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最終章前編

三章-1

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 三章 盲信と疑心と


   1

 ナンシーさんから、軍の動きについての話を聞いた翌朝。
 俺はマーカスさんを引き連れて、雑貨屋を巡った。隣国であるスコントラード国では、手に入らないものを買うためだ。
 またスコントラードに行ったときに、使う予定のあるものだから、買いすぎても足枷にしかならない。
 必要な量を計算して、持って行く必要があった。
 実際のところ、このラントンの街と隣国のサンドラの街とでは、売っている品はそれほど変わらない。なら、サンドラの街で購入すればいいんだけど、重大な問題がある。
 それがなにかというと、軍資金がほとんど無いということだ。
 チンピラから巻き上げ――もとい、手に入れた小銭ならあるけど。それでは全然、足りないのである。
 クリス嬢には、チンピラから手に入れた小銭の話はしていない。お小言を聞く羽目になるだろうしな……。
 でも実際、ロールプレイングゲームのシステムだって、似たようなことやってるわけだし。気にする必要はないんじゃないかないうのは……うん、自分で考えたことだけど、我ながらちょっとヤバイと思う。


「針金が二〇インテト(約二〇メートル二〇センチ)に、釘、ジャガイモ六つ、銅と鉄の切れ端……」


「トト、本当にそんなものでいいのかい?」


 買ったものの確認をしていると、マーカスさんが不安そうに訊いてきた。


「なんなら、銃や弾だって用意するって言ってるじゃないか」


「いや、一般市民なんで。銃なんか必要ありません。大体、そんなの担いでたら目立って仕方ないですよ」


「それは、そうだけど……」


「それに、俺は殺し合いに行くんじゃありませんしね。戦争を止めに行くんです」


「しかし!」


「ええっと、落ちついて下さい」


 俺は怒鳴りそうになったマーカスさんを、のんびりと制した。
 普段は人任せ――というと悪意があるかもしれないが、俺の考えに口を挟むことは少なかった。
 それが今日は、やけに絡んでくる。
 これは、なにかあったな――と思うのは、当然だろう。


「どうしたんですか、今日は。やけに心配性ですね」


「それは……」


 マーカスさんは周囲を見回すと、俺に顔を寄せてきた。


「仲間が、なにかに殺された」


「殺され――って、本当ですか?」


「ああ。連絡員の一人なんだが……森の中で、衣服の一部と血飛沫のあとしか残っていない。彼は命懸けで、僕の命令書を仲間に届けてくれたんだ」


 淡々と喋るマーカスさんの顔は、どこか青ざめているように見えた。
 そんな表情を見れば、表情だって引き締まるというものである。俺は大きく息を吐いてから、小さく、何度も頷いた。


「なるほど。それで、俺の心配を?」


「そういうこと……だよ。それに君になにかあれば、クリスティーナ嬢も悲しむだろうし、ローウェル伯爵に恨まれそうだ」


 マーカスさんは冗談めかしたように言うが、表情は暗かった。
 俺はマーカスさんの心情を察した上で、溜息交じりに告げた。


「その気持ちは嬉しいですけどね。でも、やっぱり銃はいりません。俺向きじゃあ、ないですからね」


「そうか……」


「それより、命令書が送られたんなら、マーカスさんの仲間はこっちに向かってるんですよね?」


「予定では、明日の夜に国境を越えるはずだ」


 期限ギリギリだけど、それでも間に合ってくれた。
 これで、なんとかなるか? 
 そう思いたいけど、楽観はできない。油断していると、一歩も二歩も軍の先制を許すことになる。
 俺はマーカスさんに了承の意を伝えると、再度の密入国をする準備をし始めた。
 先ず、針金は腰や手足に巻き付けた。それくらい細いやつだけど、動きの邪魔にならないよう、関節の近くに動かないよう、服を縫うように巻き付けてある。
 釘や破片、ジャガイモは腰袋に入れた。


「それじゃあ、夜になったら出ますけど……仮眠だけしておきます」


「まさか、その格好で寝るつもりかい?」


 針金を巻いたままベッドに腰掛けた俺を見て、マーカスさんは目を丸くした。
 多少は不格好だと思うけど、このくらいなら寝るには困らない。俺は小さく手を振ると、そのままベッドに寝転がった。

   *

 トラストンが仮眠をとっている頃。ラントンの街で駐屯している軍では、軍議が執り行われていた。
 少佐の紋章をつけた中年の軍人が、上座に位置する大男へと口を開いた。


「ストラス将軍。このまま、ラントンで駐屯を続ける意味はあるのでしょうか?」


「……ある。スコントラードが、我が国への侵略を計画しているという情報がある。そうなった場合、最初の戦場となるのは、この街だ。軍人である我々が、国民を護らねばならん。そのためには、先制攻撃も辞さぬつもりだ」


 ストラス将軍がそう言い切ると、軍議に参加していた将校たちがどよめいた。
 初老の男だが、体格はかなり大きい。他の将校よりも、頭一つ分は背が高く、筋骨逞しい。
 将校たちが狼狽えたのには、訳がある。
 先制攻撃となれば、軍独自の行動はできない。国の中枢――それに国王らの承認、もしくは命令を受けて、初めて成しうることである。
 それをストラス将軍は、自らの判断のみで口にしたのだ。見ようによっては、背信行為ともとれる言動だ。
 しかし、ストラス将軍は表情を崩さず、集まった将校を見回した。


