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第四章 円卓の影
二章-1
しおりを挟む二章 厄介ごとは想定以上の大事に
1
ドラグルヘッドに戻った翌日。
俺は普段通りに店を開け、カウンターの中に座って客を待つ。だけど――胸中では言いしれぬ衝動が蠢き、今にも身体を突き動かしそうになっていた。
〝どうした、トト〟
カウンターの天板を指先で突いていると、不意にガランが声をかけてきた。
俺はすぐに答えようとしたけど、上手い言葉が見つからず、唸り声をあげながらカウンターに突っ伏した。
〝どうしたのだ?〟
「あー、いや、なんかこう……やり残した感じがしてるっつーかね? 徹底的にやったほうがいいって思うんだけど、俺の厄介ごとセンサーが過剰に反応してるんだよね」
〝厄介ごとせんさーとは、なんだ?〟
怪訝そうな声のガランに、俺は自分自身に苦笑した。
「ああ、ごめん。前世の知識で、なにかを感知する仕組みのこと」
〝つまり、オークどもの起こした事件について、もっと調べたい。だが、厄介ごとに巻き込まれそうだから、二の足を踏んでいる――といったところか〟
「ご名答――まあ、店も閉めっぱなしってわけにいかないし。生活費的にも、ね」
答えながら肩を竦めたとき、店のドアが開いた。
「トト――やっぱり」
店に入ってきたクリス嬢が、呆れたような溜息を吐いた。
その「やっぱり」の意味が、まったくわからない。俺は首を傾げる代わりに、ぎこちなく振り返った。
「えっと……なにがです?」
「ガランの声は、店の外まで聞こえてましたから。それで会話の内容は察しがつきました」
まるで悪戯っ子か駄々っ子を窘めるような、そんな口調でクリス嬢は微笑んだ。
そういえばガランだけじゃなく、幻獣の声は思念的なもの――科学的にはナンセンスだけど――だから、周囲にはダダ漏れなんだっけ。
その割に、ユニコーンは俺にだけ聞こえないようにエイヴと喋るけど。あのテクニックはどうやって磨いたのやら。
二の句の継げない俺に、クリス嬢は微笑みながら一通の手紙を差し出した。
「これはなんで――また、変な依頼とかですか?」
「違います。オントルーマの警備隊からですわ。ティレスさんが意識を取り戻したそうです」
「あ、よかった。あれ、でも……手紙、早くないですか? 普通は二、三日かかるものでしょ?」
「わたくしが、警備隊に頼んでおきましたの。そうしたら、早馬で届けてくれましたわ」
日付を見たら、今日の受け取りサインがしてあった。時間的に、今朝来たばかりみたいだ。
受け取ってから、すぐに届けに来てくれたのか……。
封の開いた封筒から中身を取り出すと、文面に目を落とした。意識のなかった、そして衰弱していたティレスさん一家は、孫である男の子以外は会話が出来る程度に回復したようだ。
男の子は身体は回復したようだが、目を覚ましてない――と。
目を覚ましていない……か。
俺が表情を曇らせたことに気づいたのか、クリス嬢は俺に顔を寄せてきた。
「気になるのなら、病院へ行きますか?」
「あ、いや、店も開けてばかりいられませんし」
「……ですから、そこは協力できますわよ? 出資を――」
俺はクリス嬢の言葉を遮るように、手を振った。
企業買収のようなことをされるのは、ちょっと困るんだけど……爺さんから受け継いだ店は、やはり護っていきたい。
とはいえ、とはいえだ。目を覚まさない男の子は心配だ。オークに魂を乗っ取られている可能性だって、あるわけだし。
「気にはなりますけど……でもなあ……」
「珍しく、歯切れが悪いですわね。トト、わたくしをもっと信用して下さい」
「クリス嬢は信用してますよ……ただ、伯爵の黒い部分が怖いだけで」
俺の返答に、クリス嬢はクスッと微笑んだ。
「そこは、慣れて下さいまし。それで、どうします? 旅費なら、わたくしが出しますわ。現地に行って、色々と確かめたいこともあるのでしょう?」
図星だ。なんだけど……甘えてしまっていいんだろうか?
