魔剣士と光の魔女(完結)

わたなべ ゆたか

文字の大きさ
183 / 194
最終章 女神が告げる死の神託

四章-2

しおりを挟む

   2

 シルバードラゴンのギーンが翼を羽ばたかせながら、ゆっくりと海岸に着地した。
 フレインの南端に近い海岸は、ほとんどが岩場と荒れ地だった。見たところ、蟹や海鳥などの生き物はおろか、雑草すら生えていない。
 約一時間半ほどの飛行を終え、俺はギーンの背中から降りた。
 俺は先ず、背負い袋の中からランタンと火口箱を取りだし、火を灯した。予備の油壺と火口箱を革袋に入れて腰に下げると、背負い袋を捨てた。
 ランタンを盾の内側になるように掴んでから、俺は立ち上がった。


〝最後に訊くが――本当に、良いのだな?〟


 ギーンの問いに、俺は無言で頷いた。
 古のドラゴンたちには、すべてを話してある。その上で、俺をフレインに運ぶよう頼んだのだ。
 ガーラは多少ごねたが、ステフを――皆を死なせないためと説くと、渋々といった雰囲気だったが、少なくとも納得はしたようだ。
 海面すれすれの低空飛行で兵たちの目をやり過ごし、俺とギーンはフレインへと飛んだ。
 上空は寒かったけど、時間にして三、四〇分の飛行だ。まだ手足は強ばっているけど、それもすぐに回復すると思う。


〝負けはしたが――貴様との勝負は、そこそこ面白かった〟


「……ありがと、ギーン。それじゃあ……ステフを頼む」


 それが、別れの言葉となった。
 踵を返した俺の背後で、大きな羽が羽ばたく音が聞こえた。これで、完全に一人になった俺は、暗がりの中を歩き始めた。
 荒れ地を進んでいると、目の前に濁った水たまりのようなものが見えてきた。
 昨日あたり雨が降ったのか、大きな水たまりは、目の前に四つばかり点在していた。俺は気にせずに進もうとしたが、つま先で弾いた石ころの一つが、水たまりの中で浮いた。


「――っと」


 俺は思わず、声をあげていた。
 これは、水たまりなんかじゃない。俺は油壺の一つを取り出すと、油を少し水たまりに振りかけた。
 そして、火口箱から燻っている藁を摘まみ上げ、水たまりの中に放った。その途端、盛大な炎が上がった水たまりが、無茶苦茶に蠢き始めた。
 これは、スライムという魔物の一種だ。魔法生物――という話みたいだけど、ジュザブロー爺さん曰く、単細胞生物の集合体ということだ。粘液状の生物で、生物を溶かして体内に取り込む性質がある。
 知能はほぼ皆無で、本能というか、細胞の反応だけで生きている。
 弱点はスライムの種類にもよるが、炎というのが一般的だ。 
 そんな性質の魔物が生息していたら、このあたりが雑草一本生えていない荒れ地なのも頷ける。
 俺は油壺を一瓶使って、四体のスライムを斃した。そして燃え落ちるスライムたちを眺めながら、俺は意識を切り替えた。

 ――ここは、迷宮の中だ。

 広々とした海岸で、目の前には林らしいのも見える。だけど、ここは迷宮だ。
 どこから魔物が襲いかかってくるか、覚悟しなくてはならない。俺はまだ燃えるスライムから離れると、破壊神アラートゥのいる礼拝堂へと急いだ。

   *

 階下のざわめきで、ステフは目を覚ました。
 指先に、シーツの感触しかなかった。


「……ジン?」


 起き上がったステフは暗がりの中で燭台に火を灯すと、部屋の中を照らした。
 二度、部屋を見回したが、ジンの姿はどこにもない。ステフはローブを羽織ると、燭台を手にしたまま廊下に出たステフは、隣の部屋――装備が置いてある部屋のドアが微かに開いていることに気づいた。


「……ジン、いるの?」


 部屋を覗いたが、誰もいない。燭台で室内を照らしたステフは、平台の上にジンの装備がないのを見て、目を見広げた。
 代わりに、イヤリングとギルダメンのネックレスが置いてある。震える手で二つの品を手に取ったステフは自分の装備、そしてジンが置いていった保存食を手にすると、階段を降りた。
 寄宿舎では、真夜中だというのに兵士や傭兵、冒険者が起きて、なにごとか話をし、何割かは鎧を身につけていた。
 それを横目に寄宿舎から出たステフは、港へと歩き出した。
 理由はないが、装備を身につけたジンが向かうなら、港だと思ったのだ。ステフが港に入ったところで、埠頭に近いところから怒声が聞こえてきた。


