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『ありきたりの寂寞、或いは嫋嫋たる日常』 (雑誌『抗路』8号掲載・連作短歌)
しおりを挟む虚無さえも飲みこむ淵の底の
底のような瞳して積み重ねる夜
淀屋橋駅出で見れば牡蠣船の
褪せた暖簾や風に震えり
はらはらと誘いあふよに散紅葉
錦のしとねに何の夢あり
ストーブに火を入れ暖を求めても
棘ある言葉に冷えびえとし
夕焼けのどこへと泳ぐいわし雲
どこへも行けぬわたしを置いて
夜は深み金木犀の金粉ほどに
あなたは嘘をついている
伝えたきおもいを解いて放せずに
凍夜をにぎりつぶして明ける
ためらいを見せつつきみの手を取れば
寒三日月のような指して
手にぎゅっと握った言葉はきみのもの
きみが見つけた宝物だよ
「愛してる」言えばいいのに
言わなくて気圧は西高東低なり
湯気立てる七草粥に匙泳ぐ
世の騒動に目を奪われて
暖房もできない部屋で大寒の
夜にもぐりこむ蒲団の冷たさ
やつれ果て夜を渡りゆく恋猫の
痩せた背を見て励ましてみる
春空になんの憂ひを綴ろうと
土筆は先をのばしてゐるのか
情熱と誠実だけでは生きづらい
アレルギーでは息もしづらい
朧なる過去の光をつないでも
姿にならぬ春夜のまぶたは
花愛でる巷の人の朗らかに
哀しきわれはそっと去り行く
吉野山ひとを拒みし崖道の
奥に侘びたる西行の庵
正午まで春泥ごとく眠りたり
嫋嫋とした夜の余韻に
耳元にあなたの吐息がふれたかと
振り向けば桜ひらりひらり
にぎわいの花燈より離れたり
密かな逢引きするでもなく
病床の窓より花の散るを見る
病の女の背やや曲がりて
ささやかなしあわせ見つけ生きたいと
おもう迷子は道がわからず
啄木の二人分を生きつつも
病没もせで拙く歌詠む
葉桜の青々とした寂しさを
抱きしめわれは初夏へと向かう
暮れ色にとけゆく静かの藤浪の
愁い垂れ落つごと四月尽
二十夜の月を望めど宵闇は
雨音のみの宿の寂しさ
宵のくち新地の燈の赤ほんのりと
軒に女に艶ぞ深めり
すれちがう夜ふけの女よ夏やなぎ
腰ゆらし去る会釈などなく
夏の真夜ゆきばなき熱ひやでやる
白雪だけでは冷ましきれずに
長雨の暗き梅雨空ゆうゆうと
飛ぶ影のあり濡れ立つ頭上を
ひまわりの黄色の尖りが神経を刺し
ゴッホも苛立った夏
むくむくと巨人が起きてくるような
夏山みどり深き呼吸す
魂の一撃とゆう一瞬を
誰しも望みめぐりあえない
陽射し避け入る木陰にはうつろいに
蝉の抜け殻ゆらす風あり
短夜の明ゆくときのほのかなる
露の残り香しどけなく去り
むらさめに濡れて青葉の噎せるよな
匂いはつたない恋の追憶
あさまだき静けきときの芍薬の
珠ひとふたつ寂しげにあり
ひらひらとかるみの蝶は過ぎゆけり
失せるものにはこだわりもせず
傷つくと言えば自分を誤魔化せる
誰かを自分が傷つけても
そこにいるわたしはわたしではないと
わたしはもらす誰にともなく
午前二時 鏡の前で吐息つく
今日もどうにかしのぎきれたと
世界はいつも不確かにずれゆきて
全てはただの記号となりて
狙撃手をする夢さめてのぞきたる
魂かとおもふ真白き月よ
いろいろな宿世の盆の蚊遣火の
煙一筋末をながむる
※以上の作品は、雑誌『抗路』8号に掲載されたものです。
凛七星(りん しちせい)
京都生まれ。在日朝鮮人三世。
祖父は在日本朝鮮人連盟、在日本朝鮮人総聯合会で中央委員、京都本部長を歴任。父は左派哲学者の立場で1970年代から祖国・朝鮮民主主義人民共和国の主席・金日成崇拝と独裁政治体制を批判し数々の著書を出す。
作者は近年、日本各地の路上にあふれ出た劣悪な差別行動やヘイトスピーチに対するカウンターを起こし活動をしてきた中で、短歌や和歌を詠み始める。
過去に角川全国短歌大賞、全日本短歌大会、NHK全国短歌大会、天神祭献詠短歌大賞、和歌の浦短歌賞、後鳥羽院和歌大賞・短歌大賞、蒲郡俊成短歌大会、古今伝授の里短歌大会などで受賞。
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