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第六章 忘却の街で叫ぶ骸

一章-3

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   3

 駄々っ子たちの注文を聞いて遅めの昼飯を終えたあと、宿を確保した。男女で三部屋――つまりは、女性陣、クレストン、それに俺の三部屋だ。
 俺と一緒では、クレストンも不便だろうし。逆にクレストンに合わせると、俺がリアルに阿鼻叫喚なわけで。
 こういう部屋割りになるのは、仕方がないのである。
 荷物を置いて俺たちは、夕方になるのを待って二手に分かれた。
 これだけの人数で纏まって動く利点はないし、なにより目立って仕方がない。そんなわけで、俺とクリス嬢、それにエイヴはミランダさんの知人の家へ。クレストンとサーシャはボルト隊長の甥がいるという、警備隊へ行くことになった。
 この組み分けには理由があって、封印された幻獣を所持している組と、していない組に分けている。
 サーシャ嬢から文句は出たが、俺とクレストンとで説得して、なんとか納得させた。
 エキドアたちの目が、クレストンとサーシャ嬢に向かないため……ではあるが、これが吉と出るかは運次第だ。

 そんなわけで、俺とクリス嬢、それにエイヴの三人は、ミランダさんの知り合いである、ナターシャの家へと向かった。
 教えられた住所は貧民街だったが、その中でも比較的稼ぎのいい者たちが住んでいた。
 時間帯のせいか、帰宅中の労働者が多い。俺はクリス嬢とエイヴを護るように、薄汚れた彼らのあいだを縫うように進んだ。
 予想はしてたけど、やはりクリス嬢とエイヴの格好は目立つ。ジロジロとした無遠慮な視線を浴びながら、俺たちは目的の家に辿り着いた。
 茶色い屋根の、いわゆる長屋だ。右から三つ目のドアが、ナターシャの家ということだ。
 俺はあまり乱暴にならないように、しかし力強くドアをノックした。しばらくして、薄汚れた男が出てきた。
 無精髭を生やした黒髪の男で、茶色い目も油汚れのある顔も、どこか疲れ切っていた。


「……誰かね、あんたら」


「ここにナターシャという女性はいらっしゃいますか? ミランダさんからの言伝を預かっているんですが」


「ミランダ……ああ、そうかい。だが、その……妻はここにはいない。仕事先で事故があったらしくてね。そこの主のご厚意で、病院に入院させてもらってるんだ」


「……ゼニクス地区の病院ですか?」


 俺の問いに、ナターシャの旦那は僅かに沈黙した。


「……多分、だけどな。ゼニクス地区の病院は、三つほどあるって話でな。どこに入院したのかまでは、わからん。俺としては、噂の病院じゃないことを祈るばかりだ」


「あの……お見舞いには?」


 俺が言おうとした質問を、クリス嬢が先にしてしまった。別に都合は悪くないけど、どこか負けた気がしてならない。
 クリス嬢の問いに、ナターシャの旦那は露骨に視線を背けた。


「ゼニクス地区なんかに、行けるはずないだろう? 俺みたいな格好で行ったら、即座にたたき出されちまう。病院の名前を聞くには、お役人の家に行かねばならんしな」


 ナターシャの旦那からの返答は、ほぼ予想通りだった。だけど、クリス嬢は違っていたらしく、少し動揺していたみたいだけど。
 俺はミランダさんからの言伝を伝えると、軽くお礼を言って、ナターシャの旦那と別れた。


「とりあえず、あのトマス――でしたっけ。その役人に会わないといけませんね」


「え、ええ……」


 クリス嬢は、まだ動揺から立ち直っていない。富裕層――貴族とか役人が住む地域は、貧民街の住人を排斥したがる。それを知らなかったというより、気にしてこなかったんだろうな……前世の記憶があるから、なおさら戸惑っているに違いない。
 そんなとき、貧民街の子どもが三人ほど、俺たちに近寄ってきた。無言で手を差し出す彼らは、ジッと俺たちを見ている。
 その意図に気づいたクリス嬢が口を開きかけるのを見て、俺は素早く手で制した。
 それから、俺は上着やズボンのポケットに手を入れながら、なにも入っていないのを子どもらに見せつけた。


「……悪いな。財布とは置いて来ちゃってるんだ」


 そう告げると、先頭の子どもが俺の足を蹴り飛ばした。

 ……くそ。予想はしてたけど、手加減ねーな、こいつ。

 子どもたちが走り去ってから、エイヴが俺の服を引っ張った。


「……なにもあげないの?」


「ああ。少しだけ、申し訳ないけどな」


「あの、どうしてですの?」


 クリス嬢にも訊かれた以上は、答えないわけにはいかない。俺は貧民街を出てから、説明を始めた。


「ああいう子どもには、裏にチンピラとか……質の悪い奴らがいるかもしれないんです。下手に財布とか見せると、その場所を狙ってスリが近寄って来たり、暴漢に襲われたりって危険があるんですよ」


