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後半
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しばらく背中を規則正しく撫でていたら、急に視界が変わって見慣れた小屋の中へ。
「うぇ……」
エセルバートの腕から解放されると、ザックはよろけながらテーブルに手をついた。
拗ねた子供のような顔をしているエセルバートにちらっと目を向ける。
エセルバートは、昔からザックの前では怒ると黙る。じっと黙って睨みつけてくるのだ。ヘラヘラ笑って怒りをないものとして扱うよりはいいと思うが、怒っている原因もよく分からなくてこれはこれで困る。
ザックはエセルバートのベッドに腰掛けると、自分の横を叩いた。
「座れ」
「……」
「座れ、エセルバート。じゃないと帰るぞ。一人ぼっちになるけどいいのか?」
「そうやって脅すのはずるい」
「脅しって……こっち来いって。親友の隣に座れないのか?」
改めて隣に視線を投げると、エセルバートは言葉を失った様子で立っていた。
「何びっくりしてんだ。……親友として、前みたいに、くだらない話に付き合ってやるし、時々王都に来てもいい」
「本当に?」
「ああ」
「やったぁ」
エセルバートの表情はザックが想像したより明るくない。奇妙に思いつつ、言葉を加えた。
「でも、ずっとここにいるのは無理だ。こっちは俺の居場所じゃないし、俺は宮廷魔術師の隣に立てるほど立派な騎士じゃない。昔の腐れ縁にこだわるのはやめろよ」
エセルバートの手紙には、何度かザックを騎士団に戻そうとする提案があった。さらりと書いてあるのでこれまでまともに取り合ったことはなかったが、これからエセルバートとの関わりが増えるなら、はっきりさせておく必要がある。
エセルバートが無音で口を開く。何か言おうとして、そのまま一度口を閉じた。そして、わざとらしく大きなため息をついてから、ザックの額を指で弾いた。
「痛てっ!」
「僕の親友をそんなふうに貶めることを言わないでよ。宮廷魔術師だってただの便利屋で立派な職ってわけでもないし……ザックは騎士も神聖視しすぎだと思うな」
エセルバートは、ベッドに向かって勢いよく腰を下ろした。
「おい、揺らすな!」
「ははは」
(不安定なんだか、ふざけてんのか、どっちだよ)
ザックは呆れて目を細め、エセルバートを睨んだ。床をぼんやり眺めている青い瞳に、うっすらと涙の膜が張っている。
「バート?」
「んー? 何?」
名前を呼べばすぐ緊張感のない笑みを浮かべ、エセルバートは顔をあげる。その途端に涙が雫になって、一粒シーツに落ちた。
「ん……?」
彼は自分の頬に手を添えると、指が濡れていることに気づいて眉を寄せた。次々と涙が出てくることにエセルバート自身も戸惑った様子だ。
拭っても拭っても、止まることはない。
「わっ、なんか、止まらなくなってきた。ははは……」
「笑うな。何があったんだよ。辛いときに笑うのはやめろって」
祖父母のもとで育ったエセルバートは、気遣いばかりで育ての親である祖父母に甘えるのが下手だった。村でいじめに遭ったことも「カッコ悪いから言いたくないんだよね」と言って、ザックにも口止めしてきた。
怪我をした時も、二度と騎士を目指せないと分かったときも、彼の祖父母が亡くなったときも、辛いことが起きたとき、彼はヘラヘラと笑う。
それがずっともどかしかった。
「この見栄っ張り」
エセルバートの泣き顔を見ないように、ザックは近くにあった枕を掴んで彼の顔に向かって投げた。
「見ないから、笑うな」
エセルバートは枕を顔に押し付けるように強く抱きしめ、そのまま背中を丸めた。
「落ち着くまでここに座ってる。話したくなったら話せ」
「……」
「言いたくないなら、言わなくていいから」
「……居場所じゃないって言った」
「は? 何だって?」
布に吸収されて、エセルバートの言葉はよく聞き取れなかった。それでも一応音としては聞き取ることができたのだが、意味はわからない。
ザックが雑に聞き返すと、彼は枕から顔を上げた。
「君が、僕の隣は居場所じゃないって言うから」
「そんなことは言ってない、というか……だったら何なんだよ」
海のような青い瞳が、じっとザックを見つめている。怖気付きそうになったが、ケンカを売られているような気分になって、ザックはエセルバートをしっかり見つめ返した。
「分からないの?」
「何が……」
「僕が、何を泣くほど辛いと思っているのか、本当に想像もつかない?」
目が合ったまま、エセルバートと距離が縮まる。ここ数日で嗅ぎ慣れた清潔感のある香りがふわりと漂って、ザックを落ち着かない気持ちにさせる。思わず目を逸らしそうになったが、エセルバートに手を重ねられ、驚いて固まった。
濡れた瞳が揺れて、青い炎のようにザックの目を吸い寄せる。見慣れた顔のはずなのに、距離の近さが気まずくて、目を逸らしたいが魔法にかけられたように動けないのだ。
蛇に追い詰められた獲物のような気分になって、ザックは思わず固唾を呑んだ。
緊張を破ったのはエセルバートだった。
真っ直ぐにザックを見つめていた瞳が緩んで、柔らかくなる。
「距離を取るなら突き放してくれればいいのに、君はずっと優しい。ひどいよ。思わせぶりにしているつもりもないんだろうな。……そんなところも含めて、僕は君が好きだ」
「は?」
ザックはただ口を開けてエセルバートを見つめることしかできない。
「親友として、なんて今更言わないでよね。君はそこそこ聡いはずだ。ここまで説明すれば、僕の言う意味は分かるだろう?」
エセルバートの言うとおり、ザックはそれなりに他人の感情には勘が働くほうだ。
ここまで明確に言葉にされた感情に気づかないほど鈍感じゃない。ただそれを信じられないだけだ。
「お前、俺のことを好きなのか」
「そうだよ。ごめんね……気持ち悪い?」
わざとそう言わせようとしているような問いかけに、ザックは自分の心の中で同じ質問をしてみる。
(バートが、俺を……)
目の前にいる幼馴染を見つめれば、彼は諦めたような困り顔だが、視線だけはしっかりザックに向けられている。
気持ち悪いという感情は、ザックの中には浮かんでこない。
それより重なった手のひらの温度が気になって、落ち着かない。抜け出すためにもぞもぞと指を動かすが、うまくいかない。
「近い……」
「少し近づいたからね」
「なんで近づくんだよ」
「何でだろうね」
清潔感のある香りがさらに強くなる。その向こうに、よく知らない別のにおい。青い瞳が目の前にある。
ザックはつい目を閉じた。
5秒待ったが何も起きない。ゆっくり目を開ければ、エセルバートはそのままの位置で動いていなかった。
(何だよ……!)
