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エピローグ
エピローグ
しおりを挟むその日、珍しく森の霧が晴れていた。
古城が視認できるようになっている。街の住民たちは、はるか遠くにある古城を見てコソコソと耳打ちするものの、古城に近付こうとする者は誰一人としていなかった。
ある一人を除いては。
「僕行ってくる!!」
アザリアが好きな種類の花を腕一杯に抱えて、ニコラスが歩き出す。
彼の家族は、必死になってニコラスを止めようとしていた。
もともとあの古城は、市民に圧制を敷いていた貴族が所有する建物だったという。内乱を起こされ、城の主が消えたあとは、恐ろしい吸血鬼が住んでいるともっぱらの噂なのだ。
「ほら、このまえお触れが出ていただろう! 人殺しの吸血鬼が出たから、古城には近づかないようにって!」
「何人も人が死んだそうだぞ……!」
「そうだよ、そんなおっかないところに行っちゃ、殺されちまうよ……!」
「それは……違うよ! お兄さんは、アザリアさんのために情報を集めていたんだ!」
何を言っても、殺されてしまうと家族が反対の声をあげる。
いい加減うんざりしてきたニコラスは、家族をなだめたあと、隙を見て家の外へ飛び出した。
(ごめんね、アザリアさん……。僕、間違ってた。アザリアさんの気持ちを考えずに、僕は……)
ニコラスは、アザリアの容態を聞いて以来、何度もお見舞いをしに行こうと考えていたが、霧に阻まれて古城に近付くこともできなかった。しかし霧が晴れている今なら、きっと辿り着ける。
「はっ、……はっ、……ぁあ、筋肉つけとけばよかったなぁ……っ!」
勢いよく走り始めたのはいいものの、途中で息をきらしてしまった。
「僕のバカ……っ!」
「ああ、そうだな。こんなところまでのこのこやってきて、おまえは確かにバカだ」
「わっ!?」
急に聞こえた声に驚いて、ニコラスは尻もちをついてしまう。
彼はニコラスを助け起こす気配すらなく、ただじっと見ていた。
「お兄さん……!?」
「……おまえにお兄さんと呼ばれるのは虫唾が走るな」
彼は不愉快そうに言うと、立ち上がったニコラスを見つめて再び唸った。
「アザリアに用か?」
「は、はい!」
「いまアザリアを誰かに会わせる訳にはいかない」
「え、もしかしてアザリアさん、もうそんなに……」
「妙な想像をするな」
顔を真っ青にしたニコラスに、彼は睥睨することで黙らせる。彼は腕を組みながら、憮然とした態度を取っていた。
「体調がすぐれないから人に会わせたくないだけだ。用があるなら私が言付かろう」
「あぁ、そうなんですね……。じゃあこの花を、アザリアさんに渡しておいてもらっていいですか。ちょっとでも元気になればいいと思って、僕が選んだ花なんです」
「いいだろう」
色とりどりの花が咲き誇る中庭の中心に、薄い水色の洋服をひらめかせた少女の姿がある。彼女はそこにあったアマリリスの花びらを一つ摘まむと、あむりと食べてしまった。
「お兄様、もしかしてニコラスさんを追い返してしまったんですか」
後ろを振り向くことなくそう言うアザリア。
彼女を驚かせようと忍び足をしていたお兄様は、少しばかり不満そうに鼻を鳴らした。
「白い花は悪趣味だって言ったら、顔を真っ青にして帰って行ったぞ」
「もうどうしてそういうこと言うんですか」
お兄様から花束を受け取り、アザリアは頬を軽く膨らませる。確かに白い花は嫌いだけれど、事情を知らない人にまでそんな事を言うのは意地悪なのではないか。
アザリアはそう思うのだが、お兄様は意に返した様子がない。
「まだニコラスさんに、私の命の心配はもうないって伝えてないですし」
「おまえの体は完治したわけではない。《花喰らい》は残ったままだし、外に出ることもツラいだろう」
「さすがに最近は加減が分かってきてます。これくらいなら平気ですよ」
今のアザリアは、お兄様の魔法によって花と共存する体になっている。未だに体から花の芽が出ているし、服を着られなくなるので、痛い思いをしながら鋏でちょきちょきと切っているのだ。昔のように魔法が使えなくなり、魔力だってお兄様からもらわないとすぐに枯渇して倒れてしまう。
「ニコラスさんにあとで伝えないと」と、そう言うアザリアに、お兄様はほんのり顔を陰らせた。後ろからそっとアザリアに覆いかぶさり、うなじに唇を寄せる。
「……お兄様、これだと花の剪定が出来ないです」
「花よりも私を優先してくれ」
腰から這い上がるように手を動かされ、アザリアは頬を染める。
「分かりました、から……」
アザリアは彼の頬を撫でると、唇をそっと触れ合わせた。
*
アザリアは腕をあげて、ぐぅと体全体を伸ばした。すかさずお兄様はアザリアの細い体を抱き上げ、肩口に唇を這わせた。もう薄くなった花弁の痣に強く吸いつき、所有権を上書きするように痕をつけている。
「ねえお兄様……お兄様は、名前を持っているんですか……? ほらずっと、お兄様って呼んでましたから……」
「名前などない。アレは、人間が人間の親から与えられるものだ」
当たり前の事なのだけれど、アザリアは少し寂しく感じる。ずっと前から思っていた事なのだけれど、聞くタイミングがなくて、聞けなかった。
「じゃあ私が、名前を作ってもいいですか……?」
「アザリアが名前をくれるのか? おまえは母親ではなく、私のモノだろう」
「なんだっていいじゃないですか……」
「……まぁ構わないが」
ずっと肌に触れてくるお兄様の温もりに触れながら、アザリアはふふっと笑った。
「地下室に閉じ込められていた時からずっと考えていたんです……」
「そんな事を考えていたのか?」
「だって暇でしたから。土いじりも掃除も料理も、なにもできないんですよ」
「…………」
ホントですよ、とお兄様の銀糸の髪を撫でる。男性の髪って、いつ触ってもチクチクと硬いから驚いてしまう。アザリアは細くて直毛なので、たまにこの感触が恋しくなるのだ。
「ユノ、というのはどうですか? 古い言葉で、月という意味があります。お兄様と初めて出会った時も月が輝いてましたし、その髪も……まるで月の光みたい……」
「アザリアがくれるのならなんでもいい」
「せっかく考えたのに……」
思ったより薄いリアクションをされてしまい、アザリアはしょぼんとしてしまう。
「……まあ、これであの男に『お兄さん』と呼ばれることはなくなるか」
「え? 何か言いましたか?」
「何でもない」
お兄様は、そっぽ向いてしまう。
アザリアは、そんな事を言うお兄様の温もりを求めて、厚い胸板に頭をぐりぐりと押し付けるのだった。
<完>
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応援してます
ありがとうございます〜(*´ω`*)
うわーーーーーーっ続き待ってましたありがとうございます!!!
早い…!
感想ありがとうございます……!!
血反吐を出しながらなんとか続きを出していきます……!!