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おチビちゃんは悪いおじ様と恋をしたい!【ザリア編】
【9】薔薇の迷路
しおりを挟むひたいへのキスはなんだったんだろう?
普通の兎よりちょっと短いお耳をくしくししながらザリアは考える。もう片方が終わればもう片方とそれで二巡目。
「考えごとかい?」
ぴょんとねかしていたお耳を元にもどすと、声をかけられた。目の前にその考えていた男の顔があって、ドキリとする。
花壇にお花が咲き乱れる孤児院の中庭。小さな空間だけど、建物が密集しているこの都市では、庭を持つこと自体が結構な贅沢だ。
それを孤児院に作ったというだけでも、ここを創設したソフィアがどれほど、子供達に愛情を傾けていたかわかるというもの。
敷きもの広げてピクニック気分で、少し早い昼食となった。ロッシが従僕達を走らせて取り寄せた屋台料理が並ぶ。ひよこ豆のクロケットに、コッコにボア肉の串焼き。小魚や小エビのフリットに、薄く焼いたパンに臓物煮を挟んだ東方渡りの料理。ザリアはトマトとなすをくたくたに煮込んだのを挟んだものを食べた。東方渡りらしくスパイスがちょっと効いておいしい。
で、これも屋台からケトルごと持ってこられた、ボアのミルクでいれたシナモンの香りのお茶を飲みながら、ちょっと考え事をするうちに。お耳をくしくししていたようだ。
「短いお耳をいじる姿は可愛いと思うのだけどね、少年達にはちょっと刺激が強いようだ」
ロッシの言葉に首をかしげる。彼の後ろでマルコと同じ年頃の少年達三人の頬が赤らんでいるのに、ザリアは気付かず。
「お歌を歌って」と小さな子達にせがまれて、ザリアは歌い踊った。歌の途中でロッシに手を差し出せば、彼も一緒におどってくれた。くるりとターンをし、そしてザリアを高く軽々と持ち上げる。それに子供達の歓声があがる。
最後には子供達と一緒に踊って、そして笑顔で孤児院をあとにした。
「お手紙を書くよ」
「子供達が喜ぶだろう」
「あなたにもね」
「私に? お菓子を添えて?」
「あなたにはワインです」
「名高いサンドリゥム産ならば楽しみだ」
「売ってない物がないといわれる商都ガトラムルのドゥーチェが? 飲み慣れているクセに」
「君から贈られたワインだから意味がある」
そんな言葉をさらりと吐くなんて、さすが伊達男とザリアは頬を赤らめたのだった。
大使館の近くで別れようとザリアは考えていたけれど「送っていくよ」とロッシはいった。彼は堂々とサンドリゥム大使館の車寄せに黒塗りの馬車を寄せて、ザリアの手を取っておろしてくれた。
双子の兄のダスクは射殺しそうな目でロッシをにらんでいたけれど、父のノクトの姿が無かったのは幸いだった。
ロッシが玄関が帰ったあとで街でとっ捕まえた母のスノゥとともに寝室にこもっているという話を聞いた。ザリアが思わず母に向かって感謝の合掌をしてしまったことはいうまでもない。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
「ドゥーチェ、どちらにお出かけでしたかな?」
ロッシが首領の館と呼ばれる、公邸に戻れば、嫌な穴熊に捕まった。穴熊耳と尻尾の小太りの中年男はいかにもな作り笑いを浮かべて近寄ってくる。
「これはダロニエ男爵」
この商都に貴族位はない。すべては成り上がりの者達が他国の爵位を金で買って名乗っているものだ。
ロッシのガルゼッリ家は芦ノ原に最初の杭を打ち込んだ十家とよばれる家の一つだ。この都の商人であることを誇りに思い、他国に爵位など求めることはしなかった。
それこそ、求める“名誉ある称号”は“首領”のみという家訓が伝わるほど。
実際、ロッシから遡ることすべての当主がドゥーチェの役職についている。そのなかでもロッシは一番の若さでこの席につき、一番の長くその役職を務めているが。
「さて、男の外出先など詮索するのは野暮というものですよ」
「これはこれは失礼を。いや、なに、黒衣の紳士の姿を裏通りのよからぬ場所で見かけたという噂を耳にしましてな」
よからぬ場所とは孤児院のことだとしたらずいぶんと失礼ないい方であるが、ロッシは微笑で返した。
いくら隠していても、自分があの孤児院の後援であることは、この男にもそれからその仲間の“敵対者”にもわかっている。
大陸会議が始まる前から孤児院には警備の者を詰めさせていた。院長にも子供達だけで外出はさせず必ず警護の者をつけるようにと。
だからこそ盗癖だけでなく、院を勝手に抜け出すマルコの存在は頭が痛かったのだが、それもザリアのおかげでおさまった。
「明日には大陸会議が終了いたしますな」
「ええ、あとは明日の各国首脳が条約に署名する“儀式”が残っているのみです」
つまり奴隷取引の禁止条約がくつがえることはないのだと、暗にロッシが告げればダロニエ男爵の顔が悔しげにゆがむ。
この男爵の表の顔はメイドから荷運び人まで斡旋する口入れ業。裏の顔は奴隷商人だ。
大陸会議が始まる前より他の奴隷商人達ともに、何度もロッシに刺客を送ってきた。当然孤児院にも汚い手を伸ばし、一度は放火までされたことがあったが、警護の者達によってボヤ騒ぎで収まった。