自分が何に苛立ったのかもよく分からないまま、ザックは自分の頬に熱が集まってくるのを感じた。エセルバートの手を振り払い、顔を隠そうとすれば手首を掴まれる。
「おい!」
「あのさ、僕も……、多分そんなに鈍くはないんだ」
魔術師の剣だこのない手が、ザックの頬を押さえた。
「頬が熱いよ。どうして?」
「うるさい」
「君の口から聞きたい」
「何をだよ。自分でもよく分かんねぇってのに」
唇に一瞬だけ柔らかい感触がした。
「おい」
「キスしていい?」
「してから聞くな」
「嫌じゃなかった?」
「……分かんなかったから、あと三回試したい」
エセルバートはふっと笑った。
「それさぁ、武器屋のおじさんにすっごい嫌がられるやつ」
先ほどと同じように、優しく唇が触れる。角度を変えてもう一回。先ほど振り払った手首を掴まれて、もう一度。
嫌じゃなさそうだと伝える言葉は結局音にはならなかった。
触れるだけの優しい口付けが、何度も繰り返されるうちに激しくなっていく。唇を甘く噛まれ、思わず唇を軽く開けば、ぬるりと舌が侵入してくる。
「んっ……!」
驚いている暇もなく、口の中を好きなように舐めまわされて、息継ぎに必死になっている間にザックはベッドに仰向けになっていた。
自分とほぼ同じ身長の男にのしかかられて、さらに口を塞がれては息苦しくてたまったものではない。
「っおい… …! 殺す気か! 苦しい」
キスの合間になんとか文句を言うと、エセルバートは身体を起こした。
「ごめん」
彼は、はぁ、と重たい息を口から漏らした。魔術師の白い詰襟の金具を外せば、少年時代よりもずっと逞しくなった首元が見える。
ザックはさっと視線を外した。
「ザック」
名前を呼ぶ声は熱がこもって、聞くだけで火傷しそうな気がする、などと馬鹿な考えがザックの頭に浮かぶ。
もう一度口付けを繰り返し、隙間なく身体を密着させている間に、足のところに硬く、熱をもったものを押し付けられていることに気づいた。
ザック自身にも同じものがついているので、それが何かはすぐ分かる。偶然とは思えないほどぐりぐりと押し付けられると、それはしだいに硬さを増していく。
「……おい」
「ん……苦しい?」
「いや……」
ちゅっ、ちゅっ、と唇が触れるだけの啄むようなキスになる。エセルバートは熱に浮かされたようにぼんやりとしている。
「ザック、好き」
「押し付けすぎだ」
ちらりと足のほうに視線をやれば、エセルバートはいたずらが見つかった子供のようにあざとく照れ笑いした。
「止まらなくて。んっ、……はぁ、ザック、好きだよ……好きだ。ずっと、ずーっとこうしたかった。夢みたいだ」
エセルバートはザックの首筋を舐めて、シャツの中に手を入れて、傷だらけの身体を撫で回した。くすぐったいだけの動きが、それ以外の感覚を呼び覚ましそうで、ザックは彼を蹴飛ばしたくなる。
「っ……ぅ」
「ごめん。ずっと触りたかったから、止まらない。親友のふりして、ずっといやらしい目で見てごめん。嫌わないで」
言葉と行動がちぐはぐだ。エセルバートの行動はエスカレートして、呼吸はどんどん荒くなる。
「ふっ、……っ!」
耳たぶを噛まれ、ザックの身体が跳ねた。その反応に手応えを感じたのか、エセルバートは耳の中まで舌でなぶりはじめ、わざとらしく水音を立てる。
胸元や腰を撫でて、その合間にザックの名前を熱っぽく呼ぶ。平たい乳首を指先が擦り、少し立ち上がってきたところを爪で引っ掻く。
ザックは自分の下半身にも血が集まってくるのを感じた。
「っおい」
勃起しそうなことに気づかれる前に、思わずエセルバートの身体を押した。エセルバートはしかられる直前の子どものように、不安そうな表情になったが、ザックに向ける瞳から熱が消えることはない。
「……謝らなくていい。俺も、お前のことをいやらしい目で見たことくらいある」
「えっ、本当に⁉︎ 本当?」
「二回言うな」
「死ぬほど嬉しい」
エセルバートがまたのしかかってきて、ぎゅうぎゅうと力一杯に抱きしめる。
ザックが彼の白い背中をじっと見つめてしまったのは、ずっと昔のことだ。騎士になるための訓練として身体を動かして、あまりの暑さに川で水浴びをしていた。
それまで意識したこともなかったはずなのに、なぜかその日はエセルバートの肌の白さがやけに目について、落ち着かなかった。
翌朝下着が汚れていることに気づいて、血の気が引いた。夢精はただの生理現象で、エセルバートを目で追ってしまうことに意味などないと自分に言い聞かせた。
それが気休めにもならない嘘だととっくに気づいていながら、今日までずっと無視してきたのだ。
それなのに、今こうしてエセルバートと抱き合っている。現実味がないと思うのに、密着した身体の熱も、彼の香りも、すぐそこにある。
「僕で抜いたことある?」
「……抜いては、ない」
「嘘! マジか。僕は数え切れないほどあるよ」
エセルバートの手が、ザックの下半身に触れた。
「おいっ」
そこがしっかり反応していることに気づいたエセルバートの顔に愉悦が広がる。彼はザックの下半身を服の上から撫で回した。
「君がどんな顔をしてイくのか知りたかった。確かめさせて」
エセルバートはザックの服を下着ごとずらした。勢いよく飛び出したものを見て口角をあげ、自分自身も服を脱ぐ。
「すごいことになってる。僕もだよ」
「うっ」
エセルバートが、彼の指がザックの亀頭の先端を撫でた。
「あっ! ……待っ」
指先が、溢れた粘液を先端に塗りつけるように動く。今まで一度も人に触られたことのない場所を刺激されて、ザックの身体は本能的に強張った。
しかし、エセルバートが指の腹と、手のひらで優しくそこを撫で、二人分の性器を密着させて、優しく握ると、強い快感で他のことがどうでもよくなる。
心臓が痛いほど鼓動する。
「くっ……」
「気持ちいい……もっとこうしていたいのに、すぐ出そうだ」
エセルバートが熱い吐息を耳元で漏らし、そのままザックの首筋に吸い付いた。手の動きがだんだん激しくなり、ザックも射精感が上がってくるのを感じる。
「バート、っう、あ……っ」
「はぁ、……キス、したい。ザック、口開けて」
ザックが彼の言葉に反応する前に、エセルバートに唇を奪われる。舌をねじ込まれて咽そうになるが、舌が絡んで扱かれると、逃げ場のなくなった快感に頭を支配されて、頭が真っ白になる。
耳に入ってくる水音が激しくなり、荒い息遣いと混ざって部屋の中に響く。清潔感のある洗剤の香りとは違う、僅かな汗の香りと、甘い香りが、鼻腔をくすぐる。
「んぅ、んっ、……はっ」
「ああ、ザック、もうだめだ……っ!」
一層硬くなった場所がどくんと震える。エセルバートの手が与える昂りに身体を任せて、ザックも彼の手を汚した。
***
「ザック、おかえり! また来ちゃった」
エセルバートとの関係が大きく変わって、三ヶ月後。ザックが村での畑仕事と剣の指導を終えて小さな家に帰ってくると、田舎の村に似つかわしくない輝かしい衣装の男が座っていた。
我が物顔で椅子に腰掛け、勝手にカップを取り出してお茶を飲んでいる。
エセルバートは、転移魔法を使って頻繁にこの村に顔をだす。
ときには夜だけ、または朝食を一緒に囲むだけなど、数時間のためにわざわざ魔力を大量に消費する転移魔法を使うのだ。
あまり頻繁に来るな、事前に言えと伝えているのに、その苦言が受け入れられたことは一度もない。
「足の様子はどう?」
「順調だ」
ザックは、自分の左足の指先を地面に置いて、クルクルと足首を回してみせる。エセルバートは魔導具の開発に勤しんでいたらしいが、その研究成果の一つがこの義足。
僅かな魔力で、自分の足のように使うことができる。
「バート、お前、もうここに来るのをやめろ」
「え⁉︎」
エセルバートの顔から血の気が引いた。
「な、なんで? 僕、何かした?」
「何度も言ってるが、ここへ通うために無駄な魔力を使いすぎだ。緊急時に魔力切れを起こしたらどうするんだよ」
