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【6】ワイルドな乱入者
しおりを挟む「お客様です」とやってきたフットマンに耳打ちされたスティーブンが、ダンダレイスに報告する。
「ツイロか?」「はい、いつものように“窓から”いらっしゃるかと」というダンダレイスとスティーブンのやりとりに、お代わりのお茶を飲んでいたアルファードは、ことりと小さなカップを自分用の丸い卓において、傍らのダンダレイスに「屈め」と手を伸ばす。
素直に身を屈めたのに、自分も人形用の椅子の上に立って伸び上がり、ちんまりした手で鼻のかみ跡にふれる。頬をびたんと叩いた赤みはもう消えていた。
手が触れたとたんにかみ跡が消える。それにダンダレイスが驚きの声をあげた。
「治癒魔法か?」
「客人が来るなら消しておかないとな」
「無詠唱だった」
「長ったらしい呪文は噛むからなあ。とはいえ治せるのはちょっとした切り傷と、疲労回復程度だぞ。
“聖女”みたいに腕一本くっつけたりは出来ない」
これはブラックもとい、三度勇者の旅に付き添って疲れて果てて転生したいう魔法剣士から受け継いだものだ。
聖女の力は強力な癒やしと浄化。手足が飛んでもくっつけられるし、悪しき魔に穢れた大地も一瞬で浄化出来る。癒しと浄化特化型だ。
「俺は魔法剣士だからなあ。回復も攻撃も補助も出来るが、すべてが中程度だ」
オールマイティではあるが、一つを極めた魔法使いには劣る。
「あちらの世界にも。魔法剣士がいるのか?」
「いや、いない。これはこの姿になったときに、こちらの世界の神からいただいた力だ」
「そうか、それなら伝説の魔法剣士“ユキノジョウ卿”と一緒だな。彼もこの聖女と同じく異世界からやってきて、三度、勇者の旅の供をした。現在行方不明だが……」
行方不明という言葉にダンダレイスは表情を曇らせた。
三度勇者の供をした異世界の魔法剣士って、それはアルファードが能力と知識を受け継いだ、働きすぎのブラックで赤ん坊に転生した人物じゃないか? とアルファードはもふもふのあごに手をあてて考える。
そのときに噂の人物が“窓”から現れた。
二階のバルコニーの石の手すりをひょいと飛び越えて、音も立てずに降り立った様は大柄な長身でありながら、どこかしなやかなネコ科の動物を思わせる仕草だった。
その人物はスティーブンが窓の鍵を開けて開くと同時に、腰ぐらいの高さの窓枠もこれまたひょいと越えて、これまた下が絨緞とはいえトンとも音を立てることなく、黒革の軍靴で着地した。
衿元を開いて着崩しているが、その軍服は昨日ダンダレイスが着ていた深緑の制服だ。
「スコヴァ公子、当家の窓は出入り口ではございません。今度からは出来れば、正面玄関より起こし願いたいものですな」
窓から入ってきた彼は「おう、また今度な」とスティーブンに言う。どうやら、このやりとりはどうも毎度行われているようだ。
そして、その男の頭の上には真っ黒な毛に覆われた三角の耳があった。緑の軍服のズボンの尻にも黒く長い尻尾が揺れる。こちらを見た瞳の色は金で、アルファードの姿を見ると縦長の瞳孔がすうっと細目られた。
黒豹の獣人だ。この世界には人間の他に様々な種族から出た獣人がいる。
「ツイロ、おはよう」とダンダレイスが大様に呼びかければ「よう! はよう!」とツイロと呼ばれた黒豹の獣人は片手をあげて。
「それが昨日、聖女召喚に巻き込まれたっていう、ねず公か? のわっ!」
ツイロが叫んだのはアルファードが彼の顔面に向かって「無礼者!」と小さなファイヤーボール投げつけたからだ。
剛速球でなげたそれをのけぞって避けたのは流石獣人か。小さな火の玉は空中で霧散して消えた。
「アルファード様、室内で火の魔法を使うのは危のうございます」
「うむ、すまん」
スティーブンの注意にアルファードは素直に謝った。ツイロが「このねず公、魔法が使えるのかよ」とぶつぶつ言っているのに、ぎろりとつぶらな瞳でにらみつける。
「私はねず公などではなくチンチラだ! それにアルファード・フリィデリック・サーペント三世という名前がある!」
「ずいぶん立派な名前だな。それに声がしぶいおっさん……」
「当たり前だ、若造。年長者は敬うものだぞ」
ふん! とアルファードが鼻を鳴らせば「ツイロ、アルファード氏に失礼だぞ」とダンダレイスがこちらの頭の眉間のあたりをなだめるように、ちょいちょいとその太い指で撫でてくる。
「ふむ、よい」
「気持ちいい?」
「うむ、頭だけでなくて頬やあごのあたりも撫でることを許すぞ」
指がもふもふと毛の中にはいり、こちょこちょとマッサージされるのがなんとも気持ち良く、アルファードは座った椅子に、短い足をちょっと無理めに組んでふんぞり返って「ふんす」と鼻を鳴らした。
ダンダレイスも「気持ち良いのか」と目を細めて、こちょこちょと奉仕を続ける。「あ、そこ……」などとアルファードのしぶ~い、吐息がこぼれる。
「そこ、俺をほっておいてイチャイチャするなよ!」
「イチャイチャなどしていない!」
指でもふもふされる恍惚から一気に覚醒して、アルファードはがうっと吠えた。
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