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小学五年生、うさぎを殺した話

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小学五年生の冬、わたしはうさぎを殺した。
正確に言えば、わたし“たち”はうさぎを殺した。


わたしがそのうさぎに出会ったのは小学校に入学してすぐに行われた学校内案内の時だった。
都内にしては広い校庭の隅、そんなに広くないうさぎ小屋の中にたった一匹でいたうさぎ。
小屋の外からは暗くてよく見えなかった。
それでも小さいときから動物が好きだったわたしは、うさぎがいることにすごく喜んで先生にうさぎの世話係はいつからできるのか尋ねたのを覚えている。
うさぎはどうやら一般の生徒は触ることができず、五年生から始まる委員会活動のうちの飼育委員会に所属している生徒のみが世話をできることになっているらしかった。

小学五年生になるのが待ち遠しかった。

年上とはいえそこいらの小学生よりも動物好きな自分のほうがこの子の世話をするのに相応しいと。そう、信じていた。


小学生の四年間とは短いものであっという間に小学五年生。
勿論、小学生にとって飼育委員なんてものは大人気に違いなかった。
それでも当時の友人とわたしはその立場を勝ち取り、ありがたい事に書記の仕事までをやらせてもらえることになった。

憧れの仕事に胸を踊らせてサボることもなく委員会の仕事をこなした。暫くは。
そう、暫くしてからわたしは動物を学校なんかで飼育することは大きな間違いだと気付いた。
気付いてしまった。まだ自分が小学生のうちに。

問題は夏に差し掛かってからのことだった。
その日も昼休みに友人と小屋の掃除を終えて餌をやろうと餌の袋を開けた。
餌に、虫がわいていた。
なんの虫だったかまではよく覚えていないけれどそれなりの数。
考えて見れば当然なのだ。餌はむき出して屋外に置きっぱなしなんだから。
このまま食べさせるのはまずいな、とすぐに分かった。
急いで顧問の先生にそのことを相談した。
が、現実は甘くなかった。
あろうことかその先生は、虫を避ければ大丈夫だ。と言った。
大丈夫な訳無いだろうと、友人と共に反論をしたが、それでも唯一の頼みの綱である先生に新しい餌は今のが無くなるまで買わない。と言われてしまえばそれまでだった。
子供だから。私達ではどうすることもできなかった。だからせめて、その日は昼休みがすぎても虫を退治し続けてその餌をやることにした。

昼休みが終わっても教室に戻らなかった私達に担任はひどく怒った。
でも、うさぎの餌に虫が。説明は笑い飛ばされて五時間目の授業は立たされたまま、受けた。

夏休みのうさぎ小屋の掃除当番は、何度かサボった。
別にみんなサボっていたから。そんな理由で。
窮屈な学校生活の中でのうさぎの世話は、唯一の癒やしだったけれど、一度学校から出てしまえば海だのプールだのでうさぎのことなどすっかり頭に無かったのだ。
うさぎはエアコンも無い中外にいて、可哀想だと思った。
うさぎは私達を待っていた。きっと。
真夏でも新しい水さえ飲めずに。


新学期が始まり、特別変わったこともないまま寒い冬に差し掛かった。
その頃にはわたしも、友人も、他の飼育委員も、自分の当番の日を忘れがちになっていった。

火曜日。私の当番の日。わたしはうさぎの世話を忘れて家に帰った。
その翌日。登校と同時にクラスのイタズラ好きの男の子に声をかけられた。
「あのうさぎ、死んだんだって?」
くだらない、冗談だと思った。
飼育委員のわたしがうさぎを可愛がっているのを知っていてわざと悲しむような揶揄うようなことを言ったのだ、と。
不謹慎だ、と軽く流して教室に入ったら友人が駆け寄ってきた。
「〇〇、死んじゃったらしいよ。昨日の放課後、飼育委員の人が見に行ったらぐったりしていてそのまま病院に連れて行ったけど間に合わなかったみたい。」

まさか。

わたしが朝休みに様子を見に行って不調に気が付いていれば間に合ったかも知れなかった命だった。

それじゃあ、まるで。
わたしが殺したのと同じじゃないか。

殺したのと同じ?
前から管理が悪いことに気が付いていて、それでいて大人の言いなりになっていたのは。
うさぎよりも自分の遊びを優先して世話すら疎かになっていたのは。
子供だからと、言い訳しかしてこなかったのは。

それは、わたしが殺したと言うには充分すぎる理由だった。
確かにわたしは子供だったのだ。
無力で自分の欲に忠実な。
それでも、口が裂けても仕方がなかったとは言えなかった。

結局、うさぎの直接的な死因はわからなかった。

あの冬。小学五年生の冬、子供だからと言い訳をして最善を尽くそうとしなかったわたしが、委員会の子供たちが、たかがペットだからと私達の訴えに耳を傾けなかった先生が、大人達が。
紛れもない私達が。
一匹のうさぎを殺した。

これは自戒である。

小学五年生の冬、わたしはうさぎを殺した

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