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【29】勇者の呪い
しおりを挟むえぐえぐと泣き続けるアルファードをダンダレイスが膝に抱きあげて、ただ無言で背中を大きな手が撫でる。そしてあんまり泣いて腫れぼったくなった目を、水魔法をまとったヒンヤリした手をあてて冷やしてくれた。
「醜態を見せた」
大の大人の男が泣くなどみっともない。
今の姿はでっかいチンチラだけど。
そして流れこんできたユキノジョウの記憶も話さねばならないだろう。
空っぽの自分に今、満ちている他人の記憶……と思うと空しいが。
「あなたは私を勇者という名の馬鹿だと言った」
今、唐突にそれを言うか? とアルファードはくりくり濃紺に金の星がちりばめたような瞳で、じっと見る。
「それで私は馬鹿でいいんだと思った」
そういって、モップの前髪の下。のぞく端正な口許が微笑む。
「だから、お前は馬鹿なんだ」
「そうだな。だから、あなたはあなたでいいんだ」
「意味がわからんぞ」
「あなたは自分が空っぽといったが、空っぽではない。私に『馬鹿』といって、力を与えてくれる」
“馬鹿”といわれて喜ぶなど、本当に訳がわからんと思うが、空っぽではないと言われて、すとんと入った。
そうだ、自分はここに生きている。
チンチラの姿だけど……というのは、もういい加減オチに使うのはやめよう。
「あの霊廟の空っぽの棺をのぞきこんだとき、残されていたユキノジョウの記憶を受け継いだ。初代から三代すべての勇者の“真実”だ」
アルファードの言葉にダンダレイスがかすかに息を呑む。
「きくか? ききたくなければきかなくていいぞ。これはレスダビア王家がおそらく、ひた隠しにしてきたものだ」
ユキノジョウは二代目と三代目の勇者にこれを話すことはなかった。
話していたら彼らの“悲劇”は止められたのだろうか?
「きかせてくれ。あなただけには背負わせない」
知りたいではなく、背負わせないときたか……。「ホントお前は馬鹿だな」とアルファードは笑って口を開いた。
「“勇者の呪い”というそうだな」
「一代目と三代目の勇者が王となったあと、どちらも短命だったことか? だが、二代目のテイオ慈悲王は天寿をまっとうしたぞ」
「その二代目の勇者も王となる前に亡くなっている。己の顔を潰し仮面を被り王となったのは、その従兄弟の共に魔王と戦った勇者候補だった男だ」
ダンダレイスが息を呑む。彼も存在を知らなくて当然だ。テイオに成り代わった弟は自分の存在と名前をその歴史から消したのだから。
勇者の栄光とレスダビア王家の歴史に傷をつけないために。
「最初から順を追って説明しよう。初代勇者イエンスからだ」
「統治王イエンスか。イエンスは聖女とユキノジョウとともに魔王を倒したそのあとに、まだ各部族に分かれバラバラだったレスダビアを一つに統一し王国とした」
その後、千年、この大陸にたった一つの人の国が続くことになるのだから、まさしく統治王だ。
だが……。
「魔王を倒したイエンスにすべての部族は頭を垂れて、彼を王に戴きレスダビアは誕生したか……だが、それはおとぎ話だ。
魔王という脅威の前にも一つにまとまることがなかった人間達だぞ。魔王討伐のあとに待っていたのは、勇者という強力な剣をかかげた、レスダビア部族の他の部族への“征服”だ」
大人しく併合された部族はまだよい。抵抗した部族にイエンスとレスダビア族は容赦なかった。
「村は焼き払われ、男達は皆殺しにされ、女子供は奴隷とされた」
ダンダレイスは無言だ。モップ頭の前髪に隠されてその表情は見えないが、ショックは受けているだろう。
この先はさらなる衝撃なのだが。
「魔法騎士ユキノジョウは征服の戦には参加せず、話し合いによる和睦を……とイエンスに何度も進言しているが、それは聞き入れられず彼は遠ざけられた」
この頃のユキノジョウは三十少し手前の、まだ青年といってよい容姿だった。それがアルツオの治世の十年あまりのあいだに肖像画のような、落ち着いた男になっていたのだから、そのあいだの心労はいかばかりか。
「力によってすべての部族を従え、レスダビア王国を打ち立てたイエンスだったが、ある日突然、彼は“狂った”」
「狂った?」
「いや、狂ったどころではないな。彼は“魔王”となったんだ。突然、巨大な竜のような異形の姿となって魔界へと飛び去った」
ダンダレイスは言葉もない。勇者が魔王になりました……なんてだ。アルファードは「なぜ彼が魔王になったかはわからない」と続ける。
「新たな魔王が誕生したが、彼がタルテルオの壁を越えるまでは数百年かかるとわかったユキノジョウは、神へと不老を望んだ」
そして、数百年。放浪の旅を続けながら、ユキノジョウは来るべき魔王との戦いと、勇者誕生を待ったのだ。
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