それも明日になればすべての奴隷取引は違法となる。しばらくは自分の周囲と孤児院の警戒は怠ってはならないだろう。もう少し孤児院の子供達には窮屈な思いをさせるが仕方ない。
「……最近はサンドリゥムの末っ子公子殿とお親しいようで」
「あのかたは、明日、ご両親とともにお国へと帰られますが?」
ロッシは微塵も動揺を見せずに男爵へと返した。男爵は嫌らしく口許をゆがめて。
「お気をつけなされることだ。昔は遠かったサンドリゥムもいまでは転送で一瞬。手足の長い者はどこでもいる」
つまりは手足となる刺客はどこにでも運べるのだぞと、底の浅い脅し文句を残して男爵は去っていった。
黒衣の袖で隠れた、ロッシの白手袋に包まれた拳が隠した怒りで震える。
「……やはり、私は悪い男だな」
「なに当たり前のことをいっているの?」
いつのまにいたのやら、鏡のような巻き毛の銀髪の銀狐の美女が、紫がかった紅の口許を意地悪な笑みにゆがめて立っていた。
「あの穴熊がうろうろしてるから、あなたに絡むだろうと見ていたら案の定ね」
「これはボレッリ女伯爵」
ロッシは差し出される白い手の甲に触れるか触れないかの、礼の口づけをする。彼女は女伯爵を名乗り、ダロニエ男爵と同じく元老院に議席を持っている。
ロッシの昔なじみでもあり、当然あの男爵達とは仲が悪い。
「アントネッラ、女友達である君に頼みがある」
「なに? 伊達男の頼み事なんてロクなもんじゃないと決まってるわ。カワイイ子を泣かせるのはあんまり好みじゃないんだけど」
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
ドゥーチェの館の大広間での“お別れ”の夜会。ザリアには最初のシャンパンの一口だけは許されているけど、あとは甘い飲み物かお茶のみだ。カシスのジュースを飲みながら、少し離れた場所から両親を見る。
父にがっちりと腰をつかまれて、母スノゥは他国の代表と談笑していた。いつものごとく白の豪奢な盛装姿で、横に長身の本日は濃紺のジェストコール姿の父が並ぶと似合いの一対だが、いささかくっつきすぎのような気がする。
たぶん、今夜の夜会中離してもらえないだろう。というより、よくも部屋から出してもらえたものだ。
もっとも、今夜はドゥーチェ主催の“お別れ”の夜会だから主賓格の二人は欠席なんて出来なかっただろうけど。
明日、大陸会議は終了予定だ。同時に会議で決まった条約が宣言される。
ロッシが提案した奴隷の売買の全面禁止の条約が。
そういえば、彼の姿が見えないな? と思っていると、深緑のお仕着せをきた館の従僕より「旦那様より、これを」と飲み物とともに小さなカードを手渡される。その薔薇水のソーダ割りを、いかにも自分が頼みましたとばかり受け取って、ザリアはこっそりと手の平に隠したそれを読む。
そして、当然夜会に出席していたエドゥアルド大王の隣に立つアーテルにさりげなく近寄る。
「なにおチビちゃん? お兄さまに頼み事かな?」
「ほんの一瞬でいいから、ダスクお兄様の気を引いてくれるかな?」
母を離さない父の代わりとばかり、双子の兄が自分を監視しているのだ。令嬢達の踊りの誘いもさっきから断り続けて。
「やれやれ、弟離れ出来ないお兄ちゃんだな」
アーテルは呆れた様にいい、隣の夫の太い腕を「ちょっと協力してくれる?」と引く。「いいぞ」と気楽に頷いた大王とともに、アーテルは「堅物さん」とダスクにからみに行く。
兄の鋭い目は常に自分に向けられていたけれど、アーテルの隣に立つ大王の大きな身体が、物理的な壁となって彼の視線を遮る。さすがの鉄壁ザリア監視人であるダスクも義兄でありルースの大王を押しのけるなんてことは出来ない。
その一瞬の隙をついて、ザリアは大広間を抜け出した。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
カードには流麗な筆跡で「薔薇の迷路の奥で待つ」と書かれていた。
芦ノ原に杭を打ち込んで作られたこの人工の都市で庭は贅沢なものだが、首領の館となれば広大な庭園が広がる。
有名なのが薔薇の迷路でそこに一歩足を踏み入れると、泉水のさらさらと消えない水音があちこちで反響してどこから聞こえているのかわからない。
そんな仕掛だから、中央の泉水の広場にはなかなかたどり付けないようになっている。この仕掛が作られたのは秘密の恋人達の語らいを隠す為……なんていわれているけれど。
ザリアの短いけれど鋭い耳は、薔薇の生け垣の所々に配された魔石が埋め込まれた彫像。それが反響する音を的確に聞き分けて、迷路に中央へと向かう。この生け垣自体も、外には簡単に抜けられるのに、中にはなかなか入り込めないように入り組んでいるからクセモノだ。
そして、水がさらさらと湧き出る銀盤の泉水。そこに置かれた四阿で寄り添う、二人の姿にザリアは息を呑む。
銀狐の美女が、石のベンチにだらしなく横たわる男の上にしなだれかかっていた。男の黒衣のクラバットは乱れて、その胸元が露わになっている。
美女のコルセットでくびれた腰を片手で抱いて、ロッシはけだるげに、立ちすくむザリアを見た。
「知っていただろう? おチビちゃん。私はこういう男だよ」
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