100回首を吊った俺は義妹とやり直す

へったん愛好家

文字の大きさ
8 / 33
2.夢幻に踊らされ

踊る決意

しおりを挟む
 幻覚。そして幻聴。それらの可能性があるという考えは遙か彼方へ放り捨てた。仮に幻覚幻聴であったとしても、この際どうでも良かったのだが。

 アキが居る。間違いない。居るんだ。

「本当に、本当にアキなんだな?」
『やっと認識してもらえた……ふええっ』
「お、おい待て。頼むから泣かないでくれ」

 わちゃわちゃとしたやり取りも、もう2度と出来ないと思っていただけに楽しさを感じる。

 涙に濡れた瞳で俺を見上げる最愛の人は、漸く俺の知る素敵な笑顔を浮かべてくれた。やっと泣き止んでくれたので安堵しつつ、俺は彼女の笑みに見惚れていた。

 肩に掛かるかどうかぐらいの髪を撫で回す。感触はかつてと変わらない。ひんやりしている以外は変わらない。

『死んじゃったけど、こうしてまた会えましたね。バカな先輩?』
「え、おい。酷くないか?」
『大変でしたよ。本気になったら人間って何でも出来ちゃうみたいですけどね。それでも木の枝を折るのは骨が折れますし、縄を解くのも面倒ですからね? しかもそれを99回。もう疲れましたよ。最後はフユカちゃんが居なかったらダメでしたし……』
「お、おう。なんかゴメン」

 俺が自殺を完遂できなかった理由。それは彼女にあったらしい。聞けば、アキは死んでからずっと俺の隣に居たらしい。ただし、幽霊の状態で。それに気がつかず、自殺をしようと躍起になった俺を死なせまいと、彼女は行動していたとのことだ。

 流石に最後は力尽きて諦めかけたらしいが、タイミング良くフユカが俺を発見したことで何とかなったようだ。また、飛び降り自殺の件に関しては完全にラッキーらしい。なんと悪運の強いことだろうか。

『確かにあんな約束はしましたけどね。あれは私からしたら、病気でどうしようもなかったら有効にしようと思ってたんですよ?』
「そうなのか……」
『先輩は呼吸不全。私は心臓病を患っていて、お互いにいつ死んでもおかしくないからあの約束を承諾したんです。寿命なら仕方ないですから。でも、まさか事故死で先輩まで後を追うなんて思っても見なかったです』

 俺はとある事情から呼吸不全を患っている。そして、アキは心臓病を患っていた。いつまで保つか分からない命を抱えていた、似た者同士であったのである。

『もうバカな真似はしないでくださいね? フユカちゃんも、先輩の御両親も悲しみますから』
「分かったよ。ただ、君が居ない世界で生き甲斐や生きる意味を見つけられる気がしないんだけどな」

 アキは俺の全てと言っても過言ではなかった。その彼女を失った今、どうやって生きる意味を見出せば良いのか分からない。

 フユカのため? 両親のため? 友人のため? それとも、俺自身のために生きる? どれも違う。俺からしたら小さすぎるのだ。生きる意味として設定するには、あまりにも小さい。

 しかし、そんな俺の心配をぶった斬るかの如く、アキはサラリと回答を示してくれた。

『なら、私からのお願いです。私が生きるはずだった数年と、貴方が本来生きるべき数十年。絶対に生きてください。そうしてくれないと、私は安心してあの世に行けないですから』
「……これはまた、大変なお願いだな」
『死者の魂があの世に旅立つまで49日。その間は先輩の隣に居ます。その日までに、私への執着を断ち切ってください』

 アキへの執着。ーー彼女は遠慮した表現をしているだけで、実際は呪縛とも言えるかもしれないーーそれを断ち切ってくれと彼女は告げた。

 随分と簡単に言ってくれる。それが途轍もなく難しいものであるのは彼女だって分かっているはずなのだが……。

『出来ますよね?』

 全面的に俺を信じると言った顔をされては、俺も絶対に無理だとは言えない。彼女の前では無力なのだ。

 アキは少し目元を下げると、俺の両頬を掌で優しく包み込んだ。

『大丈夫です。先輩が誰よりも強い人なのは私が1番知ってますから』

 俺は強くない。弱い人間だ。そう言おうとしたが、その言葉はアキのたおやかな指によって抑えられ、口にすることを許されない。

 敵わないなあ。そう心中で零す。同じ内容の願いを他の人から伝えられても受け入れはしなかっただろうが、アキが言うだけで何としてでも叶えてやりたいと思ってしまう。

 誰よりも俺のことを理解してくれるアキだから、受け入れ難いはずのお願いも心の奥底まで響くのだろう。愛というのは恐ろしい。

「……確約は出来ないぞ」
『分かってますよ。これから行動するのは私じゃないですから、何があってもおかしくないです。それでも、ですよ』

 ああ、やっぱり彼女は素晴らしい。死して尚、俺を見守ってくれている。これから様々な出会いがあるだろうが、きっとこの感情だけは変わらない。これは特別な感情だ。

“アキを愛している”

 動きも変わりもしない感情だ。どんなに魅力的な女性に出会い、恋をしたとしても。俺はアキのことをどこかで愛しているだろう。

「アキ、これだけは言わせてくれ。君と話せているこの状況が俺には夢みたいだ。幻でも見てるんじゃないかと思ってるよ。この状況は全て夢幻で、俺はただ実態のない何かに踊らされてるだけなんじゃないかって。もう俺の心は壊れてしまったんだって、絶対にどこかで思ってる」

 それでも良い。俺はそれで良い。

「君が幽霊だって確証できる何かはない。俺が正常である証拠もない。だけど、俺は君が俺の愛したアキであることを信じるよ」

数少ない、俺が心から愛した人だという人物の言葉であるならば。もう迷う必要もないだろう。

「だから、俺は幾らでも君の願いを聞こう。アキのためなら何でも出来る」

 踊ってやろうではないか。夢幻であっても。俺は踊ろう。アキのために。

「その時が来るまで、よろしくな」

 俺の言葉に、アキは優しく頷き返してくれた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

(完結保証)大好きなお兄様の親友は、大嫌いな幼馴染なので罠に嵌めようとしたら逆にハマった話

のま
恋愛
大好きなお兄様が好きになった令嬢の意中の相手は、お兄様の親友である幼馴染だった。 お兄様の恋を成就させる為と、お兄様の前からにっくき親友を排除する為にある罠に嵌めようと頑張るのだが、、、

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

愛のかたち

凛子
恋愛
プライドが邪魔をして素直になれない夫(白藤翔)。しかし夫の気持ちはちゃんと妻(彩華)に伝わっていた。そんな夫婦に訪れた突然の別れ。 ある人物の粋な計らいによって再会を果たした二人は…… 情けない男の不器用な愛。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...