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鳴かない兎は銀の公子に溺愛される【シルヴァ×プルプァ編】
【19】抱きしめられた腕のあたたかさ
しおりを挟む祖父はノーマン大帝国大帝デイサイン。祖母はエ・ロワール女侯爵ヴィヴィアーヌ。その間に生まれた姫デルフィーヌが母であり、父はオルハン帝国の皇子である双角のツィーゲ。
よく考えなくともプルプァはとんでもない貴種といえた。
「長い間、名乗りをあげることが出来ずにすまなかった。我が愛しい娘の子であり、そなたも等しく愛おしいプルプァよ。
わびの印にもならんが、ただいまをもってそなたに、湖の城マンの公爵の爵位をあたえよう。我が孫、ノーマンの王族として殿下を名乗るがよい」
これでプルプァはエ・ロワールの女侯爵の孫令息というだけでない。自身もノーマンの公爵であり、さらに大帝であるデイサインから、王族の一人としての称号を名乗ることを許されたということになる。
「さて、二人の結婚になにか文句があるのかな? 聖ロマーヌの女王よ」
称号を与える印として、プルプァのひたいに二本の指で触れておいてから、その頭をゆっくりと撫でて、デイサイン大帝が呼びかける。ひたりと獅子の金の瞳で、このあまりの自体に呆然としていたテレーザにだ。
「い、いえ、ございません……あ……」
反射的に答えてから彼女は口許に手をあてる。潔癖で頑固者の聖ロマーヌの女王も、この大帝の迫力には敵わぬか? というところだ。
「……そ、それでも聖ロマーヌの印の結婚証明書を出すこと出来ません」
小さな声でいう。なお、そこにこだわるか? というべきか。しかし大帝は「そんなものはいらん」とすっぱり切り捨て。
「それより、鉛の指輪を先ほどの言葉どおり、皆に贈ることだな。そう、このワシとここにいるワシの最後の妻にもな」
そういってヴィヴィアーヌを見る。
「え? あ? それはデイサイン様?」
恋愛遊戯に百戦錬磨のはずの女侯爵は、まるで少女のように頬を染めて戸惑う。
「さて、自由気ままな猫の本性とあちらこちらにふらふらするのを許しておったがな。そろそろ、そなたも結婚という鉛の指輪をはめられて観念するがよい。
ワシも妃を失って久しい。髪も髭も金を失いまっ白となってしまったが。さて、こんな“花婿”では不満かな? エ・ロワールの姫君よ」
その純潔はともかくとして、ヴィヴィアーヌは一度も結婚はしたことのない。たしかに“姫君”なわけで。
「いえ、あなた様はいまも昔も変わらず、とても素敵な殿方ですわ。デイサイン様」
差し出された大帝の手に、その手を重ねたのだった。
え? これって、サンドリゥムの公子の婚約のお披露目の茶会であったけれど、ノーマンの大帝とエ・ロワールの女侯爵の婚約式にもなったわけ? と王侯達が内心で戸惑うなか。
「おめでとう。グラン・パにグラン・マ」
素直なプルプァが素直に祝いの言葉を口にする。それにヴィヴィアーヌは「ありがとう」と笑顔を見せる。続けて「まことにおめでとうございます」というシルヴァに「そなたたもおめでとう、幸せになるのだぞ」とデイサインが返す。
王侯達も一斉に「まこと、めでたい」と口々にいい、拍手が沸き起こる。唯一、聖ロマーヌの女王とその孫娘の姫が立ち尽くしているが、彼女達のことなどもうどうでもいいことだ。
一時はどうなるか? と思った茶会ではあったが、思いも寄らない大きな祝賀の雰囲気に包まれた。
笑顔で拍手するノクトにスノゥさえ気付いていなかった。
一連の騒動によって、王侯達が一つ固まりとなって、中心であるシルヴァとプルプァの周りに集まっていたことを。
警戒していた護衛の騎士や兵士達の注意さえ、そちらに向いていたこと。
そして、彼らがそのほんのわずかな“すき”を狙っていたことをだ。
ネコ科の動物が獲物を狙うときのように、静かに静かに距離を詰めて、従者の姿をした彼らはゆっくりと人垣のなかを進んで“獲物”への距離を縮めていた。
そして、飛びかかる。
それに瞬時に反応したのはシルヴァ。相手の短剣を腕をねじ上げて取り上げると、その喉笛を素早く切り裂いた。即死した男はどさりと地面に倒れる。
突然の凶行に王侯達から悲鳴があがる。「暗殺者だ」の声が響く。
だがもう“一人”いたのだ。
いや、先の“一人”を犠牲にしたのだ。さらに獲物に迫るために。
プルプァに向かって短剣ふりあげたアサシンに向かい、とっさにヴィヴィアーヌがかばう形で抱きしめた。
