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転生して古物商になったトトが、幻獣王の指輪と契約しました
一章-4
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ドラグルヘッドの西側は、貴族や富裕層が多く住む区画となっていた。その一角に、アントネット・サーロン市長の邸宅がある。
街の建物の大半は昔からある石造りのものばかりだが、アントネットの邸宅は最近流行りだした煉瓦造りだ。
鋭い刃のような三日月が浮かんだ夜、アントネットはベランダに佇んでいた。
昼間に着ていたドレス姿のまま、アントネットの視線はベランダの中央にある、石で造られた物体に注がれていた。
四本の柱で、石板を支えただけの代物だ。高さは一インテト(約一メートル五センチ)にも満たず、幅と奥行きは二〇ヴェント(約二○センチ)ほどだ。
アントネットが、手にした破片を石造りの物体に近づけた。あと少しで物体と破片が触れる――その瞬間、石造りの物体と破片の表面に光の模様が浮かび上がった。
「これも、目的の遺物に間違いがないわね」
アントネットは破片を丁寧に布で包むと、ベランダに置いてあった木箱に収めた。
次の布で包まれた石の破片を取り出したとき、息子であるスコットがアントネットに近づいてきた。
「……見つかったの?」
「良くも悪くも……といった感じです。スコット」
スコットの前で石の破片を取り出すと、石の物体へと近づけた。しかし、今度はなんの反応も起きなかった。
「確率は、半分半分といったところですね。次の発掘隊が帰還するのを待ちましょう」
「……うん。わかった」
スコットは頷くと、石で造られた物体に近寄った。
右手で支柱の一つに触れると、スコットは目を閉じた。すると、破片を近寄らせてもいないのに、石の物体の表面に光の模様が現れた。
「……すごい、力を感じる。やっとここまで復元できたけど、まだまだなんだ。完全に復元できたら、僕たちの望みが叶う。誰も逆らえない、絶対の力を得るんだ」
「……ええ。わたくしたちの望みが叶います」
鸚鵡返しに言葉を返しながら、アントネットは深々と頷いた。
「そのためにも、遺物の復元を急がなくてはなりません。伯爵の屋敷に、間違いなく遺物の一部があるのですか?」
「うん。間違いないよ。感じるんだ、強い力を」
「……そう。伯爵は遺物のことを知らないのかしら? 伯爵が持っていても、なんの意味もないのに」
「力のことに気づいているとかはないの?」
「伯爵が? ありえないと思いますよ。伯爵が知っているのなら、すでに情報が入ってきてるはず」
アントネットの返答に、スコットは石の物体から手を離し、無表情に母親を見上げた。
「……伯爵が、それを遺物だと感づいていない可能性は?」
「それは高いでしょうね。でも困ったわ。伯爵がそれと知らないのなら、何度訊いても無駄でしょうね」
アントネットは額に指を当てて、なにかを考え始めた。
「……だめね。やはり、引退して頂くしかないかしら。遠方にでも療養しに行ってもらってるあいだであれば、捜索も楽になりますから」
「いっそ、死んで貰ったほうが早いと思う」
その幼さに似つかわしくもない剣呑な言葉に、アントネットは怒りどころか驚きもせず、それどころか、静かに首を振ってから冷静に告げた。
「それでも難しいでしょうね。伯爵は人望も厚いですから、殺人事件となれば議会は屋敷に親族以外が入らないよう、警備を強化するでしょう。遠地に療養となれば、世話のために親族も同行するでしょうから……わたくしたちで管理を申し出ることもできるはず」
「ふーん。面倒だね」
スコットは無表情に呟きながら、首から下げた黄土色のペンダントを指先で弄んだ。
「雇った傭兵っていうのは使えないの?」
「傭兵――ああ、そういえばもう街に来ていてもおかしくないはずね」
