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最終章 女神が告げる死の神託
四章-2
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シルバードラゴンのギーンが翼を羽ばたかせながら、ゆっくりと海岸に着地した。
フレインの南端に近い海岸は、ほとんどが岩場と荒れ地だった。見たところ、蟹や海鳥などの生き物はおろか、雑草すら生えていない。
約一時間半ほどの飛行を終え、俺はギーンの背中から降りた。
俺は先ず、背負い袋の中からランタンと火口箱を取りだし、火を灯した。予備の油壺と火口箱を革袋に入れて腰に下げると、背負い袋を捨てた。
ランタンを盾の内側になるように掴んでから、俺は立ち上がった。
〝最後に訊くが――本当に、良いのだな?〟
ギーンの問いに、俺は無言で頷いた。
古のドラゴンたちには、すべてを話してある。その上で、俺をフレインに運ぶよう頼んだのだ。
ガーラは多少ごねたが、ステフを――皆を死なせないためと説くと、渋々といった雰囲気だったが、少なくとも納得はしたようだ。
海面すれすれの低空飛行で兵たちの目をやり過ごし、俺とギーンはフレインへと飛んだ。
上空は寒かったけど、時間にして三、四〇分の飛行だ。まだ手足は強ばっているけど、それもすぐに回復すると思う。
〝負けはしたが――貴様との勝負は、そこそこ面白かった〟
「……ありがと、ギーン。それじゃあ……ステフを頼む」
それが、別れの言葉となった。
踵を返した俺の背後で、大きな羽が羽ばたく音が聞こえた。これで、完全に一人になった俺は、暗がりの中を歩き始めた。
荒れ地を進んでいると、目の前に濁った水たまりのようなものが見えてきた。
昨日あたり雨が降ったのか、大きな水たまりは、目の前に四つばかり点在していた。俺は気にせずに進もうとしたが、つま先で弾いた石ころの一つが、水たまりの中で浮いた。
「――っと」
俺は思わず、声をあげていた。
これは、水たまりなんかじゃない。俺は油壺の一つを取り出すと、油を少し水たまりに振りかけた。
そして、火口箱から燻っている藁を摘まみ上げ、水たまりの中に放った。その途端、盛大な炎が上がった水たまりが、無茶苦茶に蠢き始めた。
これは、スライムという魔物の一種だ。魔法生物――という話みたいだけど、ジュザブロー爺さん曰く、単細胞生物の集合体ということだ。粘液状の生物で、生物を溶かして体内に取り込む性質がある。
知能はほぼ皆無で、本能というか、細胞の反応だけで生きている。
弱点はスライムの種類にもよるが、炎というのが一般的だ。
そんな性質の魔物が生息していたら、このあたりが雑草一本生えていない荒れ地なのも頷ける。
俺は油壺を一瓶使って、四体のスライムを斃した。そして燃え落ちるスライムたちを眺めながら、俺は意識を切り替えた。
――ここは、迷宮の中だ。
広々とした海岸で、目の前には林らしいのも見える。だけど、ここは迷宮だ。
どこから魔物が襲いかかってくるか、覚悟しなくてはならない。俺はまだ燃えるスライムから離れると、破壊神アラートゥのいる礼拝堂へと急いだ。
*
階下のざわめきで、ステフは目を覚ました。
指先に、シーツの感触しかなかった。
「……ジン?」
起き上がったステフは暗がりの中で燭台に火を灯すと、部屋の中を照らした。
二度、部屋を見回したが、ジンの姿はどこにもない。ステフはローブを羽織ると、燭台を手にしたまま廊下に出たステフは、隣の部屋――装備が置いてある部屋のドアが微かに開いていることに気づいた。
「……ジン、いるの?」
部屋を覗いたが、誰もいない。燭台で室内を照らしたステフは、平台の上にジンの装備がないのを見て、目を見広げた。
代わりに、イヤリングとギルダメンのネックレスが置いてある。震える手で二つの品を手に取ったステフは自分の装備、そしてジンが置いていった保存食を手にすると、階段を降りた。
寄宿舎では、真夜中だというのに兵士や傭兵、冒険者が起きて、なにごとか話をし、何割かは鎧を身につけていた。
それを横目に寄宿舎から出たステフは、港へと歩き出した。
理由はないが、装備を身につけたジンが向かうなら、港だと思ったのだ。ステフが港に入ったところで、埠頭に近いところから怒声が聞こえてきた。
「馬鹿野郎っ!!」
声は、第三軍でも古株の兵士だ。打擲の音がすると誰かが倒れる音、そして周囲からの「取り押さえろ!」などの声が聞こえてきた。
「なんで、止めなかった!」
「装備の確認って話で……まさか、こんなことになるなんて、思わなかったんです」
会話の内容から、責められているのはハッキンのようだった。
ステフが声のする人だかりへと歩き始めたとき、シルディマーナ将軍の声が響いた。
「やめろ! 身内で言い合いをしている場合ではない!!」
そのひと言で、場は静まり返った。
大きな溜息を吐いたシルディマーナ将軍は、凜とした声で周囲の者に問いかけた。
「それで……先の報せは、間違いがないのだな?」
「は、はい。船の見張りが目撃を……ドラゴンの一体が飛び去ったそうです」
ハッキンの報告に、シルディマーナ将軍は虚空を睨み付けた。
固く結ばれた両手を上げかけたが、すぐに降ろすと、感情を抑えるように呼吸を整えた。
「……相談もなしとはな」
「そういう御方です。相談しても同じ、などとは考えていない筈です。これが最善だと、そう思われたのでしょう」
騎士スターリングの返答に、シルディマーナ将軍は息を吐きながら目を閉じた。
