ひんぬー教の教祖、異世界できょぬーに囲まれる。

初夏終冬

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第一章

第1話 転生

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 この世界は腐っている。

「――此度の立太子の儀は、きょぬ―教司祭、ノラ・リヴィエールが執り行わせていただきます」

 俺は前世では日本で生まれ、そしてひんぬー教の教祖をやっていた。
 だが、なんだこの世界は。

「王太子殿下、ばんざーい!!」

「きゃーっ! 殿下がこっちを見たわよ!」

 一五歳で行われる王太子になる式典には、女性が多く詰めかけた。それもそのはず、王族に生まれた俺は、この世界の女たちにとっては魅力的だったのだ。
 クソみたいに太った父王と、ありえないほどの爆乳を持つ母の間に生まれた王子、それが俺だ。当然のように、俺の体もぶくぶくと太っている。世界で一番太っているのではないかと思うほどの太り具合だ。この世界の男性は、太っていれば太っているほど格好いい。

 反対に女性は、胸が大きければ大きいほど美しいとされている。

 俺は太りたくなかった。でも、太らざるを得ないのだ。
 この世界の食事が劇的にうまいというわけでもないのだが、食卓に出されたすべての食事を食べつくし、さらに間食をはさみまくるというのが公務だというのだ。それをしなければ、父王に烈火の如き怒りに晒される。
 そして、母は爆乳の持ち主であるが、俺はまったくといっていいほど興奮しない。婚約者もいるが、そいつも母並みの爆乳の持ち主だ。
 何度も婚約破棄を訴えているが、両親はまったく聞き入れてくれない。


 故に、何度でも言おう。


 この世界は――腐っている。


*   *   *


「エミリオ殿下、そろそろ起きてください。公務の時間です」

 また、あの公務の時間か。
 俺は憂鬱になりながら、ベッドから這い出る。
 体重は一〇〇キログラムを超えており、体型も俺の望むスリムなものではない。
 重い瞼を持ち上げ、メイドを見た。

「……は?」

「ッ、何か、失礼でもございましたでしょうか……?」

 心の底から疑問が沸き起こった。
 昨日までのメイドはどうした? なぜ、お前のようなやつがいる?
 そんな疑問を感じ取ったのか、彼女は自己紹介を始めた。

「ほ、本日から私が殿下の専属メイドにつけられました。よろしくお願いいたします、殿下」

 一礼し、体を震わせている彼女。
 谷間を露出せず、ぴったりと体に張り付いたメイド服はロング丈で足首まで隠れており、とてもかわいらしいフリルが満載だ。胸が強調されていない。体が震えていても胸が揺れない。
 だが、そこには確かにふくらみがあった。

 ――これだ。

 俺が求めていたのは、これだ!

「あ、あああぁぁああぁあ――――!!!」

「ど、どうかされましたか!? 殿下!」

 つい叫んでしまうほどに、感情が弾ける。
 メイドになんでもないと言いつつ、名前を聞いた。

「わ、私はユリーゼと申します」

「そうか。ユリーゼ、なぜ昨日とメイドが変わった?」

「王太子になられた殿下のお側は、代々魅力のまったくない私たち貧乳の者が担当しております……。万が一があってはならないので、胸の大きな女性は近くにやってはならない、と王憲に定められております……」

 王憲とはアレだ。
 王族に対して効力を発する憲法だ。この国の最高法規だ。初めてそれに感謝をした。
 王憲の中には、王族の公務が食事だとするものもある中で、こんな天国のようなものまであったのか。
 驚きを隠せない中、俺は確かにこの世界なら通用するのかもな、と思う。
 特に、きょぬー教の奴らが俺と同じ立場だったなら、絶対に手を出したはずだ。

「そ、それから、昨日までは成人しておりませんでしたので、母なる乳が殿下の成長を見届ける、という王憲もありますので……」

 思い出したように付け加えられる、俺の知らざる王憲。
 つまり俺は、今後毎日、このユリーゼとともに過ごすということだ。
 なんという天国。そして地獄。
 王族である以上、ひんぬーに手を出すことはできない。王憲には、ひんぬーと結ばれし王は国家転覆の罪に問われるとあるのだ。小さなころから、ひんぬーに手を出してはならないと嫌というほど聞かされている。

 それを、これから変えなければッ!

