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末っ子は大賢者!? ~初恋は時を超えて~

【46】残された者達

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「……お二人はもう、戻って来ません」

 「兄上! 賢者殿!」と消えた二人に向かい叫んだナハトの背に、ケレスが声をかける。

「力を失った神子の言葉です。お信じになれないかもしませんが……」

 振り返った彼の視線にケレスが俯く。ナハトは静かに首を振る。

「いや信じる。それが神々の最後の神託か?」
「はい……」

 こくりと彼女はうなずき、静かに涙を流した。
 偽りの神託を行い、神子の力を失った神子。
 しかし、神々はその彼女に……いや、勇者と賢者が去り、残される人々に最後の神託を下したのだ。

「勇者と賢者は戻らぬ。これからは残された者達が力を合わせ、新たなる王国を誕生させよ……と」
「そうか」

 ナハトはアルパと災厄が戦い、倒れたかがり火に近づいた。投げ出された薪は、未だ赤く熱を持っている。それを彼は握りしめて、自らの頬に押しつける。

「ぐっ……」
「ナハト様! なにを!?」

 じゅっと肉がやける音と、焼けただれた顔半分に、ケレスが手をかざして癒しの呪文を唱えようとするが「不要だ」とナハトはその白い手を押しのけた。

「治療の必要はない」
「どうして!?」
「私は一生仮面を被り続ける。災厄との戦いにより、顔に酷い傷を負ったと。王、アルパとして」
「っ……!」

 ケレスは息を呑む。それはナハトがアルパに成り代わるということだった。顔を焼いた痛みがありながら、ナハトが淡々とした声で続ける。

「神子である貴女が、私がアルパであると言えば、皆納得する。王国の安定には勇者が必要だ。弟であるナハトの名はいらない」
「たしかにすべての一族をまとめるためには、勇者の名は必要です」
「貴女には新しい王国の王妃になっていただく。勇者の名とともに、神子の名も必要だ」
「っ……はい……」

 ケレスは息を呑み、しかし、静かにうなずいた。勇者と賢者が去った地と人々を支えるために、これは義務であり罰だと彼女は思っているだろう。
 偽りの神託を伝え、神託を受け取れなくなった神子の身でありながらも、これからも人々を欺き続ける。
 ナハトは頬に一筋涙を流した彼女を抱きしめたい。それを堪えてぐっと拳を握りしめる。
 彼女を愛している。この気持ちは生涯伝えることはない。
 ケレスは神子であるからこそ、自分が王妃にならなければならないと思っているだろう。事実そうだった。顔を見せられない王が、災厄を倒した勇者だと人々に思わせ続けるには、王妃としての彼女の存在が必要なのだから。
 これが一度は、父の姿をした災厄の言葉に惑わされて、アルパへの謀略を見て見ぬふりをした……己への罰だ。



 顔全体を己のマントを切り裂いた包帯で巻いて、神殿から現れた勇者と神子の姿に人々は驚愕した。しかし、ケレスは「落ち着きなさい」と彼らに告げた。
 そして、災厄との戦いで勇者が顔に消えぬ傷を負ったこと、そこで族長とナハトの命も失われたことを告げた。そして、すべてを見届けた星の賢者はいずこかに去ったと。
 顔に負った傷で勇者はしばらく声も出せないと、彼はすぐさま自室へと入った。ついて来ようとする従者を、手で下がらせて一人になった勇者……ナハトは、アルパが愛用していた机に近づいた。そこの引き出しを開ける。

 「私になにかあったなら、確認してくれ」と言われていた。「兄上、縁起でもない」とナハトはそのとき苦笑して流したが。
 引き出しには、アルパの書いた日記があった。ただの日記ではない。そこには長い旅で見聞きしたことが書かれていた。各地方の作物の特徴。焼き畑をし続け、水を蓄える森を切り開くことの弊害。その結果の茨野のこと。
 それから星の賢者から提案された知恵。同じ畑同じ作物を作り続けると作物の病が発生すること。それを防ぐには、一年目には小麦、二年目にはイモなど別の作物を、三年目には畑を休ませる。さらには各村々に勇者と賢者が作った、人の手による森。その落ち葉から堆肥をつくる方法まで。

 いずれも新しい国を作るのに必要な知恵ばかりだった。

 そして、日記からはらりと落ちた手紙。それを開き、ナハトは包帯で覆われた顔を涙で濡らした。
 必ず己は災厄を倒す。しかし、必ずしも生きて戻ってこれるとは限らない。そのときのための、神々への願い。
 これからの一族を継ぐ者は、かならず一番最初に生まれた男子であること。

 頭まですっぽりと覆う鉄仮面を被り、玉座に座った新しい王国の勇者王が、一番最初に下した宣旨は、王位継承における長子の絶対相続であった。
 王はまた森こそが大地の守護者であると、森を焼き払うことを禁じた。自分が賢者ともに村々に残した、小さな森をさらに他の村々にも広げ、連作を避けて農地を休ませる新しい農法を指導する者達を派遣し、王国は豊かな農産国となった。
 人々は災厄を払い、緑の大地をもたらした彼を建国の勇者と讃えた。その横には常に美しい微笑みを讃える、聡明な神託の神子の姿も。
 そして、彼の父である族長の名は伝えられず、また勇者に弟がいたこともまた、意図的に伝えられることがなかった。





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