屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです(完結)

わたなべ ゆたか

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第二部『帰らずの森と鬼神の迷い子』

三章-8

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   8

 レティシアたちが陣に戻って来たとき、すでに日は沈んでいた。


「団長、お帰りなさいませ」


 フレッドに出迎えられたレティシアらは、それぞれに軍馬や馬車から降りた。クロースやユーキは、その場にしゃがみ込んだまま、浅い呼吸を繰り返していた。
 比較的、足腰がしっかりとしているのはリリンだけ。レティシアやセラはもちろん、キャットや沙羅も疲労の色が濃かった。
 騎士団の面々を見回したレティシアは、珍しく俯き加減になっているセラの腕を突いた。


「皆の疲労が濃い。あと、何日保ちそうだと思う?」


「明日が限度でしょう。このまま、囮作戦を続けるのなら――ですが。体力以上に、精神的な疲労感が大きいかと。なにか、好転するような材料があれば、士気も回復するでしょうが……」


「ランドとドラゴンの姫様次第……というのは、我ながら情けない限りだ。兄上の元に送った使者は、帰ってきたか?」


「いえ。まだです。馬で移動とはいえ、片道だけで三日――向かっているのはシーナですから、四日はかかるかもしれません」


 シーナという女従者は単騎で領地を移動できるが、体力的にはレティシアだけでなく、クロースやユーキにも劣る。
 騎乗の移動とはいえ、どうしても休息の回数は多くなる。


「早くて、今頃はこちらに向かっている最中か……」


「援軍とて、どれだけ対抗できるか――」


 セラが溜息を吐いたとき、リリンが駆け寄ってきた。


「団長、副団長……空から、なにかが来ます」


「なにかとは、なんだ? リリン、正確な情報を頼む」


「まだ高度が高いですから、正確には……ですが翼のある、恐らくは鳥よりも大きなものです」


「……ランドと、瑠胡姫ではないのか?」


 顔を上げたセラに、リリンは肯定とも否定ともつかない素振りで、空を見上げた。


「ドラゴンの姿ではありません。尻尾や長い首は見えませんから。ですので、念のため警戒をしたほうが良いでしょう」


「――まったく。次から次へと……総員、弓を手にして集合しろ。翼のある何かが、こちらに迫っている。リリンとセラを中心に、上空を警戒せよ」


「――了解」


 セラを始めとして、騎士団の面々は弓を手にしたが、普段よりも動作は緩慢だ。
 蓄積した疲労が、団員たちの手足だけでなく、心も苛み始めていた。リリンが上空を指で示すと、月明かりの下、小さな影が見えた。
 リリンの言うとおり、羽ばたいている翼が見える。
 クロースたちが長弓を携え、影の見える方向へ横一列に並んだ。号令があれば、一斉に矢を放てる体勢だ。
 そんな騎士団の様子を眺めていた沙羅は、ふと結晶の煌めきのようなものが、自分の元に舞い降りてきたことに気付いた。
 それを手にした沙羅は、目を見広げた。


「皆様、お待ち下さい。あれは――瑠胡姫様にございます」


「――それは、本当ですか!?」


 レティシアよりも早く、セラが沙羅へと振り返った。
 沙羅が頷くと、騎士団全員が、夜空に浮かぶ影を仰ぎ見た。その中でリリンは、嬉し泣きのような顔になっていた。

   *

 瑠胡に運ばれていた俺は、ゆっくりと降下し始めたのがわかると、心からホッとしていた。なにせ俺は、二時間以上も瑠胡にしがみついたままだったんだ。
 二時間もあれば少しは慣れもするが、それでも惚れている女性と抱き合うような姿勢でいるのは、下腹部の辺りから理性を崩されそうになる。
 ドラゴンの姿なら、一時間ちょいでレティシアたちに合流出来たはずなのに。
 やがて、軽い振動とともに動きが止まった。最初にセラ、そしてクロースやレティシア――最後にリリンの声が聞こえてきた。


「ランド、着いた――ぞ」


 どこか名残惜しそうで、それでいて少し不満げな声の瑠胡が、俺から手と神糸の袖を放していく。
 俺も両腕を瑠胡の腰から放した――直後、騎士団の面々の声が一斉に止んだ。なにかあったのかと思って振り返ると、皆一様に戸惑いや呆れ――ユーキだけは満面の笑みを見せていたが――のような表情を浮かべていた。