「そんなヘマするわけないじゃないか! もしかして、本部が何か言ってた? 凡人は僕の魔力の量をよく分かってないんだよ。任務に支障も出てないのに、ザックを使ってごちゃごちゃ言ってくるなんて……」
「誤解するな。俺が、そっちに行くって意味だ」
「え?」
エセルバートの文句を遮るように、ザックはきっぱりと宣言した。
「村長にはもう話してあるし、一応俺の後任も見つけてある」
「本当に……?」
「ああ」
「騎士団に戻ってくれるってこと?」
「それはしない。別の仕事を探す」
「なんで! もう足の怪我も関係ないのに!」
ザックは、自分の足に視線を向けた。
エセルバートは「魔法を使うことが面倒だから」と言って、魔導具を使うと言っていたが、それはきっと嘘だ。ザックのために義足を開発する研究をしていて、エセルバート自身は必要としない魔導具を研究していたようだった。
「お前が、俺のためにこれを作ってくれたのは感謝してるが……」
「ぅえ」
「一応、そこに気付くくらいの頭はあるんだよ。俺は、その、村の子どもらのために、やりたいことがある。お前が魔導具で誰でも魔法を使えるようにしたみたいに、特別な訓練がなくても、安全な場所で暮らせるようにしてやりたい。そういうことに時間を使いたい。王都の騎士団は、そういう日常からは離れるから……」
エセルバートは完全に納得した顔はしていないが、反対の言葉は口にできないようだ。
「毎日同じ家に帰ってきてやるから、それでいいだろう」
「一日中一緒にいたいんだよ。これまで離れていた分も」
不満そうなエセルバートに近づいて、彼の後頭部に手を添える。身をかがめて口付けると、彼はザックのキスを受け入れた。
「家にいる間はかまってやるから、許せよ、バート。それで、具体的な引っ越しが……」
青い瞳が不服そうに細められる。腹いせのように激しい口付けを返され、立ち上がったエセルバートに押されながら、寝室に入る。そのままベッドの上に押し倒された。
「っおい……!」
エセルバートは無言でザックの唇を貪り、ザックの息が上がってくるとそれを見越したようにシャツを捲り上げた。胸筋の上で慎ましく存在を主張している頂きに吸い付く。
「んっ」
乳首を口の中に含まれて、舌で何度も弾いたり、歯を立てたりされている間に、すぐにそこはぷっくり立ち上がった。
「あっ、グ……」
ぴりぴりと痺れるような快感に負けて、声が出そうになる。エセルバートにいじられすぎて、しっかり性感帯として機能するようになってしまった。
乳児のように吸い付いて、反対側を指でつまみながら、エセルバートが視線だけを向けてくる。見せつけるように口を開け、赤い舌を出したかと思えば脇腹から胸までねっとり舐めて、最後に乳輪を一周してから先っぽを噛んだ。
「あッ!」
意図せず高い声が出てしまい、ザックは唇を噛んだ。
「声、我慢しないでよ」
「人に聞かれんだろ……!」
「あー……」
エセルバートは指先を寝室の四隅に向かって動かした。
「音が漏れないように結界を張ったよ。これで好きなだけ大きな声を出して大丈夫。声、聞かせて?」
興奮して上擦った声が、ザックの耳に囁かれる。腰のあたりからぞわぞわと身体が震えた。上から手を押さえつけられ、体重を受け止めながら、キスの雨が降るたびにぴくりと小さく反応した。
「……不安なんだ。またいつか君が、急に僕から離れるかもしれないって想像するときがある。君はなんでも一人で決めて、一人で平気そうだし……ずっと一緒にいるって言ってよ」
エセルバートの声は震えていた。痛いくらいに手を握られる。
「一緒にいるよ」
言われたとおりの言葉を言ったのに、エセルバートはまだ不安そうな顔をしている。迷子の子どものような表情を見て、ザックは呆れた顔をする。
「バート、俺は、ずっと住んでるこの家を捨てて、中央に行くんだぞ。お前と一緒に住むためだ」
「そうだけど、君は最悪、家なんかなくても生きていけるじゃないか。住む場所なんか根拠にならないよ」
「それはお前も一緒だろうが」
「うっ……『愛してる、一生離れるつもりはない』って言ってくれればいいのに、理屈っぽいんだから!」
ザックは舌打ちして、騎士団仕込みの体術を活かしてエセルバートと場所を入れ替えた。彼の上に馬乗りになる。
呆然としているエセルバートを見下す。
「『愛してる』。これでいいのか? 違うだろ。お前が、俺を信じてないからずっと不安なんだろうが。お前は俺に尽くして不安を解消してるつもりだろうが、いつも俺が受け取るかの返事も聞かないで、勝手に押し付けて自己満足して終わりだ。そっちこそ、そんな一方的な関係で、一生そばにいる気はあんのか?」
「は? なにそれ? 僕を疑うの? 僕はその気になれば君を監禁して誰も助けに来れないようにすることもできるんだよ。君が好きだから、君の意思を尊重してるのに、それをやめてほしいの?」
「そうだよ。だからさっさと素直に抱きたいって言え。この意気地なし」
「え……?」
エセルバートは青い目を丸く見開いていた。
「大事な話をしようとすると、話題をそらすのはお前だろうが。今後のことだって、急に決めたわけじゃない。ちょっと空気が変わると耐えられなくなって、口塞いで人のことぐちゃぐちゃにして逃げやがって」
「いや、いや? それは語弊が……」
「人が寝てるときに後ろでハァハァ言いながら抜くな。ウルセェから」
「それ、今言う?」
「様子見しながら、俺が思い通りに動くのを待って、気持ちを確かめるのをやめろ。その癖が抜けねぇと、一生お前は不安なままだぞ」
エセルバートは反論するために口を開いた。
「だって、拒否されるの、怖いじゃないか! ザックは普通に断るし!」
「まぁな。それでも話し合いができるようにならないと、一生なんか共にできない。ずっと腹の探り合いをするのか? 俺もなんでも察して動けるわけじゃない。ちゃんと言いたいことは正面から言えよ」
エセルバートはザックの手を握った。震える手で、傷だらけの手に口付ける。
「ずっと一緒にいて」
「だから、そうするって言ってるだろ」
ザックは呆れたように笑って、エセルバートにキスした。
いつもエセルバートがすることを真似するように、彼の口の中に舌を入れ、歯をなぞるように動かす。
主導権を握っているという優越感が沸くが、舌が擦れると快楽で全て上塗りされて、それも霧散してしまいそうだ。
「んっ、ふ、ザック……」
エセルバートは素直に舌を出して口付けに応えた。唇を離すと名残惜しそうな顔をする。
彼のシャツのボタンを外し、首元にキスしてから、少しずつ下へ。胸元にキスを繰り返すと、エセルバートは身をよじった。
「ははっ、ぁ、無理、くすぐったいよ……!」
乳首を舐めると、彼は耐えられないという様子で笑いながら震えはじめた。ザックは無駄なことをするのは辞めて身体を起こし、自分のシャツを脱いで上半身裸になる。
「触れ」
「え?」
エセルバートの手を取って、自分の胸元に誘導する。大きな手が、ザックの胸筋を撫でて、中心にあるところを指でつまんだ。
先ほどすでに刺激を与えられていた場所は敏感で、ぴりぴりと鋭い快感をもたらす。
「んっ……」
「気持ちいいの? ザック、いやらしい顔してる」
「うるせぇよ……お前、人の身体こんなにしといて、俺が離れるつもりとか、適当なこと言うなよ。好きじゃなかったら、こんなことさせるか」
二人の下半身はちょうど密着する位置にあり、ザックの言葉でエセルバート自身がぴくりと反応した。ザックは彼の反応に満足げに笑うと、身体を下げて、エセルバートの下半身を露出させ、立ち上がった場所を撫でた。
エセルバートの雄の部分が、自分の手の中にある。ザックの性的な姿を見て、こうなっているのだ。過去にぶつけてはならないと思って押し込めていた感情に押し出されるように、ザックの身体は動いていた。
彼が何かを言う前に、口を開けてそこを咥える。
「わっ! え? あっ……待っ、んんっ、あ、やば……っ」
特徴的な味が口の中に広がる。決して美味しいものではないが、エセルバートが焦っている様子や、思いがけず甘い声が出るのは気分がよく、ザックは唾液を舌に絡みつけるようにして彼を愛撫した。
