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末っ子は大賢者!? ~初恋は時を超えて~

【4】赤い魔石

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 石造りの窓が小さく薄暗い城塞の中を、モモは歩く。
 向こうから甲冑をガチャガチャと言わせながら二人の兵士がやってくる。いくらフードでその垂れた耳を隠したとしても、見慣れない小柄なマント姿は見とがめられるはずだ。
 しかし、兵士達はモモの姿など見えないかのように、その横を通り過ぎていく。

「しかし、族長もなにを考えているんだか。アルパ様たったお一人で巨獣退治など」
「しっ! 声がデカいぞ」

 部屋を出るときにモモは小さく呪文を唱えていた。
 姿隠しの術。
 これで高位の魔法使いでなければモモの姿を認識する事は出来ない。石の通路を曲がった角で出くわした侍女も、モモには全く気付くことはなかった。

 そして、先ほどの兵士達の会話。
 それはモモも疑問に思っていたことだった。

 預言された勇者とはいえ、彼はたった一人で巨獣と戦っていた。
 そして、戦いが終わるのを待っていたかのようにやってきた、父である族長は甲冑をまとった騎士達に守られていた。
 たしかに祖父ノクトも四英傑と呼ばれる四人の旅の仲間。祖母である剣士スノゥに魔法使いのナーニャ先生。そして、大神官長グルム、大賢者モースのたった五人で聖剣探索の旅の末に、災厄を討伐した。
 それは人知を越えた力を持つ災厄には、ただ人の兵士が千どころか、万でかかっても敵わないと言われているからだ。災厄を打ち倒すことが出来るのは、聖剣を携えた勇者と神子の預言により選ばれた英傑のみ。
 だけど、祖父ノクトたった一人ではない。四英傑という頼もしい仲間がいた。その中の一人である剣士スノゥとの美しい恋物語は、吟遊詩人も語るところだ。

 「そんなに浪漫あふれるもんじゃねぇぞ」と美しい白兎の祖母は言うけど。たしかに祖父と祖母の性格からいって、物語に語られるような夢物語ではないだろうとは……子供達も孫達も笑いあうところだ。
 だけど、寄り添い合う白と黒の一対が、なによりも愛し合っていることは、みんなわかってる。
 祖父には頼もしい仲間達が、なによりそばに愛する祖母がいた。祖父が『私が背中を預けられるのは今も昔もスノゥだけだ』という、唯一の相手。

 でも、アルパは独りで巨獣と戦っていた。剣は聖剣ではなく守護もないまま、その剣技のみで。
 モモは盾となって自分をブレスから守ってくれた彼の背中を思い出す。すり切れて裾が焼け焦げたマントがなびく。

 彼の孤独な後ろ姿。

 それは目を閉じても思い出される彼の快活な笑顔とはとても裏腹で。
 城塞の冷たく暗い石の通路を歩みながら、モモの胸はぎゅっと切なくなった。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



「ふむ、これが巨獣の頭から出てきたという石か」

 石造りの広間には玉座というほど豪奢ではないが、背もたれの高い木彫りの立派なに椅子に、アルパの父である族長が座していた。他の者達は、アルパも含めて立ったままだ。
 少年の小姓二人が持ち上げた小卓ごとうやうやしく、もってきたのは、青い繻子のクッションの上に置かれた。血のような色の石だ。研磨などされなくとも、宝石の輝きを放つ。
 魔石だと太い石積みの柱の陰から見ていたモモは直感した。あれほどの巨獣の体内で生成された魔石は強い力を持つ。
 それは勇者の聖剣の力となるほどの。

「アルパよ。これほどの宝を我にもたらしたこと、よくやった」

 椅子の肘掛けに頬杖をついたまま、鷹揚に族長はいった。そんな父からのねぎらいに、アルパが静かに頭を下げる。
 しかし。

「この玉は我が王を名乗る祝いの冠に飾るのに相応しい。それまで城の宝物庫で厳重に保管せよ」

 モモは『それは違う! 』と心の中で叫ぶ。
 力ある魔石はただの飾りではない。
 これから災厄を討伐する勇者の剣にこそ、相応しいものだ。

「しかし、族長。これは魔力を秘めた魔石。アルパ様の剣に埋め込めば、神子の預言による次々に襲い来るだろう、災いを退ける力となるかと」

 椅子の近くに立つ、灰色の衣に樫の木の杖を持つ老人が口を開く。樫の木は古の魔法使いの証だ。

「ほう……族長である我より、その息子のほうがこの宝に相応しいとお前は言うか?」

 ギロリと睨まれて、魔法使いの老人は「そ、そのような意味で申し上げたわけでは……」と頭を垂れる。

「しかし、族長が王となれるのは、勇者アルパ様がすべての災いを退けたあとのこと。それまで、その王冠を飾る石を、アルパ様にお貸しするとなされれば」
「黙れ!」

 老魔法使いの言葉を族長は一言の元に切り捨てる。そして、無言のまま己の前、小卓の横に立つアルパを見る。

「玉などなくとも、我が長子アルパは“勇者の力のみ”であの魔獣を倒したのだ。剣に余計な飾りなど必要なかろう」

 「のう、アルパ?」と問いかけられて、アルパは「はい」とのみ答える。その無表情な顔にはモモに見せた快活な姿はない。

「王となる父の冠を飾る宝石を捧げる孝行息子よな」

 そんな勝手なことをいい、木の椅子に肘をついていた男は手をあげて、小姓に「その石を下げよ」と命じる。

「城の地下の宝物庫に収めよ。我の戴冠の日まで、誰も手を触れぬように厳重に扱うのだぞ」

 「さあ」と手を振られて、小姓二人が戸惑いながら小卓を下げようとする。

「ダメ!」

 モモは耐えきれずに柱から飛び出した。その手には星の飾りが頂点についた銀のロッドがある。
 そして歌う様に詠唱する。それは祖母スノゥから伝わる力。そして、まとった緑のローブの裾が風もないのになびき、展開する球体の立体的な魔法陣。
 それは天の星の動きと連動した数式魔法。母、ブリーから受け継いだ力だ。
 小姓が持ち上げようとしていた小卓から、ふわりと赤い魔石が浮かびあがる。そして、アルパの腰の剣が鞘から抜き放たれる。

 ロッドをかかげ球体の魔法陣の囲まれたモモの前で、宝石と剣は一つとなってまばゆい輝きを放つ。
 人々がそのまぶしさに目をつぶり、開いたときには、小卓の上には剣の柄に赤い魔石がはめ込まれたアルパの剣があった。
 それは光の輝きを放ち、今までのただの鍛えられた剣ではないことがひと目でわかる。

「これは勇者の力となる魔石。けして、あなたの冠の飾りなどではありません」

 かかげていたロッドを降ろして、モモは毅然と木の椅子の男に向かい言い放った。




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