永遠の先にあるもの 〜聖剣と闇の炎を手に入れたら、僕を微塵も残さず消してくれ

熊野ふみ

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第二章 聖剣

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「起きてください、トシ様」

 その声にうっすらと瞼を開けたトシは、辺りが暗くなっているのに驚き、飛び起きた。目の前では、衛兵が心配そうな顔をしていた。

「大丈夫ですか?ユアン様がお戻りになられて、トシ様を探しておられます」

「ああ、そうだった。父上は今どこに?」

「執務室です。シュウ様もご一緒に戻られたので、城中大騒ぎになっています」

「シュウが?」

 トシは急いで執務室へと向かおうとしたが、立ち止まって衛兵の方に振り返った。

「俺は、ずっとこの部屋で眠っていたか?」

「申し訳ありません、それはわかりません。ユアン様がトシ様を探すようにとおっしゃられたので、皆で探しておりましたところ、ここで眠っておられるのを見つけた次第です。ずっとこの部屋にいらっしゃったかはわかりません」

「そうか、申し訳なかったな。ありがとう」

 執務室は、城の三階にある大広間の横に位置している。トシは階段を駆け上がりながら、さっき見た夢のことが頭から離れなかった。

 夢だったのだろうか。夢ではなかったとしたら?いや、ここはヨオ都。この短時間でトルク村まで往復したとは考えられない。やはり夢だったのだろう。ならばあの夢の意味は?夢に意味などないのかもしれないが、自分の潜在意識があの夢を見させたとするならば、その潜在意識は何を俺に訴えかけているのだろう。

 執務室の扉の前に来た時、トシはもう一つ重要なことを思い出して、取っ手に手をかけるのをためらった。(そうだ、すっかり後回しにしていた件があったのだった…まずいな、みんな揃ってしまった…)

 すると、扉が内側から開いてハクトが出てきた。

「なぜ入らん?」

「いや、入ろうとしていたところさ」

 トシは扉の隙間から執務室の中にいるシュウを見た。ぼんやりと見えるだけだったが、それで充分だった。目が悪くなり始めたころから、トシは人の気持ちが、漠然としたものではあるのだが、その周りの空気で読み取れるようになっていた。目の代わりに他の感覚が研ぎ澄まされてきているのだろうとリンビルには言われた。

 今のシュウの周りにあるのは、負の感情だった。トシは、嫌な予感しかしなかった。

「申し訳ありません、父上。遅くなりました」

「ずっと探していたんだぞ。どこへ行っていた?」

「それが……」

 ユアンはトシに近づくと、周りに聞こえないように小声で言った。

「カインが死んだのだ」

「は?」

「カインがクスラ国の毒矢にやられて、命を落としたのだ」

「まさか、そんな」

 トシがシュウに目を向けると、シュウは黙って頷いた。

「一体どこで?」

「トルク村で倒れているのをシュウが見つけたのだ」

「待ってください。モサビの毒は、撃たれてから一時間ほどで全身に毒がまわり命を落とします。トルク村で倒れていたということは、フオグ国内で矢を撃たれたことになります。まだ国内に、矢を放った人物が潜伏しているかもしれません」

「わかっている。すでに、兵を四方に派遣して、怪しい者がいないか探している。カインは、影の住人がクスラ国王ナバルに取りついたと言い残した。何か心当たりはあるか?半年前、お前がクスラ国に潜っている間に、何か聞いていなかったか?」

 トシは何も答えることができずにいた。シュウが驚いた表情でトシを見ていたが、その視線に合わせる顔がなく、トシはただ俯いた。

「どうした、何か心当たりがあるのか?」

「いえ……」

 シュウがトシに近づき、「トシ」と呼びかけたが、トシは顔を上げようとはしなかった。

「また嘘をついたね」

「どうした、シュウ」

と、ユアンが言った。
 
「僕には行商だと嘘をついて、君は密偵をしていたのか?」

 トシは何も答えられなかった。

「それが君の目にどれだけ負担になるのか、わかっているだろう?君が行商に行くというのも僕は反対だったんだ。でも君が諸国を周って見たことのない世界を見たいと、見えているうちに色々見ておきたいと言ったから僕は……でも、密偵となると話が違う。心を平穏に保つことが、一番君の目の病の悪化を防ぐとリンビル先生に言われただろう?密偵をしていて、心が平穏に保たれるとは思えないよ」

「目の病とは何の話だ」

と、ユアンが言ったので、トシはますますうな垂れた。ハクトが「呆れた」とため息をついた。

「どうやら、こちらにも嘘をついていたということだな、トシ」

「トシの目は、痛みと共に視力が失われていく病におかされているのです。リンビル先生でも治す方法がわからない。トシの目は、いずれ見えなくなってしまうのです」

「なんと……」

とユアンは絶句し、ハクトは険しい表情で首を横に振った。

「そんな大事なことを、なぜ言わなかったんだ」

とハクトが言うと、トシは片膝をついて跪いた。

「申し訳ありませんでした。私はお役に立ちたかったのです、父上やこの国のために。視力を失ってしまう前にどうしても……父上に御恩をお返ししたかったのです。私はまだ何も……何も成し得ていない……」