じゅぽじゅぽと水音が響き、口の中にあるものがどんどん硬度を増していく。顎が少し疲れてきたところで、エセルバートがザックの肩を押した。
息が上がって、顔を赤くしている。
「頭がおかしくなる……ザック、抱いていい? 抱きたい。愛してる。ずっと一緒にいて」
熱に浮かされたような顔をして、エセルバートはザックをもう一度仰向けにした。
「分かってるからちょっと待て」
犬をしつけるように声をかけるが、彼はその制止は聞かずにザックの下半身を剥き出しにした。そして、足を上にあげさせる。
「うわっ」
後孔に触れて、そこをゆっくりと広げる。
「あ、おい!」
「ここ、何かした……? 濡れてる」
「触るな。準備しただけだ!」
「準備?」
「どうせ、また来てるんだろうなと思って、……その、煽るからには責任取るつもりで言ってんだ、こっちは!」
「それは、……僕に抱かれる準備ってこと?」
「っ! いちいち言うな」
エセルバートの指が、さらに中を広げた。彼はその場所に顔を近づけた。人の気配と、吐息が当たる。
続いて、ぬるりとした感触。
「やめろ、なにしてんだよ!」
「舐めてる」
「やめ……あっ!」
周りをゆっくり舐めてから、舌が入口を突いた。そして、舌よりももっと長いものが侵入してきた。
「うっ」
「すご……柔らかい。中がとろとろして、すごく熱い」
短いリップ音を立てながら、エセルバートが指を動かす。出入りするたびに腸壁を擦り、だんだん馴染んで早くなる。
「あっ、あっ、やめ……動かす、な……っ」
「信じられない……ザックが、こんな……」
「あっ! 待て、変なとこ、触るなっ」
「ここ? 勃ってきたね……ここが、気持ちいいの?」
エセルバートの指がある一点に触れると、全身鳥肌が立った。気持ちいいのかもよく分からない、ただ「だめだ」とだけ分かる。
「だめっ、だ、っんぁ……はっ……!」
触られていない陰茎がどんどん硬くなる。欲を解放したくて、ザックはそこに手を伸ばしたが、エセルバートに阻まれた。
「少し待って。一緒に気持ちよくなりたいから……」
彼がザックの上に覆い被さり、首元と耳にキスした。一応さっきまで舐めていた場所への配慮なのか、唇は塞がないつもりらしい。ザックは彼の口を無理矢理自分に向けさせて、噛み付くようにキスした。
「んっ、んん……」
舌を絡めて口付けながら、熱いものが後孔に当たることに気付く。先走りでぬるぬると滑りながらザックの足の間を行き来していたが、しっかりと後ろに押し付けられた。
「入れるね」
小さな声で宣言されるのを聞いた後、突然の圧迫感でザックは背中をのけぞらせた。
「ぐっ……」
「痛い? ごめん」
「大丈夫、だ……っ」
ぐりぐりと身体を押し付けながら、少しずつつながっていく。痛みよりは異物感が強い。
エセルバートはザックの気を紛らわせるようにキスを続ける。
「ザック……ぁ……はぁ、ぅ、溶けそうだ。好きだよ。好き……愛してる」
同じ言葉を何度も繰り返し、エセルバートはザックのことを強く抱きしめた。彼の柔らかい金髪を撫で、広い背中に手を回せば、やり切ったことへの満足感がザックの胸に広がる。
「好きだ、好き、ザック、ザック……」
それしか言えないのかと呆れるくらい、彼は好き、好き、と繰り返す。ザックは呆れつつも、胸に温かさを感じていたが、エセルバートが腰を抉るように動かすと、それどころではなくなった。
「うぐっ!」
ぐりぐり奥に押し付けられていたものが、ゆっくりと引き抜かれ、また侵入してくる。じわじわと腸壁を刺激されると、それと一緒に快感が広がった。
「あぁ……!」
意図せず、先を求めるような声がザックの喉から絞り出された。
「はぁ、ザック、気持ちいい……君は? 気持ちよくなってほしい……」
エセルバートがぼんやりした顔で呟いて、ザックの性器を握った。
「待て……あっ、んあ、う……っ! 一緒に触るなって……!」
「僕に抱かれるのが気持ちいいって、身体に覚えてほしいんだ。気持ちいい?」
「やめ……あっ、あっ、ああっ!」
ゆるかった腰の動きが、少しずつ激しくなる。彼の手の動きも、ザックを昂らせようと容赦ない。
揺さぶられながら、押しつぶされるようにキスされる。身体の中を全部ぐちゃぐちゃにされるような感覚だ。
(頭、おかしくなる……!)
どこから聞こえているかも分からない水音が、ザックの耳をいっぱいにする。迫り上がってくる快楽の波に逆らえず、ザックは全身を震わせて果てた。
*
爽やかな初夏の風が吹き抜け、昼前の眩しい光が王都を照らす。“聖女”リーシャと、宮廷魔術師の結婚を祝うため、王都中の人々が石畳の道を埋め尽くしていた。
大聖堂の一室、ゲスト用に用意された休憩室で、青色の正装用の制服の袖を通したザックと、真っ白い制服を着ているエセルバートが向かい合って立っている。
「似合ってるよ」
王国騎士服の青い布を、エセルバートが嬉しそうに撫でる。
「……ニヤニヤするな」
「いいじゃないか。また君の隊服姿が見れて嬉しい」
「一緒に組むわけじゃないのに?」
「もちろん、そうなったら一番嬉しいけど……僕にとっては、騎士と言えばザックだからね」
ザックは、王国騎士団の一員に戻った。
人々の日常を守る仕事をしたいと考えて、元々民間の警備の仕事を考えていたのだが、そんな彼に騎士団の昔の仲間から連絡が入ったのだ。どこかで、ザックが王都に戻ったという噂を聞いたらしい。
魔獣の暴走が落ち着いて、これから平時の治安維持や、都市の運営が重要になる。王国騎士団が、国中で憲兵業務の水準を高めるための本部としての機能を持つことになったのだと。
地方を含めて、日常を守る仕事がこんなに都合よく降ってくるのはあまりにも違和感があり、ザックはエセルバートを問い詰めたのだが彼は関与していないと言う。疑いの眼差しを向ける彼に対し、最後は「元々組織体制を変えるってのは噂になってたんだよ。ザックが戻ってくることは、僕がみんなに話したけど」と白状した。
散々騎士団には戻らないと言いながら、発言を覆すのは気持ち悪くて仕方ない。しかし実際に成し遂げたいことと、影響範囲を考えると、意地を張って後悔するのは目に見えていて、ザックは了承することにしたのだ。
久しぶりに袖を通した青い制服は、何年も着ていたはずなのにどうも馴染まず、に合わない気がする。居心地がザックは居心地が悪そうに身体を動かした。
「俺は別に、騎士って柄じゃないだろ。礼節とかあんまり興味ないし、この青も昔から似合わなくってすげぇ違和感」
お前のほうが似合うよ、とはさすがに口に出せないが、ザックの中にはずっとその思いがある。
「俺の瞳と同じ色だよ。これから馴染むはず」
「おい」
誰かに聞かれているのではないかと焦って視線を周りにやるが、この部屋には給仕しかいない。英雄として祭り上げられている二人が落ち着いて準備できるように、リーシャが気を遣って控え室を別にしてくれたのだ。
「それでも僕は、君がいなかったら騎士になろうなんて思わなかったよ。居場所もなくて、いじめられても言い返せないくせに、心の中で村の奴らを馬鹿にしてた。そういう僕の心ごと、君が救ってくれたんだ。どんな英雄譚のヒーローより、君が一番かっこいい」
結婚式と言う非日常的な雰囲気がそうさせるのか、エセルバートは夢見がちな様子で呟いた。
エセルバートは、気軽にザックのことを褒めるし、甘い言葉もよく口にする。しかし騎士としての賞賛は、それとはまた別の種類のもので、ザックの心をくすぐった。
そんなことを正面から言われると、落ち着かなくて逃げ出したくなる。
何か理由をつけて部屋を出ようとしたら、それを見越したようにエセルバートがザックの腕を掴んだ。
「キスしたくなった」
「帰ってからにしろ」
「む……」
叱られた犬のようにシュンと肩を落とすと、彼は、魔法を用いて手元で白い花を作り上げた。そこに口付けて、ザックの唇にもつける。胸元の、まだ勲章のついていないそこに、飾った。
「この花……」
「夏になると森一面に咲いているやつ。懐かしいよね」
ザックは、自分の胸元で光る花を見つめた。
