ウサ耳おっさん剣士は狼王子の求婚から逃げられない!

志麻友紀

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ワガママ王子はゴーケツ大王なんか絶対に好きになってやらないんだからね!【アーテル編】

【15】古くも新しく強い血

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 ルース国。

 その王宮は常に暗く重い空気が漂っている。長く続く冬の雪と氷から守るための分厚い岩壁。そこに千年続くという王家の純血の血に縛られた因習の歳月を塗り込めたかのように。
 その王の居室に明るい雰囲気が満ちているのは、長く続いた老王の治世から、内戦の混乱を経て若い主に変わったのもあるだろう。

 それだけではない。かつての主のときはルースの神話や建国の歴史をあらわした重厚なタペストリーが壁を飾っていたが、現在それは別の部屋へと移され、若い王の部屋を彩るのは色とりどりのカザーク族の毛織物に刺繍がされた布だ。
 すべては我らが若き大王ハーンの健康と蓑守りを願ってのカザーク達からの贈り物。

 その守りの文様が刺繍された布がかけられた椅子にエドゥアルドは腰掛けていた。後ろにはカザーク族の屈強な戦士が守る。
 そして若き大王の前には、虎族の壮年の男が立つ。エフゲニーだ。

「ユスポフ公爵よ」

 普段のように名ではなく、爵位をもってエドゥアルドは呼びかけた。

「卿は諸侯のなかで、一番最初に俺の前に膝をつき、忠誠を誓ってくれた。亡き先王リューリク大王陛下の一番の忠臣たる卿が、俺の臣となってくれたことで、状勢が一気に変わったことも確かだ」

 エフゲニーがエドゥアルドを新たなる大王として認めなければ、他の有力貴族達も従うことはなく内乱はもっと長引いたことだろう。

「だが同時に疑問にも思っていた。大王として名乗りをあげる王族諸侯達のどこにもつかず、ずっと中立を守ってきた卿が、なぜ、なんの後ろ盾もない俺を認めてくれたのか? とな」

 あのときのエドゥアルドははたしかにカザーク族や他の種族達を率いて、王族諸侯に連戦連勝を重ねてはいた。それでも大王を名乗る王族達の半分は残っている状態だった。
 しかし、それがエフゲニーがエドゥアルドにつくことで一気にひっくり返ったのだ。それまでエフゲニーと同じく日和見の中立を決めていた有力貴族達は、殆どがエドゥアルドについたといってよい。

「そろそろ話してくれてもよいのではないか?」

 そう、うながせば壮年の公爵は、それまで伏せていた視線をあげて、じっとその黄金の瞳を見る。

「亡き大王陛下が私に残した御遺言にございます。我が亡きあと、北より黒き虎が大王の後継に名乗りをあげたならば、見極めは私に任せると」

 やはり……というようにエドゥアルドは軽く目を閉じる。あの白き虎の大王に会ったのは二度だ。一度目は自分を石の塔に幽閉するとき、二度目は北のシビエ公に任じられて、わずかな従者とともに王宮を放り出されたときだ。

 なにもいわれなかった。石の塔で学べとも、北の辺境で今は耐えろ……とも。しかし、こちらを見る黄金の瞳に常に挑むような炎があった。
 お前はそこから這い上がってくるか? と老王は常に問いかけていた。
 あの目が忘れられず、エドゥアルドはここにいるのかもしれない。王家の虎として生まれ、両親にその生を疎まれ、北に追いやられようとも自分は彼の死の知らせを受けて大王となると決意した。

「……俺はお前の目にかなったか?」
「はい、ひと目見てわかりました。あなたは在りし日のリューリク大王陛下、そのもののような覇気をまとっていた。あなたこそが、乱れたこの国を再び再興させる“純血の虎”であると」
「“純血の虎”か? 生まれたことのない黒であると、両親は俺を消そうとしたぞ」
「それでもあなたは生き残られた。北の地に追いやられながら、どの王侯も手懐けることが出来なかった、勇猛なカザークを盟友としこの王宮に戻ってこられた」
「……セルゲイとニコライは自死した」

 その二人の名はアーテルを暗殺しようとした、近衛の名だ。カザーク族に身柄を押さえられた彼らだが、隠し持っていた毒をあおって両人とも死んだのだ。
 おそらく暗殺が成功しようとも失敗しようとも、死ぬつもりだったのだろう。自分達が誰に命じられたのか、追及されないように。

「目的を果たせず、あまつさえ大王陛下の玉体を傷つけ、そのお命を危うくしたのみならず、千年続くルースの高貴なる血統を途絶えさせる危機を招いたのです。
 自ら命を絶ち、責任をとるのは当然のことでしょう」

 己がそれを命じたのだろう二人の若者の死を聞いても、エフゲニーは顔色一つ変えず答える。

「あの二人にはお前が命じたのか?」
「はい」

 若者二人が命を絶っているのにもかかわらず、エフゲニーはあっさりと認めた。彼自身も彼らの死ごときではエドゥアルドの追及を逃れられないと、承知のうえだったのだろう。
 それでも彼らに死を命じたのは、すべての真相を闇に葬り去るためだったのだ。エフゲニー自身の破滅さえ覚悟した、彼の狙いは。

