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鳴かない兎は銀の公子に溺愛される【シルヴァ×プルプァ編】

【24】大陸で一番のお姫様

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 本日はエ・ロワール女侯爵国を訪問する日。ヴィヴィアーヌと二人、先日お茶会が行われたのとは別のモザイクタイルも美しいな中庭にいた。二人ゆったりとテーブルに腰掛けて、そして、少し離れた場所になぜか直立不動の騎士。
 そして、騎士の立っている場所だけ雨でもないのに濡れている。これはさらに少し遠くから見ている騎士に桶の水をぶっかけられたせいだが。

 実際プルプァ達の前に立つ騎士の緋色の制服は、ぐっしょりと濡れてぽたぽたと水が滴っている。
 プルプァのフェロモンにやられて陶然とした表情となった彼は、素早く駆け寄った同胞に「目を覚ませ!」と頭からパシャリとやられたわけだ。
 別に拷問ではない。彼自ら「プルプァ様のお役に立てるなら!」と志願した結果である。
 プルプァのフェロモンを操る訓練の……だ。

「範囲を一人に限定して操るまではよく出来たわね、完璧よ。あとは加減を覚えないとね。

 みんなぼんやり夢の世界に旅立ってしまうようでは、お茶会や夜会では“武器”とはならないわ」
 周囲には分からないようにごくごく微弱なフェロモンをふりかけて、相手にもわからないように威圧を与える。それ本日の訓練だった。プルプァはその話に首をかしげた。

「シルヴァ様はわたくしの身を守る以外に、力は使っていけませんとおっしゃいました」
「まあ、言葉遣いがますますしっかりして、うれしいわ。でも、お祖母様の前ではいつもの、可愛い蒼兎ちゃんでいいのよ」
「はい、グラン・マ。シルヴァはプルプァに力は使っちゃいけないっていいました」
「それはプルプァが力の加減を知らないからよ。“お稽古”なら力は使っていいと、シルヴァ公子に言われたでしょ?」
「はい」

 そして訓練である。これには志願者の騎士が殺到した末に、くじ引きとなった。そして、選ばれた騎士には仲間より容赦なく桶の水がぶっかけられた。

「それでどう?」
「は、はい。み、身動きが取れません」

 直立不動の騎士にヴィヴィアーヌが聞く。「口は聞けるようね」と続けて。

「いいわよ、プルプァ“力”を緩めて」

 言葉どおりにプルプァが騎士への“拘束”をとくりと、騎士はホッとしたように息をつく。足と手を確認し「動けます」という。

「グラン・マ、これはプルプァの身を守る“お稽古”? それとも冒険活劇の御本みたいに悪者を捕まえるのかな?」
「そうねぇ、両方たしかに使えるけれど」

 ヴィヴィアーヌはくすりと笑う。

「それともう一つ、社交界での“武器”となるわ」
「社交の“武器”?」

 プルプァが首をかしげる。社交というのは、お茶会やまだ参加したことないけれど、夜の舞踏会とか、それだけじゃなくて外国の偉い人とあうとか、そういうものだとジョーヌが教えてくれた。
 ケーキやお菓子をいただいて、ごちそうにダンス。それから“穏やかな”会話。そこにどうして“武器”がいるだろう? と思う。このあいだの怖いアサシンはもう二度とは来ないと、シルヴァも繰り返し告げてくれた。
 パパンとママンが亡くなった夜の夢を見てプルプァが飛び起きるたびに「私がそばにいるよ」と何度もひたいに口づけてくれて。

 だから、もう怖い夢は見ていない。

 最近見る、パパンとママンはプルプァが覚えている、あの湖の城の花咲く庭で笑っている姿だ。二人ともいつも寄り添って幸せそうだった。
 角が立派なパパンはちょっと怖いお顔をしてるけど、本当は優しくてプルプァを軽々と抱きあげる腕は、シルヴァみたいに広くて安心出来る。