「これ、リーシャ様の誕生日にお前が街中に降らせたってやつか?」
「リーシャ様?」
エセルバートは首を傾げた。わけがわからないと言う顔をしていたが、何かに気づいたようにはっと顔を上げた。
「ああ! それ、僕じゃないよ。誕生日に花を降らせたのは今日の主役だよ。未来の旦那さんからの感動的なプレゼント。あれは、王都中の女性の憧れを独り占めしていたね」
「そうかよ」
つまり、ザックはエセルバートの魔力を勘違いしていたと言うことだ。いくら魔力が乏しいと言っても、長年一緒にいた彼の魔力を赤の他人のものと取り違えたと言うのは少なからずショックだ。
「どうしたの?」
「……あのとき、花に含まれている魔力をお前のものだと勘違いしたんだ。魔法は苦手だ」
「僕の……? あ、もしかして、花柄のワゴンの親子から受け取った?」
「そうだけど」
エセルバートは途端にもじもじと落ち着かない様子になって、はにかんだ。
「あれ届いてたのかぁ、思い返すと恥ずかしいな」
「何が」
「王都で、あの白い花が愛の告白の象徴になったんだよね。ザックはどうせ知らないだろうからって、願掛けの意味で渡してみたんだよ。そっか、届いてたのか。あれは、リーシャ様のためじゃないよ。君にしか届いてない」
青い瞳が、愛おしそうにふにゃりと緩む。
声も視線も甘ったるく、ぞわぞわする。ザックは限界に達して、彼の腕を掴んで柱の裏に引っ張った。
彼を壁に押し付け、周りに一瞬視線を投げてから、乱暴に口付ける。
視野の広さは、今回の仕事につく上で一つ評価されたところで、誰にも見られていないと自信があった。
「うぇ……」
エセルバートの腕から解放されると、ザックはよろけながらテーブルに手をついた。
拗ねた子供のような顔をしているエセルバートにちらっと目を向ける。
エセルバートは、昔からザックの前では怒ると黙る。じっと黙って睨みつけてくるのだ。ヘラヘラ笑って怒りをないものとして扱うよりはいいと思うが、怒っている原因もよく分からなくてこれはこれで困る。
ザックはエセルバートのベッドに腰掛けると、自分の横を叩いた。
「座れ」
「……」
「座れ、エセルバート。じゃないと帰るぞ。一人ぼっちになるけどいいのか?」
「そうやって脅すのはずるい」
「脅しって……こっち来いって。親友の隣に座れないのか?」
改めて隣に視線を投げると、エセルバートは言葉を失った様子で立っていた。
「何びっくりしてんだ。……親友として、前みたいに、くだらない話に付き合ってやるし、時々王都に来てもいい」
「本当に?」
「ああ」
「やったぁ」
エセルバートの表情はザックが想像したより明るくない。奇妙に思いつつ、言葉を加えた。
「でも、ずっとここにいるのは無理だ。こっちは俺の居場所じゃないし、俺は宮廷魔術師の隣に立てるほど立派な騎士じゃない。昔の腐れ縁にこだわるのはやめろよ」
エセルバートの手紙には、何度かザックを騎士団に戻そうとする提案があった。さらりと書いてあるのでこれまでまともに取り合ったことはなかったが、これからエセルバートとの関わりが増えるなら、はっきりさせておく必要がある。
エセルバートが無音で口を開く。何か言おうとして、そのまま一度口を閉じた。そして、わざとらしく大きなため息をついてから、ザックの額を指で弾いた。
「痛てっ!」
「僕の親友をそんなふうに貶めることを言わないでよ。宮廷魔術師だってただの便利屋で立派な職ってわけでもないし……ザックは騎士も神聖視しすぎだと思うな」
エセルバートは、ベッドに向かって勢いよく腰を下ろした。
「おい、揺らすな!」
「ははは」
(不安定なんだか、ふざけてんのか、どっちだよ)
ザックは呆れて目を細め、エセルバートを睨んだ。床をぼんやり眺めている青い瞳に、うっすらと涙の膜が張っている。
「バート?」
「んー? 何?」
名前を呼べばすぐ緊張感のない笑みを浮かべ、エセルバートは顔をあげる。その途端に涙が雫になって、一粒シーツに落ちた。
「ん……?」
彼は自分の頬に手を添えると、指が濡れていることに気づいて眉を寄せた。次々と涙が出てくることにエセルバート自身も戸惑った様子だ。
拭っても拭っても、止まることはない。
「わっ、なんか、止まらなくなってきた。ははは……」
「笑うな。何があったんだよ。辛いときに笑うのはやめろって」
祖父母のもとで育ったエセルバートは、気遣いばかりで育ての親である祖父母に甘えるのが下手だった。村でいじめに遭ったことも「カッコ悪いから言いたくないんだよね」と言って、ザックにも口止めしてきた。
怪我をした時も、二度と騎士を目指せないと分かったときも、彼の祖父母が亡くなったときも、辛いことが起きたとき、彼はヘラヘラと笑う。
それがずっともどかしかった。
「この見栄っ張り」
エセルバートの泣き顔を見ないように、ザックは近くにあった枕を掴んで彼の顔に向かって投げた。
「見ないから、笑うな」
エセルバートは枕を顔に押し付けるように強く抱きしめ、そのまま背中を丸めた。
「落ち着くまでここに座ってる。話したくなったら話せ」
「……」
「言いたくないなら、言わなくていいから」
「……居場所じゃないって言った」
「は? 何だって?」
布に吸収されて、エセルバートの言葉はよく聞き取れなかった。それでも一応音としては聞き取ることができたのだが、意味はわからない。
ザックが雑に聞き返すと、彼は枕から顔を上げた。
「君が、僕の隣は居場所じゃないって言うから」
「そんなことは言ってない、というか……だったら何なんだよ」
海のような青い瞳が、じっとザックを見つめている。怖気付きそうになったが、ケンカを売られているような気分になって、ザックはエセルバートをしっかり見つめ返した。
「分からないの?」
「何が……」
「僕が、何を泣くほど辛いと思っているのか、本当に想像もつかない?」
目が合ったまま、エセルバートと距離が縮まる。ここ数日で嗅ぎ慣れた清潔感のある香りがふわりと漂って、ザックを落ち着かない気持ちにさせる。思わず目を逸らしそうになったが、エセルバートに手を重ねられ、驚いて固まった。
濡れた瞳が揺れて、青い炎のようにザックの目を吸い寄せる。見慣れた顔のはずなのに、距離の近さが気まずくて、目を逸らしたいが魔法にかけられたように動けないのだ。
蛇に追い詰められた獲物のような気分になって、ザックは思わず固唾を呑んだ。
緊張を破ったのはエセルバートだった。
真っ直ぐにザックを見つめていた瞳が緩んで、柔らかくなる。
「距離を取るなら突き放してくれればいいのに、君はずっと優しい。ひどいよ。思わせぶりにしているつもりもないんだろうな。……そんなところも含めて、僕は君が好きだ」
「は?」
ザックはただ口を開けてエセルバートを見つめることしかできない。
「親友として、なんて今更言わないでよね。君はそこそこ聡いはずだ。ここまで説明すれば、僕の言う意味は分かるだろう?」
エセルバートの言うとおり、ザックはそれなりに他人の感情には勘が働くほうだ。
ここまで明確に言葉にされた感情に気づかないほど鈍感じゃない。ただそれを信じられないだけだ。
「お前、俺のことを好きなのか」
「そうだよ。ごめんね……気持ち悪い?」
わざとそう言わせようとしているような問いかけに、ザックは自分の心の中で同じ質問をしてみる。
(バートが、俺を……)
目の前にいる幼馴染を見つめれば、彼は諦めたような困り顔だが、視線だけはしっかりザックに向けられている。
気持ち悪いという感情は、ザックの中には浮かんでこない。
それより重なった手のひらの温度が気になって、落ち着かない。抜け出すためにもぞもぞと指を動かすが、うまくいかない。
「近い……」
「少し近づいたからね」
「なんで近づくんだよ」
「何でだろうね」
清潔感のある香りがさらに強くなる。その向こうに、よく知らない別のにおい。青い瞳が目の前にある。
ザックはつい目を閉じた。
5秒待ったが何も起きない。ゆっくり目を開ければ、エセルバートはそのままの位置で動いていなかった。
(何だよ……!)
