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“元”魔王が他のヤツとの結婚を許してくれません!……いや、勇者もしたくないけど
第1話 勇者から王様へのジョブチェンジはしたくありません その一
しおりを挟む人界と魔界のある大陸はアヴァリーズという。大陸の真ん中には鳥も越せないような巨大な山脈がそびえ立ち、東が魔界、西が人界に別れている。
その魔界。月明かりの隠れ里。領主の執務室。その窓の外の風景は青空と段々畑が広がる。笑いながら駆ける子供達と、畑仕事に精を出す大人達。
執務室の隣の小部屋の扉が開いて、そこから出てきたのはむっつりと唇を引き結んだ青年。魔界にはない太陽の黄金の髪に、蒼天の瞳。衿元や裾のレースたっぷりのシャツに、袖無しの上着には白地に金の刺しゅう、空色のマント。その背筋の真っ直ぐ伸びた歩き方は、本人は無意識だが堂々たる気品がただよう。
すらりと伸びた背丈に実用的な筋肉がほどよくつき、引き締まった若い牡鹿のような肢体。執務室に置かれた寝椅子にどさりと腰掛けて、寝っ転がり肘掛けに両足を乗っける姿は、少々お行儀が悪いかもしれないが、そういう荒っぽさを、こんな貴公子然とした風貌の青年がやると妙に色っぽい。
「今日はずいぶんと早い“帰宅”だったな」
隣の小部屋には、人界の王城と直接つながる転送陣がある。青年はそこから直接、ここに“帰って”きたのだ。
手に持った書類から目を離さず、声をかけたのは、大きな書斎の机に腰掛けた男だ。部屋に入ってきた金髪の青年とは正反対の外見と言えるだろう。
腰まである長い黒髪に、紫の瞳。冷たく感じるほどに完璧に整った顔立ち。そして、黒衣に身を包んだその姿は、まるで夜そのものを切り取ったようである。
「あいつらしつこいんで逃げてきたんだよ」
寝椅子に転がる青年はうんざりした表情だ。机に腰掛けていた黒衣の男が立ち上がると、先ほどの青年よりは頭半分分高い。その彼が静かに寝椅子に歩み寄る。
「今日も王になれと言われたか?」
「『あなた様しかいない』ってな。俺は絶対にいやだと毎日断っているっていうのにな」
金髪の髪の青年の名はヴァンダリス・ネヴィル。この百年二人も勇者を退けた魔王をとうとう倒した、歴代の勇者の中で最強とうたわれる存在だ。
そして「あちらも、諦めきれまい?」と微笑む黒衣の男は、その勇者に倒されたはずの魔王だ。魔界の八大諸侯の一人でもあり、この月明かりの隠れ里の領主でもある。名はアスタロークという。
「機嫌を治せ」
「治るかよ」
ヴァンダリスの横たわる頭のそばに椅子を引き寄せて、アスタロークが腰掛ける。そして、魔法倉庫より、するりとなにかを取り出す。それは空中から物がわきでたように見えるだろう。高位の魔法で作った時も止まった隔離空間だ。
そして、取り出したものをヴァンダリスの口許に差し出すのに寝椅子に横たわったまま、お行儀悪くぱくりと食いつく。
「ん、これはうまいな。メロンか?」
「干した砂糖漬けだな。南の果物はハーフェンの名物だ。今日大量に送られてきた」
ハーフェンは魔界にある港街だ。八大諸侯の一人である総督ガミジンが治める。ヴァンダリスの脳裏に、いかにも海の男といった豪快にガハハと笑う男の顔が浮かんだ。
干したメロンは甘みと香りがぎゅっと濃縮されたようでうまかった。「たくさんあるのか?」とアスタロークに聞けば、次に魔法倉庫より、今度は一切れではなく、布袋にはいったそれが出されて「ありがとう」とヴァンダリスは自分の倉庫に放り込んだ。
そして、最後までしっかり味わって食べておいて。
「あんた、俺の口に甘いものをツッコめば、機嫌が治ると思ってね?」
「実際そうだろう?」