 ユアンは、トシの肩を持って立ち上がらせると俯くトシの顔を覗き込みながら言った。

「恩返しなど必要ない。お前はいつもそうだ。遠慮するなと言ったはずだぞ。お前は俺の息子だ。お前は頭脳明晰で武術の腕も良い。国のためになりたいと密偵を志願してくれた時は、本当に誇らしかった。しかし、そんな病があるなら話は別だ。これからは家族のそばにいるんだ。わかったな」

「はい」と、トシは頷いた。

「カイン殿やトシを潜らせて、クスラ国の何を探っておられたのですか、父上」

 シュウが尋ねると、ユアンは執務机の鍵のかかった引き出しを開け、中から一通の手紙を取り出してシュウに差し出した。

 それは、先のクスラ国王ウルスムの側近、ケイゼルからの手紙だった。

「私が読んでもよろしいのですか?」

「ああ。四年前に届いたのだ」

 ユアンの元に、先のクスラ国王ウルスムの側近、ケイゼルからの密書がとどいたのは、四年前のことだった。

 ウルスム王が毒殺され、しかも首謀者は息子のナバルだという衝撃的な内容から始まる密書には、ナバルの残忍な性格、領土を広げることへの野心、そして聖剣の使い手であり、全世界から慕われる英雄ユアンへの強烈な嫉妬心について、事細かに記されていた。

 ……このままでは、世界がクスラ国の脅威に晒される日が必ず来るであろう。そうなる前に君にナバルを止めてほしいのだ。ナバルを止めることができるのは、君しかいない。恥ずかしながら、私は逃げてしまった。ナバルの執着心の強さを考えると、どんなに逃げようと私を殺すまで追いかけてくるだろう。しかし私は諦めない。必ず君にまた会うことを約束する……

 ケイゼルはユアンの大切な友人だった。ユアンが聖剣の使い手となる数年前、旅をしながら剣術の腕を磨いていた頃に二人は出会った。ケイゼルは学問で身を立てようとしており、そのために諸国を周り見識を深めているところだった。

「結局、ケイゼルの居場所は今だにわからない。生きているのか死んでいるのかさえわからない。クスラ国で何が起こり、何が起ころうとしているのか、それを探るために密偵を買って出てくれたのがカインとトシだ」
 
 カインとトシはクスラ国の隣国タラムの商人として、それぞれ別々にクスラ国に入った。カインは陶磁器をトシは布地を扱い、商売をしながらクスラ国の情勢を探った。

「私がクスラ国を出たのは半年前です。ナバルの恐怖政治で町中に監視の目はありましたが、特に目立った動きはありませんでした。クスラ国からここまでは、馬で五ヶ月ほどかかりますから、私がいなくなったひと月ほどの間にクスラ国で何かが起こったということになります」

「カイン殿はなぜ軍服を着ていたのでしょうか。商人としてクスラ国に潜伏していたはずですよね?」

「軍服?」と、トシは怪訝な表情で言った。「軍服を着ていたのですか?」

「そうだ」と、ユアンは頷いた。「クスラ国の軍服を着ていた」

「ではカインは、クスラ国の軍服を着たまま約半年をかけてこの国に戻ってきたということですか?」

と、トシは首を傾げた。

「変ですね。逃げるのなら、もっと目立たない格好を選ぶはずです。クスラ国はどの国からも警戒されていますから、関所を何事もなく通ることができたのか、とても不可解です」

「ソルア(影を操る者)が関係してはいないでしょうか?」

と、シュウが言うと、ユアンは驚いた表情で腕を前に組み、椅子に腰掛けた。

「なぜ、そう思う?」

「村の長老から聞いた話ですが、ソルアの中には国をまたぐほどの距離で物を飛ばせる者がいるそうです。まるで子供が球を投げ合う遊びのように、ソルア同士で物を投げ合うのだそうです。カイン殿は、影の住人がナバルに取りついたと言っていました。ソルアが何らかの形で関係している可能性はあるのではないでしょうか」

「しかし、この国にそういう者は一人もいないはずだぞ」

と、ハクトが言った。ユアンは腕を組んだまま険しい顔をしていた。

 三十年前、国王は自国のソルア全員に追放命令を出した。ソルアは元来、影の住人が光の世界に出てくるのを抑制し、光と影の均衡を保つ存在である。しかし、国の危機をもたらした一人のソルアのために、国王はソルアを忌み嫌い、城の中でソルアという言葉を発することさえはばかれるようになった。

「ソルアは見た目ではわかりません。皆、その能力を生業にしているからソルアだと分かるのです。三十年前この国から追放されたのは、その時点でソルアとして活動していた者とその家族です。ソルアは遺伝し、能力が受け継がれていくからです。だから、もし生業とはしていないソルアが潜んでいたとしたら、それは誰にもわからないはずです」

「おい……」

と、ハクトは顔をしかめた。

「そんなこと、あまり大きな声で言ってはならん」

「いずれにせよ、クスラ国で動きがあったことは確かだ。クスラ国の動きを探ると共に、戦闘体制を整えねばなるまい」

と、ユアンは立ち上がり壁に描かれた世界地図の前に立った。

「戦争になるということですか?」

と、シュウが言った。

「その前に、ナバルを止めたいものだがな」
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