自分が何に苛立ったのかもよく分からないまま、ザックは自分の頬に熱が集まってくるのを感じた。エセルバートの手を振り払い、顔を隠そうとすれば手首を掴まれる。
「おい!」
「あのさ、僕も……、多分そんなに鈍くはないんだ」
魔術師の剣だこのない手が、ザックの頬を押さえた。
「頬が熱いよ。どうして?」
「うるさい」
「君の口から聞きたい」
「何をだよ。自分でもよく分かんねぇってのに」
唇に一瞬だけ柔らかい感触がした。
「おい」
「キスしていい?」
「してから聞くな」
「嫌じゃなかった?」
「……分かんなかったから、あと三回試したい」
エセルバートはふっと笑った。
「それさぁ、武器屋のおじさんにすっごい嫌がられるやつ」
先ほどと同じように、優しく唇が触れる。角度を変えてもう一回。先ほど振り払った手首を掴まれて、もう一度。
嫌じゃなさそうだと伝える言葉は結局音にはならなかった。
触れるだけの優しい口付けが、何度も繰り返されるうちに激しくなっていく。唇を甘く噛まれ、思わず唇を軽く開けば、ぬるりと舌が侵入してくる。
「んっ……!」
驚いている暇もなく、口の中を好きなように舐めまわされて、息継ぎに必死になっている間にザックはベッドに仰向けになっていた。
自分とほぼ同じ身長の男にのしかかられて、さらに口を塞がれては息苦しくてたまったものではない。
「っおい… …! 殺す気か! 苦しい」
キスの合間になんとか文句を言うと、エセルバートは身体を起こした。
「ごめん」
彼は、はぁ、と重たい息を口から漏らした。魔術師の白い詰襟の金具を外せば、少年時代よりもずっと逞しくなった首元が見える。
ザックはさっと視線を外した。
「ザック」
名前を呼ぶ声は熱がこもって、聞くだけで火傷しそうな気がする、などと馬鹿な考えがザックの頭に浮かぶ。
もう一度口付けを繰り返し、隙間なく身体を密着させている間に、足のところに硬く、熱をもったものを押し付けられていることに気づいた。
ザック自身にも同じものがついているので、それが何かはすぐ分かる。偶然とは思えないほどぐりぐりと押し付けられると、それはしだいに硬さを増していく。
「……おい」
「ん……苦しい?」
「いや……」
ちゅっ、ちゅっ、と唇が触れるだけの啄むようなキスになる。エセルバートは熱に浮かされたようにぼんやりとしている。
「ザック、好き」
「押し付けすぎだ」
ちらりと足のほうに視線をやれば、エセルバートはいたずらが見つかった子供のようにあざとく照れ笑いした。
「止まらなくて。んっ、……はぁ、ザック、好きだよ……好きだ。ずっと、ずーっとこうしたかった。夢みたいだ」
エセルバートはザックの首筋を舐めて、シャツの中に手を入れて、傷だらけの身体を撫で回した。くすぐったいだけの動きが、それ以外の感覚を呼び覚ましそうで、ザックは彼を蹴飛ばしたくなる。
「っ……ぅ」
「ごめん。ずっと触りたかったから、止まらない。親友のふりして、ずっといやらしい目で見てごめん。嫌わないで」
言葉と行動がちぐはぐだ。エセルバートの行動はエスカレートして、呼吸はどんどん荒くなる。
「ふっ、……っ!」
耳たぶを噛まれ、ザックの身体が跳ねた。その反応に手応えを感じたのか、エセルバートは耳の中まで舌でなぶりはじめ、わざとらしく水音を立てる。
胸元や腰を撫でて、その合間にザックの名前を熱っぽく呼ぶ。平たい乳首を指先が擦り、少し立ち上がってきたところを爪で引っ掻く。
ザックは自分の下半身にも血が集まってくるのを感じた。
「っおい」
勃起しそうなことに気づかれる前に、思わずエセルバートの身体を押した。エセルバートはしかられる直前の子どものように、不安そうな表情になったが、ザックに向ける瞳から熱が消えることはない。
「……謝らなくていい。俺も、お前のことをいやらしい目で見たことくらいある」
「えっ、本当に⁉︎ 本当?」
「二回言うな」
「死ぬほど嬉しい」
エセルバートがまたのしかかってきて、ぎゅうぎゅうと力一杯に抱きしめる。
ザックが彼の白い背中をじっと見つめてしまったのは、ずっと昔のことだ。騎士になるための訓練として身体を動かして、あまりの暑さに川で水浴びをしていた。
それまで意識したこともなかったはずなのに、なぜかその日はエセルバートの肌の白さがやけに目について、落ち着かなかった。
翌朝下着が汚れていることに気づいて、血の気が引いた。夢精はただの生理現象で、エセルバートを目で追ってしまうことに意味などないと自分に言い聞かせた。
それが気休めにもならない嘘だととっくに気づいていながら、今日までずっと無視してきたのだ。
それなのに、今こうしてエセルバートと抱き合っている。現実味がないと思うのに、密着した身体の熱も、彼の香りも、すぐそこにある。
「僕で抜いたことある?」
「……抜いては、ない」
「嘘! マジか。僕は数え切れないほどあるよ」
エセルバートの手が、ザックの下半身に触れた。
「おいっ」
そこがしっかり反応していることに気づいたエセルバートの顔に愉悦が広がる。彼はザックの下半身を服の上から撫で回した。
「君がどんな顔をしてイくのか知りたかった。確かめさせて」
エセルバートはザックの服を下着ごとずらした。勢いよく飛び出したものを見て口角をあげ、自分自身も服を脱ぐ。
「すごいことになってる。僕もだよ」
「うっ」
エセルバートが、彼の指がザックの亀頭の先端を撫でた。
「あっ! ……待っ」
指先が、溢れた粘液を先端に塗りつけるように動く。今まで一度も人に触られたことのない場所を刺激されて、ザックの身体は本能的に強張った。
しかし、エセルバートが指の腹と、手のひらで優しくそこを撫で、二人分の性器を密着させて、優しく握ると、強い快感で他のことがどうでもよくなる。
心臓が痛いほど鼓動する。
「くっ……」
「気持ちいい……もっとこうしていたいのに、すぐ出そうだ」
エセルバートが熱い吐息を耳元で漏らし、そのままザックの首筋に吸い付いた。手の動きがだんだん激しくなり、ザックも射精感が上がってくるのを感じる。
「バート、っう、あ……っ」
「はぁ、……キス、したい。ザック、口開けて」
ザックが彼の言葉に反応する前に、エセルバートに唇を奪われる。舌をねじ込まれて咽そうになるが、舌が絡んで扱かれると、逃げ場のなくなった快感に頭を支配されて、頭が真っ白になる。
耳に入ってくる水音が激しくなり、荒い息遣いと混ざって部屋の中に響く。清潔感のある洗剤の香りとは違う、僅かな汗の香りと、甘い香りが、鼻腔をくすぐる。
「んぅ、んっ、……はっ」
「ああ、ザック、もうだめだ……っ!」
一層硬くなった場所がどくんと震える。エセルバートの手が与える昂りに身体を任せて、ザックも彼の手を汚した。
***
「ザック、おかえり! また来ちゃった」
エセルバートとの関係が大きく変わって、三ヶ月後。ザックが村での畑仕事と剣の指導を終えて小さな家に帰ってくると、田舎の村に似つかわしくない輝かしい衣装の男が座っていた。
我が物顔で椅子に腰掛け、勝手にカップを取り出してお茶を飲んでいる。
エセルバートは、転移魔法を使って頻繁にこの村に顔をだす。
ときには夜だけ、または朝食を一緒に囲むだけなど、数時間のためにわざわざ魔力を大量に消費する転移魔法を使うのだ。
あまり頻繁に来るな、事前に言えと伝えているのに、その苦言が受け入れられたことは一度もない。
「足の様子はどう?」
「順調だ」
ザックは、自分の左足の指先を地面に置いて、クルクルと足首を回してみせる。エセルバートは魔導具の開発に勤しんでいたらしいが、その研究成果の一つがこの義足。
僅かな魔力で、自分の足のように使うことができる。
「バート、お前、もうここに来るのをやめろ」
「え⁉︎」
エセルバートの顔から血の気が引いた。
「な、なんで? 僕、何かした?」
「何度も言ってるが、ここへ通うために無駄な魔力を使いすぎだ。緊急時に魔力切れを起こしたらどうするんだよ」
「そんなヘマするわけないじゃないか! もしかして、本部が何か言ってた? 凡人は僕の魔力の量をよく分かってないんだよ。任務に支障も出てないのに、ザックを使ってごちゃごちゃ言ってくるなんて……」
「誤解するな。俺が、そっちに行くって意味だ」
「え?」
エセルバートの文句を遮るように、ザックはきっぱりと宣言した。
「村長にはもう話してあるし、一応俺の後任も見つけてある」
「本当に……?」
「ああ」
「騎士団に戻ってくれるってこと?」
「それはしない。別の仕事を探す」
「なんで! もう足の怪我も関係ないのに!」
ザックは、自分の足に視線を向けた。