口の端に砂糖がついているぞ……なんて言わずに、アスタロークの顔が近づいて、ぺろりと口の端をなめられた。だけでなく、ちゅっと唇に吸い付かれた。それをヴァンダリスは男の頭の後ろに手を伸ばして、引き寄せて合わせを深くする。ぴちゃりと舌をからめて銀の糸引いて離れて。
「ま、あっちも諦められないっていうのはわかるんだよ」
甘い物を食べて落ち着いた? のか、ヴァンダリスが先にアスタロークが口にした言葉を、今度は自分でくり返す。
「ゴース王国には、ただいま王位継承者不在の状態だからな」
人界と魔界を隔てる山脈。その一番高い針の山のてっぺんに、歴代の魔王城である逆さ針城があった。
ゴース王国は王城からもその城を見られる距離にあり、人界における魔族との戦いの最前線とされていた。そして、歴代の勇者を最も多く輩出した土地でもあり、勇者の王国とも呼ばれてきた。
今代にして、最後の勇者であるヴァンダリスも、この王国の出身だ。
そして現在、この王国は王不在の状態にある。それというのも先の王が暗殺されて、その嫌疑がなんと勇者であるヴァンダリスにかけられた。
王都を逃亡した彼は、自分が倒したはずの生き返った“元”魔王であるアスタロークに拾われて、この世界の真実と、さらにはいざなわれた魔界で様々な体験をして、人界と魔界の和平が最終的になされたのだが、それはおいておいて。
ゴース王国の王不在は、先の王が暗殺されたが、その犯人は、なんとヴァンタリスにその罪をなすりつけた王女……いや、彼女は共犯者なのだが……ともかく、実の娘である王女が犯罪に荷担していたのは間違いなかった。
現在彼女は孤島の修道院に幽閉中の身だ。たぶん一生。
一時は魔王を倒した勇者と結婚して、勇者は王に彼女は王妃となる栄光の道から失墜した王女の話は、人界の社交界のみならず、それこそ辺境の村々でさえ噂話となるほどの一大醜聞となったらしいが、まあ、それもどうでもいい。
どうでもよくないのは、唯一の王位継承者である王女を失ったゴース国の大臣や貴族どもが、勇者であるヴァンダリスこそ、この王国の危機を救う王に相応しいと、せまってくることである。
「こう毎度だと、本気であの城には当分行きたくもない」
ヴァンダリスはげんなりした顔だ。しかし、ゴース王国の王城には現在、勇者の執務室が作られ、そこに人界の王侯からの親書やら、色々な知らせが届く。
人界と魔界との和平が結ばれたとはいえ、それは王侯や自由都市の市長が承知している状態で、人界で庶民達には知らされていない。
そりゃ、昨日まで、すべての悪と災いは魔王と魔族にありと教えていたのに、今日になったら、魔族は私達人間と変わることのない生活をしています。和平を結んだので仲良くしましょう……なんて言われても、大混乱が起きるだろう。
そんなわけで、民に浸透させるには、時間をかけて……ということになっており、その人界と魔界を自由に行き来し、橋渡しが出来る唯一の存在が勇者のみとなっているのだ。
なのでゴースの王城には必然的に行かねばならない。そして行けば各国王侯からの親書やらなにやらのヴァンダリスにとっては、クソ面倒くさい書類仕事をしたうえに、最後に大臣共や貴族共が押しかけてきて「この国の王になってくれ」「絶対嫌だ」の押し問答になるのだ。
いっそ、他国の城に執務室を移そうか? と考えたが、ここで勇者まで失ったら、国王不在のゴース王国の立場が悪くなる。ヘタをすれば周辺国にのみ込まれかねないし、そこで戦争でも起これば、人界と魔界との和平の話なんて、先延ばしになること間違いない。
「王家なんだから、他の国とも婚姻を結んでいるだろうし、そこらへんの血縁から適当なの引っぱってこいと言ってるんだが、奴ら、俺しか王に相応しいものはいないの一点張りだ」
「もちろん、血をたどればゴース王家の王位継承権を持つものは、人界に幾人かいるようだが、しかし、そのどれもが他国の王族だ。
