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末っ子は大賢者!? ~初恋は時を超えて~
【41】立ちこめる暗雲
しおりを挟む勇者アルパを失った悲しみに石の城館が包まれた翌日。
「あ、あれはなんだ!?」
「勇者様が亡くなられたというのに……さらなる不幸が……」
城館とその周りに広がる街の上空を覆い尽くすように、暗雲が立ちこめた。それはぐるぐると渦を巻く、いかにも不吉なものだった。
「これをどう見る? ケレス」
人払いをした族長の私室。そこには族長にケレス。それにナハトがいた。
石組みに空いた小さな窓から空をみあげて、族長はケレスに尋ねた。ケレスは無言だ。
「当然、今朝、神々の神託があったはず」
「…………」
「そういえば、違えることのないはずの神々の神託を、すでにそなたは違えておるな。アルパが王になるだと!? 死んでしまっては王にもなれぬわ!」
「……申し訳ありません」
いつも毅然と族長を見ていたケレスは、力無く俯き弱々しい声で答える。それに族長は口許をゆがめて、さらに責め立てる。
「もしや、そなたすでに先見の力を失っているのではないか? “偽りの神託”を伝えたが為に」
「っ……!」
ケレスの顔色が真っ青になりカタカタと震える。その態度こそが、族長の言葉をその通りだと示していた。ナハトが「父上!」とケレスをかばう様に、二人の間へと入る。
「たしかにケレスは神託を違えました。しかし、兄上が……勇者アルパが王になるという神託は、今や我ら三人しか知らぬこと。今、神子の力が消えたという事実を公にすれば、一族にさらなる混乱をもたらすかと」
「わかっておるわ。神子の神託は必要だ」
ふんと族長は鼻を鳴らす。どかりと傍らの椅子に腰掛けて。
「勇者は死に、神々の声は聞こえなくなった。ならば、これからは誰が一族を導く? それは族長たるワシしかおるまい。神子にはこれからはワシの言葉を伝えてもらう」
その族長の言葉にケレスは戸惑いを見せ、ナハトを見た。ナハトがこくりとうなずければ、ケレスもまた「かしこまりました」と答えるしかない。
神託が受けられなくなった神子に価値などない。まして神託を違えたなど……ナハトはケレスを守るために父に従うしかなかった。
その二人の様子に族長はますますその口許をいやらしくゆがめたのだった。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
そして、神子の神託が下される。
勇者亡き今、新たなる災厄は留めようもない。
あらたなる地を求めて、一族は旅立て……と。
「どこへ行けというのですか?」
「豊かな地となれば、そこにはすでに他の種族が住んでいる」
神託を受けたと集められた一族の有力者達の意見は、戸惑いに満ちていた。たとえ災厄が襲ってこようとも長年暮らしていた地を捨てるのは苦渋の決断だ。
そして、たしかに豊かな土地にはすでに他種族が暮らている。
「奪い、支配するしかあるまい?」
族長の重々しい声が響く。それでざわざわとざわめいていた者達の声がぴたりとおさまる。
「一族を守護する神からの神子の神託は絶対。この地は捨てるしかない。ならば、刃を持って新たな地を切り開く。それしか、我らが生き残る道はないということだ」
「し、しかし、それでは神々の定めた凪の期間と十年の祝祭を、我が一族自らが破ることになります」
災厄に対し、神々が定めた理がある。災厄が出現した時より、すべての国々、一族は争ってはならない。これを凪の期間という。そして、災厄を倒したあと十年もまた争いを禁じる。これを祝祭の十年という。
これを破ったならば、神々から恐ろしい天罰が下るとされていた。
「それも承知の上だ。天罰が下るのは他の一族の地を侵略すると決めた、族長のワシのみ。そうだな? 神子ケレスよ」
「はい……」
背もたれの高い木の椅子に腰掛け、他の者は立たせたままの族長が、横にたたずむ神子に聞く。神子は静かにうなずいた。
「天罰が下るのはこの我が身のみ。一族が生き延びるとあらば、我は喜んで人柱となろう。あとは、残されたこの頼もしい息子ナハトが一族を率いるであろうぞ」
族長の椅子を挟んで、ケレスの反対側に立つナハトが、たたずむ有力者達を見渡せば、彼らはそちらに向かい軽く頭を下げる。これはナハトを次の族長として認めたということであった。
「安心せい、他の者には一切の災いはふりかからぬ」という族長の言葉に「一族のためになんという気高いお心」と感激に瞳を潤ます者までいる。
「さあ、兵を集めよ。我らが一族のための新たな地を勝ち取るのだ!」
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
そして、すぐに兵士と騎士の軍団が成され、石の城館を出立した。守りの者は一兵もいない。すでにここは捨て去る地なのだ。兵になれない女子供や老人達も、荷車や徒歩で後に続くことになっている。
先頭を行くのはいつもの鉄馬車でなく、自身も甲冑、そして馬鎧に固めた族長だ。訳もわからない民衆はこの勇ましい行列に、とにかく「万歳!」という声を響かせている。戦いの前の景気づけにとパンと麦酒が配られたせいもあるだろうが。
しかし、その行軍が街の木造の大門を通ろうとしたとき、その前に立ちふさがった者がいた。いずれもマントのフードを深く被っている。
「無礼者!」と先触れの兵士が駆け寄り、その二人を捕らえようと手を伸ばした。が、前へ一歩歩み出た一人がマントをバサリと下に落とした、その顔に、驚愕する。もう一人もまた、地味な茶色のマントを落として、皆が見覚えがある緑葉のマント姿を露わにする。
「勇者アルパ!?星の賢者!?」
兵士達が驚愕の声をあげ、屈強な軍馬にまたがった族長とアルパは対峙した。
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