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魔剣士と光の魔女 二章『竜の顎で殺意は踊る~ジン・ナイト暗殺計画』
二章 -2
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俺は野宿する場所を探して、日が落ちかけた雑木林の中を歩いていた。
当初の予定では、ボルナックさんと旅籠屋に泊まる予定だったのだが……例によって忌み子であることが、悪い方向に作用した。
宿の主人は俺を見るなり、「忌み子を泊めるわけにはいかねぇ」と、拒否されてしまった。ローウェルの印も見せたのだが、それでも駄目だった。
村長の息子がなにかやったのでは――という雰囲気でもなかった。
「忌み子を泊めたとあっては、ご先祖や神様に顔向けできねぇ。罰するなら、いくらでも罰してもらって結構だ。御領主の命令だからといって、これだけは曲げられねぇな」
こうまで言われてしまうと、無理矢理にとは言いにくい。
そんなわけで、ボルナックさんだけ宿泊してもらい、俺は寝床を探す羽目になっているのだ。
行商人の長が言っていた、「街から離れるにつれて迷信深くなる」という言葉が、俺の脳裏に何度も浮かび上がった。
これは想像以上に厄介で、こうした村々に住む人々にとって、信仰や迷信というのは根深いところで生活の基盤となっている。ちょっとやそっとでは、考えは変えられない。
余談だが、剣士の二人組みと冒険者たちの目的地もこの村らしい。一気に七人も宿泊客が増えて、宿の主人はホクホク顔だった。
その一方で俺は、寝床を探しているわけで。自分の腹の音を聞きながら、俺は雑木林の奥へと進んでいた。寝床より先に、飯も探さなきゃなぁ……。
「あ、クレソンみっけ」
俺はクレソンの葉を摘むと、少し冷静になってから周囲を見回した。人里に近いため動物の気配はほとんどないが、それでも探せば痕跡を見つけることができた。
食料を探す場合は、暗くなる前までに終わらせるのが鉄則だ。
俺は痕跡を手掛かりに、獲物を探すことに専念した。
やがて、運良くヤマウズラを狩ることかできた。投擲用のナイフが刺さったままの状態で、持ち運ぶことにした。
今、帝国の大半は長雨月……つまりは雨期のまっただ中だ。日暮れが近くなってきたときには、空は分厚い雲で覆われ始めていた。
これは早めに雨風の凌げるところを探さないと――そのとき、俺の脳裏にある場所が浮かんだ。
やむを得ない……か。
俺は記憶を思い出しながら、雑木林の中を進んだ。やがて、ジョンがドラゴンの幼生体を匿っている小屋が見えてくると、俺は手前で立ち止まった。
ヤマウズラの羽をむしり、血抜きをする。そのあいだ、小屋から唸り声が聞こえてきたが、俺はヤマウズラの処理を優先させた。
小屋の外で火を起こしてから肉をばらし、胸肉を除いて火で炙った。細かい肉は、クレソンで包んでから炙った。
肉が焼き上がるのを待ちながら、俺は空を見上げた。
……ステフに会いたいなぁ。今頃、なにをやってるんだろう?