「ええっと……」


 なにがあったのか訊こうとしたとき、レティシアが重い溜息を吐いた。


「まったく……ランド? こんなときに、なにを抱き合いながら移動しているんだ」


「いや……俺に言われても」


 瑠胡がドラゴンに変身しなかったのは、俺の所為ではないと――思う。俺が返答に困っていると、瑠胡が扇子で口元を隠しながら前に進み出た。


「そう呆れるでない。たまには、良いではないか。あのワームに対する、対抗策も手に入れて来たことだしの」


「自重願います、姫君。それはともかく、手に入れた対抗策を聞かせて下さいませんか」


「よかろう。ランド、例のものを見せてやるがよい」


「ええっと……はい」


 俺は腰に下げた袋から、黄色いキノコを取り出した。
 そしてダグリヌスやエスカルゴから聞いた内容を、レティシアたちへと伝えた。みんな半信半疑のような顔をしていたが、瑠胡からも正確な情報だと伝えられると、それで納得したようだ。


「これが……ヤツを小さくするのか。小さくできれば捕獲も容易いし、ジョンも解き放たれるということか」


 レティシアはキノコの量を確認するように、革袋を突いた。


「あとは、作戦を考えねばな。姫君、夕食を食べたあと、作戦の立案を手伝って下さいませんか? 食事は――すぐに準備できるそうです」


 フレッドたち従者の反応を見てから、レティシアは瑠胡に申し出た。
 断る理由はなかったらしい瑠胡は鷹揚に頷くと、革袋を腰に下げ直している俺を振り返った。


「ランド、これから食事らしい。こちらで――」


「あ、いえ。俺は……指揮官と同じ食事ではないでしょうから。作戦を立てるときに、そちらに伺います」


「ふむ……そうか。それは仕方ないのう」


 瑠胡は一瞬、寂しげな顔を見せた。しかしレティシアに促されると、大きなテントの中に入っていった。
 待っているだけでは暇だし、なにもしていないと神域で「想い人がいる」という瑠胡の言葉が頭の中を埋め尽くしそうになる。
 それなら調理中の従者たちを手伝おうと、焚き火のところへと歩き出したとき、セラが声をかけてきた。


「ランド、姫様となにかあったのか?」


「いや……別に」


「別に、という感じではないだろう。姫様と喧嘩――でもしたか?」


 セラの推測に、俺は首を振った。


「いや、喧嘩はしてない。ただ……俺が勝手にモヤモヤとしてるだけだ」


「モヤモヤ? どういうことだ」


「いや……身分不相応だとは思うがな。ただ、想い人がいるってことを聞いてさ。考えてみれば、そうなんだろうけどさ。でも、姫様が目的を果たして村を去るまで、あまり知りたくはなかったかな」


 少し投げやり的に答えると、セラは複雑そうな顔をした。言いたいことがあるが、言う訳にはいかない――それに言わないことで、なにかセラ自身がイヤな想像をしたような。
 ほぼ無意識に、〈計算能力〉がセラの表情を分析していた。
 しばらくして、セラは傍目にも解るほど、無理矢理な笑みを浮かべた。


「瑠胡姫様は、身分など気にしてないと思うが」


「いや、そういう問題じゃなくてさ」


「そういう問題だ。まったく……おまえは本当に、恋愛には疎いのだな。あと、女心に対して鈍すぎる」


 セラは俺の背中を思いっきり叩くように、料理をしている従者たちのほうへと押した。


「瑠胡姫様と、その件について話をしたらどうだ? そうやってモヤモヤとするのは、おまえだって止めたいだろう」


「そりゃ……そうだけど」


「なら、話をしてみろ。案外、おまえの考えているのとは、違う意味かもしれんぞ」


 セラはそう言うと、気に繋いだ軍馬のほうへと歩いていった。

   *

 草を食んでいる軍馬の側まできたセラは、溜息を吐いた。


「なにをしているんだろうな、わたしは」


 ぼそっとした呟きに気付いたのか、軍馬が草を食むのを止めて顔を寄せた。セラは愛馬の顔を撫でながら、自嘲気味な笑みを浮かべていた。
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