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【7】鋼鉄の花王子
アンドレアスの腕の縄を解いたローランが「一人で歩けます」という声を無視して、横抱きにして部屋を出る。
「ここは?」
「俺の部屋だよ。外に屋敷はあるけど、ここも残されたままだ」
フィリップの部屋からはそう遠くはない。ローランはアンドレアスを寝椅子に降ろす。フィリップの部屋の真っ赤な壁とちがって深い緑に塗られた落ち着いた色調の壁。かけられているのも、田園を思わせる風景画。そして飾りではなく、使い込んだ気配がある文机に、書棚からあふれた本が、その脇に積み上げられていた。
「殴られたのか?」
寝椅子に腰掛けるアンドレアスに視線を合わせるように、片膝をついたローランが、アンドレアスの頬に手を当てる。
「少し赤くなってる」
「あんなぶよぶよの手ですから、痛みなんてそう感じませんでしたよ」
「君を抱きあげて、床に這いつくばるあの男の横を通り過ぎるとき、思いきり踏んづけてやれば良かった」
「あのような汚物。あなたのぴかぴかの靴の底が汚れますよ」
「君も結構言うね」
ローランがくすりと笑い、立ち上がると小卓に置かれた水差しにハンカチを浸す。アンドレアスの横に座ると、その頬にハンカチをあててくれた。ひんやりとして気持ちいい。
「それで?」とうながされて、アンドレアスは口を開く。
「これは私と亡くなったお爺さましか知らないことなので、聞いても口外しないでいただけますか?」
話さない……つもりはない。フィリップが床に伸びている現場は見られてしまっている。
アンドレアスはオメガが持つはずもない“威圧”を使ったのだ。
フィリップはあれでもアルファだ。アルファとしては最低の能力しか持たないものだが、それでもベータとは違う。
そして下位のはずのオメガのアンドレアスが、それを床に這わせたのだから。
「あのときも疑問には思ったんだ」
「あのとき?」
「婚約破棄の夜会でのことさ。剣を振り上げたフィリップを俺が威圧して卒倒させただろう?」
もはや“殿下”の尊称もなくローランは呼び捨てにする。
たしかにあのときはフィリップのみならず、あの広間全体の人々が一瞬硬直した。駆けつけようとした衛兵さえもだ。
「あのとき、君だけはなにごともない風に俺の頬にハンカチを当てた」
「今と逆だね」とローランは笑う。
たしかにアルファの影響を一番受けやすいだろうオメガのアンドレアスが唯一冷静だった。本来ならば自分に向けられたものでなくとも、フィリップと同じく気を失っていても、おかしくない。
「私はどんな高位のアルファの影響も受けません」
「本当かい?」
「ええ、あなたもそうですが陛下を前にしても私は平気ですから」
「それは……たしかにどんなアルファでもというのはわかるな」
フランソワーズ女王の威厳は、最上位のアルファであるゆえの、無意識の圧に他ならない。そして、その力はオメガやベータのみならず、下位のアルファにさえ影響する。
そして、ローランは逆に周囲の人々を引き付ける力を常に出している。女王の無意識の圧力とは逆の能力だ。
ともあれ、アンドレアスには女王の威圧も、ローランの魅力も効かないオメガなのだが。
「おそらく、私が発情期もこない出来損ないのオメガゆえでしょう。ある意味“無性”と言うべきかもしれません」
そうアルファ、ベータ、オメガの枠からはみ出した異端者だと、アンドレアスは自分を分析していた。
「しかし、それ“だけ”ならフィリップを威圧は出来ないだろう?」
「“威圧”どころか“不能”になっているかもしれませんよ」
「はぁ!?」
素っ頓狂な声をだしたローランにアンドレアスは淡々と語る。
「以前も同じように、私に手を出そうとした不埒者が、そうなったんです。彼は高位のアルファでしたが、まったく“役立たず”になりました」
「あれは、私が十歳の頃です」とアンドレアスは語る。
「ボルボロス公爵は上位のアルファでした。力では私の祖父ヒポポティアスを凌いでいたかもしれません。
王姪を母に持つ彼は、次期国王の第一候補でした。が、いつまでたっても祖父は彼を皇太子には指名しなかった」
唯一の直系の王孫であるアンドレアスはオメガだ。オメガでは王になれない。王配となるならばともかく。
「我が国の状況と似ているな。それでそのボルボロス公爵は十歳の君を襲ったというのか?」
話が読めたとばかりローランは口を開く。その顔は嫌悪にゆがんでいる。子供に乱暴を働こうとするなどと……だ。
