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鳴かない兎は銀の公子に溺愛される【シルヴァ×プルプァ編】
【12】自由の皇子
しおりを挟むエ・ロワール女侯国の訪問は、公式なものではなく内密のものだった。ヴィヴィアーヌの希望であった。
非公式なもののために現王であるヨファンではなく、宰相ノクトにシルヴァがひそかに転送陣の間にて迎えた。
陣から現れた女侯爵の装いはノクトとシルヴァを内心密かに驚かせた。
彼女が黒いドレスに黒いベールの喪服をまとっていたからだ。
特定の夫を持たず、その美貌と才気と麝香猫族の純血種のフェロモンで諸侯を愛人として手玉にとってきた女傑であるが、十数年前より公に姿を見せなくなって久しい。大陸会議にも自分の名代である次期侯爵である息子を出席させていた。
噂では寄る年波に勝てずに、その美貌もすっかり衰えたなどという噂もあったが、黒いベール越しの彼女の顔はさすが純血種というべきか。最後の大陸会議であったときより少しも変わってなかった。多少やつれたように見えるにしろ。
この極秘訪問前に、極秘に彼女の直筆で送られてきた書簡の内容は以下の通りだ。
そちらで大切にご養育されている蒼兎様の噂をお聞きしました。直接対面出来ずともかまいません。遠目で“ご無事”なお姿をひと目なりとも拝見したいのです。
と。
これにサンドリゥム側は、直接プルプァに会わせることは出来ない。そちらのご希望通り、遠目にてただ姿を見るだけとなるがよろしいか?
また、女侯爵のご訪問は極秘にて、その護衛も三名のみとする。
この厳しい条件をヴィヴィアーヌは受け入れたうえで、喪服で現れた彼女は供の女官を一人しかつれていなかった。
視線を交わしたあったノクトとシルヴァは「こちらへ」と女侯爵を案内した。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
王宮の裏庭。低い生け垣越しに、離宮の花咲く庭園の様子がよく見える。
青い芝生の庭をスノゥとジョーヌに挟まれたプルプァが歩いてくる。女侯爵が来るこの時間に庭に連れだすように、あらかじめ打ち合わせしておいたのだ。
さすがにアーテルとザリアはそれぞれの国に帰り、ブリーは腹に子がいるので大事をとって屋敷にいる。
スノゥがプルプァになにやら話しかけて、笑顔を見せるその姿に、ヴィヴァアーヌは「ああ……」と小さなうめき声をあげた。黒いベール越し、はらはらと涙を流す。
そのとたんにあわく、ほんとうにあわくではあるが彼女の身体から薔薇の香りが立ち上った。強力な媚薬でも使われていない限りは、彼女の横にいるノクトもシルヴァも純血種だ。それに惑うことはないが。
それにこのフェロモンは男を誘惑するものではないと二人は感じた。まるで包みこむような温かさを感じる。かすかなそれは本来国主たる女侯爵として、男を誘惑するために微笑みはすれど、本心を現すことはない。その彼女の抑えきれない感情の発露に思えた。
そして、そよ風にのって鼻先をくすぐった香りに、プルプァがびくりと反応した。同時に身体からあの清冽な白百合の香りが立ち上った。
シルヴァに「自分の身を守る以外は使ってはいけないよ」といわれてから、プルプァがその力を暴走させたことはない。
そしてプルプァは真っ直ぐに女侯爵が身を潜めている生け垣へと駆けてきた。地下室に閉じこめられていた直後は、少し歩くだけでも息を切らしていた。しかし、この頃は毎日のように訪ねてくるスノゥや、ジョーヌとともに庭をよく散策したり、ときに軽く追いかけっこしたりして、走れるだけの体力もついてきた。
それでも広い庭、生け垣の前にきたときには息を切らせていたけれど。そして、身を屈めていたヴィヴィアーヌも思わずといった風に立ち上がった。
低い生け垣越しに、喪服に黒いベール姿の女侯爵と、蒼兎の迷い子が見つめ合う。
プルプァの身体から白百合の香りがたちのぼっているのはもちろんだが、ヴィヴィアーヌの身体からも、もはやかすかではない薔薇の香りが発せられていた。
だが、やはりそれは男を誘惑するそれではない。白百合と薔薇の二つの強い香りはぶつかりあうことなく、絡まりあって調和し、二人はなにかを確認しているかのようだった。
そして、低い生け垣ごし「ああ、ああ」とヴィヴィアーヌが黒いレースに手袋に包まれた手を伸ばす。
「やはり、やはり、あなたはプルプァなのね。わたくしが名付けたのよ。ゆりかごの中のラベンダー色の可愛い兎さん。あなたのお母様のデルフィーヌにそっくり……わたくしの愛しい愛しい……」
