【R18】兄に囚われる一夏 ~溽暑~

べらる

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本編

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 食事会を抜け出してどれほどの時間が経ったのか定かでありません。
 本日は祝いの席です。
 兄が檜ノ山の頭になっためでたい日ですから、女がひとり姿を消したところで、誰も気づかないでしょう。
 幸い、婚約を白紙に戻した件について、もう敏郎君は怒っていないようでした。彼はわたくしの身体を嬲りながら「可愛い」と言い、結婚しようと囁いてくるのです。
 どうして婚約を白紙にしたのか、自分でも分からなくなってきました。敏郎君はだめなわたくしを受け入れ、許し、あまつさえ可愛いと言ってくれるのです。前田一族と檜ノ山一族の婚姻は珍しい話ではありません。昔からお互い支え合ってきた仲ですから、このまま輿入れしてもいいような気がしました。そうすればきっと、母も喜んでくださいます。
 あぁ、でも、一人喜ばない人がおりました。
 わたくしの兄、之真です。
 妹を虐めることで日頃の鬱憤を晴らしておりますから、わたくしが嫁にいけば、虐める対象がいなくなって不貞腐れるかもしれません。あの澄まし顔が子どものように拗ねる未来を想像したら、おかしくて笑ってしまいます。
 もしかしたら兄に一泡吹かせられるかもしれません。そう思うと元気と勇気が出てきます。
 生まれた時から負けてばかりでしたから、一度でもいいから兄に勝ちたいのです。
 ずっと忘れておりましたが、こうみえてもわたくしは、負けず嫌いなのでした。兄にいじめられたら、やり返すような女の子だったのです。よく笑いよく泣く女の子だったのです。全然、これっぽっちも、淑やかで大人しい女ではなかったのです。
「に……い、さん……」
 兄さんと呼ぶな、と言われて以降、わたくしは極力その言葉を使わないようにしておりました。
「ゆき、まさ……兄さん……」
 喉を震わせて、声を出します。
 そしたら、妹を虐めるのが大好きな兄が、薄笑いを浮かべながら足音を消してやってくるのです。
「──千夏」
 そう、ちょうどこんな声で。
「──千夏」
 もう一度、わたくしの名を呼ぶ声がいたしましたので、なんと都合の良い幻聴かと思いました。
 めでたい祝いの席で、多数の親戚に囲まれ身動きが取れないはずですから。
「おまえはやっぱり魔性の女だよ。ちょっとばかり目を離しただけで、こんな風になるんだからね」
 よく知っている手が、絞め痕が残っているであろうわたくしの首を、うっとりと無であげます。
「あぁ……、こんなものまでつけられて……」
 兄はゆったりとした口調で言うと、喉の奥でくつくつと笑うのです。妹が散々な目に遭っているというのに、なんて酷いのでしょうか。
「兄、さん……」
「本当に悪い子だ。そんな風だから、前田の男に目をつけられる」
「………」
「だからこそ……おまえは僕が飼うべきなんだよ」
 唇をつい…っと親指で撫でられました。わたくしにずいっと近付いて、大きく口を開けます。あぁ、このままでは食べられてしまうと心が震えたのですが、わたくしの浅はかな期待とは裏腹に、兄は口を閉じてくすくすと笑うのです。
 また、弄ばれてしまいました。
 しかしこれで良いのです。
 そういう反応をされてなお、。 
「目をつむりな、千夏」
 両手でわたくしの耳を塞ぎ、兄は囁きます。
 耳を塞いで目を瞑ると、兄の存在しか感じなくなりますので、わたくしの心は深く──とてつもなく深く、満たされるのでした。
「兄ちゃんが守ってやる」


 **


 夏はいいものです。
 わたくしは四季のなかで、一番夏が好きなのです。まず、誕生日があります。兄は七月七日、わたくしは八月八日生まれなので、二ヶ月連続で美味しいケーキが食べられるのです。
 そしてなにより、わたくしはお祭りが大好きなのです。金魚の浴衣を着て、夜なのに出店の光でほんわりと明るい道を歩くと、普段とは違う景色にわくわくいたします。水風船をぽんぽんと跳ねさせながら、小さな子どもたちがわいわいと歩いているのを見るのも、お祭りの醍醐味だと思うのです。
 歩き疲れたと思ったら、脇道に逸れてベンチに腰をかけるのも良いでしょう。太鼓と出囃子の音色を聞きながら、出店で買った焼きそばを食べるのです。回復したら、また祭りを楽しむ人混みにまぎれます。射的や金魚すくいを楽しんでいますと、浴衣の袖をつかまれました。
「千夏」
 名前を呼ばれて、振り返ります。
 鼠色の浴衣を着た兄は、指でちょいっと向こうを指します。たくさんの林檎飴が売られておりましたので、兄に買ってもらって、それを舐めながら帰路につきました。
 外側の砂糖の部分だけでも大きいのです。下から上へとちろちろと舐めて、ようやく林檎の部分に到達いたしますと、そこを兄に奪われてしまいました。
 むっとなって兄を見上げますと、「おまえの食べるのスピートが遅すぎるんだよ」と、兄はわたくしをからかいます。子どもの頃、兄と一緒に林檎飴を買ったときも、同じようなことを言われたのです。
 そういえばあのときも、兄は林檎飴を一つだけ購入し、途中でわたくしから林檎飴を奪ってみせたのでした。
「これは二人で食べるものだろう?」
 そう言って、林檎飴がさしだされます。甘い匂いにあてられて、わたくしはゆっくりそれに吸い付きました。舌を伸ばして、下から上へとなぞります。たまに果肉に歯を立てるのですが、非力なゆえに、かじりとることは出来ません。仕方なく飴の部分をちゅうちゅうと吸っていますと、兄に笑われてしまいました。
「おまえはほんと何にもできないな」
 兄は林檎の果肉をひとかじりすると、わたくしの腕を思い切り引っ張りました。唇を押しつけられたわたくしは、素直に口を開いて林檎を受け入れるのです。甘味と酸味が広がって、うっとりいたしました。
「でかくなっても食べ方は変わらない……」
「ん、…………っ」
「ああ、おまえは本当に可愛い女だよ」
 ちゅ……ちゅ……、と。
 口内から林檎飴がなくなっても、わたくしはまだ兄に囚われたままでした。舌を絡め合い、こすぎあって、最後はより深く口付けられるのです。
 たまらなくなって、わたくしは兄の胸にすり寄りました。
「帰ろう、僕たちの家に」
 

 檜ノ山家には、昔から様々な風習やしきたりがございます。
 そのなかでも一つ、初代檜ノ山家当主が妻を娶る際にかかげたものがあります。時代が進んでも、檜ノ山家では伝統としてひっそりと守られているものでした。
 ──当主にかぎり、兄妹姉弟間の近親結婚を暗黙に認める。一族はこれを守ることを絶対の掟とし、決して他所に漏らしてはならない。違反したものは、一家もろとも死罪に処す。


 





「おかえりなさいませ、旦那様。奥様」
 
 











<完>
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