魔王は勇者に甘い!

志麻友紀

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魔王は勇者に甘い!

【2】執事ゼバス

   

 魔王にして執事ゼバスの朝は完璧にして忙しい。
 まだ夜も開けきらぬうちから、超特急で魔王としての一日の執務を片付ける。魔王城の執務室から王宮の執事部屋に一瞬にして転移した瞬間に、魔王の長衣から、銀のモノクルに黒の執事服へと変わっていた。
 それからアルトルトの衣装部屋へとはいり、今日はどの服を着せようか? とあれやこれやと吟味する。ちなみにアルトルトの服だが、ゼバスティアが執事となってからは勝手に増えていた。
 一番決まらないのは、胸元のリボンとブローチの組み合わせだ。「ううむ」とうなり、昨日は新緑のリボンにイエローダイヤモンドのブローチであったから、今日は赤にエメラルドにしようと決める。
 ちなみに王子の衣装であるが、宝石も勝手に増えている。
 衣装の一揃えを抱え、それをワゴンに乗せてから、朝の目覚めのミルクティーを丁寧に煎れる。アルトルトの好みは、ミルクはたっぷり蜂蜜はほんのり控えめだ。子供だから甘ければいいというわけではない。なかなかに良い好みだ。ゼバスティアはその蜂蜜の一滴まで完璧な味で用意する。
 それから王子の寝室に行き、七時半きっかりに「おはようございます」と天蓋のカーテンをあける。「おはよう、ゼバス」と可愛らしい挨拶に薄く微笑する。内心は『今日もなんて愛らしい』と、床をごろんごろんしたい気持ちをかかえながら。
 まずは、まだ寝ぼけた顔のアルトルトの顔を、温かなタオルでぬぐう。その丸いほっぺにきざまれたよだれのあとまできっちりと、それさえも舐めちゃいたいくらいだが、これではヘンタイだ。そこは人として……ではない魔王としてぐっと堪える。
 それから、ほどよい温度となったミルクティをアルトルトにうやうやしく差し出し、朝の仕度にとりかかる。 
 ふわふわ蜂蜜色の髪に丁寧にブラシをかける。寝間着の長いシャツから、ふりふりレースのブラウスへときがえさせ、袖無しのジレに膝丈の半ズボンキュロット。ベッドに腰掛けた王子の足下にひざまづいて靴を履かせる。
 最後に胸元の大きなリボンの真ん中にブローチつけて完了だ。

「今日の朝食はチーズオムレツにございますよ」
「それは、嬉しいな!」

 アルトルトの手を引いて、三つ部屋の離れた王子専用の食堂へと。湯気の立つオムレツにパン。新鮮なカットされたフルーツが盛り付けられた様子にアルトルトの瞳が輝く。

「今日も美味しそうだ」

 席に着き、まっさきにチーズオムレツを口にして、さらにふわふわ白いパンにかじりついて目を細めるアルトルトの様子に、ゼバスティアが緩む。

「野菜も食べなければなりませんよ」
「わかってる」

 しかし、さりげなくニンジンのグラッセをフォークで遠のけようとする動きを、ゼバスティアのモノクル越しの瞳がキラリと光る。

「ニンジンは嫌いだ。でも、ゼバスの作ったグラッセは食べられる」
「光栄にございます、殿下」

 銀のフォークでグラッセをぷすりとさし、小さなお口であーんと囓る、愛らしさに内心鼻血を吹き出しそうなりながら、ゼバスティアは涼しい顔て一礼した。

────当たり前だ。それは魔界の禁書である『ニンジン嫌いのお子様でも食べられるレシピ』の逸品。うまかろう。うまかろう。

 しかもゼバスティア自ら作った品。魔王城の厨房に姿を現したとき、豚頭の料理長が「魔王様自らお料理をお作りに?」と天地がひっくり返るほど驚いていた。さらには「お出来になられるのですか?」と失礼なことを聞いてきたので、紫切れ長の瞳でギロリと眼光を飛ばしてやったら、泡を吹いてひっくり返った。とばっちりで同じく豚頭の料理人全員が白目をむいていたが、どうでもよい。
 魔王に出来ないことはないのだ。
 その証拠に今日の朝食も完璧だ。チーズオムレツは外はふわふわ中はとろとろ。ニンジン嫌いのお子様でも食べられるグラッセもつやつや。フルーツのカッティングも芸術品のように美しい。リンゴは当然うさぎさんの形だ。これは譲れない。
 そのうさぎさんリンゴを囓りながら、アルトルトはぽつりと言った。

「今日も、父上は、ご一緒に食べてくださらないのか?」

 それは朝食ではなく、今夜の夕餉のことだ。ゼバスティアは表情を動かすことなく「残念ながら陛下は大臣達の会食がおありになられます」と答えた。それにアルトルトは寂しそうに。

「……そうか。父上のお仕事の邪魔をしてはならないからな」

 そう健気にこたえる。
 この間は政務が立て込んでいる。そのまえは外国の使節との謁見のため。そして今日は大臣達との会食。
 父王の言葉はすべて嘘だと、ゼバスティアは知っていた。そもそも王子が“一人”で食事をするための食堂が作られていることがおかしい。
 今夜もあの優柔不断な王は王妃の食事の誘いを断れなかったに違いない。
 今の王妃はアルトルトの実母ではない。先の王妃、アルトルトの母が彼を産んで亡くなったのと入れ違いに、一年の喪も明けずに王宮へと図々しくあがってきた継母だ。



 空になった食器のワゴンを下げて、ゼバスティアは食堂をあとにする。次の間の小部屋を通り、その次の間にはいったとたん、押していたワゴンにのった食器が、入れ替わる。
 オムレツにパン、サラダやフルーツが載っていた賑やかな皿から、銀のボール一つに。
 王宮の食堂から王子のために配膳される朝食は、決まっていつも不味そうな冷めたオートミールだ。昼は日がたったような固いパンに野菜クズのスープ。夕食も似たようなもの。
 貧民の食事ならともかく、とてもこの国の王子の食事とは思えない。
 ワゴンを受け取りにきたメイドは、空になった銀のボールを一瞥すると無言のまま、ゼバスティアからそれを受け取っていった。
 冷めたオートミール粥などもちろん、ゼバスティアはアルトルトに出してなどいない。この無表情なメイドから受け取り、次の間の扉をくぐると同時に、指ぱっちん一つでボールの中身を燃やして消し去っている。そして、ワゴンの上はゼバスティアが作ったほかほかの朝食に入れ替えられる。
 不味くて貧しい料理以前に、こんな“毒入り”の食事をアルトルトに食べさせるわけにはいかない。
 そう、王子アルトルトは継母の王妃に疎まれている。
 いや、はっきりいって、毎日のようにその命を狙われている。




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