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第二章『生き写しの少女とゴーストの未練』
一章-1
しおりを挟む一章 帰らずの街
1
ラオン国のハワード領に入った《カーターの隊商》は今、フェリンという村で商売を終えたばかりだ。
すっかり日が暮れて、周囲は夜の闇に包まれていた。
村の広場に集まった馬車の傍らで、俺――クラネス・カーターを始めとした商人と、隊商の関係者が顔を付き合わせて、これからの旅程について検討し合っていた。
焚き火とランプが周囲を照らす中、伸びてきた焦げ茶色の前髪が鬱陶しくて、手で掻き分けた俺は、茶色の瞳を地面に置いた羊皮紙へと向けた。
これは、ハワード領内の地図だ。あまり詳細な地図とはいえないが、それでも街や村、それと大きな街道くらいは記されている。
円を描くように座っている商人たちの表情は、あまり芳しくない。これからのことで、かなり悩んでいるのが、一目瞭然だった。
というのもフェリンでの商売をしている最中、旅の巡礼者から。良くない噂話を聞いたからだろう。
「あなたがたは、ギリムマギへ向かうのですか?」
中年の男性巡礼者は、細い目を大きく見広げた。どこかの街の教会に属しているのか、僧服の品は悪くない。道中の砂埃や草木で擦れて薄汚れてはいたし、無精髭もそのままだが、敬虔な信者に見られがちな、曇りのない目が、人の良さと誠実さを滲ませていた。
その巡礼者は、俺たちのことを心配するように祈りを捧げる仕草をした。
「その街へ向かうのは、止めた方がよいでしょう。わたくしたちは先の村で、ギリムマギのことを聞いたのですが……あそこは今、大変なことになっております」
「大変なこと……ですか?」
「はい。詳細までは、わかりません。ただ、今のギリムマギは〈帰らずの街〉と呼ばれているようで……御領主の住む街だというのに、なにが起きているのか。神の慈悲があれば良いのですが」
そんな忠告を残して、その巡礼者は同行者たちと村を去って行った。
こんな噂話を知ってしまったら、素直にギリムマギへ行くのは躊躇われる。だけど隊商である以上、利益の望める街を迂回するのは、例え隊を取り仕切る長とはいえ、勝手に決めるわけにはいかない。
いやまあ、勝手に決めてもいいんだろうけど、それで不平不満が溜まるのは、やっぱりよろしくないと思うわけ。
「さて、さっきも話をした噂話を考慮して、次の目的地を決めなければなりません。予定通りにギリムマギへ行くか、それとも稼ぎは減りますが、ミリベって村に行くか。ミリベの先にはオオラウって街がありますから、損失は補えると思います」
俺の説明を兼ねた問いかけに、初老の商人が唸るような声をあげた。
「ギリムマギでの稼ぎは、魅力だが……命あってのことか」
初老の商人は皆を見回して、一同を見回した。
「どうだろう。その不穏な噂が落ちつくまで、ギリムマギの商売は避けるべきだと思うが」
「……そうだな」
ほかの商人たちも、先の意見に同意していく。
護衛の傭兵を束ねる護衛頭のフレディ・ドロンが、やや安堵した顔をした。薄い茶髪の下にある青い目が、やや微笑んだように見えた。
長い髪を後ろ手に束ねながら話を聞いていたユタ・マーマニさんも、商人たちの意見に満足しているようだ。
俺の隣に座っている少女――アリオナさんが、小首を傾げながら訊いてきた。
背中の中程まである金髪が揺れ、緑色の瞳が、真っ直ぐに俺を見ている。なかなかの美少女だと、俺個人としては思っているわけで。
「クラネスくん。どうなったの?」
「とりえず、危険そうな街は避ける方向になりそうだよ」
アリオナさんは俺の〈音声使い〉としての《力》を込めた声でないと、言葉が伝わらない。
そんな彼女も〈怪力〉――命名したのは俺だけど――の《力》の持ち主だ。
俺とアリオナさんは、別の世界――地球とか日本という国があり、スマホやインターネットのある世界のことだ――からの、転生者だ。
前の世界の俺たちは同級生であり、同じ不慮の事故で死んだ。そして何故か揃って、この世界に転生していたんだ。
アリオナさんは、身体に不自由のある〈憑き者〉の少女として。俺も一応は健常者で、貴族らしい祖父の孫として生まれてはいるけど、感情の一部が欠落した、恐らくは〈憑き者〉なんだと思う。