 ママンは優しくて綺麗で温かくて、お花の匂いがした。プルプァと同じ白百合の……でも、それはプルプァのような力を持たないものだったけれど。
 それから、スノゥママンと同じ、まっ白な耳をしていた。スノゥママンは男の人だけど、ママンと同じ匂いがする。白百合の花とはまた別のママンの匂い。それはアーテル様にジョーヌ様にザリア様、それに今はなかなか会えないけど文通してるブリー様も一緒だ。お手紙からは常に優しい香りがする。

「……お茶会や舞踏会でも騎士さん同士が、ガキンガキンって戦うの?」

 武器ときいてプルプァが一番に思い浮かべるのは、シルヴァの腰の剣だ。騎士のマントをなびかせたシルヴァはプルプァの王子様でカッコイイ騎士だ。
 お城の鍛錬場で何度か、シルヴァが他の騎士団員さん達に、訓練しているのを見学したことがある。二階席からだったけれど、広い訓練場全体に大きな金属音が響いて火花が散っていた。シルヴァは一人なのに、数人の騎士さんたちを相手にして、その全員を地面に転がしていた。
 とっても強かった。

「まあお茶会や舞踏会で騎士達が戦うなんて大変ね。それはもうこのあいだの騒ぎのように、お茶会どころではなくなるわ」
暗殺者アサシンはもう来ないって、シルヴァがいってくれた。それにシルヴァがいつでも守ってくれるって」

 プルプァが平然とアサシンという言葉を口に出すに「そうね、あなたの騎士様は強いものね」とヴィヴィアーヌは微笑む。

「では、社交の場ではね。別の戦があるのよ。言葉をという剣をもったね」



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 サンドリゥムの王宮で開かれたお茶会。
 お城の大サロンで開かれた茶会は国外からの招きはなく、また令嬢や貴婦人達のみの小規模なものだ。プルプァを社交に慣れさせる目的であり、ジョーヌがしっかりと付き添っている。
 内々のお茶会用の軽く華やかなドレス……ではない盛装に二人は身を包んでいた。もちろんマダム・ヴァイオレットの店のものだ。

 プルプァの立ったお耳と、ジョーヌの垂れたお耳の間に、レースと可愛らしい小花の、飾りの帽子がちょこんと左右対称で斜めに載っているのが、おそろいでかわいらしい。そして肩口が膨らんだ袖のロングブラウスは、プルプァが淡い水色、ジョーヌが薄い黄色。胸元にもおそろいの光沢があるリボン。こちらはプルプァが綺麗な深い蒼で、ジョーヌは濃い金色だ。
 二人が並んでいるだけで、花のようなドレスに身を包んだ令嬢達もかすむというものだ。

 そしてプルプァはエ・ロワール女侯爵の孫子息であり、なによりあのノーマン大帝国の大帝直々に、王子ロイヤルハイネスの称号を受けている。さらにはマンの公爵位も。
 ジョーヌもサンドリゥムの王太子の配偶者である。
 この茶会には彼らよりは高位の者はいない。社交の儀礼では、位が下の者から上の者へは声がかけられない。

 だから、さりげなく近づいた下位の者へと声をかけて、その挨拶を受けるというのが、今回のプルプァがまず一番に覚えて慣れるべきことだった。
 ジョーヌの助けもあり、日頃のお稽古もあってプルプァは物怖じすることなく、挨拶へとやってきた人に声をかけて、挨拶を受けていった。おっとりとしていなから、あふれる気品と愛らしさ美しさを間近で見た令嬢や夫人達は、ため息しきりでうっとりとするものが大半だった。

 しかし。

 挨拶にもやって来ずに、遠巻きにプルプァ達を見てこそこそと何かをささやきあっている。若い令嬢ばかりのドレスの固まりがあった。
 中心にいるのはピドコック子爵の令嬢だ。元騎士団員の子爵は、プルプァが現れる前までは、シルヴァに対して、さかんに自分の娘や他の騎士団員の貴族の令嬢との“見合い”を斡旋しようとしていた。子爵令嬢ペトラとその周りに固まる娘達は、すべてその面々だ。