「馬鹿野郎っ!!」


 声は、第三軍でも古株の兵士だ。打擲の音がすると誰かが倒れる音、そして周囲からの「取り押さえろ!」などの声が聞こえてきた。


「なんで、止めなかった!」


「装備の確認って話で……まさか、こんなことになるなんて、思わなかったんです」


 会話の内容から、責められているのはハッキンのようだった。
 ステフが声のする人だかりへと歩き始めたとき、シルディマーナ将軍の声が響いた。


「やめろ! 身内で言い合いをしている場合ではない!!」


 そのひと言で、場は静まり返った。
 大きな溜息を吐いたシルディマーナ将軍は、凜とした声で周囲の者に問いかけた。


「それで……先の報せは、間違いがないのだな?」


「は、はい。船の見張りが目撃を……ドラゴンの一体が飛び去ったそうです」


 ハッキンの報告に、シルディマーナ将軍は虚空を睨み付けた。
 固く結ばれた両手を上げかけたが、すぐに降ろすと、感情を抑えるように呼吸を整えた。


「……相談もなしとはな」


「そういう御方です。相談しても同じ、などとは考えていない筈です。これが最善だと、そう思われたのでしょう」


 騎士スターリングの返答に、シルディマーナ将軍は息を吐きながら目を閉じた。


「そうかもしれぬな。すべては、ステフを死なせぬため。いや、我らも死なせぬためか。ならば、この件はステフ・アーカムには報せるな。我らはこれより――」


「……なにを報せないんですか?」


 ステフの声に、シルディマーナ将軍に騎士スターリング、そして周囲にいた兵たちが一斉に振り返った。
 目を見開くシルディマーナ将軍へと、ステフは近づいた。


「もしかして、ジンが居なくなってることと、関係があるんですか?」


「いや……ステフ・アーカム。ジンなら、用足しとかではないか?」


「将軍……あたしに、そんな嘘は通じません」


 自分を見つめるステフの瞳に、虹色の光彩が浮かんでいた。それに気づいた、シルディマーナ将軍は視線を逸らせると、ステフは騎士スターリングへ目を向けた。
 領主でもあるステフに無言で返答を促され、騎士スターリングは苦悶の表情を浮かべた。答えたが最後、ステフがそのような行動をとるのか。それが予想できた故に、答えることができなかった。
 数秒の沈黙が降りたとき、周囲に大きな羽を羽ばたかせる音が響いた。風圧で砂塵を舞い上がらせながら、三体のドラゴンが舞い降りてきた。
 ステフ以外の全員が顔を覆う中、ゴールドドラゴンのダグルンドが、ステフに顔を向けた。


〝ステフ・アーカム……お主には、我から話そう。ジン・ナイトは、ギーンとともにフレインへと向かった。それしか、お主を死なせぬ手はないのだ。理解をしてやって欲しい〟


「理解なんか、できません。なにがあったのかは知りませんけど……ジンが行ったのなら、あたしも行くだけです」


〝駄目よ!〟


 ガーラが、ステフに対して牙を剥いた。


〝あなた一人でも残っていれば、婚礼の儀を行えるのでしょう? 相手はジン以外の誰かだとしても、婚礼の儀は行える――我らとの盟約、忘れたとは言わさない! 死ぬために戦いに赴く必要なないわ〟


「盟約は、忘れてない。でもね、ガーラ」


 瞳から虹色の色彩が消えたステフが、ガーラを見上げた。


「ジンの居ない世界に、未練はないの。死ぬために行く必要がないというけれど、あたしは今――それを望むの」


〝させないっ!!〟


 ステフに突進しかけたガーラの首に、ダグルンドではないゴールドドラゴンが噛みついた。突進を止められたガーラは怒りの形相を向けたが、そのゴールドドラゴンは唸るような声を出した。
 ガーラも唸り声をあげ、それが数度続くと、ゴールドドラゴンは静かに顎を放した。


〝魔女よ。ジンが去ってから、もうじき三時間になる。行ったところで、すべてが終わったあとかもしれぬ。
 まだ戦いの最中だったとしても、おまえが行ったところで、死体が二つになるだけだ。それどころかジン・ナイトの邪魔をするだけかもしれぬ。それでも行かねばならぬ理由が、お主にあるのか?〟