「アーテルがルースの近衛に暗殺されたとなれば、ノアツンのみならずサンドリゥム王国との断交は必須だ。勇者と四英傑に老獪なカール王を有するあの国にそっぽを向かれれば、他の国も同じくルースとの付き合いを考える。
 いくら俺が開国しようとしても、結局、数十年は内にこもらざるをえなくなるだろう。ルースを元の鎖国同然の体制に戻すこと。それがお前の目的か?」
「はい。そこまでおわかりならば、私の言葉などいらないかと」
「お前の目から見て、俺は急ぎ過ぎたと?」
「急激な変化に皆戸惑っておりました。若き大王陛下自ら、率先されて国を変えていかれる“だけ”ならばよかったでしょう。
 しかし、さらに他国から大王配を迎えるとなれば話は別です」
「まさか、お前まで王家の純血にこだわっているとは思わなかったぞ」

 エドゥアルドが苦い笑みを漏らせば「千年続いた尊き血にございます」とエフゲニーが答える。

「それでも大王陛下。あなたが王家の血を開く虎族の娘を側妃に娶られるというならばよかった。その御子が次の大王となるというならば。
 しかし、陛下。あなたはあの兎族の公子ただお一人に愛を捧げるという」
「だから、アーテルを狙ったか? 俺の“血迷いの元”を断つために」
「はい」
「だが、俺を救ったのもまた、あれの歌だ。あれは命がけで俺をこの世に引き戻した」
「はい、さすがリューリク大王陛下の血を引くスノゥ様の御子にございます。そう、もう一つの陛下の遺言を私は忘れておりました」

 エフゲニーはぽつりと漏らす「陛下の本当の最期の時にございます」と。

「あれの好きにさせよと。そしてもし……」
「もし?」
「あれの血が“帰って”くるようなことがあれば……それ以上はお聞き出来ませなんだ」
「…………」

 血が帰ってくる。それはそのままエドゥアルドとアーテルが結ばれたことを言い表しているようだった。
 だが、エフゲニーは大王がその血を受け入れとも、拒絶しろとも聞いてはいなかった。

「セルゲイとニコライだけに責をとらせるわけにはいけません。私も、この身を処したいと思います。大王陛下の居室を血で汚すわけには参りません。別室にての裁きを……」
「ならぬ」

 エドゥアルドの言葉にすでに両膝を床について、頭を垂れ、罪人の姿勢をとっていたエフゲニーははじかれたように顔をあげる。

「死ぬことはならぬエフゲニー、セルゲイとニコライは止める間もなく死んだが、お前にはそれを禁じる」
「しかし、それでは他の者に示しが……」
「隠居をしろ。卿には妻子も息子もおらぬ。公爵領はそのまま国に召し上げられることになるだろう」

 まるで偉大なる先大王にすべてを捧げたかのように、彼は妻子を持つことはなかった。親族の男子はいるが、名門ユスポフ公爵家はこれで潰えるということだ。

「あとは田舎暮らしをするなり、修道院に入るなり好きにするといい。だが、自分の意思では死ぬな。これは大王としての命だ」
「いいえ、いいえ、陛下。そのような処分では甘すぎます。このしわ首を王宮の門へとさらしてこそ、他の者の企みもおさえられるというもの」
「……生きて見続けろといっているのだ。俺が大王としてこの先、どのように国を導いていくのか。卿が閉ざそうとした国は、開かれてどうなっていくのか。
 それが卿が真に忠節を捧げたリューリク大王への忠義になるのではないか? 代わりにこの新しい世を見届けることが」
「……エドゥアルド大王陛下……」

 そこに「僕も見て欲しい」と声があがる。隣室の扉が開いて入ってきたのは。

「アーテル公子」
「僕はエドゥアルドと一緒にこの国を作っていくよ。彼の横にルースの偉大なる白虎の大王にノアツンの雪豹族の血を受けた母スノゥの血、それにサンドリゥムの勇者である狼族の父の血。それを受けた、黒い兎の僕がいることこそが、新しいルースの証となると思う。
 すべての種族とともに歩んでいく未来が。そこにはもちろん虎族だって含まれる」

 壮年の虎の金褐色の瞳を、黒兎のルビーの瞳が真っ直ぐ見つめる。エフゲニーが大きく目を見開いたあと、今度は目を閉じた。そして、再び開いたときにはその口許には穏やかな微笑が浮かんでいた。

「エドゥアルド陛下のお命をお救いくださったこと、このエフゲニー心より公子に感謝いたします。
 そして、母君のスノゥ様より受け継いだ、そのお身体に流れるすべての強き血が、新しきルース王家の礎となり長く続くこと、遠くよりお祈りしております」

 エフゲニーはその日のうちに王宮を去り、かつての公爵家の領地である田舎の館に引きこもり、二度と王都へと出てくることはなかった。
 その彼は王宮を去り際、エドゥアルドに耳打ちした。

「今回のことは私一人でなし、セルゲイとニコライはその犠牲となりました。しかし、私が先に動かなければ……」

 そのあと彼がささやいたいくつかの名に、エドゥアルドはうなずき告げた。

「カザーク族は“闇夜の狩り”が得意だ。都暮らしに溺れて夜目も利かない絹の服をきた虎共はたやすく狩られることだろうな」

 その後、連続して有力貴族の当主が“謎の病死”を遂げた。さらに王家はその相続の“不手際”を口実にすべての家の爵位を降格。領地の半分以上を没収し、各家はゆるやかに没落の道をたどることになる。
 その報告をサンドリゥムで受けたカール王は、深くうなずき「どうやら“大掃除”は済んだようだな」とつぶやいたとか。

 ルース王国に吹き荒れた“粛正”の嵐の噂も、サンドリゥム王国からやってきた、公子の輿入れ行列の豪奢に人々は目を奪われて、すぐに忘れることになる。








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