「……なにをいっているかなど、聞かなくてもわかりますが」

 とジョーヌがプルプァにささやく。「程度の差こそあれ、思い出したくもないエ・ロワールでの聖ロマーヌの王女と女王の言葉よりは、控えめにしろ……」と続けられた言葉にプルプァの胸にもやりとしたものが沸き起こる。
 あのお祖母様にかけられた王女の酷く醜い内容はしっかり覚えている。それでも不快な気分を表情に出さなかったのはジョーヌの教えをしっかり守ったからだ。
 社交の場ではすぐに顔に出してはなりません。腹が立てば立つほど、微笑みを浮かべている者こそ強いのです。
 「どうしますか?」とジョーヌが聞いた。

「あんな片隅でガアガア醜い声をあげているアヒル達など無視してもいいでしょう。しばらくの王宮への出入り差し止めの“罰”で十分でしょうから」

 それからジョーヌがプルプァを真っ直ぐ見て。

「でも、このお茶会の主役はあなたです。ですから、あなたに“お任せ”します」

 それを受けてプルプァは真っ直ぐと顔をあげて、ゆったりと優雅な足取りで“堂々”と歩いて、そのサロンの片隅に固まるドレスの群に声をかけた。

「なにをお話しているのかしら?」

 ぎょっとしたのはビドコック子爵令嬢ペトラだ。周りの令嬢達も同じく。みな、プルプァに向かい一斉に膝を折った。今のいままで彼らはプルプァに挨拶にさえ来なかったのだ。高位の夫人たちより順番とはいえ、プルプァ自らがこんなサロンの片隅までやってくるとは、十分に彼女達は非礼といえた。
 くだらないおしゃべりに夢中になっていたにせよ。

「わたくしにも、どんな“楽しいお話”をしていたか、お話してくれませんか? 最近は色々な御本や先生達から、たくさんお話を聞いているの。だから、あなた達のお話も聞きたいな」

 こてんと首をかしげるプルファの言葉は嫌みでもなんでもない、じっとペトラを見つめる大きな菫の瞳は好奇心いっぱいだ。
 しかしペトラも令嬢たちもなにも言えずに、ただ固まるばかりだ。このような茶会の場でたとえ今まで後ろめたい噂話に花を咲かせていようとも、気の利いた切り返しのひと言も返せないなど、貴婦人として大変な失態といえた。

 結局ジョーヌが「どうやら彼女達はあなた様にお聞かせするような“楽しいお話”などないようですから、あちらで“他の”皆様とノーマンのお茶とエ・ロワールのショコラをいただきましょう」とプルプァをうながした。
 ノーマンとエ・ロワールの名前を出したのはもちろんワザとだ。身の程知らずのやっかみをするのは結構だが、あなた達ごときがこの二つの大国と、その国主を敵に回すことが出来るのか? という。

 青ざめたままの令嬢達はサロンからそのままこっそりと退出した。引き留める者は当然おらず、逆に逃げるように去って行く彼女達の背には冷ややかな視線が向けられた。

「彼女達に軽く“圧”をかけていましたね」

 お茶とショコラをいただきながら、ジョーヌがプルプァに訊ねる。ペトラ達が固まっていたのは、単にプルプァの出自に対して、あのエ・ロワールの女妖の子だの、地下でお暮らしになっていたんですって……なんてはしたないことを言い合っていた、後ろめたさだけでない。
 プルプァ自身が微弱なフェロモンで彼女達を威圧していたのだ。

「お祖母様はおっしゃってました。悪いことをしていなければ、本当のことをお話出来るはずだって」
「たしかにあれは彼女達の身の程知らずの自業自得ですね」



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 翌日どころか、即日、ピドコック子爵がシルヴァの執務室にやってきて平謝りで、娘をしばらく領地に押し込めて教育をやり直すと告げた。茶会の顛末をまだ知らなかったシルヴァは首をかしげるばかりだったが。
 ペトラのみならず、他の娘達も屋敷に押し込められて、しばらくは社交の場に出ることはなかった。

「プルプァ様が鮮やかにお返しになったのですから、あえて王宮の出入り差し止めの沙汰を下すまでもないでしよう」
「そうじゃな。プルプァちゃんには敵わないと、小娘どももその親達も思い知ったじゃろうて」

 ジョーヌとカールとのあいだにはそんな会話が交わされたとか。





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