その祖母のドレスの肩越しに見た、短剣を振りかぶる男の姿に、プルプァの菫の瞳が大きく見開かれる。
同時にぶわりと白百合の香りが広がる。短剣を振り下ろそうとしたアサシンの動きが止まる。がくりと膝をついた彼の背に、シルヴァが投げた短剣が突き刺さる。
「また……仕留めそこねた……」
ごふりとアサシンが口から血を流す。
「……双角のツィーゲによって……生き残ったのは…我ら…二人……その血を根絶やしに……せよ……という命……に従えず…母后様……申し訳……」
遠い昔に命を下しただろう相手に、地面に倒れ伏した、その者はわびる。
「……百合の香りに阻まれ……どうし…ても……その子供を……殺せず……二度と浮き上がれ…ぬ……苦界に沈めた…はずなのに……こうして世に……」
そこまでいって、そのアサシンは事切れた。
「ママン……」
抱きしめたプルプァのつぶやきに、ヴィヴィアーヌが「怪我はない?」とその顔を見る。シルヴァが「プルプァ!」と駆けつけて、プルプァが手を伸ばしてシルヴァに手を握りしめられ、そして祖母の顔を見る。ぽろぽろと涙を流して。
「よかった、グラン・マ。生きてる。
パパンは血だらけになって戦って、立ったまま動かなくなって、ママンは『声を出してはダメよ』って、だからプルプァはずっと黙ってなきゃ……って」
「プルプァ、あなた、記憶が……?」
ヴィヴィアーヌが訊ねる。プルプァはそのまま気を失った。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
大きくて立派な角を持つパバンと、長い耳を持つママンとプルプァは湖に囲まれたお城に住んでいた。
「わたくしとプルプァが生まれたお城も湖に囲まれているのよ」
そうママンはいつもいっていた。そこでプルプァのお祖母様の住んでいるお城だと。「このお城は小舟でお城に入るけれど、あのお城には長い橋がかかっているの」とも。
そう、お城は湖の真ん中にあって舟でないといけない場所だった。プルプァが小さい頃は、そのお城の中にずっといた。少し大きくなってからは、時々小舟にのって、湖の周りの森にお散歩に出かけたけど。
ある日、大きな犬に遊び相手のメイドのリリィとともに追いかけられて、怖くて噛みつかれそうになって、なにかがプルプァの中ではじけた。気がつくとお城のベッドの上にいて、なにが起こったのかわからなかったけれど。
それからママンがずっと話してくれていた、グラン・マに会いに行くことになった。
その前にお城にやってきた人がいた。初めて会うお祖父様だった。絵本で見た獅子のたてがみみたいな立派でまっ白な髪に髭。「元気でな」と頭を撫でてくれた。
そして、初めて馬車に乗って城を出て、初めて海を見て、湖を渡る小舟ではない、大きな舟に乗って、それからまた馬車に乗って。
夜だった。いきなり叫び声が周りでして、馬車の扉が開いてパパンが、プルプァを抱えた。そして、森の小屋にママンと一緒に逃げ込んだ。
「怖いけど、けして声を出してダメよ」
そうママンはいって、プルプァに小屋にあった布を被せた。
血だらけのパパンが怖い男達と戦いながら入ってきたときには、プルプァは思わず悲鳴を上げそうになったけど、ママンの言いつけを守って我慢した。
そのパパンも立ったまま動かなくなり「あなた……」とママンが泣いていた。そのママンも刃物を振りかざした男に「やめて!」と叫んで、プルプァの被っていた布ごとプルプァを抱きしめて。
パパンとママンの血に濡れた、怖い刃物が覗いた布の隙間から見えた。
プルプァの中でなにかがはじけた。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
「ママン!」
プルプァが飛び起きると、知らない天蓋付きのベッドの上だった。けれど「プルプァ」と知っている低くて良い声がした。「シルヴァ」と名を呼んで手を伸ばせば抱きしめてくれる。
その温かさと手の平を当てた胸から感じる鼓動に、「ほぅ」とプルプァは息をつく。
「よかった、シルヴァ生きてる」
「プルプァもだ。生きててくれてよかった」
「……でも、パバンとママンは……」
プルプァがぽろぽろと涙をこぼすと、それをシルヴァの唇が優しくぬぐってくれる。
「ああ、プルプァの父上と母上のことは悲しい。だけどプルプァは生きている。そのことをお二人はよかったと思っているよ」
「うん……」とプルプァはうなずいた。
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