アントネットは思い出したように顔を上げると、人差し指を顎に添えた。
「明日、使用人に探させましょう。おおかた、旅籠か酒場で飲んだくれているのでしょうね。これだから傭兵というのは信用できないのよ」
「何人雇ったの?」
「二人。二人で組んで戦場を渡り歩いてるって話ですね。これ以上は目立つし、あまり市民に知られたくはないですから」
アントネットは遺物を木箱に戻すと、バルコニーから繋がる寝室に戻ろうとした。
その途中、スコットがアントネットの手を掴んだ。
「まだ、話は終わってないよ」
そのひと言で、アントネットの足が止まった。
「……ごめんなさい。まだ、なにかありましたか?」
「うん。殺害が無理なら……自殺なら?」
息子の言葉に、アントネットは再び黙考した。
「……そうですね。短期的であれば、市議会の管理下に置くことは可能でしょう。事情聴取と称して、親族を引き離せば……それでも数日が限度だと思いますよ」
「数日もあれば充分だよ。伯爵を自殺させることはできる?」
「不可能ではないでしょうね。けれども、それには伯爵の心情を強く揺さぶるなにかが必要です。それに、どうしても確実性には欠けますね」
「いい考えはない?」
「それは、これから考えます。ですが……少し情報が欲しいですね」
アントネットは腕を組みつつ、伯爵の屋敷がある方角へと首を向けた。
*
クレストンは月明かりを頼りに、伯爵の屋敷の庭園を歩いていた。塀の外周や門の前には衛兵がいるが、塀の内側には二人しかいない。
それも塀の内側を巡回しているだけで、交代のとき以外は屋敷に近づくことはない。
妹のサーシャは、屋敷の部屋で寝かせていた。屋敷の中とはいえ、流石に深夜の行動は危険だと判断したのだ。
クレストンは屋敷の外壁を丹念に指でなぞりながら、凹凸の具合を確かめていた。
時折、指先で外壁の煉瓦を叩いてみせるが、なんの変化も感じられていなかった。
「くそ……隠し通路とかないのか?」
文句を呟きながら、クレストンはしゃがみ込んだまま項垂れた。
「倉庫は全部見たし……かといって爺様の書斎は入れないしなぁ。隠し部屋とかないのかな。ああ、くそ……手掛かりさえ見つかれば、あれも探しやすくなるのに」
長時間、外壁や庭を調べ続けていたせいで、膝や腰が痛み出していた。外壁に手を添えながら立ち上がると、クレストンは背伸びをした。
「くそ……どこかに地図とか残ってないのか?」
項垂れながら壁に凭れたクレストンは、頭上から降ってきた微細な石の粉に、慌ててその場から離れた。
「な、なんだ……」
目を凝らして頭上を見上げるが、あるのは屋敷の外壁だけだ。ここの二階の角部屋は伯爵の奥方が使っていた部屋のはず――と考えていると、再び石の粉が降ってきた。
「二階は無人だったよな。三階は……確かクリスティーナ……あの女の部屋だな」
クレストンは建屋から少し離れると、三階の部屋へと視線を向けた。
二階とクリスティーナの部屋の窓は正面だけで、横壁には壁がない。正面にある窓は二階と三階、共に灯りが点いている様子はなかった。
「風もないし、なんなんだ……建物のどこかが、壊れてきてるのか?」
二階から、微かに悲鳴やざわめきが聞こえてきたのは、そんなときだ。何があったのか――そのことが思い当たるまでに、さほど時間はかからなかった。
「幽霊騒ぎ――か?」
クレストンは急ぎ足で、屋敷の中に戻った。
鍵を使って勝手口から中に入ると、廊下を走って玄関のホールへと出た。
寝間着であるネグリジェにストールを羽織ったサーシャが、クレストンへと駆け寄った。
「兄さん、幽霊ですって……お婆様のクローゼットの扉が、勝手に開け閉めしたって」
「……本当か? あの女と、あの餓鬼は何処にいる?」
「あの二人は――お婆様の部屋で、その光景を見たみたい。今は、お爺様が一人でお部屋に入ったって」
「……あの二人、現場にいやがったのか」
