上 下
23 / 53

第二十三話 密告(改編済み)

しおりを挟む
「真衣、すごいな。これから毎週だと思うと大変そうだけど……」



 川島は木村の仕事ぶりに驚きながらも心配していた。

 自分の体だということを忘れてしまいそうになる。



「毎週と思うと気が重いね。でも、ここまで来たからには頑張るよ」



 彼女もまた昔よりもたくましくなっていた。

 そして、木村が出演した番組の放送日がやってきた。

 既に二回目の収録を終えて少しずつ現場にもなじんできていた。



「今日、放送だからちゃんと録画予約しといてよ!」



 朝からずっとこの調子だった。

 川島も朝起きた時は多少興奮していたが、何度も言われるため軽く流し始める。



「本当は今日ぐらい学校休むべきだと思うけど」



 相変わらずな彼女に対して川島は「はいはい」とあしらいながら学校へ行く準備を整える。

 準備が終わると、録画予約をし始める。



「チャンネル間違えないでよ?」



「分かってるよ。うるさいな」



 彼女の態度にそろそろイラついてきたが、誰だってこうなるかと堪えていた。



「まったく、真衣も健太も漫才でもしてるのか?」



 そんな二人のやりとりを聞きながら深沢も口を突っ込む。



「真也も何か言ってよ」



 彼女が助けを求めるが彼は「フッ」と小さく笑うだけだった。



 ようやく予約を終えて大学へと向かった。

 講義中はもちろん、帰り道でもずっと木村の興奮は覚めなかった。

 家に帰って川島がくつろごうとソファーに座ると同時に木村の体に変わった。



「ちょっ、おい、真衣!」



 突然の交代に川島は焦ったが、力を込めれば好き勝手に交代出来るのを忘れていた。

 この時ばかりは木村にとって有利に働いた。

 基本的な行動パターンを決定してから自分勝手な行動、交代は行わなかった。

 そのため川島もこの能力の怖さを忘れていたのだ。



「ま、いっか。今日だけだぞ」



 木村のやりたいことはわかっていたし、一日中騒いでいたのは知っている。

 それにもう二人を信頼しきっている川島は特にとやかく言わなかった。

 木村はレコーダーの電源を入れて番組を再生した。

 自分で見るのは少々恥じらいもあるが、今後の活動に活かすため雑誌を含めてしっかりチェックしている。

 彼女の頑張り屋な性格ゆえだろう。

 番組を見ている間、ずっと黙っていた。

 デビューしたての頃は「あたしが写ってる」などとわめいていたものだが、今はしっかりと自分のしなければならないことを見据えている。

 番組を見終わると一言呟いた。



「やっぱりちょっと表情堅いね」



「そうか? いつもの笑顔のような気がするけどな」



 川島はそれとなくフォローをするが彼女は首を横に振る。

 そして、考え込んだ表情からいつもの木村に戻って「頑張ろうっと!」と力強く言った。

 この日はそんな風にして一日を終えたのだった。





 西岡が峰島の元を離れてから峰島は藤城の報告を待つだけになっていた。

 今日も一人研究室で頭を抱えていた。

 そのとき研究室の扉が開いた。



「どうも」



 入ってきたのは藤城だった。峰島は頭を上げて彼の方を見る。



「どうかね? 監視の方は」



 すぐに返答は来なかった。

 そんな彼の様子に峰島は怪訝そうな表情をして「ん?」ともう一度念を押す。



「監視は実に順調ですよ。それより西岡さんは帰って来ずですか?」



 今度は藤城が峰島に聞き返す。

 峰島は悔しそうな表情を浮かべて唇を噛み締める。



「そうですか。そんなに神経質にならないで下さい。今日は良い報告をお持ちしましたから」



 藤城がそう言うと峰島は再び顔を上げた。

 顔を上げたのを確認すると藤城は素早く一枚のディスクを見せた。



「これ、何だと思います? 実は非常に興味深いものが映っているんです」



 彼の言葉に峰島の目が久々に輝きを取り戻し、生気に満ちる。

 藤城はニヤリと不気味な笑みを浮かべてディスクを近くのパソコンに挿入する。

 リモコンでプロジェクターのスイッチを入れてパソコンの画面を映す。

 ディスクを再生し、映し出されたのは『スマートドレッサー』だった。

 約一時間番組を峰島は真剣に見入った。

 番組の再生が終わると彼は首を傾げた。

 ごく普通のファッション番組であるため無理もない。



「一体、これがどうしたのかね?」



 そんな彼を見ながら藤城は再びニヤリとした。

 そして、木村の紹介VTRで映像を一時停止する。



「実はこの女が川島健太ですよ」



 藤城は不気味な笑みを浮かべたまま呟いた。

 映像に映っているのは紛れもなくモデル体型で整った顔立ちの女性。

 峰島は驚きを隠せず声を出せなかった。

 あの薬でこんなにも人が変わってしまうのかと。



「さすがに何も言えませんか? 実はそれだけではないんですよ。彼女は川島健太そのものに変わることも出来ます。あともう一人違う男性にも」



 峰島には藤城が言っていることが理解出来なかった。



「あともう一人?」



「自由自在に三人の人間へと変化するんですよ。どうしているのかは分かりませんが……」



 峰島はなんとなくしか話を理解していなかったが、あの薬の効力が性別変化だということはわかっていたためこの画面の女性が川島だということは認識できた。

 しかし、自由自在に変化できてさらに、もう一人男性にも変われるということは想定外だった。



「つまり、この女性は紛れもなく川島だということです」



 藤城ははっきり言い切った。

 峰島は納得したようにうつむいた。



「分かった。情報ありがとう。これからも監視を続けてくれ」



「はい。また来ます」



 彼が部屋を出て行ってから峰島は画面に映ったままの木村の姿を眺めながら、ため息を一つついた。
しおりを挟む

処理中です...