「あります」


 ステフは、ジンの保存食を僅かに掲げた。その指にはギルダメンのネックレスもかかっていた。


「これは、ジンの忘れて行った保存食です。これを届けに行くという理由があります。あと、ネックレスとイヤリングも」


〝保存食……食料のことか? そんなもの――〟


「そんなものじゃ、ありません! あんなに美味しいご飯だし、お腹が空いてるかもしれないから、持っていかないといけないんです。そしてそれは、妻になる、あたしの役目」


 喚くように言い放ったステフの返答を聞いて、ゴールドドラゴンは呆気にとられたように口を開けていた。
 しかし、すぐに笑い始めた。


〝なるほど! これはいい――いいぞ、魔女よ。我が近くまで運んでやろう〟


 身体を屈ませながら首を下げたゴールドドラゴンは、ステフと目を合わせた。


〝我が名は、ヂーンファグス。人の言葉にするなら、疾風を意味する。空を飛ぶすべての生物で、我の翼より速いものはない〟


「ありがとう。ヂーンファグス」


 ヂーンファグスの首に手を伸ばしたステフに、シルディマーナ将軍が近づいた。
 将軍は険しい顔をしたまま、ステフの耳に顔を寄せた。


「ステフ――数時間、いや一〇分でも一秒でもいい。少しでも時間を稼げ。決して……死ぬな」


「それは、命令ですか?」


「いや、頼み――いや、祈りかもしれん。最後の最後まで、死を遠ざけよ」


 シルディマーナ将軍の言葉に、ステフは無言で頷いた。
 長い首を伝って、ヂーンファグスの背に跨がったステフは、ガーラの名を呼んだ。


「ガーラ。あたしはね、婚礼の儀を諦めたわけじゃないの。あたしとジンが揃えば、どんな困難だって乗り越えられる。誰にも負けない。あたしは、そう信じてる」


 ステフを一瞥しただけで、ガーラはすぐに視線を背けた。
 沈黙の中で翼を広げたヂーンファグスは、ステフを乗せて夜の空へと舞い上がった。

----------------------------------------------------------------------------
本作を読んで頂き、ありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

昨日から、なぜか仕事量が増えてしまった今日この頃です。

「一人研修させるから、彼の分の仕事もよろしくね☆ あ、残業はしないでね」 

ってな感じです。期間は今月末。
これで給料変わりません。なんとかして欲しいです。足腰パンパンやで……。

愚痴っても仕方がないので、別の話を。

バレンタインも終わりましたね……。
今年は、一個。

同じ職場にいる先輩の奥さんからのお裾分け……こんなもんです、毎年(泣

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回もよろしくお願いします!
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

異世界スローライフ希望なのに、女神の過保護が止まらない

葉泪秋
ファンタジー
HOTランキング1位感謝です!(2/3) 「小説家になろう」日間ランキング最高11位!(ハイファンタジー) ブラック企業で過労死した俺、佐久間遼。 神様に願ったのは、ただ「異世界で、畑でも耕しながらのんびり暮らしたい」ということだけ。 そうして手に入れた、辺境の村での穏やかな日々。現状に満足し、今度こそは平穏なスローライフを……と思っていたのだが、俺の妙なスキルと前世の社畜根性が、そうはさせない。 ふとした善意で枯れた井戸を直したことから、堅物の騎士団長やら、過保護な女神やらに目をつけられることになる。 早く穏やかに暮らしたい。 俺は今日も、規格外に育った野菜を手に、皆の姿を眺めている。 【毎日18:00更新】 ※表紙画像はAIを使用しています

セーブポイント転生 ~寿命が無い石なので千年修行したらレベル上限突破してしまった~

空色蜻蛉
ファンタジー
枢は目覚めるとクリスタルの中で魂だけの状態になっていた。どうやらダンジョンのセーブポイントに転生してしまったらしい。身動きできない状態に悲嘆に暮れた枢だが、やがて開き直ってレベルアップ作業に明け暮れることにした。百年経ち、二百年経ち……やがて国の礎である「聖なるクリスタル」として崇められるまでになる。 もう元の世界に戻れないと腹をくくって自分の国を見守る枢だが、千年経った時、衝撃のどんでん返しが待ち受けていて……。 【お知らせ】6/22 完結しました!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

勝手にダンジョンを創られ魔法のある生活が始まりました

久遠 れんり
ファンタジー
別の世界からの侵略を機に地球にばらまかれた魔素、元々なかった魔素の影響を受け徐々に人間は進化をする。 魔法が使えるようになった人類。 侵略者の想像を超え人類は魔改造されていく。 カクヨム公開中。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

処理中です...