プルプァもまた手を伸ばして、その黒いレースに包まれた指先に触れる。
そして、小さな唇が「グラン・マ」と動くのを、スノゥが読み取り、赤い瞳を見張った。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
「プルプァという名前はわたくしが名付けたのです」
おちついて話を……と離宮のサロンに招かれたヴィヴィアーヌが先ほどと同じ言葉をくり返した。
「あの子を見たのは一度きり。まだ小さな赤ちゃんだったわ」
そして、彼女の“秘密の娘”デルフィーヌの息子だと。そう、この女侯爵もまた他の王侯貴族達の以前の風習と同じく、兎族の姫を隠して育てたのだ。
「でもね、あの子はわたくしの一番最初の子だったのよ。思えばあれが初恋で、唯一の欲得尽くじゃなかった“本当の恋”だった」
生まれた兎族の姫は隠されて育てられた。その相手にも知らせられず……にだ。
「離宮に隠して育てていたけれど、わたくしはデルフィーヌを本当に愛していたわ。たくさんの子供に優劣などつけたくないけれど、わたくしはあの子を一番愛していた。
わたくしが守らなければならない、かわいい兎の姫。純粋で無垢で、それがまさか、あんな激しい恋に落ちるなんてね……」
「それでプルプァのお父上は? 差し支えなければお名前をお聞きしたい」
「双角のツィーゲ。あなたのお父様とお母様のほうがよくご存知のはずよ」
シルヴァの問いにヴィヴァアーヌが答える。それにノクトとスノゥは同時に軽く目を見開いた。
「たしかに名前だけは俺も知ってるな。本来ならば俺じゃなくて、その大山羊族の魔法騎士が災厄討伐に加わるはずだったって話だが」
これは初めてきいたとシルヴァも驚いた。勇者である父の災厄退治の冒険に、母スノゥが四英傑として選ばれなかった可能性があると。
しかし、それはノクトの「違う」という言葉に即座に否定された。
「スノゥ、お前の名前は災厄討伐の仲間として、神託の一番最初に名前があがっていた。お前がツィーゲの代わりなどといいだしたのは、お前に反感を持っていた貴族達の妄言だ」
あの頃のスノゥはまだルースの大王の子と知られておらず、最弱といわれる兎族の流浪の剣士だったただの平民どころか娼婦か踊り子か、そんな卑賤な兎族の女から生まれた子なんて、貴族達は陰口をささやきあっていたのだ。
当時の兎族に対する差別は、今とは信じられないほど酷かった事情がある。
「ツィーゲの名前は一番最後に呼ばれた。それも神子の神託は、彼が仲間になるのを断った場合、それを受け入れるべしという、異例の神託だったのだ」
実際ツィーゲは災厄討伐に加わるのを断った。「丁寧な断りの書簡が来てな」と同席していたカールが口を開く。
「災厄討伐の英傑に選ばれたことは大変光栄に思うが、自分が加わることでよからぬ妨害が入るかもしれぬとな。
そのときのツィーゲ“皇子”の立場を考えると我らとしても、受け入れざるをえなかった」
“皇子”? とシルヴァはまた初めて聞く言葉に戸惑う。それにカールが答えた。
「ツィーゲ皇子はな、かのオルハン帝国の先々帝の皇子よ。悪名高き鳥籠から脱出した唯一のな。自由なる双角のツィーゲと呼ばれた。
だからこそ、大陸の西と東を結ぶ帝国の妨害を案じてな。かの皇子は災厄討伐に加わることを遠慮したのだ」
東と西の大陸の中央に位置する帝国オルハン。そこを越えた向こうに東のナ国やシェナ国が存在する。いずれも聖剣探索の旅にノクトとスノゥがおとずれた国だ。
帝国の皇帝は強大な権限を持つが、それゆえに悪名高いのが、鳥籠制度だ。皇太子以外の皇子達は、そこに一生閉じこめられて、妻も持つことも許されず生涯を終える。
その鳥籠を抜け出て自由になった皇子。
「さらに言うならばな。ツィーゲ皇子の腹違いの兄であるそのときの皇帝の母后サネムは、苛烈な性格でな。自分の息子の即位の“祝い”と称して、鳥籠にいた王族男子をすべて虐殺したのよ」
「ワインの集団中毒などとってつけたような、表向きの嘘でな」とカールは続ける。
「では、プルプァの父は……」
「そうじゃ、その虐殺を逃れた唯一の皇子ということになる」
帝国から見れば、皇子の“自由なる”という称号はなんとも皮肉なものだっただろう。
「……だから、あの蛇のように執念深い母后は彼を諦めなかったのです」
ヴィヴィアーヌが声を震わせる。
「かの国には鳥籠とともに悪名高き暗殺一族がおります。皇家の命令があれば、それが取り消されるまで、地の果てまでも追いかけてくる。
次の皇帝の代となっても、それは変わらなかった……」
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