クレソンに包んだ肉が良い感じに焼けるのを待って、俺は胸肉を持って小屋の中に入った。小屋の中は、予想以上に何もない。部屋の隅に小さな箱がある以外は、卵の殻らしい白い破片が散らばっているだけだ。その破片の中央に、金色の鱗を持つドラゴンの幼生体がいた。
四肢や羽は短いが、まともに動けるようには見えない。全身の大きさは、大型犬くらいだろうか。尾は短くて牙も生え揃っていないが、四肢は短いがしっかりしており、駆け足もできそうだ。その反面、羽は短くて飛ぶのは無理だろう。
威嚇するような唸り声を出してはいるが、デフォルメ感があるので、あまり怖くない。
俺は幼生体へと、胸肉を差し出した。
「今日の宿賃だ」
……もちろん、言葉が通じるとは思っていない。喋り相手に飢えて、一人で冗談を言っただけである。
鼻孔をヒクヒクとさせながら臭いを嗅いだ幼生体は、舌を使って胸肉を口に入れた。咀嚼というよりは、ほとんど飲み込んだだけに近い食べ方で胸肉を平らげると、幼生体はグルグルと喉を鳴らして、頭部を押しつけるように擦り寄ってきた。
……なにこれ、チョロい。
俺は幼生体の頭を撫でると、小屋の外に出た。肉も良い感じに焼けているころだし。
それから空から雨粒が落ちてくるまで、俺はゆっくりと食事をし、そして後片付けをした。
小屋に戻った俺は、部屋の真ん中に土を持って、火を点けた松明を立たせた。幼生体には意味は通じないだろうが一応、境界線のつもりだ。
部屋の隅で壁に凭れた俺は、幼生体に注意を払いつつ、休むことにした。
*
明けて翌朝。
幼生体を警戒しながらの睡眠だったせいか、やや眠りが浅かった。俺は欠伸を噛み殺しながら、とりあえず五体満足であることを確認した。
幼生体は、すでに消えた松明の向こう側で寝息を立てていた。俺が言うべきことじゃないかもしれないが……呑気な奴。
大欠伸を噛み殺しながら俺が立ち上がったとき、小屋の外から小さな足音が聞こえてきた。水たまりをパシャパシャと踏む音が、次第に近づいて来ていた。
「グゥグゥ、ご飯を――っ!!」
小屋に入って来たジョンは、俺を見て固まった。
俺が片手を挙げて「よっ」と気さくに挨拶をしても、まだ硬直したままだったジョンが元に戻るまで、たっぷりと二〇秒ほどかかった。
「な……なんでいるんだよ!」
「のっぴきならない理由で、雨宿りしながら寝られる場所を探してたんだ」
「噂にはなってたけど……宿に泊まれなかったから、野宿するしかなかったんでしょ?」
「そうともいう」
あっさりと肯定する俺に、ジョンは信じられないものを見たような顔をした。
「だったら……なのに、なんでそんなに平気なの?」
「平気じゃないけどなぁ……けどまあ、落ち込んでいたって、家が出てくるわけじゃないし。雨に濡れながら寝たくなかったし。出来ることはなんでもやらないと、生きていくのが難しいからさ」
「……忌み子だから?」
「あー……そうだな。忌み子だから、かな」
お気楽に肩を竦めてみせたが……正直に言えば、この短いやり取りをしているだけで、かなりメンタルに傷を負っているわけで。
これ以上の傷が広がる前に、俺は話の流れを変えることにした。
「まあ、火は外で焚くからさ。ちょっとのあいだ、使わせてくれよ。それでさ、この辺りで薪とか、火を点けるのにいいものないかな? 手持ちのものは使い切っちゃって」
「そこの隅っこの箱に、鉄の粉が少しだけあるけど」
「鉄の粉――?」
俺が振り返ると、小屋の隅に置いてある箱の中に、黒っぽい粉が詰まっていた。
「へえ――これだけ集めたんだ、苦労しただろ」
「……変に思わないの?」
「なんでさ。鉄の粉とか、よく燃えるし。よく知ってたな。凄いじゃん」
俺が素直に賞賛すると、ジョンは少し照れたように鼻を指で擦った。
「蝋燭とか松明とかは、持ち出すとすぐにばれちゃうから……それに、こういうの好きなんだ。草や花を集めたりとか。でも、みんなには変だって言われるけど……ね」
「変じゃないと思うけどな。機会があったら、銅の粉でもやってみるといいよ。ちょっと変わった炎が見られるからさ。ただ、煙を吸わないようにな」
