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 「若旦那」
 声をかけると、ヴィンセント様がこちらに気づいてくれた。

 「よぉ、エミリア。買い物か?」

 この気さくさである。
 ヴィンセント様は基本、こんな感じの懐の広いお方なのだが、今は街にいることもあってより一層言いにくいことを言えそうな気がした。

 「そう、買い物です。今日は若旦那1人?お供の人たちは?」

 「刃傷沙汰があってな。それで各方面に行ってもらってる」

 なんでも、間男と奥さんの逢引現場に旦那さんが乗り込んでいって刃物を振り回したらしい。
 奥さんの悲鳴を聞いた若旦那たちが駆け付けたので、間男さんが軽傷を負っただけで済んだようだ。
 お供の人たちは、お医者様のところ等に各人を連れて行っているらしかった。

 若旦那モードで外に出た時の話は好きでよく聞いていたけれど、いつも迷子の猫を捜索したり、子供のけんかを仲裁したり、いじめられっ子に武術の極意を教えたりという平和な話を聞いていたので、今回の話には驚いた。

 けれど都合よく若旦那1人と言うことは、より一層話しやすいということだ。


 「それは大変でしたね。実は折り入ってお話したいことがあるんですけど、今時間良いですか?」

 「んじゃ、そこの店入るか」

 私たちは近くの喫茶店に入った。

 店内は忙しい時間帯を脱したようで人も少なく、ゆったりとしていた。
 話をするには、ちょうど良さそうだ。

 アンナには少し離れた席についてもらって、若旦那姿のヴィンセント様と2人、向かい合って2人掛けの席に着き紅茶を注文した。


 「話ってなんだ?」

 「うん、あの、あのあの、あのさぁ」

 緊張してか、いつも以上に砕けた物言いになってしまった。
 『結婚して』と言いたいだけなのに、喉に蓋がされてしまったかのように声が出てくれない。

 「どうした?」

 「うん、あの、あの、け、けっ!ケツ!」

 「ケツ?」

 「ケ…結局!どういうタイプの人が好きなんですか!?」

 ダメだ。言えない。全く言おうと思っていなかったセリフが出てしまった。


 「どうした急に?お前も知ってるだろうが。ルイーザみたいなのだ」

 うん、知ってた。あ、でも待って。ルイーザみたいなのがタイプってことは。

 「ルイーザみたいと言うことは、つまり、まず第1に、公爵令嬢でしょ。第2、19歳。そして第3、耳に黒子がある。第4、足のサイズが36。第5、動物と温泉が好き。ルイーザと私って特徴が完全に一致じゃないですか?黒子の位置がルイーザは右耳、私は左耳にある以外はほとんど同一人物。つまり私もヴィンセント様のタイプど真ん中ってことで、間違いないですね!?」

 私は指折りルイーザと私に共通する特徴を数えていった。
 あまりにも一致している私とルイーザの特徴に、私自身驚きが隠せない。

 その事実が私に自信をくれた。
 そして喉に張り付いていた蓋が取れた気がした。
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