「そうかもしれぬな。すべては、ステフを死なせぬため。いや、我らも死なせぬためか。ならば、この件はステフ・アーカムには報せるな。我らはこれより――」
「……なにを報せないんですか?」
ステフの声に、シルディマーナ将軍に騎士スターリング、そして周囲にいた兵たちが一斉に振り返った。
目を見開くシルディマーナ将軍へと、ステフは近づいた。
「もしかして、ジンが居なくなってることと、関係があるんですか?」
「いや……ステフ・アーカム。ジンなら、用足しとかではないか?」
「将軍……あたしに、そんな嘘は通じません」
自分を見つめるステフの瞳に、虹色の光彩が浮かんでいた。それに気づいた、シルディマーナ将軍は視線を逸らせると、ステフは騎士スターリングへ目を向けた。
領主でもあるステフに無言で返答を促され、騎士スターリングは苦悶の表情を浮かべた。答えたが最後、ステフがそのような行動をとるのか。それが予想できた故に、答えることができなかった。
数秒の沈黙が降りたとき、周囲に大きな羽を羽ばたかせる音が響いた。風圧で砂塵を舞い上がらせながら、三体のドラゴンが舞い降りてきた。
ステフ以外の全員が顔を覆う中、ゴールドドラゴンのダグルンドが、ステフに顔を向けた。
〝ステフ・アーカム……お主には、我から話そう。ジン・ナイトは、ギーンとともにフレインへと向かった。それしか、お主を死なせぬ手はないのだ。理解をしてやって欲しい〟
「理解なんか、できません。なにがあったのかは知りませんけど……ジンが行ったのなら、あたしも行くだけです」
〝駄目よ!〟
ガーラが、ステフに対して牙を剥いた。
〝あなた一人でも残っていれば、婚礼の儀を行えるのでしょう? 相手はジン以外の誰かだとしても、婚礼の儀は行える――我らとの盟約、忘れたとは言わさない! 死ぬために戦いに赴く必要なないわ〟
「盟約は、忘れてない。でもね、ガーラ」
瞳から虹色の色彩が消えたステフが、ガーラを見上げた。
「ジンの居ない世界に、未練はないの。死ぬために行く必要がないというけれど、あたしは今――それを望むの」
〝させないっ!!〟
ステフに突進しかけたガーラの首に、ダグルンドではないゴールドドラゴンが噛みついた。突進を止められたガーラは怒りの形相を向けたが、そのゴールドドラゴンは唸るような声を出した。
ガーラも唸り声をあげ、それが数度続くと、ゴールドドラゴンは静かに顎を放した。
〝魔女よ。ジンが去ってから、もうじき三時間になる。行ったところで、すべてが終わったあとかもしれぬ。
まだ戦いの最中だったとしても、おまえが行ったところで、死体が二つになるだけだ。それどころかジン・ナイトの邪魔をするだけかもしれぬ。それでも行かねばならぬ理由が、お主にあるのか?〟
「あります」
ステフは、ジンの保存食を僅かに掲げた。その指にはギルダメンのネックレスもかかっていた。
「これは、ジンの忘れて行った保存食です。これを届けに行くという理由があります。あと、ネックレスとイヤリングも」
〝保存食……食料のことか? そんなもの――〟
「そんなものじゃ、ありません! あんなに美味しいご飯だし、お腹が空いてるかもしれないから、持っていかないといけないんです。そしてそれは、妻になる、あたしの役目」
喚くように言い放ったステフの返答を聞いて、ゴールドドラゴンは呆気にとられたように口を開けていた。
しかし、すぐに笑い始めた。
〝なるほど! これはいい――いいぞ、魔女よ。我が近くまで運んでやろう〟
身体を屈ませながら首を下げたゴールドドラゴンは、ステフと目を合わせた。
〝我が名は、ヂーンファグス。人の言葉にするなら、疾風を意味する。空を飛ぶすべての生物で、我の翼より速いものはない〟
「ありがとう。ヂーンファグス」
ヂーンファグスの首に手を伸ばしたステフに、シルディマーナ将軍が近づいた。
将軍は険しい顔をしたまま、ステフの耳に顔を寄せた。
「ステフ――数時間、いや一〇分でも一秒でもいい。少しでも時間を稼げ。決して……死ぬな」
「それは、命令ですか?」
「いや、頼み――いや、祈りかもしれん。最後の最後まで、死を遠ざけよ」
シルディマーナ将軍の言葉に、ステフは無言で頷いた。
長い首を伝って、ヂーンファグスの背に跨がったステフは、ガーラの名を呼んだ。
「ガーラ。あたしはね、婚礼の儀を諦めたわけじゃないの。あたしとジンが揃えば、どんな困難だって乗り越えられる。誰にも負けない。あたしは、そう信じてる」
ステフを一瞥しただけで、ガーラはすぐに視線を背けた。
沈黙の中で翼を広げたヂーンファグスは、ステフを乗せて夜の空へと舞い上がった。
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本作を読んで頂き、ありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
昨日から、なぜか仕事量が増えてしまった今日この頃です。
「一人研修させるから、彼の分の仕事もよろしくね☆ あ、残業はしないでね」
ってな感じです。期間は今月末。
これで給料変わりません。なんとかして欲しいです。足腰パンパンやで……。
愚痴っても仕方がないので、別の話を。
バレンタインも終わりましたね……。
今年は、一個。
同じ職場にいる先輩の奥さんからのお裾分け……こんなもんです、毎年(泣
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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