ウサ耳おっさん剣士は狼王子の求婚から逃げられない!

志麻友紀

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SSS小話置き場

一夜限りのバーレスク 後編

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 今夜の酒場は普段と違って客が満杯だった。
 それもそのはず。こんな寂れた街になんの用なのか、やってきた視察団のおかげだ。街で唯一残っている食堂兼酒場は、久々の大賑わいだった。こんな田舎で素朴だが美味い料理が食えるとは……と、店主の煮込みも好評で。

 そして、舞台が始まった。
 小さな舞台にあかりがさす。その中央には反対向きにした椅子に、大きく足を開いてまたがり、挑発的な眼差しで客席を見回した踊り子。まだ踊ってもいないのに、その石榴色の瞳の強い輝きだけで、客達は思わず息を飲む。
 それは来いよ……とばかり男を誘うのか、それとも戦いを挑んでいるのか。両方にもとれるもので背筋にぞくりと旋律が走るほど。
 踊り手が、どこからどう見ても男であることも関係なかった。白く長い耳の兎族であることも、最近は彼らも昼間の街を歩く様になっている。
 それにしてもまれに見る美形だった。兎族は元から美しいものばかりだが、それにしても……だ。白く儚げな美貌を裏切るかのように、強い瞳の輝きは、触れれば切れそうな鋭い剣を思わせた。脆さと強さと、相反する要素を秘めた青年の雰囲気がまた、一目で人々を惹き付けてやまない。
 椅子からゆっくり彼が立ち上がれば、舞台袖の老楽士達がヴァイオリンとギターで哀愁漂う曲を奏で始める。ゆったりと調子を刻む太鼓に合わせるかのように、彼は踊り始めた。
 それは椅子をともに踊る相手に見立てたもの。椅子の脚に脚をからめるように、さらにはその椅子のふたたびまたがって、その背もたれをなぞる指先は、共に踊る愛しい男の背にそうしているかのような官能的なもの。しかし、背もたれにあごをのせて舞台に向けられる眼差しは、まるでその男の背中越し、次のあたしの踊りの相手は誰かしら?と、挑発しているかのよう。
 客席の男達がごくりと生唾を飲む音が聞こえる。踊り子はさらに挑発するかのように、椅子の座面に飛び上がり、その狭い上で激しいステップを踏む。背もたれの頂点にピンヒールの脚をかけて、みんなが「あ……」と思ったときには、椅子はパタンと倒れた。
 しかし、踊り子はその椅子から転げることなく、倒れた椅子から滑るように降りたった。床に転がる椅子をちらりと一瞥する。その冷ややかな眼差しは、この程度のあたしの踊りにつきあえずに、床に伸びてしまうなんて、ダメな男。……とでも言っているよう。
 踊り子はそのまま舞台から客席へと降りる。ただゆったり歩いているだけなのに、それだけでも一つの踊りのようだ。そして、男達の視線を受け流す。
 と、とある卓の前を通り過ぎようとしたとき、その踊り子の腕を掴んで引っぱった長い腕があった。
 それは漆黒の毛並みの狼。白い兎の踊り子は、ふ……と赤い唇の端をつりあげて、男の銀月の瞳を見つめて、腕を掴んでいた手をなぞり外させる。今度は自分がその手をとってひっぱり、二人は舞台へと。
 舞台で向かいあう二人。白い兎が黒い狼の首に腕を回しながら「出来るな」とささやいたのは、彼ら以外の誰の耳にも入らなかった。
 そして、白い兎は老楽士達に曲名を告げれば、ギターの楽士がヒューと口笛を吹く。他の楽士達もまた、一様に楽しげな表情だ。まさか、この曲を久々に奏でられるとは……とばかり。
 そして、流れ出したギターとヴァイオリンの旋律は、先ほどのゆったりと哀愁漂うものと一転して、激しいもの。
 同時に舞台上の二人も激しく踊り出す。男の足に足を絡ませ、上体を床すれすれにまで倒した踊り子は、のけぞった姿勢で客席の観客に視線を送る。
 が、それを許さないとばかりに、男はその踊り子の腕を引き寄せて、唇が触れるかというギリギリまで二人の距離は近づく。
 が、踊り子はそんな男のぶ厚い胸をトンと押して、気紛れに離れる。その周りを戯れるがごとくにくるりくるりと回る。そんな気紛れにひらひらと舞う白い蝶の細腰を、片手で掴むようにしてぐいと男は引き寄せた。
 踊り子の白い手が、しかたないひととばかりに、その精悍な頬をするりと撫でる。そして、二人はまた足を絡ませて踊り始める。
 踊りながら踊り子がまた、黒い狼の耳元に「お上品な円舞曲ワルツぱかりじゃなく、こっちも覚えていたか」とささやいたのは、また他の者には聞こえず。
 そう踊り子が戯れに数度相手をさせた、宮廷舞踏会では絶対に踊られない、こんな酒場で踊り子と客が踊るもの。踊り子の技量はともかく、客も腕に覚えがなければ相手は出来ない。

