれないか?」



 それを訊いたブリーの瞳から、どこまでも自分と遠くへという言葉を聞いたときの、キラキラはすっと消えて、そして彼は言った。



「お断りします」



 カルマンはまっ白になった。





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