そんな俺たちは、この世界で再開し、今では行動を共にしている。ついこの前、色々とあったんだけど……いかん、思い出すと顔が赤くなってしまう。
とにかく話が纏まりそうだと分かり、アリオナさんもホッとした顔をした。
「話が纏まったところで、解散としましょう――」
俺は最後の『か』を言うことができなかった。
円となって座っている俺たちの中心に、陽炎のような影が浮かび上がった。それは次第に大柄な男の姿を形作っていく。
その姿に、俺は幽霊という存在を思い出した。
ゴーストは、商人の一人へと指先を向けた。
〝貴様たちに忠告をしてやろう――この先にある、ギリムマギという街に行かねば、おまえたちに最悪な災いが降りかかるであろう。これは脅しなどではない。確定された未来である〟
そのゴーストの言葉に、場の空気が凍り付いた。
たった今、その街を避けようと決まったばかりだ。そこに不吉な予言じみた内容を告げられたら、誰でも言葉を失うだろう。
唯一の例外は、アリオナさんだ。
言葉が伝わっていない彼女だけは、どこか不安げな顔で、周囲を見回していた。
そんな俺たちを見回したあと、ゴーストは姿を消した。そのあとも商人たちは、ゴーストが消えた場所を呆然と眺めていた。
俺は大きく息を吐き出してから、皆を見回した。
「それじゃあ、予定通りギリムマギは迂回と言うことで――」
――いいですよね。そう言い終えたかったに、アリオナさんを除いた全員が、一斉に俺へと詰め寄って来た。
「長! 今の話! 聞いたでしょ!?」
「災いが来るとか、言われたばかりじゃないですか!?」
「クラネス君。もうちょっと考えてもいいと思うわよ?」
「若、もう一度、皆の意見を確認すべきだと思います」
そう訴える皆を眺めながら、俺は面倒臭いと思いつつ、小さな溜息を吐いた。
こんなの、嘘っぱちだと思うんだけどな……大体、不穏な噂のあるギリムマギへ行ったって、厄介ごとに巻き込まれるんだろうし。
それならまだ、あるかどうかわからない、災いのほうがマシだと思うんだけど……。
少し落ちつくよう、俺は両手で皆を制した。フレディやユタさんはともかく、商人たちは完全に怯えている。
訊くだけ無駄な気がするけど……。
俺はさたに二回ほど全員の顔を見回してから、もう一度、最初の問いかけをした。
「……さっきも話をした噂話を考慮して、次の目的地を決めなければなりません。予定通りにギリムマギへ行くか、それとも稼ぎは減りますが、ミリベって村に行くか。ミリベの先にはオオラウって街がありますから、損失は補えると思います……けど」
――どうします? という言葉を待たずして、商人たちは一斉に喋り出した。
「ギ、ギリムマギでいいんじゃないか?」
「災いというのは、避けるべきだ。予定通り行こう」
「気は進まないが、ここはギリムマギに行こうじゃないか」
……ほら、ね。
完全に、予想通りだ。
ゴーストに、災いという単語。商人たちを怯えさせるには、十二分すぎる。現在のところ、隊商に参加してくれている商人は六名。
対する隊商関係者は、アリオナさんを含めても四名。フレディは俺に賛成してくたけど、ユタさんは中立。アリオナさんは、悩んだ挙げ句に俺と同じ意見。
多数決の結果、ギリムマギ行きが決まってしまった。
まあ……なんだ。基本的にホワイト企業を目指し、長である俺の独断を控え、多数決で決めるようにはしてるけど。
……正直、気乗りしないなぁ。
厄介ごとの予兆が脳裏を埋め尽くすが、こうなっては仕方が無い。あとの責任を長である俺に求めないという条件を付けた上で、俺たち《カーターの隊商》はギリムマギへ向かうこととなった。
……っていうか、本当にいいのかなぁ。
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本作を読んで頂き、まことにありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
本編開始ですが、まだもや大賞にエントリーしますので、しばらく後書きはなしでアップしていくとお思います。諸々は、近況のほうで……。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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