「案ずるな。先制攻撃とは、物の例えである。我らがなにもしなくとも、向こうから仕掛けてくるはずだ。中尉。手配した補給物資が届き次第、兵へ配布しろ」


「――はい」


 畏まった顔で敬礼する中尉に頷くと、ストラス将軍は先ほどの少佐へと向き直った。


「補給の状況はどうか」


「……はい。街の商人からは、食料を中心に補給させております」


「薬品の備蓄は確保できているのか?」


「そちらは、従軍の医師や看護師に任せております。彼らの代表を呼んで参りましょうか?」


 少佐の申し出に、ストラス将軍は首を振った。


「いや、今はいい。薬品の備蓄を表にして提出するように。歩哨の兵には、警戒を緩めるなと伝えておけ」


「――はっ」


 敬礼を送る少佐に、ストラス将軍は鷹揚に頷いた。


「よろしい。塹壕の拡張状況と、兵の訓練はどうなっている?」


「はい。塹壕は七割ほどが完了しております。兵の訓練は万全ですが、街の住人への配慮と情報漏れを防ぐため、実弾を使っての演習はしておりません」


「実弾演習――そうだったな。だが、開戦の前にはやっておかねばなるまい」


「ですが……公に演習を実施すれば、スコントラード国が警戒するでしょう。ともすれば、我らが侵攻するのではという、疑念を与えることになります」


 ストラス将軍を制するように、少佐は意見を述べた。
 将軍に賛同する将校から「日和見主義め」という視線を浴びながらも、少佐は一歩も退く気配をみせなかった。
 そんな場を宥めるように、ストラス将軍はポンっと手を叩いた。


「ふむ。少佐の言うことももっともだ。少し性急だったようだな。駐屯地内部での演習は可能か?」


「はい。小規模であれば……ですが」


「よろしい。ならば、街の住人には銃の試し撃ちとでも言って、理解を求めておけ。やむを得ぬ防衛戦とはいえ、兵を一人でも失わぬためには、訓練は必要だ。あと、塹壕の拡張は急がせよ。増員も許可する」


「はっ」


 少佐が敬礼をすると、ストラス将軍は左手を挙げて応じた。
 それから一同を見回すと、「最後に」と高らかに告げた。


「どこかの諜報機関が、我らの動向を探っている節がある。各員、留意せよ」


 このひと言で、軍議に集まった将校たちが、一様にどよめいた。
 その中で、ストラス将軍派でもある中佐が立ち上がった。


「将軍、スコントラード軍の諜報が動いているのでは!? 見張りと街の巡回を増やし、発見次第、射殺いたしましょう」


「待て。まだ、諜報がどちらの国の者かまでは、わかっておらぬ。中央政府の諜報機関かもしれぬのだ。迂闊に手は出せぬ」


「は、はい。場を乱したこと、申しわけございません」


 中佐が座ると、ストラス将軍は小さく頷いた。


「構わぬ。相手方の詳細がわかるまで、連中は泳がしておけ」


「しかし、我が軍の情報が相手国に筒抜けになる可能性が……捕縛し、取り調べをしたほうが良いのでは?」


「いや、今はまだ、その段階ではない。相手の尻尾を掴むだけでよい」


「しかし、なにか妨害工作が行われる可能性もありますが」


「そうだな。一先ずは、倉庫や弾薬庫の警備を増やしておけ。あと歩哨も三班ほど増やすように」


 中佐に指示を出してから、ストラス将軍は小さく溜息を吐いた。


「それに奴らには、もっと動いて貰わねばな。諜報機関の下っ端など、どうでもいい」


 この呟きに、中佐は怪訝な顔をした。


「将軍、なにか――?」


「いや、なんでもない。これで解散とする。兵たちへの伝達は任せたぞ」


 将校たちは敬礼をしてから、会議室となっている天幕から出て行った。
 入れ替わりに、二人の兵士が天幕に入って来た。一人は、髭を生やした赤毛、そしてもう一人は、前傾になった顎が特徴的な、眼鏡をかけた男だ。
 二人から敬礼を送られた将軍は、表情を引き締めた。


「作戦は予定通りだ。おまえたちには、補給物資が届いた日の夜に、国境を越えてスコントラード軍が使っていた塹壕に潜伏してもらう」


「はっ。必ずや、成功させてみせます」


「うむ。頼んだぞ。おまえたちの行動如何によって、我が国の未来が変わるのだ」


「はい。偉大なるブーンティッシュ国の未来は、将軍とともにあります」


「我らの命は、将軍のために」


 二人の兵士に頷くと、ストラス将軍は大袈裟なほど、大きく頷いた。


「うむ。最初の一発は、スコントラード軍に撃たせる。そのためには、手段を選ぶな」

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

今回、大体3000文字ちょいでしょ――と思っていました(小並感

もう、通常運転となりました。予定時間に終わらないわけです。


ちなみに今回、冒頭のトトとマーカスのシーンで、顔を近づけて内緒話をしているとき、クリスティーナが入って来て

「な――男同士でキス……?」

と勘違いするシーンをボツにしたのですが。
理由は、

いやこれ、天狗でボツにしたやつ。こっちで、こういうのやらないやらない。

でした。

天狗のほうで腐女子ネタをやっているせいか、寝不足の頭だと、たまに思考が混乱します。
ううむ……染まるな、俺の頭。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回もよろしくお願いします!
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