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鳴かない兎は銀の公子に溺愛される【シルヴァ×プルプァ編】
【3】初めて見た空
しおりを挟む「起きて」と優しい声でゆらゆらと揺り動かされて、プルプァは目を覚ました。
「本当はそのまま寝かせてあげたかったけどね。もうじき夜明けだから」
シルヴァに抱き起こされて、彼の膝から身を起こした。お話は面白かったけれど、その声は低くてとても安心出来て、つい眠ってしまったみたいだ。
いつもならプルプァは男達が虚ろな表情となって床や椅子に座りこんでいても、天蓋のカーテンを閉めた寝台のなか、気を抜くことなくずっと夜明けまで起きていた。とても眠ることなど出来なくて。
男が出て行ったあとに、ようやくうとうとする。おそらくは昼過ぎにやり手婆がやってきて、朝と昼を兼ねた食事に入浴、また男を迎えるための身支度する。
そんな繰り返しの毎日だった。
「これを被っていて、周りが見えなくて不安だろうけど、私がしっかり抱いていてあげるから」
ふわりと頭からシルヴァが著ていたマントを被せられた。それで包まれるようにされて、ふわりと身体が浮いた。力強い腕はしっかりしていて、少しも怖くはなかった。
「それからちょっと騒がしくなると思うけど、これも怖くなったら耳を塞いでいて。ほんの少しの時間だから」
優しい声にこくりと頷く。それからシルヴァが自分を抱いたまま数歩移動して、扉を開く音がした。
「旦那」と知らない男の声がして、プルプァはぴくりと肩を揺らした。
「まだ夜明け前ですぜ、ずいぶん早いお帰りで……って! その腕に抱いているのは?」
「お前達が“違法”にこの子をここに閉じこめていることはよくわかった。現在は奴隷の売買も取引も禁止されている。ましてこの子はなにもしらない子供頃からここにいる様子だ。
子供の奴隷の売買はもっと以前に重犯罪となっているはずだが?」
「なに訳のわからないこといってやがる! 足抜けだ! うちの上玉を若造が盗んでいくつもりだ!」
そんな男の叫び声とともに「なんだと!?」「足抜けだと!?」「うちの一番の稼ぎ頭を盗るなんざ、冗談じゃねえ!」なんて声がして、さらにドゴッ! という大きな音や「ぐえっ!」だの「ぐはっ!」だのというなんだか怖い男達の声に、プルプァはシルヴァのしっかりした腕に包まれているから大丈夫とわかっているけど、長い耳をぺたりと頭に貼り付けるようにして手で押さえて耳を塞いだ。
マントに包まれて見ることも、途中から耳を塞いで聞くこともなかったプルプァは知る事はなかったが、部屋を出たシルヴァは大切な姫君を片腕に抱えて狭い通路から飛び出し立ちはだかるチンピラ達を、まるでうるさいハエでも振り払うかのように、素手で叩きのめしていった。
この娼館に入るときに「お腰のものはお預かりします」と剣はとられて丸腰ではあったが、たとえ相手がナイフやトゲだらけの棍棒をもっていても、そんなものはシルヴァには通用しなかった。
彼はその片手の一振りだけで、男達を吹き飛ばした。その身体を長い足でまたいで、プルプァを片腕に抱いて、悠々と外へと続く階段を昇った。
この騒ぎに地下の秘密の娼館のうえに、偽造として建てられた会員制の高級サロン。早朝ということで飴色テーブルや飾り棚の調度に猫足のソファーが配置された空間には、人気が無い。そこにパタパタと雇われているのだろう用心棒達が駆けてきた。プルプァを抱くシルヴァの周りを取り囲む。
剣を抜いた構えた姿からして、下のチンピラと違い騎士崩れか、それなりに武芸を納めたものなのだろうが。
それもシルヴァが、これまた片手の一振りで巻き起こした小さな竜巻で、高級な調度ごと彼らはその腕や足に傷を追って床に転がり伸びた。実はシルヴァとしてはチンピラ相手でも、この用心棒相手でも“手加減”はした。本気でやったなら、彼らの手足が吹き飛ぶどころか、身体がバラバラになっていただろう。
そんな血なまぐさい光景をマントを被せていてるとはいえ、ちらりとでも腕の中の姫君に見せたくはなかった。
「つ、強すぎる」と床に転がる用心棒の一人がうめき声をあげる。さらにパタン! と建物の入り口である両開きの扉が開いて、騎士団の制服をきた男達がなだれこんできた。「手入れだ!」という声があちこちで響き、逃げ惑う男や女の悲鳴で屋式中が騒がしくなる。
「もう大丈夫だよ。苦しくなかった?」
マントを少しずらされて、シルヴァに顔をのぞき込まれてプルプァはふるふると首を振る。マントの隙間から見えたのは、大勢の人々が右往左往する様で、こんなたくさんの人間を見たことのないプルプァは、それだけでびっくりして目を丸くしてしまう。
「団長!」とそこに大きな声が響いて、プルプァはぴくりと大きくシルヴァの腕の中で跳ねた。シルヴァの自分抱いていないもう片方の大きな手が「大丈夫だよ」と頭を撫でてくれたので、その手の指をぎゅっと握った。
「一人で動かれるなんて、なにをお考えになっておられるのです! お一人で潜入されるのも反対でしたが、中の様子を見てから一旦外へと出られて、団員を率いて踏み込むという打ち合わせを全部吹き飛ばされるなど!」
「すまない、この子を少しでも早くあんな暗い場所から出してあげたくてね」
「この子? それが噂の傾城の毒姫とやらですか?」
男がシルヴァの腕に抱かれたプルプァを見る。シルヴァが「そんな風にこの子を呼ぶな」と不機嫌な声で告げる。
「この子はなにも知らずに、彼らにあの部屋に閉じこめられていた。なんの罪もない」
「は、はあ……。しかし館に入られてすぐに出て来られるとおもえば、もう夜明けです。ご心配しましたぞ」
「それはすまない。この子に夜明けの空を見せたくてね」
「館にいる者はすべて拘束するように。貴族だと名乗っても、それは“聞こえなかったふり”をしていいよ」と告げて、プルプァを抱いたままシルヴァが外へと出る。
館の外は高い壁に囲まれていた。それでも「ご覧」とシルヴァが指さす空を見て、プルプァは菫色の大きな瞳をさらに大きく見開く。
初めて見た明けの空は、朝焼けの薔薇色に染まっていた。閉ざされた部屋の低い天井しか知らないプルプァは、外がこんなに果てもなく広いことに驚いた。きっと温かな腕に包まれておらず、そのまま放り出されたら、その心細さに泣いただろう。
でも、しっかりと自分を包んでくれるこの腕は安心出来た。彼が銀月の瞳で一緒に空を見上げてくれているのも。
「あれが鳥だよ。ねぐらから飛び立ったところかな?」
たしかに朝焼けの空に黒い影が飛んで行く姿が三つ見えた。その姿が空の彼方に消えるまで、プルプァは見つめる。
鳥が消えた向こうにはなにがあるのだろう? と思った。この高い壁の向こうは? と。
「連れて行ってあげるよ」
まるでプルプァの気持ちがわかるかのようにシルヴァがいう。
「君が見た事のないものをたくさん見よう。私と一緒に」
微笑む彼にこくりとうなずく。
どんなものも、この人と一緒に見たいと思った。
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