「これが踊れたならばいっぱしの伊達男ってわけだ」

 なんて彼に教えたあとに告げた言葉を思いだし、踊り子は赤い唇の笑みを深くする。
 最後には黒狼が、細身とはいえ男の踊り子の身体を軽々と上へと抱え上げる。さらには、踊り子はその男の腕をくるりと一回転して、トンと舞台の床に立った。
 酒場はやんやの喝采に包まれて、男に片手をかかげられた踊り子は一礼して、二人は舞台の袖に引っ込む。
 そのとたん。

「うんっ!」

 舞台袖のカーテンに隠れるようにして、スノゥは太い腕に抱き寄せられて、いきなり口づけられた。舌が当然のように入ってくるのに、横目でちらりと、そばで見ている三人娘が口許に手を当てて真っ赤になっているのをちらりと見る。
 スノゥは──しょうがねぇな……とばかり、男の首に手を回して、ひとしきりそれを受けた。肩につく長さの髪をかきあげられて、うなじを撫でられてぞくりとしたが、これ以上はいけないとばかり、そのぶ厚い胸をトントンと叩くと、不承不承、腕を放された。

「まだ、舞台があるんだ。続きはあとでゆっくりな」

 そのゆっくりが、明け方までになりそうだと、覚悟して、男の濡れた唇に指をちょんと突いてやれば、その手を取られてその指先を噛まれた。尖った牙をワザとあてて、少し痛いぐらいに。

「じっくり“言い訳”を聞かせてもらうぞ」
「わかってるって」

 寝台の中で今夜はその言い訳が出来るかな?と思いつつ、スノゥは答えた。



 そして、真っ赤な三人娘をうながし、スノゥは再び舞台へと。今度は羽を背負って、三人娘を後ろに従えての、花咲くように華やかな踊り。
 高らかに歌うのは、この地方の街や村に伝わる歌。飲んで騒いで、踊りまくって、翌日にはみんな二日酔いの頭を抱えてうなっているよ……なんてオチの楽しい戯れ歌。
 そして、再び舞台袖に踊り子達が引っ込めば、もう一度という、声が客席から響いていたが。

「うおっ!」

 三人娘の手を借りて、スノゥがその背から羽を降ろしたとたんに、肩に担ぎ上げられた。誰に……なんて言うまでもない。

「おい、まだあつちから声が」
「……いくぞ」
「しかたねぇなあ」

 低い不機嫌な声にスノゥは苦笑し、三人娘達に「あとはまかせた」という。

「姐さん、私達だけで?」
「あれをやりゃいい。三人で息がぴったりだっただろう?きっとうけるぞ」

 「楽しんで踊るのを忘れるなよ~」とスノゥはいい、ノクトに担がれたまま行ってしまう。
 残された三人娘は顔を見合わせ、やるしかない! とうなずきあって、舞台に出て行った。白い踊り子がいないのに、客席から不満の声はあがったが、彼女達は「俺がいるのはひと夜限りだ。あとはお前達だけで踏ん張れ。誰の為でもなく、自分の為に楽しんで踊れ」とそのスノゥの言葉に励まされるように、肩を組んで、足を高々と振り上げて踊り始める。
 その見事に息がぴったりあった若さはじける踊りは、観客からやんやの喝采をうけた。三人はやり遂げたと顔を見合わせて笑顔となった。 




────────
お仕置き編に続きます……w



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