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第五部『臆病な騎士の小さな友情』
一章-3
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ユーキとの仕事を終えた俺は、帰宅すると瑠胡の自室を訪れた。
元の俺の家――神殿の隣にある小屋から、家財を運び込んだ部屋は、中々に豪奢な内装になっていた。
畳の上に敷かれた絨毯、ベッドは天蓋付きだし、壁には色とりどりの飾り布が垂れ下がっていた。銀糸か金糸か、見事な刺繍が施されたクッションのようなもの――座布団というらしい――の上に座っていた瑠胡は、俺へ穏やかな微笑みを向けていた。
白い肌に、腰まである長い黒髪は黒蜜のように艶やかだ。ピンクゴールドの瞳は俺と居るとき、穏やかな光を浮かべてくれる。
白い襦袢の上から緑、紺色の順番に重ね着をした着物の上から、金糸の刺繍が施された黒の帯が結ばれている。
帰宅してすぐに汗を拭っていた俺は、勧められるまま瑠胡の隣に腰を降ろした。
「レティシアたちも苦労が絶えませんね」
ユーキの父やリリンの同窓生が来たことを告げると、瑠胡は小さく苦笑した。
「また、助力を請われるかもしれませんね」
「それは、どうでしょうね。かなり個人的な問題でしょうし」
俺が肩を竦めると、瑠胡が肩を寄せてきた。
悪戯を思いついた幼子のような表情の瑠胡は、少し上にある俺の顔を見上げた。
「そうですか? わたくしは絶対に、助力を請われると思っています。ランドもそうですが、セラもいますから。レティシアにとっては、話を持って来やすいでしょうから」
「あ……そうか」
レティシアにとって、セラは訓練兵時代からの付き合いらしい。二人が話をしているところを見ると、《白翼騎士団》でも右腕的存在だったことが窺い知れる。
……となると、レティシアでは対処が難しくなると、こっちを頼ってくる可能性はあるか。
俺がそんなことを考えていると、部屋のドアがノックされた。
「紀伊です。入りますが……宜しいですか?」
「ふむ。構わぬから、入って参れ」
姫らしい口調に戻った瑠胡が応じると、ドアを開けて紀伊が部屋に入ってきた。
紀伊は俺と瑠胡の様子を見て、僅かに眉を顰めた。
「夕餉の準備が整いました」
「左様か。すぐに行くと、皆に伝えておくれ」
「はい。それで……姫様。下界へ降りたとはいえ、天竜族の姫であることには違い御座いません。相応の慎みを忘れぬよう、お願い申し上げます」
気難しい表情で、紀伊は慇懃に頭を下げた。懐から取り出した扇子で口元を隠した瑠胡が、紀伊へと目を細めた。
「御主は……相変わらず固いのう。同胞たちから認められれば、正式につがい――人の言う妻になるのだから、問題はなかろうに。それに御主やセラ以外には、もっと気を配っておるから、心配なぞするでない」
「……心配しかありません。ランド様も、もっと瑠胡姫様の言動に気を配って下さい」
これは俺にとって、かなり難しい注文だ。
同意を求めるような圧力を醸し出している紀伊に、俺は曖昧な笑みを浮かべた。
*
レティシアはこれまでの経緯を話し終えたあと、ザルードを食堂へと連れていった。
従者たちが食事の準備をしている中、長机の片隅にいるユーキは、一冊の本を熱心に読んでいた。真向かいにいるリリンが、同じ本を読みながら、ユーキの疑問点を受け答えしていた。
その様子を見たザルードは、口を曲げながら腕を組んだ。
「あれは、なにを?」
「戦術を学んでおります。ユーキは、騎士団の参謀役を目指すと言ってくれました。我々としてはユーキの目標が叶うよう、協力をしている次第です」
レティシアの返答を聞いたザルードは、面白くなさそうな顔をした。
「騎士とは、武勲で成り上がるものだ。勉学が必要ないとは言わぬが……それよりも剣技に磨きをかけるほうが重要ではないか?」
「勿論、剣技の訓練も怠ってはおりません。ご心配でしたら、明日にでも訓練風景をお見せ致しましょう」
「……それは是非、お願いしたいものですな」
頷きもせずに返答したザルードの目は、ユーキに注がれたままだ。
口は厳しいが娘への愛情は残っている――そうレティシアが思いかけたとき、ザルードは不満げな声を漏らした。
「それにしても、前にいるのは魔術師なのだろう? どう見てもユーキが戦術を教えているようには見えぬが?」
「その通りです。彼女は〈計算能力〉の《スキル》を持っていますから、書物を読み解いて最適解を導き出せるのです。座学における理解力においてリリンの右に出る者は、この《白翼騎士団》にはおりません」
レティシアの回答を聞いて、ザルードはあからさまに表情を険しくした。
「やはり、ユーキは早々にほかの騎士団へと移したほうが良さそうですな。あんな小娘が座学の教鞭を取るなど……騎士への侮辱でしかない」
