10 / 21
第10話 僕は孤児を救いたい
しおりを挟む宿を探そうと南北に延びる大通りを北上していく。議会場はグティア・ブンバーダの南に位置し、最前線から最も離れた位置にあるのだ。
ただ、軽自動車や馬車が通れる道が、この大通りと東西に延びる少し細い道くらいしかない。道の整備も必要だな、と感じるとともに、そこら中にたくさんいる戦争孤児と思しき子供たちが気にかかった。
戦争は、もちろん初めてだ。
これまでは後方支援しかしていないから、こんな人の生き死にを間近で見る機会なんてなかった。少しだけ、気分が悪くなる。
やっぱり、戦争なんてないほうがいいんだろうな。
「どうしようかなぁ……」
戦争孤児ということは、もう親もなく、身寄りもない。孤児院があれば、とも思う。だけど、孤児院があったとして、果たしてこれだけの孤児を収容できるのだろうか。
ここにいる孤児がほんの氷山の一角とするなら、100人は下らない。
そこへ、一人の少女が大通りを横切った。ふらついた足取りで、ゆったりとした速度で。
慌ててブレーキを踏み、少女の目前で無事止まった。
けれど、少女が驚く素振りも見せず、力なくその場に倒れてしまった。
「え!? ひいてない……よね?」
いや、ひいてないとか、そういう問題じゃない。
凄く痩せていたのだ。
急いで愛車から飛び降り、女の子を抱きかかえる。
「息は……ある。よかった。まだ間に合う……!」
ホッと息を吐きだし、僕は周りを見た。
誰も近寄らない。どころか、遠巻きに僕たちのことを見ている。無理もない。
服とも言えない一枚のぼろ布を身にまとう、やせ細った少女。かたや僕は、アトラス教の正装をしているのだ。身分の違いは歴然。
でも、そんなことは関係なかった。
ひとまず後部座席まで少女を運び込み、なるべく一目につかないところまで移動する。
そのさなか、少女が目を覚ました。
「ぅ……ここは……この揺れ……敵……?」
どうやら車の揺れと敵の進軍の地面の揺れを勘違いしているようだ。
僕は車を開けた場所に止め、後部座席に移動する。
「大丈夫? これ、水だよ。飲んで」
「わ、ありがと……ございます……」
水の入ったペットボトルを、キャップを開けて渡した。
少女は口をつけ、水をこぼしながらも、飲み干した。渇望していたのだろう。もう終わり? という目でペットボトルを見ていた。
「まだあるからね。好きなだけ飲んでいいよ」
ただ、これだけ飲めるならご飯も少しは食べられるだろうか。
「こっちはパン。好きなだけ食べていいからね。いっぱいあるから、無理はしないで」
「は……い」
少女はなんとかパンを食べ、少し疲れたように眠りについた。
僕は、周りに群がってきた孤児をどうしようかと頭を悩ませる。少女の待遇を見ていれば、自分にも施しがあるかもしれないと思うのは当然だ。
だけど、この食糧は今のところ、補充できる環境ではないのだ。そう易々と渡してしまうと、反対に僕が餓死してしまう。
「俺たちにも分けてくれ! 頼む! もう、水も食糧もないんだ……」
力なく地面に崩れ落ちる孤児たちが、総勢で30人近くも集まっている。それだけの人数を食べさせる食糧もなければ、飲ませられる水もない。
せいぜい、僕一人が一週間ほど食うに困らないだけの分しか持ってきていないからだ。
「ごめん。もうこれ以上は……」
「っ……なんで、そいつには施しがあって俺たちにはないんだ!? ……アトラス教なんて言っても、所詮俺たちみたいな最下層民の相手はしてられないってか、はは」
孤児の代表と思しき少年が、自嘲気味に笑う。
「……もう、みんな限界なんだ。何人も仲間が死んだ。俺たちも、もう残飯さえ分けてもらえない。それもこれも、大人たちが戦争しているからだ! トルーダ帝国の傘下になれば、こんなことには……っ」
そう、言われても。
僕だって、助けられるものなら助けたい。だけど、現状どうしようもないのだ。
……どうしようも?