「あんな子どもを使って……でも、そうね。そういうことは、前世でも聞いたことがありますから。その、理解はできます。でもトトはどうして、そんなことを知ってますの?」


 俺は肩を竦めながら、クリス嬢から目を背けた。


「ガキのころに、そういうのをやれって脅されたことがありますから。まあ、従うフリをして、警備隊に諸々を垂れ込んでやりましたよ」


「そんなことをして……恨まれませんでした?」


「押し込まれて、店に火を点けられそうになりましたね。ガランが居なかったら、どうなってたことやら……です。野菜電池のスタンガンを使って、残党を根こそぎ捕まえましたからね。放火は未遂でも罪は重いですし。十年経った今でも、奴らは牢の中ですよ」


〝そんなこともあったな。あの年齢差で、よくやり切ったと感心している〟


「ありがとう、ガラン。とまあ、そんな感じです」


 そこで話を終えると、俺は改めてクリス嬢を振り返った。


「それより、今はトマスって役人に会うのが先決ですよ。なんとかして、会う算段を考えないと……」


「まずは、会う約束を取り付けませんと。手紙を書きますから……どんなに早くても、会えるのは二日後かしら?」


 クリス嬢の返答に、俺は静かに息を吐いた。焦りは禁物――そう自分に言い聞かせてから、俺は頷いた。


「わかりました。お願いします」


 クレストンたちのほうは、まあ大丈夫だろう。俺たちは一先ず、宿に戻ることにした。

   *

 クレストンとサーシャは、警備隊の詰め所を訪れていた。
 そこは駅に近い場所にある、煉瓦造りの建物だ。中に入ったクレストンたちは、そこで紹介状を見せると、隊員の待機所へと案内された。
 しばらくすると、細身の青年が現れた。
 警備隊の制服を着ているが、背も高くなければ、筋肉質でもない。癖のあるライトブラウンの髪は癖っ毛で、肌も白い。茶色い瞳は警備隊とは思えないほど、おどおどとしていた。


「あ、あの……叔父さんの紹介というのは、あなたがた? あ、失礼しました……ロバート・チャップリンです」


「クレストン・ローウェルだ。こっちが妹のサーシャ」


「よしなに、ロバート様」


 慇懃に頭を下げながら、サーシャは心の中で舌を出した。


(なに、このヒョロイの)


 隣のクレストンも、似たようなことを考えているあたり、やはりこの二人は兄妹である。
 ボルト隊長とは似ても似つかぬ青年に、クレストンは怪訝な顔を崩さなかった。


「……失礼ですが。本当に、あのボルト隊長の親族でいらっしゃる?」


「え、ええ。ぼ……いえ、わたしの母は、ボルト叔父さんから見れば妹にあたりまして……叔父さんと母は、あまり似てないんですよ」


「ああ……なるほど。それはそうと、我々はしばらく、この街に滞在します。なにかありましたら、頼らせて貰いますので。よろしくお願いします」


 クレストンが慇懃に礼をすると、ロバートも慌てて礼を返した。


「いえ、こちらこそ。お役に立つよう頑張ります」


「それで、早速なんですけど。入院患者が帰ってこない病院があるって噂、本当なんですか?」


 クレストンの問い――トラストンと打ち合わせたものだ――に、ロバートは少し困った顔をした。
 質問自体が困るというより、ほかの街にまで噂が広がっているのか、ということに困っている印象が強い。


「ええ? それをどこで……いえ、噂があるのは事実ですが、退院された人はいますから。でもまあ、病院ですから……大怪我や重篤な病気で入院した人が、息を引き取ることだってありますよ。そういうのが、噂になったんだと思います」


「ああ……まあ、そうでしょうね。それで、その病院の名は、なんというんですか?」


「ゼニクス中央病院です。あの、わたしから聞いたって、誰にも言わないで下さいね。その病院は、お役人や貴族の方々が出資されてますから、変な噂が広まると困るんです……その、上司が五月蠅くて」


 オドオドと懇願するロバートに、クレストンは少し呆れながら了承した。

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

中の人の地元では土日と暖かかったのに、月曜になって寒が戻りました。
雨が降ると、一気に冷えますね。

出勤のときは雨が降っていなくて、うっすらと月も見えてまして。雨は大丈夫かな……と、ちょっと薄着にしたら、雨で凍えながら仕事をする羽目に。

油断大敵ですね……まだまだ寒い日が続きそうです。
皆様もお気を付け下さいませ。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回もよろしくお願いします!
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