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清酌庶羞
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しおりを挟む「交易は何も隣国だけではありませんから、両陛下と共に殿下が天界と交信されている問題も含めれば、相当なご負担を背負われていると存じます」
――そうだ。すでに殿下はこの問題に尽力されている。このご尊顔が照らす地を護るために、私は精進するのみ、だが。
ダン侯爵はさらに話を続ける。彼がこの未来の動向にどれ程まで考えを巡らせているか、また、あの大公に対峙する王太子を信用し期待する自分への、自信が欲しかった。
別段、ハリボテ王太子という噂に心が揺れている訳ではない。
ただ、大公を話に上げるならば天界の存在無しには語れないからだ。
「ただ私は……大公の目的がこの地なのではあるまいかと懸念しております」
「大公の目的が?」
「はい、前の天界との交信も酷い内容だったではありませんか」
「ああ、昨今は天界の人口超過ゆえに地上へ天族を降下せようと、こればかりだ」
「大公が天界の意思に共感しているのかと」
「天界に発信した大公の報告を私も目を通しているが、……まあ、人族にはわからぬ暗号が使われていたとしたら、か」
「しかし、それはほぼ不可能でしょう。彼は生まれも育ちもこの地です。彼の父母も昇天されるまでこの地で育っております。天界とのやり取りはすべて天界に繋がる関門所の官吏によって検閲されます」
「手紙で暗号などの教育は不可能、といっても彼はゆうに三百という歳月を生きているのだ。この国での暗号や手紙のやり取りも検閲が行き届いていなければどうだろうか」
――これだから殿下はどうしたものか。それほど大公は国にとって厄介な存在なのであると自覚されているのに。ああ、大公にどれほど尽くされるお積もりか。次期大国の王が王室官人を信用されなければ未来は靄がかかったようだ。
「……この国の官吏が信用足り得ませんか?」
「そう見えるか?」
「ご無礼をご容赦ください。失礼極まるお言葉ですが、ただ殿下はこのように国の未来を案じているように見せかけて、気がかりなのは大公の妻となる天族が降りてこないかと、いう危惧をなされているようにお見えになるのです」
「ここ二百年王族のなかに女は王妃しかいないのだ。遡れば旧い傍系王族の公爵家である血筋といえど王妃を娶らせることなど不可能。となれば、天界からの条件である大公爵をこの国の守護竜として王族との婚約が絶対であるが、こちらは応えられない」
「もう二千年以上続いておりますね。国王も三代でひとりの大公爵を見届ける必要がございますから、……本当に彼の記録を辿ると驚きます」
「はは、そうだな。なあ、ダンよ」
「はい?」
ジューリの眼には哀憫の色が浮かんでいる。
「三百年以上一人で時を過ごすのはどういう気持ちなのだろうか」
「……天界の者の気持ちはわかりませんが。推測でよければ」
「ああ」
ダン侯爵は思い出した。自分の肉親で最も大公に近い人間の生き様を静かに語りだす。
「私の祖父は一世紀以上を生きましたが、妻とは半世紀しかともに歩んでこれませんでした。病気で短命だったのです。そして、孫である私の孫も彼は見ました。祖父は自身の妻の面影を私の孫に感じたようです。彼は酷く悲しそうに見えました。しかし、私たちの前で死にたいと嘆いたことは一度もありません。私たちがその言葉を聞いてどう感じるか、祖父は最後まで私たちを思いやってくれたのでしょう。私たち子孫はたしかに彼に温かい情を感じたので、彼が安らかな眠りに入った時、これで愛しい人に会いに逝けるのだと喜びました」
「……」
「答えにならず申し訳ありません」
「いや、お前の話から彼らのような気持ちを感じ取れた気がした。話してくれてありがとう」
「恐縮です」
「家族を持つ、か」
ジューリの声と同時に城門が開く合図が鳴った。
つい話し込んでしまったと、ダン侯爵は頭を下げる。
「お時間を頂戴し感謝申し上げます。このパレード、殿下には民を安心させるように、気を張って頂きたく存じます」
「ああ。任せとけ」
ジューリの表情には憂いなど微塵も感じさせず、雨の後の爽やかに感じる晴天の日差しのようだった。
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