 だいたい、ひんぬーが迫害されているという状況がおかしいのだ。ひんぬーは神。そして正義だ。

「決めたぞ。ユリーゼ、俺はお前を娶ってやる。それまで待っていてくれ」

「!? いけません! そんなことをなされば王太子殿下と言えど最悪の場合、処刑されてしまいます!」

 ユリーゼが必死になって、俺を説得しようとする。

「俺は――俺はずっとずっとずっとずっと我慢していたんだぞ! この一五年ッ、見たくもないきょぬーを見せつけられ! あまつさえそれを母なる乳だという認識を植え付けられるところだったんだ!」

「そ、そんな……殿下! お考え直しください! この国の王子は殿下しかおられないのですよ!? もし王太子殿下が処刑なんてされれば――この国は終わりです!」

「――そうか。そうだったな。……つまり、チャンスはあるってことだ! どうにかして世論を動かさなければ――今後のやることが決まったぞ。ユリーゼ、俺の手伝いをしてくれ。俺はお前のその完璧で至高のひんぬーを手に入れたい!」

 瞬間、ユリーゼの顔が真っ赤に染まる。

「じょ、冗談でもダメです。そんなこと言ってはいけません。わた、私の胸にそんな魅力はないですから……」

「いや、俺が保障する。ユリーゼのひんぬーこそが正義で、神聖視されるべきなんだ」

 俺以外にもいるはずだ。この世界に。本当はきょぬーなんていらないが、この国の風潮に逆らえない者たちが。
 それに、俺はひんぬー教の教祖として、ひんぬー迫害問題を解決しなければならない。ひんぬーの地位向上に貢献しなければならない。


 俺は思いを新たに、顔を真っ赤にしたままのユリーゼを連れて公務に向かう。
 城はとても広く、俺の寝室だけでも四〇畳ほどあるのではないかと思っている。幅が三メートルあると思われる通路に出て、俺はユリーゼの後ろをのっしのっしと歩いていた。
 ユリーゼの着ているメイド服のフリルが揺れる。ミニスカだったなら絶対領域が見え隠れする。あと少しでパンツが見えそうで見えない、そんな生殺し状態に久しぶりになりたいとさえ思った。だって、相手がきょぬーではなくひんぬーなのだ。興味も出る。

「今日の公務は何がある?」

 以前までのメイドにいつも通り確認していたことを、ユリーゼにも確認を取る。
 普段通りならきょぬーの奴だが、今日からはユリーゼが専属だ。これからの毎日に身が入る。

「はい、殿下。本日は朝食がお済になられたあと、商人と会食があります。殿下が成人なされたので、殿下の御用商人を決める会食とのことです。陛下からは、なるべく年の近い者を選び、将来の側近候補とすると良い、と伝言を預かっております」

 クソみたいに太った父王か。そういえばあいつの側近の一人も、かつては一商人だったと記憶している。今は王家の財務管理をしているはずだ。王太子の御用商人は、将来王太子が王になった暁には財務管理をすることがならわしになっているのだ。
 その大切な財務管理を任せる人材を、今日決めなければならないようだ。
 大丈夫だろうか? きょぬー教の信者とは相容れない。俺は決して、きょぬーに媚びる者をこちらに引き入れたりはしないと決めているのだ。

「こちらです」

 ユリーゼが案内してくれた場所は、毎日の食事を取る場所である食堂だった。食堂の扉は大きく、到底ユリーゼが開けられるような代物ではない。もちろん、俺にも無理だ。
 扉の両脇で控えている、動けるデブの近衛騎士二人に目配せした。

「王太子殿下、入場!」

「入場!」

 こいつらは太っているにも関わらず、その動きは油断ならない。信じられないほど素早い動きをするし、パワーも凄まじいのだ。魔法的要素がない異世界に来ているというのに、魔法があるんじゃないかと疑うレベルである。
例えるなら、横綱の力に加えてオリンピック級の百メートル走者の足を持っている。
 近衛騎士が開いた扉を通り、食堂に入った。
 すでに父王と母は座っており、食事を始めている。恐れ入るほど仕事熱心な奴らだ。

「おはようございます。父上、母上」

「うむ。エミリオも元気で何よりだ。昨日はひどく疲れていたようだったが、我も成人の儀では大層緊張したものよな」

 父王が昔を懐かしむように目を細めた。
 猫の皮をかぶり、俺は父王と簡単な会話をこなす。この程度できなくては、この十五年を過ごすことなどできていなかった。

「今日もエミリオはとってもかわいいわね。あなたもわたくしのような、母性溢れる女性を娶るのよ。婚約者は決まっているとはいえ……わたくしが認めた人なら何人でも構わないわ」

「俺はただ一人を愛すると誓っています。母上には申し訳ありませんが、俺の決め事です」

「そう、なら致し方ないわ。あなたの決め事なら、わたくしは尊重します」

 つっけんどんな態度を取っているが、母はとても嬉しいに違いない。
 この世界では個人がした『決め事』というのは、時に家の掟よりも重要視される。それだけ、自分を持つことが尊いとされているのだ。日本の全体主義とは違った思想だ。ただ、そんな思想があるにも関わらず、ひんぬーの地位は低い。なんでだよッ!

 俺は父王を上座として、母の向かいの席に座って、食事というの名の公務を始めた。


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