本当にそうかな。
何か、ある。そんな気がする。
「……あ。一つ、方法がないことはないかもしれない」
アトラス教の協会を設立する。その実務を担う人材は、多いほうがいい。早く終わるからだ。そして、それにかかる諸経費はすべて、アトラス教が出すことになっている。
「なんだ!? 教えてくれ。なんでもやるから……俺たちにも……!」
「今はまだ、直接的に孤児を育てることはできない。だけど、協会さえ完成すればできる。そして、協会を建てるときにかかる費用もアトラス教が出す。だから協会を建てる工事が始まるときまで、なんとか耐えてほしい。そのとき、私がなんとか、みんなを作業員にしてみせる。作業員になればアトラス教から施しを得られる……私が総本山に事情を説明すれば、いける」
まだ諦めるにははやい、と告げた。
けれど、それでも彼らには遅いのだろう。
歯を食いしばり、少年は言った。
「それじゃあ、ダメなんだ。もう、動けないやつだっているんだよ……」
少年が嗚咽をこらえているのがわかる。心の奥底から、嘘偽りなくそう言っているのだということが伝わってきた。
「……わかった。全員で何人いるの? 全員を集めて、そこに私を連れて行って」
子供たちの命がかかっている。この世界では安い命なのかもしれない。
救っていたら、きりがないのかもしれない。
それでも、何もせずに失うよりも。
何か行動して失ったほうが、まだ納得がいく。
僕には、一週間分の食糧があるのだ。
「――本当か、姉ちゃん! ついてきてくれ!」
少年がばっと顔を上げ、驚いた表情を浮かべる。
「本当だよ。私も、覚悟を決めた。足りるかどうか。間に合うかどうかはわからない。でも、やれるだけやってみよう」
「ありがとう……姉ちゃん、俺たち、絶対あんたを裏切らねえ」
「そう。……私はアカリ。君の名前は?」
「俺はレン。こいつらのまとめ役だ」
歩き始めたレンを先頭に、僕の愛車とほかの孤児が続く。大所帯になった一団は、さらに北へ向かった。
「この下なんだけど……それは無理かもしれねえ、ごめん、姉ちゃん……」
「いいよ。とりあえず、行ってみるよ」
倒壊した家屋に隠された階段を下りていくレンのあとをついていき、僕は目を見張った。入口すぐの部屋は多くの武器が転がっていて、その奥の居住区と思われる部屋には20人近くが力なく横たわっている。
合わせて50人近くいるのだ。この一つの孤児の集団だけで。
「ほかに、ここと似たような孤児の集団はどのくらいあるの?」
「えっと……たぶん4つかな。アカリ姉ちゃんは来たばかりだから知らねえかもだけど、俺たちが一番大所帯でさ、ほかのところはまだ食っていけてるんだよな」
なら、とりあえずここの孤児を救えば、急場しのぎとしては十分ということだ。
「わかった。何人かついてきて。食糧を下ろすよ」
僕は孤児を先導する。
なるべく、人を失わないようにするためには、どうすればいいのかを考えながら。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました!
【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】
皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました!
本当に、本当にありがとうございます!
皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。
市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です!
【作品紹介】
欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。
だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。
彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。
【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc.
その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。
欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。
気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる!
【書誌情報】
タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』
著者: よっしぃ
イラスト: 市丸きすけ 先生
出版社: アルファポリス
ご購入はこちらから:
Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/
楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/
【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過
復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞
ファミ通文庫大賞 一次選考通過
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる
しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。
いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに……
しかしそこに現れたのは幼馴染で……?
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?
お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。
飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい?
自重して目立たないようにする?
無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ!
お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は?
主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。
(実践出来るかどうかは別だけど)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる