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【2】ケダモノのキス
しおりを挟む男は二、三歩、後方へとよろめいて、踏みとどまった。それだけでジョウは身構えた。
とっさの事で角度は甘かったとはいえ、自分の拳を受けて立っている奴がいるとは。
もっともあんなバケモン倒した奴だ。相当に強いんだろうが。
そういえば、あの糸目は言ってなかったか?
聖者の元へと向かえ……と。
じゃあ、こいつがその聖者なのか?
会っていきなりチュウかますヘンタイが?
ない! ない! と即座にジョウは否定した。
じりじりとこちらに寄ってくる男が差し出した手をとっさに払おうとしたが、手首を掴まれかけた。それはまずいと、逆に男の指の間に指を入れてぎゅっと握りしめる。もう片方の手も同じく組み合う。まるでレスリングの対戦のように。
ぎりぎりと力比べるとなる。初めは全力で対抗していたが、相手のほうが背丈もガタイもいい分、力が強い。
どうしたって持久戦となれば、こっちのほうが圧し負ける。じり貧になる前にと、足払いをかけるが、それは寸前で避けられた。
逆に体勢を崩したこちらの腰を引き寄せられて、そのギラギラした赤の瞳が焦点が合わないほど近づいてくる。このヘンタイ、野郎にそんなにチュウしたいのか!
だが断る! とばかりに、腹に膝蹴り決めてやった。さすがに相手もぐっと息を詰め、腕の力が弱まるのに突き飛ばして離れた。
しかし、しっかりみぞおちに入ったはずなのに、奴はしっかりと両足を踏ん張り立っていた。膝に当たった固い感触で分かったが、こいつしっかり腹筋を締めて防御しやがったな。がちがちの感触に相当鍛えてやがると思う。
そのあとは組んだら、力負けすると距離を保ち、拳や蹴りを跳ばしたが、そのことごとくをすれすで避けられて舌打ちする。相手のほうは隙を見てはこっちを拘束しようとする。そのたびにジョウこの野獣の顎に頭突きを食らわせ、思いっきり足の甲を踏んでやった。そのたびに奴は引き下がるが、懲りずにまた手を伸ばしてくるの繰り返し。
そこでジョウは奇妙なことに気付く。
こっちから拳や蹴りの攻撃を繰り出しても、奴はまったく反撃をしてこない。ただ、こっちを抱きしめようとするばかり。いや、チューしようとするヘンタイなんだから、これは攻撃になるのか?
ともかく、ジョウに拒絶をされては引き下がり、それでもじりじりと凝りもせずにこちらに迫ってくる。その様は動物番組で見た、猛獣の雄が威嚇する雌に根気強く求愛する様のようだ。
ギラギラと雄の欲望が露わの赤の瞳の奥には、救いを求めるような懇願の色さえ見えるような気がした。
だから、油断したのか、根負けしたのか。
男の顔に拳を繰り出した……のに奴は頬にめり込むのも気にせずにがっしりとジョウを抱きしめて、そして唇を重ねた。
さらにはするりと舌が入りこんできた。
とっさに噛みついてやろうか? と思ったが、ジョウは大きく目を見開いた。
野郎のキスなんて気持ち悪いはずなのに、全然それがないのだ。
ぶっとい野郎の腕にがっちり拘束されように抱きしめられて、ごつごつした筋肉同士がぶつかり合う。女みたいに柔らかくもないのに、妙にぴったりと一つになったみたいになじみがある。
口のなかにぴちゃりと舌が動いて、ぞくぞくと背に震えが走る。おいおい、野郎で感じちゃうとか悔しい。悔しいけど感じちゃう! とか冗談ではない!
負けじとこちらも舌をからめて、挑むように舌先を軽く噛んでやったのは、良かったのか悪かったのか。
がっぷり唇を合わせているっていうのに、相変わらず赤の目をかっ広げたまま、凝視している。ジョウもジョウで、薄目を開けて見ていたのだが。
間近で見た瞳の色は長い年月を経て熟成させた洋酒のようなとろりとした色だった。赤くて深い。
赤い瞳とジョウの漆黒の瞳が互いにぼやけた視点でただ見つめあう。
裸の背に回った男の手は、がっしりと拘束したまま離れない。そのクセに小刻みに震えて、なにかに耐えているようだった。ジョウが望まなければそれ以上は触れない、進まないとばかりに。
野郎の口をチュウチュウ吸っておいてだ。キスだけの清純派か?
内心でジョウは苦笑して、男のがっしりした首に腕を回したのだった。
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