クレストンは睨むように二階を見上げると、サーシャを連れて階段を上がった。
ドラグルヘッドの西側は、貴族や富裕層が多く住む区画となっていた。その一角に、アントネット・サーロン市長の邸宅がある。
街の建物の大半は昔からある石造りのものばかりだが、アントネットの邸宅は最近流行りだした煉瓦造りだ。
鋭い刃のような三日月が浮かんだ夜、アントネットはベランダに佇んでいた。
昼間に着ていたドレス姿のまま、アントネットの視線はベランダの中央にある、石で造られた物体に注がれていた。
四本の柱で、石板を支えただけの代物だ。高さは一インテト(約一メートル五センチ)にも満たず、幅と奥行きは二〇ヴェント(約二○センチ)ほどだ。
アントネットが、手にした破片を石造りの物体に近づけた。あと少しで物体と破片が触れる――その瞬間、石造りの物体と破片の表面に光の模様が浮かび上がった。
「これも、目的の遺物に間違いがないわね」
アントネットは破片を丁寧に布で包むと、ベランダに置いてあった木箱に収めた。
次の布で包まれた石の破片を取り出したとき、息子であるスコットがアントネットに近づいてきた。
「……見つかったの?」
「良くも悪くも……といった感じです。スコット」
スコットの前で石の破片を取り出すと、石の物体へと近づけた。しかし、今度はなんの反応も起きなかった。
「確率は、半分半分といったところですね。次の発掘隊が帰還するのを待ちましょう」
「……うん。わかった」
スコットは頷くと、石で造られた物体に近寄った。
右手で支柱の一つに触れると、スコットは目を閉じた。すると、破片を近寄らせてもいないのに、石の物体の表面に光の模様が現れた。
「……すごい、力を感じる。やっとここまで復元できたけど、まだまだなんだ。完全に復元できたら、僕たちの望みが叶う。誰も逆らえない、絶対の力を得るんだ」
「……ええ。わたくしたちの望みが叶います」
鸚鵡返しに言葉を返しながら、アントネットは深々と頷いた。
「そのためにも、遺物の復元を急がなくてはなりません。伯爵の屋敷に、間違いなく遺物の一部があるのですか?」
「うん。間違いないよ。感じるんだ、強い力を」
「……そう。伯爵は遺物のことを知らないのかしら? 伯爵が持っていても、なんの意味もないのに」
「力のことに気づいているとかはないの?」
「伯爵が? ありえないと思いますよ。伯爵が知っているのなら、すでに情報が入ってきてるはず」
アントネットの返答に、スコットは石の物体から手を離し、無表情に母親を見上げた。
「……伯爵が、それを遺物だと感づいていない可能性は?」
「それは高いでしょうね。でも困ったわ。伯爵がそれと知らないのなら、何度訊いても無駄でしょうね」
アントネットは額に指を当てて、なにかを考え始めた。
「……だめね。やはり、引退して頂くしかないかしら。遠方にでも療養しに行ってもらってるあいだであれば、捜索も楽になりますから」
「いっそ、死んで貰ったほうが早いと思う」
その幼さに似つかわしくもない剣呑な言葉に、アントネットは怒りどころか驚きもせず、それどころか、静かに首を振ってから冷静に告げた。
「それでも難しいでしょうね。伯爵は人望も厚いですから、殺人事件となれば議会は屋敷に親族以外が入らないよう、警備を強化するでしょう。遠地に療養となれば、世話のために親族も同行するでしょうから……わたくしたちで管理を申し出ることもできるはず」
「ふーん。面倒だね」
スコットは無表情に呟きながら、首から下げた黄土色のペンダントを指先で弄んだ。
「雇った傭兵っていうのは使えないの?」
「傭兵――ああ、そういえばもう街に来ていてもおかしくないはずね」
アントネットは思い出したように顔を上げると、人差し指を顎に添えた。
「明日、使用人に探させましょう。おおかた、旅籠か酒場で飲んだくれているのでしょうね。これだから傭兵というのは信用できないのよ」