「はい。私も初めはなんだかわからなかったのですが、服を破かれれば怒るでしょう?まして、口に言えないような場所に触れようとすれば」
「そいつは触れたのか?」
「その前に私が爆発しましたよ。そして、彼は“不能”になったのです」
アルファを卒倒させるのみならず、不能にするオメガなど聞いたこともないし、アルファばかりの王族、貴族の中ではアンドレアスを危険視する者や利用しようとする者も出るかもしれない。
孫息子の将来と小国の王として、祖父ヒポポティアスはこのことを生涯の秘密にするようにアンドレアスに言い聞かせ、そして、誰もが見とれる息子の美貌を“隠した”。
この頃からだ。アンドレアスが祖父のお下がりのかつらに素通しの眼鏡を人前ではつけるようになったのは。
「ボルボロス公爵という男はどうしている?」と
ローランが苛立ちを隠さない声で言った。目の前にいれば殴り飛ばしてやるとでも言いたそうだ。
「“革命”があってアテネイの貴族達は国外に逃げ出したとは聞いているが、どこかでのうのうと……」
「暮らしているのか?」と聞こうとしてアンドレアスが「彼の末路なら、あなたもよく知っています」と口を開いた。
「末路? そいつは死んだのか?」
「“不能”となって結婚もしておらず、子供もない公爵は当主の座から降ろされました。子爵の弟がかわったのです」
血統を重んじる貴族ならば当然の措置だ。そこに内々にされたとはいえ、どうやら十歳の王子に襲い掛かって、失敗したうえに“なにやら事故”があって、男として役に立たなくなったなどという、醜聞までつけば。
「彼は無理矢理に“隠居”させられて、公爵家所有の島の別荘に押し込められました。が、一年もたたずに姿をくらましたのです。
そして、私が十五の年に戻ってきました。今度は革命家ペーロスと名乗って」
「あ」とローランは声をあげる。ペーロスの名ならば、彼だって知っている。アテネイで起きた、革命の顔の一人だ。その弁舌の熱で、民衆を圧倒し扇動した。その過激な内容に人々は熱狂したが。
「ペーロスがあれほど王侯貴族にブルジョア、そしてアルファを憎んだのは、自分をその輪からはじき出した、同族への復讐か?」
思わずうなるようにつぶやく。
そう、彼は社会をささえる民衆、そして世の多数をしめるベータこそ、真の世の主だと説いた。
その考えはともかく、それゆえに“簒奪者”である王侯貴族にブルジョア、アルファになにをしてもいいというのは過激だった。
貴族やブルジョアの館が襲撃されて多数の財産と命が失われた。その矛先が同じ革命軍を率いている顔のアルファ達に向けられると同時に、内乱に発展しかけたあげく、彼は側近の裏切りにあって捕縛。
即日裁判、即日死刑が言い渡され、即日処刑された。
「革命の切っ掛けの一端は、私にあったのかもしれません」
「それは君のせいじゃない」
「ええ、祖父もそう言ってくれましたし、私もすべてが自分の責任だとなげくほど、大それた者だと思ってはいません。
革命は大波で嵐。たとえペーロスが居なくとも、アテネイでなくとも、どこの国でも起こりえたことかもしれません」
国に王は不要だと、それも最古の国であるアテネイで起こったことは、各国に衝撃をもたらした。その火種はあちこちにくすぶっている。
それは女王がいる限りは日が沈まないとさえ言われる、フランレーヌさえ。
「陛下は議会の招集を考えているようだけどね。大臣以下の古狸共はあれは王政の不安定な小国で起こったことと軽く見ている」
そのローランの言葉にアンドレアスは息を呑んだ。彼は女王の意思を知っている?それにローランは薄く微笑んで。
「直接陛下から聞いたわけじゃない。子爵の身分はあれど、俺は政治からは遠ざけられている」
それはローランの出自からすれば仕方ないのかもしれない。だから、彼は暇を持て余すように、代理人、弁護士の仕事を趣味でしている。
「だが、まあ気楽なものだよ。王位継承のごたごたに巻き込まれることもなし、国の重責を任せられることもなく遊び歩ける」
『あちこちのご婦人方の寝台をですか?』といつものように軽口を叩こうとして、アンドレアスはドクンとやけに大きく自分の耳元で響いた鼓動に「あ」と声をあげる。
「どうした? ……っ!」
ローランもまた声を詰まらせる。アンドレアスは突然自分の身体から湧き上がった芳香に気づいていた。甘い果実の熟れたような、もしくは南国を模した温室で香っていた花の香り。
まさか、発情期? どうして!?
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