誰が王となっても、元の国の影響どころか属国になりかねず、その継承争いに負けた他国も面白くないだろう。それにたとえ継承権がなくとも、勇者の国と呼ばれるゴースが、どこかの属国となるのは、面白くない国も多い」
アスタロークがそう言えば、ヴァンダリスは「結局は足の引っ張りあいか? これだから王侯貴族って奴は、いやなんだ」と顔をしかめる。
今のヴァンダリスのなかには、勇者として冒険し、魔王城までたどり着いた記憶と、すり替えられた魂と身体の記憶である、盗賊であるネヴィルの記憶がある。王侯貴族や強欲な商人から金を盗み、それを貧しい者達にばら巻いて、義賊と呼ばれた果てに捕まり処刑された……その記憶を持つ青年の“お偉い人達”に対する印象は最悪だ。
「だいたい、勇者だなんだとまつりあげておいて、次は国王暗殺の反逆者だと追い掛け回し、そのあげくに、今度は王様のなり手がいないから、なってくださいなんて勝手なんだよ。
その国が『どうなろうとしったことか!』と叫びたいぐらいだね」
まあ、実際ヴァンダリスは涙目の大臣達に、そう叫んだこともある。お前らでなんとかしろと。
しかし、それでも王宮にヴァンダリスが嫌々でも顔を出すのは、現状、ゴース王国に転けられて人界の国々で戦争でも始まっては、魔界との和平が先延ばしになるどころか、吹っ飛びかねないからだ。
それと、言葉は乱暴にぼやきながらも、やはりヴァンダリスは勇者の魂を持つ者といえた。なんだかんだで困った人を見捨てられない。お人好しともいう。
それはけして涙目の太った大臣や貴族のおっさんどものためではなく。もしも王国が戦火に包まれたら、真っ先に泣くだろう、ごく普通の人々の為だったりする。
「それで今日も、その大臣達の相手に散々、腹を立てて、この里に逃げ帰ってきたと?」
“逃げた”とアスタロークの言い方にぴくりとヴァンダリスの形の良い眉がはねる。
「逃げたんじゃない。戦略的撤退だ!」
「あ、いや、逃げたことになるのか?」と言っておいて認めるのが、素直である。これも本人は絶対「俺はひねくれ者だ!」と主張するところだが。
「やばいときはなりふり構わず、ケツをまくって逃げるに限るだろう。妙なメンツとかにこだわってる場合じゃない」
「今回はそれほど強行に大臣共に迫られたか?」
「いんや、今回迫ってきたのは、腹の出たおっさんどもじゃなくて、その娘だよ。たしか王家筋から嫁もらっている伯爵家だがの令嬢か?
その令嬢が聞いて呆れるぜ。媚薬なのか、麝香ぷんぷんの香水をまとってさ。俺の前でドレスを脱ぎ捨てて胸をあらわにしようとして……」
「あわてて、置いて逃げてきた」とヴァンダリスは遠い目になった。
これが色っぽく迫られたらまだマシというか、軽蔑の目でも眺められたんだろうが、彼女は必死だった。「王国をお救いください」とすがりつく様は、神に懺悔する修道女さながらであったが、それがヴァンダリスをたじたじにさせて、白い胸から目をそらさせた。
そのまま無言で執務机の後ろにある扉。その小部屋にある転送陣に飛び込んだのだ。
「参ったぜ……」と、アスタロークを見たヴァンダリスは、ぴきりと固まった。目の前の魔王の顔が真顔だったことに。いや、いつもこいつは真顔だけど。
どう考えても、これは怒っている。激怒している。
やばいとヴァンダリスは寝椅子から立ち上がり、“元”魔王からも逃げ出そうとしたが、その前に、その身体はすくいあげられるように、アスタロークの長身の肩へと。
「うわっ!」
大股に歩き、いくつかの部屋をぬけて、寝室につくなり、寝台に放り投げられる。
「なんだよ!」
「ゴースの王城には明日からお前は通わなくていい」
「いや、あそこまでされちゃ、俺も明日はいかないつもりだけど」
「明後日も、その次の日もだ」
「え?」
「なぜなら、お前は私と寝台に籠もるからだ」と口づけられた。
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