俺は柔和に微笑むクリス嬢を見ながら、訳の分からぬ敗北感を覚えていた。
*
午後三時を過ぎた頃、俺とクリス嬢はオントルーマの駅に居たりする。
いやまあ……ものの見事に、クリス嬢の誘いに逆らえなかったわけで。
旅費は出すと言ったんだけど……俺が戸惑っているあいだに、クリス嬢がすべての手続きを終えていた。
なんだろう。普段はのんびりとした雰囲気なのに、こういうときだけやたら俊敏だ。
客席で運賃を払うといったのに、頑として受け取らないし。
「では、病院へ行きましょうか」
「……そうですね」
お見舞いの品だろうか、果物の入った籠を持つクリス嬢に頷くと、俺は辻馬車を呼び止めた。
なんか今回、主導権は完全にクリス嬢だな……別に良いんだけど、一つだけ心配があったりする。それは……この時間から病院へ往復してると、どんなに最短でも日帰りは難しいということだ。
馬車も街中では、だく足でしか進まないし。脚が楽というだけで、速度だけなら走るのと大差なかったりする。
往復で一時間……くらいか? 面談していると、汽車の時間はなくなってしまう。
宿泊――ということになるんだけど。ただ、なにかの間違いとか、過ち的なことは起こりようがなかったりするわけだけど。
なぜなら――。
「今日は、おばあちゃんたちと会えるの?」
俺の思考に割り込むように、エイヴが質問をしてきた。
そう。今回もエイヴが同行しているので、色っぽい展開は間違っても起きない。まあ、つい出来心とかで、一線を超えないための防波堤、最後の砦だ。
だから俺個人としては、エイヴの存在は有り難かったりする。
「そうだなぁ……面会が可能だったら、会えるよ」
俺は答えながら、エイヴを両脇から持ち上げて馬車の客車に乗せた。病院へは、体感で二〇分ほどだろうか。
雑談をしているあいだに、馬車は到着した。
警備隊に挨拶をして病室を覗き込むと、ティレスさんは上半身を起こして、窓の景色を眺めていた。
「……ティレスさん」
俺が声を掛けると、ティレスさんは最初はきょとん、としたけど、すぐに顔を綻ばせた。
「まあ、まあ――さあさ、入って下さいね」
俺たちが病室に入ると、ティレスさんは身体の向きを変え、ベッドに腰掛ける姿勢になった。
果物の籠を手渡しながら、クリス嬢はのんびりとした調子で話しかけた。
「お身体の調子はどうでしょうか? 御家族の方々の容体も心配しておりました」
「ええ、ありがとう。わたしは大丈夫よ。家族も――孫息子も今朝まで意識がなかったけれど、目を覚ましてくれたわ。起き抜けの言葉が、息子夫婦の名前を呼んで、『おなかすいた』ですって」
フフフと口元に手を添えて、ティレスさんは上品に微笑んだ。
俺とクリス嬢はティレスさんの言葉に、安堵しながら顔を見合わせた。記憶があるということは、オークの影響はなさそうだ。
俺たちがホッとしていると、ティレスさんは俺の後ろにいるエイヴに気づいた。
「あら。そちらの子は……あなたがたのお子さんかしら?」
「いえ。うちの養い子ですわ。わたくしとトトは……その、まだ婚姻はしておりませんの。そちらに男の子の話相手になればと思って、連れてきたんですの」
「あら、ごめんなさい。年寄りは気が急いちゃってダメね。でも、どうして男の子がいると思ったの?」
「前回、お誘い頂いたとき、こちらのトトが窓に男の子用の帽子を見ましたの。それで、お孫さんは男の子だと」
クリス嬢の返答に、ティレスさんは色々と合点のいった顔をした。数回ほど小さく頷くと、俺へと目を向けた。
「警備隊の方々から、お話は伺っています。あなたが、わたしたちを助けてくれたそうですね。本当に、ありがとう。とても優秀な古物商さんなのね」
「いえ、そん――」
「ええ。近隣の貴族の方々や、商人のあいだでも知名度が上がってますの。色々な事件を解決したり、謎を解いたりしてますのよ」
――ちょ。
俺の言葉を遮ったクレア嬢は、嬉々として武勇伝を語りながら、ティレスさんと目線を合わせた。
なんかヤバイ気配がする――と思うより先に、クリス嬢が二の句を口にしてしまった。
「あの偽家族が来たときの様子を教えて下さいませんか? 確約はできませんけれど、真犯人に繋がる手掛かりになるかもしれませんの。直接動くことは――難しいですけど。警備隊のお手伝いくらいにはなると思いますから」
やられた――反論をしかけたまま動きを止めた俺を一瞥してから、ティレスさんは話を始めた。
「あれは、突然だったのよ? 夜更けに玄関がノックされたの。領主の使いと言われて――ドアを開けたら、女の子を連れた男女と一緒に、黒ずくめの男たちが押し込んできたの。みんな剣で武装をしていたわ。あっというまに拘束されて、変な薬も飲まされたの。あとは……記憶が曖昧で」
ティレスさんは俺の顔を見上げると、表情を引き締めた。
「これは直感だけれど、あの親子が黒幕ではないと思うの。あなたにお願いが――いえ、依頼にしましょう。あの黒ずくめたちの正体や、黒幕を暴いて下さらない? もちろん、報酬はお支払いするわ」
言葉は穏やかだったけど、このときのティレスさんには、有無を言わさぬ迫力があった。これを断るのは、至難を極めるに違いない。
一つだけ言えるのは、俺の厄介ごとセンサーの通り、回避不可能の案件に引っかかってしまった……。
……はあ。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
かなり期間が空いてしまいました……早寝早起きの影響が大きいです。
夜は九時過ぎ就寝、朝は三時五〇分前に起床……もう朝ではなく夜中ですね、これ。
平日昼休みの昼寝が捗ります……。
10月からは、トトと魔剣士中心で行く予定です。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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#ヒラ俺
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途中迷走してました……。
今までありがとうございました!
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追記:2025/09/20
再編、あるいは続編を書くか迷ってます。
もし気になる方は、
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