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本編
3-1 触れ合い
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(今日こそ食べてくれるかな)
すっかり綺麗になったキングサイズの寝台の上で、そんなことを考えるのがアザリアの日課になりつつあった。あの美しい銀髪赤眼の吸血鬼は燃費がとても良いらしく、アザリアを食べようとする素振りを見せなかった。アザリアの最近はずっとこの調子である。今日も食べなかった、じゃあ明日だと翌日になっても土いじりに没頭し、いつの間にか夜になり、寝台で寝転がりながら今日も食べてくれなかったとその日の出来事を回想する日々。
使用人として一日中働いていた時代とは違い、掃除や土いじりをやっても余るほどの時間がある。かといって寝台の上で絨毯の糸のほつれや空中に舞う埃と睨めっこするのは性に合わず、古城の中を探索することで時間を潰す。これが予想以上に楽しくて、時間を忘れて没頭した。行ったことのないエリアを踏破するたびに、埃が気になって掃除を繰り返す。このままいけば、近い将来に古城すべてを一人で掃除できそうである。
城の中を忙しなく動き回っている間、お兄様が傍にいることが多かった。特に何かを喋るわけでもなく、アザリアの様子をじっと見ていることが多い。お兄様はどうやら、未だに人が掃除をする理由が分からないらしい。人間は不衛生だと簡単に死ぬんですよと答えてあげると、お兄様はかたちのよい唇を綺麗な弧を描かせて微笑うのだ。どうやら吸血鬼は、食事の時以外は捕食対象を観察するくらいヒマらしい……と、アザリアはまた新しいお兄様の情報を手に入れたのである。
お兄様が新しい知識を得て「そうか」と目を細める度に、不思議な心地になる。
あんな背が高く大人に見える男性でも、まるで師匠の教えをねだる師弟のような顔をするのだ。彼はとても長生きのはずなのにまるで自分の方が年上になったような……まるで柔らかい雲の上に立っているかのような、ふわふわとした感覚だった。
(獲物の分際で、あの人とお話できるのが嬉しいのかな……私……)
──ある日。
アザリアは掃除をする手を休め、古城の中でもかなり大きな部類に入る扉の前に立っていた。
蔵書室だ。前々から部屋の存在には気付いていたが、鍵がかかっていて中に入る事が出来なかった。冒険がてらに古城を探索している最中、鍵束を発見したのである。
(私の予想通りなら……)
一つ一つ鍵を挿しこんで試していると、その内の一つが的中した。
小気味の良い音を響かせて扉を押し開く。白い布で口を覆って埃を警戒しながら中へ入ると──驚いた。全くもって埃臭くなかったのである。
今まで入った部屋はすべて埃塗れだったのに、この部屋は全く匂いがしない。とても綺麗な部屋だった。まるで誰かが日常的に部屋の掃除をしているかのようだ。不思議に思いながらも、奥へと進む。本の魅力には逆らえなかった。
(どれもこれも昔の貴重な本ばかり……)
あの家にいた頃は、本を読む時間がなかった。
数年ぶりに本の表紙に触ることができて、嬉しさがこみあげる。
一冊、また一冊……と、ページをめくる手が止まらない。
次は向こうに行ってみようと、別の本棚に移動する。適当に取った本を開いてみると、意外な事に恋愛小説だった。
アザリアは、あまり恋愛小説を読んだことがない。
まず家に恋愛小説というものがなかった。アザリア自身も特別に興味を持っておらず、恋愛小説を好んでいそうなかつての友人達は、遠く離れた場所に暮らしていて、本の貸し借りもできなかった。
それよりも、花の図鑑や魔法の理論書を読むほうが性に合っている。
なんとなく、ぺらぺらとページをめくって読んでみる。
本の内容はこうだ。
神殿に住む聖職者の少女と、珍しい目の色で迫害を受けてきた王子が、禁忌の森で運命的な出会いを果たす。徐々に惹かれ合い、燃えるような恋に落ちるのだ。
「『命ある限りずっと一緒だ。愛している』……」
たまに王子の台詞を読み上げながら、アザリアは夢中になって読み進めていく。
その物語のなかで、二人が身分の差を乗りこえ、晴れて結ばれた。
結婚式を終えたあと、初夜のシーンもあった。
初めて見る刺激的なシーンの数々に、アザリアは本を閉じて読むのをやめようかと思った。
だが結局気になってしまい、最後まで目を通した。
もちろん、男女の間でこのような行為があることは知っている。
ただ、この恋愛小説は女性側の心理描写を丁寧に掘り下げていて、王子の熱烈な愛の囁きも、胸にくるものがあった。自分がされたわけでもないのに、体が火照っているような気がしている。
とりわけ、二人が睦み合う様子はとても淫靡で、幸せそうに見えた。
「ずいぶんと熱心に読み込んでいるなと思ったが、それは何の本だ?」