「何人雇ったの?」
「二人。二人で組んで戦場を渡り歩いてるって話ですね。これ以上は目立つし、あまり市民に知られたくはないですから」
アントネットは遺物を木箱に戻すと、バルコニーから繋がる寝室に戻ろうとした。
その途中、スコットがアントネットの手を掴んだ。
「まだ、話は終わってないよ」
そのひと言で、アントネットの足が止まった。
「……ごめんなさい。まだ、なにかありましたか?」
「うん。殺害が無理なら……自殺なら?」
息子の言葉に、アントネットは再び黙考した。
「……そうですね。短期的であれば、市議会の管理下に置くことは可能でしょう。事情聴取と称して、親族を引き離せば……それでも数日が限度だと思いますよ」
「数日もあれば充分だよ。伯爵を自殺させることはできる?」
「不可能ではないでしょうね。けれども、それには伯爵の心情を強く揺さぶるなにかが必要です。それに、どうしても確実性には欠けますね」
「いい考えはない?」
「それは、これから考えます。ですが……少し情報が欲しいですね」
アントネットは腕を組みつつ、伯爵の屋敷がある方角へと首を向けた。
*
クレストンは月明かりを頼りに、伯爵の屋敷の庭園を歩いていた。塀の外周や門の前には衛兵がいるが、塀の内側には二人しかいない。
それも塀の内側を巡回しているだけで、交代のとき以外は屋敷に近づくことはない。
妹のサーシャは、屋敷の部屋で寝かせていた。屋敷の中とはいえ、流石に深夜の行動は危険だと判断したのだ。
クレストンは屋敷の外壁を丹念に指でなぞりながら、凹凸の具合を確かめていた。
時折、指先で外壁の煉瓦を叩いてみせるが、なんの変化も感じられていなかった。
「くそ……隠し通路とかないのか?」
文句を呟きながら、クレストンはしゃがみ込んだまま項垂れた。
「倉庫は全部見たし……かといって爺様の書斎は入れないしなぁ。隠し部屋とかないのかな。ああ、くそ……手掛かりさえ見つかれば、あれも探しやすくなるのに」
長時間、外壁や庭を調べ続けていたせいで、膝や腰が痛み出していた。外壁に手を添えながら立ち上がると、クレストンは背伸びをした。
「くそ……どこかに地図とか残ってないのか?」
項垂れながら壁に凭れたクレストンは、頭上から降ってきた微細な石の粉に、慌ててその場から離れた。
「な、なんだ……」
目を凝らして頭上を見上げるが、あるのは屋敷の外壁だけだ。ここの二階の角部屋は伯爵の奥方が使っていた部屋のはず――と考えていると、再び石の粉が降ってきた。
「二階は無人だったよな。三階は……確かクリスティーナ……あの女の部屋だな」
クレストンは建屋から少し離れると、三階の部屋へと視線を向けた。
二階とクリスティーナの部屋の窓は正面だけで、横壁には壁がない。正面にある窓は二階と三階、共に灯りが点いている様子はなかった。
「風もないし、なんなんだ……建物のどこかが、壊れてきてるのか?」
二階から、微かに悲鳴やざわめきが聞こえてきたのは、そんなときだ。何があったのか――そのことが思い当たるまでに、さほど時間はかからなかった。
「幽霊騒ぎ――か?」
クレストンは急ぎ足で、屋敷の中に戻った。
鍵を使って勝手口から中に入ると、廊下を走って玄関のホールへと出た。
寝間着であるネグリジェにストールを羽織ったサーシャが、クレストンへと駆け寄った。
「兄さん、幽霊ですって……お婆様のクローゼットの扉が、勝手に開け閉めしたって」
「……本当か? あの女と、あの餓鬼は何処にいる?」
「あの二人は――お婆様の部屋で、その光景を見たみたい。今は、お爺様が一人でお部屋に入ったって」
「……あの二人、現場にいやがったのか」
クレストンは睨むように二階を見上げると、サーシャを連れて階段を上がった。
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