吐き捨てるようなザルードの言葉に、レティシアは無感情に目を向けた。彼女を知る者なら、その感情を必死で堪えるような表情から、怒りの大きさを推し量れるのだが――生憎とザルードには、そのような機微を察することができなかった。
視線を尊大な態度で受けるザルードに、レティシアは挑むように告げた。
「わたくしとて、このハイント領の領主、ベリット・ハイントの妹です。騎士のなんたるかは、理解しているつもりです。それに御言葉を返すようですが、リリアーンナは我が《白翼騎士団》の正騎士です。侮辱などという言葉は、取り下げて頂きたい」
「う――く。どうやら、少し言い過ぎたようだ」
ザルードは僅かに頭を下げるような仕草をしたが、謝罪の言葉は口にしなかった。
騎士としての自尊心が、騎士団長とはいえ年下の娘に屈するなど許さない――そんな態度が、表情に表れていた。
レティシアはそのことについて、特になにも思わなかった。ザルードよりも辛辣で容赦の無い言動など、これまで何度も体験してきた。
ザルードから目を逸らしたレティシアは、それとは別のことを考えていた。
(……わたしもまだまだ、修練が足りないな)
怒りに任せて、兄であるベリット男爵の地位を利用してしまった。レティシアは権力を盾に、意見を通すことを毛嫌いしているつもりだった。
しかし、知らぬあいだに権力者の娘ということが、身体に染みついていたようだ。
冷静になったつもりでも、感情が抑えられなくなったときなどに、昔の悪癖が出てきてしまう。
(こんなとき、セラが居てくれたらな)
つい最近まで騎士団の副団長をしてくれていた、世話焼きな友人だ。
今は好いた男――こちらもレティシアの友人だが――の側にいたいという彼女の願望を、少し違う形で叶えている。
喜ばしいことではあるが、同時に寂しさもある。今の騎士団に、レティシアが気楽に頼ることのできる人材はいない。
一人で考え、そして一人で決めなければならないのは、年若いレティシアにとって重責でしかない。
(……余裕があれば、セラに相談したいところだが)
そう考えたところで、ふと今日の光景が頭を過ぎった。
セラの母親は、よく夫に甘えていたらしい。それは子どもたちの前でも変わらず、セラが訓練兵として王都に出たあとも続いているらしい。
だからセラは心のどこかで、そうした夫婦像を描いていたのだろう。
甘えるような素振りでランドに寄り添う姿は、セラから聞いていた彼女の母親像そのままだ。
そんなところに、自分が相談ごとをしに行っていいものだろうか。
レティシアが悩んでいると、横から声をかけられた。
「レティシア団長、如何成されましたかな?」
我に返ったレティシアが振り返ると、怪訝そうなルシードの顔があった。
無意識に長考していたらしいと気付くと、小さく首を振った。
「これは申し訳御座いません。少し……その、これから案内する場所のことを考えておりました」
そういって長考の理由を誤魔化してから、レティシアは食堂内を見回した。
そんなとき、キャットが出入り口から食堂に入ってきた。レティシアは小さくキャットを手招きすると、ルシードに目を向けた。
「剣技の訓練場の案内は、彼女が致します。キャット――宜しく頼む」
「え? あたし――いえ、はい。わかりました」
少し戸惑いながらも、キャットは軽い敬礼をしてから、ルシードを案内していった。
キャットも最近は、親しくなった男性がいるようだ。恋人なんかではない――とキャットは言っていたが、これまでの彼女の言動からすれば、かなり大きな変化だ。
恋愛沙汰とは縁の遠いと思っていた二人が、最初にそっちに走るとは。
キャットにルシードを案内させたのは、考える時間が欲しかったからだ。そしてレティシアが最初に考えたのは――。
(まったく……これもみんな、ランドのせいだ)
瑠胡と恋仲になったランドに、周囲が感化されている――そんな、旧友への八つ当たりだった。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
一日の震災に見舞われた方々におかれましては、お見舞い申し上げます。
今回、あまり本編について書くことはないのですが。
二日は予定通りな一日で、夜も17時には帰宅してました。ただ、酒が入っていたので、流石に本編を書くのは……あとの誤記祭りが怖いので、できませんでした。
普段、本編からを書いていると、お酒って飲む余裕がありません。基本、あまり強くないですし……吐きながら書くとか、意識が混濁しなから書くとか、そういうレベルになります。
使っているPCがゲ○臭くなるのは……ちょっと勘弁したいといころです。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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