俺のアドバイスに好奇心をそそられたのか、ジョンは目を輝かせた。
今なら、交渉ごとも上手くいくかもしれない。俺は昨晩から考えていたことを、ジョンに相談することにした。
「えっと、ジョン……で、いいんだっけ。そのドラゴンのことで、訊きたいことがあるんだけどさ」
俺の問いかけに、なにを思ったのだろうか――ジョンは俺とドラゴンの幼生体との間に移動すると、両手を広げた。
「グゥグゥは、殺させない!」
「まあまあ、落ち着いて。別に殺しはしないって。空を飛んでくるドラゴンは、その子を探してるかもしれないんだ。その子を殺したら、大変なことになる。なんとか無事に帰したいんだよ」
俺の言葉に表情を強ばらせたジョンは、まだ呑気に眠っているドラゴンの幼生体を振り返った。
そんなジョンの様子から、理解はしているのだと俺は察した。つまり、このドラゴンの幼生体を捜しに、ドラゴンが飛来していること。そして――親元に帰すべきだということに。
念を押そうと俺が一歩前に出た直後、ジョンは怯える表情で声を張り上げた。
「イヤだ! グゥグゥは、僕と一緒にいるんだっ!!」
「……一緒にいるって言ったってだ、餌とかどうするんだよ?」
「僕が、なんとかする」
「いや、無茶だって。今は良いけどさ……そいつが大きくなったら、どれだけ食うかわかってるのか? おまえも空を飛んでる奴は、見たことがあるんだろ? あの巨体で食べる餌なんか、かなりの量だぞ?」
「そんなの……なんとか、なるよ」
思考では無理と分かっている筈だが、今のジョンは感情が勝ってしまっている。気は進まないが脅しも考慮しながら、俺は本腰を入れて説得をすることにした。
俺は腰を屈めて、ジョンと目線を合わせた。
「ジョン――問題は、まだあるんだ。図体が大きくなれば、イヤでも人目にも付く。それに加えて、そのドラゴンは、すでに人間に対する警戒が薄くなってる。言いたいことは、分かるよな?」
「人間への警戒心がないなら、安全なんじゃ……」
「そうなじゃい。ドラゴンを狩りに来る奴らに、殺されやすくなるってこと」
俺の言葉に、ジョンは怯えた表情を浮かべたまま、首を左右に振った。
「なんで……なんでそんなこと言うんだよ」
「おまえさんが賢そうで、子ども扱いする必要がないくらい、真っ直ぐに育ってるって思ったから。だから、話せば理解してくれる――いや、もう理解はしてるんだろ?」
軽い口調で俺が問いかけると、ジョンはかなり躊躇ってから、小さく頷いた。俺は卵の破片を拾いながら、俯き加減のジョンに問いかけた。
「しかしさ、ドラゴンの卵とか、どこで見つけたんだよ」
「……村の近くで見つけたんだ」
「村の近くって……ここまでよく運べたなぁ」
グゥグゥの大きさからすると、卵もかなり大きかったはずだ。まだ寝ているドラゴンの幼生体を一瞥した俺に、ジョンは首を振った。
「卵は、そんなに大きくなかったんだ。僕が抱えられるくらいで。グゥグゥ、この四日くらいで、こんなに大きくなったんだよ」
少し戸惑いながら――そして少し誇らしげに語ったジョンだったが、すぐに表情を曇らせてしまった。
「あ、あの……すぐにグゥグゥを連れて行っちゃうの?」
「そこは正直、悩んでるんだよなぁ……下手に動くと目立つし。大体、どうやって向こうにこっちの意志を伝えるかが問題で」
答えながら、俺が溜息を吐いたとき、ドラゴンの幼生体が目を覚ました。
ジョンが持って来た三本の芋を差し出すと、ドラゴンの幼生体――グゥグゥは舌で巻き取るようにして、一息に食べてしまった。
ジョンが頭を撫でると、グゥグゥは喉を鳴らした。
『ジョン、ジョン、ドウジダノ?』
「グゥグゥ、なんでもないよ……なんでもないんだ」
この会話に、俺は光明を見ていた。鸚鵡やインコの声真似程度の声だったが、確かにグゥグゥは人間の言葉を使った。
もしかしたら、ドラゴンとの会話が可能かもしれない。それを一縷の望みとして、俺は竜の住処へ行く気になっていた。
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