急に真後ろから声が聞こえて、アザリアは身体を伸びあがらせた。
すっかり綺麗になったキングサイズの寝台の上で、そんなことを考えるのがアザリアの日課になりつつあった。あの美しい銀髪赤眼の吸血鬼は燃費がとても良いらしく、アザリアを食べようとする素振りを見せなかった。アザリアの最近はずっとこの調子である。今日も食べなかった、じゃあ明日だと翌日になっても土いじりに没頭し、いつの間にか夜になり、寝台で寝転がりながら今日も食べてくれなかったとその日の出来事を回想する日々。
使用人として一日中働いていた時代とは違い、掃除や土いじりをやっても余るほどの時間がある。かといって寝台の上で絨毯の糸のほつれや空中に舞う埃と睨めっこするのは性に合わず、古城の中を探索することで時間を潰す。これが予想以上に楽しくて、時間を忘れて没頭した。行ったことのないエリアを踏破するたびに、埃が気になって掃除を繰り返す。このままいけば、近い将来に古城すべてを一人で掃除できそうである。
城の中を忙しなく動き回っている間、お兄様が傍にいることが多かった。特に何かを喋るわけでもなく、アザリアの様子をじっと見ていることが多い。お兄様はどうやら、未だに人が掃除をする理由が分からないらしい。人間は不衛生だと簡単に死ぬんですよと答えてあげると、お兄様はかたちのよい唇を綺麗な弧を描かせて微笑うのだ。どうやら吸血鬼は、食事の時以外は捕食対象を観察するくらいヒマらしい……と、アザリアはまた新しいお兄様の情報を手に入れたのである。
お兄様が新しい知識を得て「そうか」と目を細める度に、不思議な心地になる。
あんな背が高く大人に見える男性でも、まるで師匠の教えをねだる師弟のような顔をするのだ。彼はとても長生きのはずなのにまるで自分の方が年上になったような……まるで柔らかい雲の上に立っているかのような、ふわふわとした感覚だった。
(獲物の分際で、あの人とお話できるのが嬉しいのかな……私……)
──ある日。
アザリアは掃除をする手を休め、古城の中でもかなり大きな部類に入る扉の前に立っていた。
蔵書室だ。前々から部屋の存在には気付いていたが、鍵がかかっていて中に入る事が出来なかった。冒険がてらに古城を探索している最中、鍵束を発見したのである。
(私の予想通りなら……)
一つ一つ鍵を挿しこんで試していると、その内の一つが的中した。
小気味の良い音を響かせて扉を押し開く。白い布で口を覆って埃を警戒しながら中へ入ると──驚いた。全くもって埃臭くなかったのである。
今まで入った部屋はすべて埃塗れだったのに、この部屋は全く匂いがしない。とても綺麗な部屋だった。まるで誰かが日常的に部屋の掃除をしているかのようだ。不思議に思いながらも、奥へと進む。本の魅力には逆らえなかった。
(どれもこれも昔の貴重な本ばかり……)
あの家にいた頃は、本を読む時間がなかった。
数年ぶりに本の表紙に触ることができて、嬉しさがこみあげる。
一冊、また一冊……と、ページをめくる手が止まらない。
次は向こうに行ってみようと、別の本棚に移動する。適当に取った本を開いてみると、意外な事に恋愛小説だった。
アザリアは、あまり恋愛小説を読んだことがない。
まず家に恋愛小説というものがなかった。アザリア自身も特別に興味を持っておらず、恋愛小説を好んでいそうなかつての友人達は、遠く離れた場所に暮らしていて、本の貸し借りもできなかった。
それよりも、花の図鑑や魔法の理論書を読むほうが性に合っている。
なんとなく、ぺらぺらとページをめくって読んでみる。
本の内容はこうだ。
神殿に住む聖職者の少女と、珍しい目の色で迫害を受けてきた王子が、禁忌の森で運命的な出会いを果たす。徐々に惹かれ合い、燃えるような恋に落ちるのだ。
「『命ある限りずっと一緒だ。愛している』……」
たまに王子の台詞を読み上げながら、アザリアは夢中になって読み進めていく。
その物語のなかで、二人が身分の差を乗りこえ、晴れて結ばれた。
結婚式を終えたあと、初夜のシーンもあった。
初めて見る刺激的なシーンの数々に、アザリアは本を閉じて読むのをやめようかと思った。
だが結局気になってしまい、最後まで目を通した。
もちろん、男女の間でこのような行為があることは知っている。
ただ、この恋愛小説は女性側の心理描写を丁寧に掘り下げていて、王子の熱烈な愛の囁きも、胸にくるものがあった。自分がされたわけでもないのに、体が火照っているような気がしている。
とりわけ、二人が睦み合う様子はとても淫靡で、幸せそうに見えた。
「ずいぶんと熱心に読み込んでいるなと思ったが、それは何の本だ?」
急に真後ろから声が聞こえて、アザリアは身体を伸びあがらせた。
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