エセルバートは「魔法を使うことが面倒だから」と言って、魔導具を使うと言っていたが、それはきっと嘘だ。ザックのために義足を開発する研究をしていて、エセルバート自身は必要としない魔導具を研究していたようだった。
「お前が、俺のためにこれを作ってくれたのは感謝してるが……」
「ぅえ」
「一応、そこに気付くくらいの頭はあるんだよ。俺は、その、村の子どもらのために、やりたいことがある。お前が魔導具で誰でも魔法を使えるようにしたみたいに、特別な訓練がなくても、安全な場所で暮らせるようにしてやりたい。そういうことに時間を使いたい。王都の騎士団は、そういう日常からは離れるから……」
エセルバートは完全に納得した顔はしていないが、反対の言葉は口にできないようだ。
「毎日同じ家に帰ってきてやるから、それでいいだろう」
「一日中一緒にいたいんだよ。これまで離れていた分も」
不満そうなエセルバートに近づいて、彼の後頭部に手を添える。身をかがめて口付けると、彼はザックのキスを受け入れた。
「家にいる間はかまってやるから、許せよ、バート。それで、具体的な引っ越しが……」
青い瞳が不服そうに細められる。腹いせのように激しい口付けを返され、立ち上がったエセルバートに押されながら、寝室に入る。そのままベッドの上に押し倒された。
「っおい……!」
エセルバートは無言でザックの唇を貪り、ザックの息が上がってくるとそれを見越したようにシャツを捲り上げた。胸筋の上で慎ましく存在を主張している頂きに吸い付く。
「んっ」
乳首を口の中に含まれて、舌で何度も弾いたり、歯を立てたりされている間に、すぐにそこはぷっくり立ち上がった。
「あっ、グ……」
ぴりぴりと痺れるような快感に負けて、声が出そうになる。エセルバートにいじられすぎて、しっかり性感帯として機能するようになってしまった。
乳児のように吸い付いて、反対側を指でつまみながら、エセルバートが視線だけを向けてくる。見せつけるように口を開け、赤い舌を出したかと思えば脇腹から胸までねっとり舐めて、最後に乳輪を一周してから先っぽを噛んだ。
「あッ!」
意図せず高い声が出てしまい、ザックは唇を噛んだ。
「声、我慢しないでよ」
「人に聞かれんだろ……!」
「あー……」
エセルバートは指先を寝室の四隅に向かって動かした。
「音が漏れないように結界を張ったよ。これで好きなだけ大きな声を出して大丈夫。声、聞かせて?」
興奮して上擦った声が、ザックの耳に囁かれる。腰のあたりからぞわぞわと身体が震えた。上から手を押さえつけられ、体重を受け止めながら、キスの雨が降るたびにぴくりと小さく反応した。
「……不安なんだ。またいつか君が、急に僕から離れるかもしれないって想像するときがある。君はなんでも一人で決めて、一人で平気そうだし……ずっと一緒にいるって言ってよ」
エセルバートの声は震えていた。痛いくらいに手を握られる。
「一緒にいるよ」
言われたとおりの言葉を言ったのに、エセルバートはまだ不安そうな顔をしている。迷子の子どものような表情を見て、ザックは呆れた顔をする。
「バート、俺は、ずっと住んでるこの家を捨てて、中央に行くんだぞ。お前と一緒に住むためだ」
「そうだけど、君は最悪、家なんかなくても生きていけるじゃないか。住む場所なんか根拠にならないよ」
「それはお前も一緒だろうが」
「うっ……『愛してる、一生離れるつもりはない』って言ってくれればいいのに、理屈っぽいんだから!」
ザックは舌打ちして、騎士団仕込みの体術を活かしてエセルバートと場所を入れ替えた。彼の上に馬乗りになる。
呆然としているエセルバートを見下す。
「『愛してる』。これでいいのか? 違うだろ。お前が、俺を信じてないからずっと不安なんだろうが。お前は俺に尽くして不安を解消してるつもりだろうが、いつも俺が受け取るかの返事も聞かないで、勝手に押し付けて自己満足して終わりだ。そっちこそ、そんな一方的な関係で、一生そばにいる気はあんのか?」
「は? なにそれ? 僕を疑うの? 僕はその気になれば君を監禁して誰も助けに来れないようにすることもできるんだよ。君が好きだから、君の意思を尊重してるのに、それをやめてほしいの?」
「そうだよ。だからさっさと素直に抱きたいって言え。この意気地なし」
「え……?」
エセルバートは青い目を丸く見開いていた。
「大事な話をしようとすると、話題をそらすのはお前だろうが。今後のことだって、急に決めたわけじゃない。ちょっと空気が変わると耐えられなくなって、口塞いで人のことぐちゃぐちゃにして逃げやがって」
「いや、いや? それは語弊が……」
「人が寝てるときに後ろでハァハァ言いながら抜くな。ウルセェから」
「それ、今言う?」
「様子見しながら、俺が思い通りに動くのを待って、気持ちを確かめるのをやめろ。その癖が抜けねぇと、一生お前は不安なままだぞ」
エセルバートは反論するために口を開いた。
「だって、拒否されるの、怖いじゃないか! ザックは普通に断るし!」
「まぁな。それでも話し合いができるようにならないと、一生なんか共にできない。ずっと腹の探り合いをするのか? 俺もなんでも察して動けるわけじゃない。ちゃんと言いたいことは正面から言えよ」
エセルバートはザックの手を握った。震える手で、傷だらけの手に口付ける。
「ずっと一緒にいて」
「だから、そうするって言ってるだろ」
ザックは呆れたように笑って、エセルバートにキスした。
いつもエセルバートがすることを真似するように、彼の口の中に舌を入れ、歯をなぞるように動かす。
主導権を握っているという優越感が沸くが、舌が擦れると快楽で全て上塗りされて、それも霧散してしまいそうだ。
「んっ、ふ、ザック……」
エセルバートは素直に舌を出して口付けに応えた。唇を離すと名残惜しそうな顔をする。
彼のシャツのボタンを外し、首元にキスしてから、少しずつ下へ。胸元にキスを繰り返すと、エセルバートは身をよじった。
「ははっ、ぁ、無理、くすぐったいよ……!」
乳首を舐めると、彼は耐えられないという様子で笑いながら震えはじめた。ザックは無駄なことをするのは辞めて身体を起こし、自分のシャツを脱いで上半身裸になる。
「触れ」
「え?」
エセルバートの手を取って、自分の胸元に誘導する。大きな手が、ザックの胸筋を撫でて、中心にあるところを指でつまんだ。
先ほどすでに刺激を与えられていた場所は敏感で、ぴりぴりと鋭い快感をもたらす。
「んっ……」
「気持ちいいの? ザック、いやらしい顔してる」
「うるせぇよ……お前、人の身体こんなにしといて、俺が離れるつもりとか、適当なこと言うなよ。好きじゃなかったら、こんなことさせるか」
二人の下半身はちょうど密着する位置にあり、ザックの言葉でエセルバート自身がぴくりと反応した。ザックは彼の反応に満足げに笑うと、身体を下げて、エセルバートの下半身を露出させ、立ち上がった場所を撫でた。
エセルバートの雄の部分が、自分の手の中にある。ザックの性的な姿を見て、こうなっているのだ。過去にぶつけてはならないと思って押し込めていた感情に押し出されるように、ザックの身体は動いていた。
彼が何かを言う前に、口を開けてそこを咥える。
「わっ! え? あっ……待っ、んんっ、あ、やば……っ」
特徴的な味が口の中に広がる。決して美味しいものではないが、エセルバートが焦っている様子や、思いがけず甘い声が出るのは気分がよく、ザックは唾液を舌に絡みつけるようにして彼を愛撫した。
じゅぽじゅぽと水音が響き、口の中にあるものがどんどん硬度を増していく。顎が少し疲れてきたところで、エセルバートがザックの肩を押した。
息が上がって、顔を赤くしている。
「頭がおかしくなる……ザック、抱いていい? 抱きたい。愛してる。ずっと一緒にいて」
熱に浮かされたような顔をして、エセルバートはザックをもう一度仰向けにした。
「分かってるからちょっと待て」
犬をしつけるように声をかけるが、彼はその制止は聞かずにザックの下半身を剥き出しにした。そして、足を上にあげさせる。
「うわっ」
後孔に触れて、そこをゆっくりと広げる。
「あ、おい!」
「ここ、何かした……? 濡れてる」
「触るな。準備しただけだ!」
「準備?」
「どうせ、また来てるんだろうなと思って、……その、煽るからには責任取るつもりで言ってんだ、こっちは!」
「それは、……僕に抱かれる準備ってこと?」
「っ! いちいち言うな」
エセルバートの指が、さらに中を広げた。彼はその場所に顔を近づけた。人の気配と、吐息が当たる。
続いて、ぬるりとした感触。
「やめろ、なにしてんだよ!」
「舐めてる」
「やめ……あっ!」
