ヒメゴト―秘め事もしくは、姫事?―

遠堂瑠璃

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15.構わねえよ

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 マーズ王の生誕祭に湧く、首都ファインの街。
 ひしめき合う人の波を、俺とラオンはくねるようにすり抜けていく。

 絶え間なく行き交う人々。俺はラオンが人にぶつからないように背中で守りながら、ゆっくりと進んだ。
 しっかりと繋いだ手と手。背中から、ラオンの存在を受け止める。
 今、ここに居るラオンを。俺の傍で、呼吸するラオンを。

 ラオンを意識して感じる度に、体の中心が熱くなる。頭がふわふわしてた。
 ラオンと過ごす一秒一秒が、俺の全てになっていく。

 街はこんなに人で溢れかえってるのに、まるで二人っきりみたいな気分だった。

 変だよな……。
 けど、繋いだラオンの手の感触だけが、俺の全部の感覚を占領してる。俺の汗ばんだ手のひらから、ラオンの感覚が俺の全身を埋め尽くしてく。
 触れた手と手から、互いの体温を交わし合う。傍に居る事を噛み締めながら。

 俺のこの背中で、お前をずっと守っていけたらいいのにな。そんな事を思いながら、ラオンの小さな手をぎゅっと包み込む。


 ……ダメだ、顔、にやけちまう。


 ラオンと二人で屋台のチキンサンドを買って、少し早い昼飯を街路樹の木陰に座って食べた。互いの毎日の事とか、何でもない話しながら。
 ラオンは俺の仕事の話を、すげえ興味津々で聞いていた。チキンサンドを食べるのも忘れて、真剣に聞き入ってるラオンがやたら可愛くて、にやけそうになるのを堪えるのに参った。

 飲み物は自販機で買った。俺が炭酸ジュースで、ラオンは紅茶。取り出し口に落ちた缶の片方を、ラオンに手渡す。


「ありがとう」

 零れ陽に照らされたラオンの笑顔を、俺はくっきりとこの眼に焼き付ける。


 やばいくらいに俺、今幸せだ……。
 終わりなんて来なければ、本当はもっと幸せなのにな。

 終わりが来る事を知ってるから、一瞬一瞬のラオンを絶対に見逃したくないと思う。
 俺は視線で、ラオンの事を追いかける。

 今だけは、絶対に離さねえんだ。
 不意に眼が合ったって、もう動じない。

 俺の気持ちがお前にバレたって、もう構わない。構うもんか。 


 軽く腹ごしらえした俺とラオンは、また賑わうファインの街を散策した。
 物珍しそうにあっちこっちに眼を奪われてるラオンを視線で追いかけながら、俺はもう一度さりげなく手を握る機会を伺っていた。
 また少し人でごった返した場所に出て、俺はチャンス到来、ここぞとばかりにラオンの小さな手に自分の手を伸ばす。


「ソモル」


 瞬間、ラオンがいつになく険しい感じで俺の事を呼んだ。俺は思わずぎくりとして、伸ばしかけた手を引っ込めた。
 俺の魂胆こんたん、もしかしてバレバレだったか……?


「ソモル、あれ」

 ラオンは少しひそめた声でもう一度俺を呼んで、人ごみの向こうを指差した。俺はラオンの指の方向を、眼で辿っていく。
 往来する人の波。その中に混じった、見るからに場違いな感じの集団。
 やたらガタイのいい、黒服のおっさんたちの一行。そのおっさんたちの中に、痩せた小っさい白髪頭のじいさんが一人。うっかりカラスの群の中に、ニワトリが一羽混じっちまったくらいに浮いていた。


 ……ん? なんかこのじいさん、見覚えがあるような……。

 なんか、とっても思い出したくない顔。俺の頭が、その記憶をほじくり出す事を拒絶してる。


「ジイやたちだ」


 あれこれ考えてる俺の横で、ラオンがぼそりと洩らした。
 云われて、俺は完全に思い出した。

 そうだ、あのじいさんはっ……!

 ジュピターの姫ラオン直属の、ジイや。

 前にラオンと過ごした3日間、俺はあのじいさんにトラウマになりかねない程散々追い回され、酷い目に合わされた。後で知った事だけど、街の人の目撃情報から俺を姫君さらいの指名手配に仕立てあげたのは、何を隠そうあのじいさんだ。そりゃあ、思い出したくもなくなるわ……。

 やべえな……、あのじいさんとこんなとこで出くわすなんて。

 あの黒服のおっさんたちは、多分ジュピターお抱えのSP。間違いなく、ラオンを探してる。
 まあ、そりゃそうだ。置き手紙ひとつ残して一人で城を脱け出した姫様を放って置いてくれる程、ジュピターのおエライさんがお人好しなわけねえし。それで万事OKだと思ってんのは、ラオン本人くらいだ。
 ジイや一行は、人ごみの中をあっちこっちと視線を彷徨さまよわせている。


 どうする……。


 俺は、ぐっと唇を噛み締めた。
 ここで見つかっちまったら、ラオンはきっと……いや、間違いなくこのまま連れ戻される。

 そんなの……、そんなの、ぜってぇ嫌だっ!
 渡さねえって、今日だけは、絶対誰にも渡さねえって決めたんだ!


「ラオン、来いっ」

 俺はラオンの腕を、少し強引に引いた。
 人の流れに逆らって、俺とラオンは逆方向へ進み出す。

 ラオンのワインレッドの髪は目立つ。なるべく辺りに紛れるように、俺はラオンを庇いながら人を掻き分けていく。できるだけ、連中から離れるんだ。ラオンを奪われちまわないように。

 強い独占欲みたいなものに支配されて、俺はいつの間にか、自分でも無意識のうちにラオンの体を引き寄せていた。肩を抱くようにして、賑わう街を人にぶつからないように進んでいく。

 ラオンの華奢な肩を、必死に包み込む。
 信じられないくらい、くっついていた。体温が、凄く近い。

 俺の息遣いとか、汗ばんでんのとか、きっと全部ラオンに伝わってる。
 ドキドキしてる心臓の音も、もしかしてバレてんのかな……。

 でも、いいや。そんなのもう、気にしねえ。
 だって、今はもっとこうして、くっついていたいから。
 離れたくねえんだ。

 全部バレたって、構うもんか。
 ドキドキしてんのも、ちょっと下心があるのも、今すげえ嬉しい事も。

 お前の事、すげえ好きだって事も。

 全部、全部気づかれたって構わねえよ。だって、ホントの事だから。
 言葉にする勇気もねえくせに。全部気づいて欲しいなんて、むしが良過ぎだよな、俺ってば……。



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