婚約を白紙に戻すそうですが、そんなの認めません!先回りさせていただきます。

国湖奈津

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イザックの横顔を見つめる。
包帯の巻かれた痛々しい姿だけれど、寝顔は安らかなのが救いだ。

しばらく見つめていると、まつ毛が震え、イザックの目が開いた。

「リュシーか?」
かすれた小さな声が聞こえた。

「イザック?目覚めたの?待ってて、いま医官を連れてくるから」

涙をぬぐい、立ち上がる。

「待て」
イザックが私を引き止める。

「側にいてくれ」

言われて、私はベッドの下に膝をついた。

「どこにも行かないわ」
イザックの手を両手で包み、誓うように言葉をかけ、手に頬を寄せた。

泣き顔なんて見せたくないから微笑もうとするのだけれど、上手くいかない。
どうしても涙が流れてしまう。

私の泣き顔を見たイザックは、悲しそうに顔をゆがめた。
そんな顔をさせたくなくて、私は泣き顔を見せないように顔を伏せる。

「私のことを、好きか?」
「ええ、好きよ」

「兄のように、か?」
「私には兄がいないから、分からないわ。けれどあなたはあなたよ」

「だが、他に好きな男ができたのだろう?」
「私があなた以外を好きになるわけないじゃない。子供のころからずっとあなただけを好きだったんだから」

「では、なぜ噂を流した?」

(ん?噂?急に何を言い出したのだろう?それになんだかイザックの声が力強いような…)

不思議に思い顔を上げると、不機嫌そうなイザックの顔があった。

「えっと、一体何の話?」

私が言うと、イザックが上半身を起こした。

驚いて口をポカンと開けたまま見ていると、イザックは頭に巻かれた包帯をするすると解き始めた。

「治ったの!?」
神様に願いが通じたのだろうか。

「んなわけあるか。芝居だ、芝居。お前の本音を聞き出すための、な」

「私の本音?」
首をかしげてイザックを見ると、彼の鋭い視線が飛んできた。

イザックの怪我がお芝居だったというなら喜びたいのに、それを許さない空気が流れている。

「もう1か月近く前になるか。お前は腹が痛くなったと言って私に会わずに帰ったな。翌週と翌々週は領地に帰ると報せてきた。この時期に領地に帰るのはおかしい。もしかして私と会いたくなくて避けているのではないかと思った。そして決定打は身に覚えのない噂が流され始めたことだ。私は部下から地下の方でよからぬ噂がささやかれていると聞き、徹底的に調べさせた。そして噂の出どころは大浴場に出没するミントグリーンの大きな瞳を持つ少女だと突き止めた。その少女は地下にいるのが不思議なほど可憐で上品だったそうだ。念のため地下を探させたが、そんな少女は見つからなかった。私はすぐに悟った。全てはお前が私との結婚が嫌になりしたことなのだと」

(???????私が噂を流した?結婚が嫌になった?イザックは何を言っているのだろう)

まったく理解が追い付かず、首をかしげてイザックを見つめることしかできなかった。

「とぼけても無駄だぞ。こっちには証人が何人もいるんだからな」

「私は噂なんて流してないわ」
私は噂を集めていたのであって、流していたのではない。

「地下にいたことは認めるのか?」

ウっと私は言葉に詰まった。

「ミントグリーンの瞳の少女なんて、たくさんいるでしょ」

「私はお前以外に知らないが?証人を連れてきて、お前の顔を見てもらおうか?」

(ウっ)
反論が浮かばない。

「ところで噂って、どんな噂?」

「私が侍女と恋仲だとかいう、どうしようもない噂だ」

その噂なら知っている。
私だってその噂に苦しめられた張本人なのだから。

「それなら私も知ってるわ!じゃあ言わせてもらいますけど、元はと言えば、全部イザックが悪いんじゃない!好きな人ができて私との結婚を白紙に戻そうとしたのはあなたの方でしょう?私はこの耳でちゃんと聞いたんだから。私に責任を押し付けようとしても、そうはさせないわ」

私が言うと、イザックは驚いた表情を見せた。
私が知っているとは思っていなかったのだろう。

「何のことだ?」
イザックはとぼけようとしている。

「お腹が痛くなったと言って帰ったあの日、私は控室で聞いてしまったの。誤解しないで、執務室の扉が開いていて聞こえてしまったのよ。盗み聞きしたんじゃないわ」

「一体なにを聞いた?」

「あなたが誰かと話しているのを聞いたのよ。結婚を白紙に戻すって言ってたわ」

私が言うと、イザックは腕組みをして考え始めた。
その様子は本当に覚えがないように見える。

重体の演技もうまかったから、これも演技だろうか?
けれど、とても演技には見えない。

「…ひょっとすると南部の水害のことか…?」
しばらくしてイザックは呟いた。

「水害?」

「ああ、随分前のことだから正確には覚えていないが、おそらく水害の話をしていたんだろうと思う。結婚式を王都で挙げたら、親しい友人や家族だけを招いてラルザンの離宮でパーティーを開こうと言っていただろう?あの離宮が水害の被害に遭って当分使えなくなった。その計画を白紙に戻して考え直さなければならないと話していたんじゃないだろうか?」

「じゃあ、私との結婚を白紙に戻そうと言ったわけじゃないのね?全て私の勘違い?」

「あぁ、そうだ」

この1か月頭を埋め尽くしていた憂いが全て消えた。
頑張ってした裏工作は全て無駄になったけれど、無駄に終わったのならそれが一番いいはずだ。

「よかった。じゃあ、これにて一件落着ね」
私は微笑んだ。
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