周りをゆっくり舐めてから、舌が入口を突いた。そして、舌よりももっと長いものが侵入してきた。
「うっ」
「すご……柔らかい。中がとろとろして、すごく熱い」
短いリップ音を立てながら、エセルバートが指を動かす。出入りするたびに腸壁を擦り、だんだん馴染んで早くなる。
「あっ、あっ、やめ……動かす、な……っ」
「信じられない……ザックが、こんな……」
「あっ! 待て、変なとこ、触るなっ」
「ここ? 勃ってきたね……ここが、気持ちいいの?」
エセルバートの指がある一点に触れると、全身鳥肌が立った。気持ちいいのかもよく分からない、ただ「だめだ」とだけ分かる。
「だめっ、だ、っんぁ……はっ……!」
触られていない陰茎がどんどん硬くなる。欲を解放したくて、ザックはそこに手を伸ばしたが、エセルバートに阻まれた。
「少し待って。一緒に気持ちよくなりたいから……」
彼がザックの上に覆い被さり、首元と耳にキスした。一応さっきまで舐めていた場所への配慮なのか、唇は塞がないつもりらしい。ザックは彼の口を無理矢理自分に向けさせて、噛み付くようにキスした。
「んっ、んん……」
舌を絡めて口付けながら、熱いものが後孔に当たることに気付く。先走りでぬるぬると滑りながらザックの足の間を行き来していたが、しっかりと後ろに押し付けられた。
「入れるね」
小さな声で宣言されるのを聞いた後、突然の圧迫感でザックは背中をのけぞらせた。
「ぐっ……」
「痛い? ごめん」
「大丈夫、だ……っ」
ぐりぐりと身体を押し付けながら、少しずつつながっていく。痛みよりは異物感が強い。
エセルバートはザックの気を紛らわせるようにキスを続ける。
「ザック……ぁ……はぁ、ぅ、溶けそうだ。好きだよ。好き……愛してる」
同じ言葉を何度も繰り返し、エセルバートはザックのことを強く抱きしめた。彼の柔らかい金髪を撫で、広い背中に手を回せば、やり切ったことへの満足感がザックの胸に広がる。
「好きだ、好き、ザック、ザック……」
それしか言えないのかと呆れるくらい、彼は好き、好き、と繰り返す。ザックは呆れつつも、胸に温かさを感じていたが、エセルバートが腰を抉るように動かすと、それどころではなくなった。
「うぐっ!」
ぐりぐり奥に押し付けられていたものが、ゆっくりと引き抜かれ、また侵入してくる。じわじわと腸壁を刺激されると、それと一緒に快感が広がった。
「あぁ……!」
意図せず、先を求めるような声がザックの喉から絞り出された。
「はぁ、ザック、気持ちいい……君は? 気持ちよくなってほしい……」
エセルバートがぼんやりした顔で呟いて、ザックの性器を握った。
「待て……あっ、んあ、う……っ! 一緒に触るなって……!」
「僕に抱かれるのが気持ちいいって、身体に覚えてほしいんだ。気持ちいい?」
「やめ……あっ、あっ、ああっ!」
ゆるかった腰の動きが、少しずつ激しくなる。彼の手の動きも、ザックを昂らせようと容赦ない。
揺さぶられながら、押しつぶされるようにキスされる。身体の中を全部ぐちゃぐちゃにされるような感覚だ。
(頭、おかしくなる……!)
どこから聞こえているかも分からない水音が、ザックの耳をいっぱいにする。迫り上がってくる快楽の波に逆らえず、ザックは全身を震わせて果てた。
*
爽やかな初夏の風が吹き抜け、昼前の眩しい光が王都を照らす。“聖女”リーシャと、宮廷魔術師の結婚を祝うため、王都中の人々が石畳の道を埋め尽くしていた。
大聖堂の一室、ゲスト用に用意された休憩室で、青色の正装用の制服の袖を通したザックと、真っ白い制服を着ているエセルバートが向かい合って立っている。
「似合ってるよ」
王国騎士服の青い布を、エセルバートが嬉しそうに撫でる。
「……ニヤニヤするな」
「いいじゃないか。また君の隊服姿が見れて嬉しい」
「一緒に組むわけじゃないのに?」
「もちろん、そうなったら一番嬉しいけど……僕にとっては、騎士と言えばザックだからね」
ザックは、王国騎士団の一員に戻った。
人々の日常を守る仕事をしたいと考えて、元々民間の警備の仕事を考えていたのだが、そんな彼に騎士団の昔の仲間から連絡が入ったのだ。どこかで、ザックが王都に戻ったという噂を聞いたらしい。
魔獣の暴走が落ち着いて、これから平時の治安維持や、都市の運営が重要になる。王国騎士団が、国中で憲兵業務の水準を高めるための本部としての機能を持つことになったのだと。
地方を含めて、日常を守る仕事がこんなに都合よく降ってくるのはあまりにも違和感があり、ザックはエセルバートを問い詰めたのだが彼は関与していないと言う。疑いの眼差しを向ける彼に対し、最後は「元々組織体制を変えるってのは噂になってたんだよ。ザックが戻ってくることは、僕がみんなに話したけど」と白状した。
散々騎士団には戻らないと言いながら、発言を覆すのは気持ち悪くて仕方ない。しかし実際に成し遂げたいことと、影響範囲を考えると、意地を張って後悔するのは目に見えていて、ザックは了承することにしたのだ。
久しぶりに袖を通した青い制服は、何年も着ていたはずなのにどうも馴染まず、に合わない気がする。居心地がザックは居心地が悪そうに身体を動かした。
「俺は別に、騎士って柄じゃないだろ。礼節とかあんまり興味ないし、この青も昔から似合わなくってすげぇ違和感」
お前のほうが似合うよ、とはさすがに口に出せないが、ザックの中にはずっとその思いがある。
「俺の瞳と同じ色だよ。これから馴染むはず」
「おい」
誰かに聞かれているのではないかと焦って視線を周りにやるが、この部屋には給仕しかいない。英雄として祭り上げられている二人が落ち着いて準備できるように、リーシャが気を遣って控え室を別にしてくれたのだ。
「それでも僕は、君がいなかったら騎士になろうなんて思わなかったよ。居場所もなくて、いじめられても言い返せないくせに、心の中で村の奴らを馬鹿にしてた。そういう僕の心ごと、君が救ってくれたんだ。どんな英雄譚のヒーローより、君が一番かっこいい」
結婚式と言う非日常的な雰囲気がそうさせるのか、エセルバートは夢見がちな様子で呟いた。
エセルバートは、気軽にザックのことを褒めるし、甘い言葉もよく口にする。しかし騎士としての賞賛は、それとはまた別の種類のもので、ザックの心をくすぐった。
そんなことを正面から言われると、落ち着かなくて逃げ出したくなる。
何か理由をつけて部屋を出ようとしたら、それを見越したようにエセルバートがザックの腕を掴んだ。
「キスしたくなった」
「帰ってからにしろ」
「む……」
叱られた犬のようにシュンと肩を落とすと、彼は、魔法を用いて手元で白い花を作り上げた。そこに口付けて、ザックの唇にもつける。胸元の、まだ勲章のついていないそこに、飾った。
「この花……」
「夏になると森一面に咲いているやつ。懐かしいよね」
ザックは、自分の胸元で光る花を見つめた。
「これ、リーシャ様の誕生日にお前が街中に降らせたってやつか?」
「リーシャ様?」
エセルバートは首を傾げた。わけがわからないと言う顔をしていたが、何かに気づいたようにはっと顔を上げた。
「ああ! それ、僕じゃないよ。誕生日に花を降らせたのは今日の主役だよ。未来の旦那さんからの感動的なプレゼント。あれは、王都中の女性の憧れを独り占めしていたね」
「そうかよ」
つまり、ザックはエセルバートの魔力を勘違いしていたと言うことだ。いくら魔力が乏しいと言っても、長年一緒にいた彼の魔力を赤の他人のものと取り違えたと言うのは少なからずショックだ。
「どうしたの?」
「……あのとき、花に含まれている魔力をお前のものだと勘違いしたんだ。魔法は苦手だ」
「僕の……? あ、もしかして、花柄のワゴンの親子から受け取った?」
「そうだけど」
エセルバートは途端にもじもじと落ち着かない様子になって、はにかんだ。
「あれ届いてたのかぁ、思い返すと恥ずかしいな」
「何が」
「王都で、あの白い花が愛の告白の象徴になったんだよね。ザックはどうせ知らないだろうからって、願掛けの意味で渡してみたんだよ。そっか、届いてたのか。あれは、リーシャ様のためじゃないよ。君にしか届いてない」
青い瞳が、愛おしそうにふにゃりと緩む。
声も視線も甘ったるく、ぞわぞわする。ザックは限界に達して、彼の腕を掴んで柱の裏に引っ張った。
彼を壁に押し付け、周りに一瞬視線を投げてから、乱暴に口付ける。
視野の広さは、今回の仕事につく上で一つ評価されたところで、誰にも見られていないと自信があった。
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